
超兵スティンガー
あらすじ
武装組織ゼウスの襲撃を受けた軍の研究施設。
主人公・真中丞は、人類を守るために開発された「超兵システム」の適合者として戦いに身を投じる。
だが、奪われた機密を追う中で現れたのは、三年前に消息を絶った親友――灰泥優二だった。
かつて英雄と呼ばれた超兵は、なぜ敵となったのか。
人類の進化を巡る陰謀、失われた友情、そして隠された真実。
戦いの果てに丞が辿り着く答えとは――。
友情と宿命が交錯する特撮ヒーローアクション

本編
――平和な街並み。
通勤途中の会社員。
下校中の学生。
談笑する家族連れ。
どこにでもある、日本の日常。
誰もが今日も当たり前に明日が来ると信じていた。
その平穏を切り裂くように――
突如、爆発音が轟いた。
窓ガラスが砕け散る。
悲鳴。
黒煙。
逃げ惑う人々。
赤色灯が街を染め上げる。
某市国立生体研究所。
日本国軍の研究に関わる重要施設が、突如として武装組織ゼウスの襲撃を受けたのだった。
研究所正門付近。
爆炎の中を何者かがゆっくりと歩いてくる。
燃え盛る炎がその巨体を照らした。
体長二メートルを超える巨躯。
熊のような骨格。
異様なまでに膨れ上がった筋肉。
鋭い牙に全身を覆う剛毛。
ゼウスが生み出した超人兵士メタモス。
その力は人間の域を遥かに超える。
その怪物は周囲を見渡しながら、不敵な笑みを浮かべた。
「速やかに施設を占拠しろ!抵抗する奴は殺せ!」
ゼウス戦闘員達が一斉に研究所内へ雪崩れ込む。
「中に入れるな!殲滅しろ!」
警備兵が発砲し応戦する。
その銃弾は次々とゼウス戦闘員達に命中する。
だが倒れない。
逆に警備兵が銃口を向けられる。
乾いた銃声。
警備兵は崩れ落ちた。
「頭を狙え!それ以外は効果がない!」
必死に応戦するも、その異常な力に押し切られ、研究所内に敵の侵入を許してしまう。
戦う警備兵の後ろで研究員達の悲鳴が響く。
「逃げろ!」
「早く!」
逃げ惑う研究員達。
グリズリーメタモスはそんな様子を見ながら笑った。
「ハハハッ!!いいぞ!その顔!その悲鳴!」
そう言うと、近くにいた研究員の一人を片手で掴み上げる。
「ひっ……!」
怯えて引き攣る顔の研究員に告げる。
「安心しろ。今日はまだ気分がいいからなぁ」
そう言いながら壁へ投げ飛ばした。
研究員の身体が激しく叩きつけられる。
「ぐあぁっ!」
そのまま動かなくなる研究員。
「苦しまずにやってやるよ!キャハハ!」
メタモスも元は人間である。
しかし、改造の副作用で異常なまでに凶暴性が増す。
言い換えれば本能が剥き出しになった状態とも言えよう。
「施設は破壊するな……と言っても、壊れちまったら仕方ねーわなぁ!!」
豪快な笑い声が響いた。
研究所は瞬く間に地獄絵図へと変わっていく。
――その頃。
日本国軍特務部隊「ゼロ」執務室には、けたたましく警報が鳴り響いていた。
『出動命令。現場は国立生体研究所。ゼウス戦闘員多数及びメタモス一体を確認。駐留兵が応戦するも苦戦。特務部隊は速やかにこれを排除せよ』
「了解!っと」
そう息を吐くと戦闘服姿の青年――真中 丞(まなか すすむ)は、アタッシュケースを掴み勢いよく立ち上がった。
「出番だな、真中」
他の隊員に肩を押される丞。
「おうよ!今日もサクッと片付けてやるぜ!」
そう軽口をたたき駆け出す。
向かう先は格納庫。
階段を飛び降り、廊下を駆け抜ける。
格納庫へ到着した頃には、既に複数の隊員達が待機していた。
隊員の一人が丞に近寄り声をかける。
「今日も頼むぜ、ヒーローさん」
「そのヒーローってのやめろよ。俺は超兵システム第3号コード・スティンガー……」
気恥ずかしそうに応える丞。
また別の隊員が言う。
「頼りにしてるよ、ヒーロー!」
「ああもう!まぁいっか。今日もいっちょ、決めてやるぜ!」
隊員達から笑いが起きる。
緊迫した出動前。
それでも少しだけ空気が和らいだ。
丞は装甲車へ飛び乗る。
重厚なエンジン音が唸る。
装甲車が走り出した。
現場に向かう道中、丞の耳元のインカムから通信音が鳴る。
凛々しさと愛らしさを併せ持った、聞き心地の良い慣れた声。
特務部隊技術士官、瀬尾茜(せお あかね)だ。
「真中さん、アンプルは一日二本までです。それ以上使うと身の安全は保証出来ません!貴方はいつも無茶をするから…」
「分かってるよ。心配性だなぁ、茜ちゃんは」
「私は!これ以上大切な仲間を失いたくないんです。優二さんみたいに……」
一瞬、丞の表情が曇ったように見えた。
「あいつはゾオン、俺はスティンガー」
小さく息をつく。
「同じじゃないさ」
「同じですよ!仲間が戻らないって意味では……」
しばし沈黙の時が流れ、装甲車の振動だけが響く。
優二ーーその名は特務部隊員にとって特別な意味を持つ。
特に、丞にとってはーーだが今は別の話だ。
沈黙を割くように丞が小さく笑って言った。
「わかったわかった。優二の分まで気を付けて頑張ります!な?」
通信の向こうで茜が小さく息を吐いた。
装甲車はサイレンを鳴らしながら研究所へ向かう。
遠くの空には黒煙が立ち昇っていた。
かなりの被害が出ているのだろう。
――某市国立生体研究所。
特務部隊が到着した頃には被害はさらに拡大していた。
ゼウス戦闘員達が研究所内を蹂躙している。
窓は砕け、壁は崩れ床には倒れた警備兵や研究所職員。
特務部隊はゼウス戦闘員を銃撃しながら、研究所内へ突入していく。
何とか所内へ進入すると、グリズリーメタモスが中央ロビーで暴れていた。
鋭い爪の一振りで柱が砕ける。
その光景を見た隊員の一人が呟いた。
「……なんて力だ…」
それを横目に丞は手にしたケースを開き、中からベルト型デバイスを取り出した。
中央には窓、その脇に2本のスロットが突き出しているのが特徴的なデバイスだ。
「任せとけ」
そう言い残し、丞は一人前へ出る。
「おい!そこの熊ヤロー!!俺が相手だ!」
その声に気付き、グリズリーメタモスは丞の方へ向き直る。
「なんだ貴様はぁ!?」
丞はゆっくりとベルトを腰へ装着する。
「お前らゼウスは、この俺、スティンガーが一人残らずぶっ倒す!」
「ハン!そのベルト、噂の超兵ってやつか!
やってみろ、メタモスのなり損ないめ!」
「誰がなるか!そんな化け物」
丞がメタモスを指差したあと、親指で自分を指す。
「どう見たって、こっちがヒーローなんだよ!」
丞は腰に吊り下げられたストッカーからアンプルを取り出す。
中には黄色い液体。
ベルトにスロットへ装填すると、
『インサート』
と女声電子音が流れた。
「見せてやるよ!スティンガーの実力をなぁ!」
装填されたアンプルを勢いよく押し込む。
『ドープ!ホーネット!』
電子音の後、ベルトが唸り、中央部から光の粒子が噴き出す。
それは瞬く間に全身を覆い、黒い装甲形成される。
マスクには黄色い複眼、鋭いアンテナ。
背部ユニットから黄金色の粒子がひととき羽のように広がり、フッと消えた。
光が落ち着き、そこに立っていたのは、蜂の意匠を持つ黒き装甲の戦士。
その戦士はグリズリーメタモスを指差し、高らかに告げる。
「超兵3号スティンガー。一刺しで決めてやるぜ!」
グリズリーが笑う。
「面白ぇ。やってみろよ」
グリズリーメタモスが命令を下す。
「やれ!」
号令を合図にゼウス戦闘員達が一斉にスティンガーへ襲いかかった。
雨のような銃弾、飛び散る火花。
弾丸がスティンガーの装甲へ次々と命中する。
しかし。
「効くかよ!」
スティンガーは構わず前進した。
戦闘員の一人が殴りかかる。
その拳を躱しながら、前腕に装備された刺突兵装スティングニードルを突き出す。
一刺しで戦闘員の胸部を貫く。
爆散する戦闘員。
スティングニードルには液化爆薬が仕込まれているのだ。
続けざまに二人目。
「そらよっと!」
三人目。
ニードルが閃くたびに爆炎が上がる。
それでも戦闘員は攻撃をやめない。
まるで考える知能がないように。
スティンガーは地面を蹴った。
背部ユニットから黄金色の粒子が噴き出す。
まるで蜂のような高速機動。
銃撃の隙間を縫いながら敵陣へ飛び込み戦闘員の群れを薙ぎ倒し、一瞬で殲滅する。
「さて」
スティンガーが拳を鳴らす。
「残るはお前だけだな」
グリズリーが不敵に笑う。
「面白ぇ」
その巨体がゆっくりと歩き出した。
床が軋む。
一歩、また一歩。
それだけで圧迫感があった。
「来いよ」
スティンガーが挑発する。
「後悔すんなよォ!」
グリズリーが怒声とともに地面を蹴った。
巨体からは想像出来ない速度。
一瞬で距離を詰める。
「速っ!?」
振り下ろされる巨大な爪。
スティンガーは咄嗟に回避したが、背後の壁が粉々に砕け散った。
コンクリート片が宙を舞う。
「おお!?あぶね〜……」
予想外の威力に一瞬たじろぐスティンガー。
それを見ていた特務隊員達が息を呑む。
グリズリーは止まらない。
横薙ぎからの振り下ろし。
突進。
研究所の設備を破壊しながら暴れ回る。
スティンガーは機動力を活かして回避を続けた。
「オラァ!!」
グリズリーの拳が掠ると、スティンガーの身体が吹き飛んだ。
その勢いで床を転がる。
すぐに立ち上がったが、装甲の一部が破損していた。
「いてて……」
「どうしたァ?威勢がいいのは最初だけか?」
グリズリーが笑う。
「へえ、やってくれるじゃない」
そう言って笑うとスティンガーは拳を鳴らしながら前へ出る。
そして勢いよく正拳突き。
グリズリーのボディに直撃した。
しかし、全く効いていない。
グリズリーはびくともしなかった。
「蚊ほども効かんなぁ」
巨大な熊の拳が振り抜かれる。
ドゴォッ!!
スティンガーの身体が吹き飛ぶ。
壁に激突し、瓦礫が崩れ落ちた。
「ぐあっ!」
膝をつくスティンガー。
若干視界が揺れる。
グリズリーがゆっくり近付いてくる。
「大したことねぇなぁ」
一歩、また一歩と脅威が近づいてくる。
「そんな細腕じゃ何も出来ねぇよなぁ!」
グリズリーが拳を振り上げる。
巨大な影がスティンガーを覆った。
「何も出来ない?」
スティンガーが呟く。
グリズリーは勝利を確信したように笑った。
「これで終わりだぁ!」
拳が振り下ろされる。
その瞬間。
「あるんだなぁ、コレが!」
スティンガーは腰のストッカーから二本目のアンプルを抜き取った。
中にはオレンジ色の液体。
素早くベルトの2本目のスロットへ装填。
『インサート』
流れるような手付きで勢いよく押し込む。
『ドープ!ビートル!』
再びベルトが発光し、光の粒子がスティンガーを覆い装甲が再構築される。
スティンガーの姿は、甲虫を模した銅色の甲冑に身を包んだ重装甲の兵士に変貌していた。
その直後。
グリズリーの拳がスティンガーを捉えた。
響き渡る轟音。
あまりの威力に床が陥没する。
しかしーー
スティンガーは立っていた。
拳を受け止めたまま、悠然と。
「なんだと!?」
グリズリーが目を見開く。
「さて」
スティンガーが笑う。
「太い腕がお好みだそうで!」
そう言うと同時にスティンガーの右拳がグリズリーに炸裂した。
ドゴォッ!!
重たい音の直後、巨体が吹き飛ぶ。
研究設備をなぎ倒しながら転がるグリズリー。
隊員達がどよめく。
「押し返した!?」
「パワーで!?」
怒りに顔を歪めながら立ち上がるグリズリー。
「ふざけるなァ!!」
再び突進。
スティンガーも走る。
真正面から激突。
拳と拳がぶつかる。
研究所全体が揺れるような衝撃。
吹き飛ばされたのはグリズリーだ
「馬鹿な!」
そこからはスティンガーの怒涛のラッシュ。
ボディ、アッパー、フック。
重装甲の拳が次々と炸裂する。
最後に渾身の一撃。
グリズリーの身体が宙を舞い、その後地面に叩きつけられた。
まさに圧勝である。
「さて、終わりにしようか」
スティンガーが近付く。
その時だった。
グリズリーの身体が揺らぐ。
筋肉が収縮したかと思うと毛皮が消え、怪物の姿が人間へ変わっていく。
床に倒れていたのは一人の男だった。
男の手前でスティンガーの足が止まる。
男は怯えた表情を浮かべた。
「ま、待ってくれ……!」
「……」
「俺も元は人間だ!助けてくれ」
哀願の表情を浮かべ男は縋りつくように訴える。
「生身の人間なんだぞ!」
一瞬の沈黙。
スティンガーは首を振り、男に背を向けた。
その瞬間、男の顔に笑みが浮かぶ。
「なんてなぁッ!!」
男の肉体が膨張する。
一瞬で再び怪物へ変貌するや否や、鋭い爪でスティンガーへ襲いかかった。
しかし。
重く鈍い音と共に吹き飛ばされたのはグリズリーだ。
スティンガーの強烈な拳が先に突き刺さっていた。
「なんてな?そりゃこっちの台詞だ」
スティンガーの声に、怒りの色が乗る。
狼狽えるグリズリー。
「お、お前……俺を……お、おい!?」
怯えるグリズリーを無視してスティンガーが歩き出す。
「俺は軍人で!」スティンガーが歩み寄る。
「やってる事は戦争だ!」さらに近付く。
「まして悪魔に魂売ったバケモンに、かける情けなんてねーんだよ!」
そう言うとスティンガーは黄色のアンプルを押し込んだ。
『チェンジ!ホーネット』
装甲が再構築され、再び蜂の戦士へ。
続けてもう一度黄色いアンプルを押し込む。
『ハイドープ』
電子音の後、黄金の光がスティンガーの全身を駆け巡った。
背部ユニットが展開し、光の粒子が噴き出した。
さながら、光の羽根だ。
研究所の床を蹴り出すと、スティンガーは一気に上空へ舞い上がった。
グリズリーが見上げる。
「や、やめろ……!」
黄金の軌跡が黒煙を切り裂き、グリズリー目掛けて急降下した。
「スティングサンダーキック!!」
スズメバチの鋭い一刺しにも似た必殺の飛び蹴りがグリズリーの身体を貫く。
静寂。
一拍遅れてグリズリーの全身へ亀裂が走る。
「バカなァァァッ!!」
断末魔。
次の瞬間、轟音と共にグリズリーの身体が爆散した。
爆風が研究所を吹き抜ける。
舞い上がる煙。
ゆっくりと立ち上がるスティンガー。
その姿は、まさに英雄と呼ぶに相応しい雄々しさであった。
ーー爆風が収まる。
グリズリーメタモスの反応は完全に消失していた。
「対象の沈黙を確認!」
「周辺警戒を続行!」
隊員達が次々と動き出す。
負傷者の救護。
研究員の保護。
施設の安全確認。
迅速に動く特務隊員の活躍により、研究所内に漂っていた緊張感も少しずつ和らいでいった。
「ふぅ……」
スティンガーは軽く首を鳴らした。
「終わった終わった」
『お疲れ様です、真中さん』
インカムから茜の声が聞こえる。
『損傷率は軽微。アンプル使用数も規定内です』
「だから〜、ちゃんとやるって言ったでしょ?」
『調子に乗らないでください』
少しだけ笑う丞。
その時だった。
通信の向こうで何かの警告音が鳴り響いた。
『……え?』
茜の声色が変わる。
『何これ……?』
「どうした?」
丞が問いただすも返事はない。
代わりにキーボードを叩く音だけが聞こえる。
『研究所別棟で異常反応を確認』
「別棟?」
『そんな……』
困惑した声。
茜らしくない反応だったが、気を取り直し応える。
『待ってください。監視カメラを確認します』
画面を切り替える音。
ノイズ混じりの不鮮明な映像。
何とか画像を調整する。
『嘘でしょ……』
「茜ちゃん?」
少しの沈黙の後、茜が告げる。
『真中さん!侵入者です!メタモスの襲撃は陽動だった可能性があります!』
いつになく緊張した声だった。
『映像を転送します』
スティンガーの複眼に映像データが表示される。
研究所別棟地下エリア。
薄暗い通路。
倒れた警備兵。
破壊された隔壁。
そして、深部に立つ人影。
映像のノイズが酷い。
輪郭が潰れている。
だが、人型であることは分かる。
そして装甲らしきものも見える。
ともすれば、超兵システムに近いシルエット。
「……何者だ?」
丞が呟く。
映像の人物は微動だにしない。
ただそこに立っている。
まるでこちらを見ているようにも見える。
激しいノイズのあと、一瞬だけ映像が鮮明になり、その人物の姿が垣間見えた。
赤黒い装甲。
獣のようにも見えるが、どこか見覚えのあるシルエット。
丞の表情が変わる。
「まさか……」
映像がさらに鮮明になる。
その姿がはっきりと映し出された時、丞は思わず叫んだ。
「そんなバカな……!」
茜も言葉を失っていた。
映像の中のシルエットがゆっくりと顔を上げる。
次の瞬間、監視カメラが激しく乱れた。
通信が途切れ、映像が遮断された。
監視カメラが破壊されたのだろう。
しばし沈黙の時が流れた。
丞はただ呆然としていた。
信じられない。
だが、丞がそのシルエットを見間違えるはずがなかった。
三年前に突如失踪し、生死不明となった無二の親友。
特務部隊のエースにして、軍最強の兵士。
超兵システム第一号ーー
「ゾオン……」
思わず口にする丞。
かつての姿とは多少違って見えたが、その佇まい、発する独特の空気が丞の心をざわつかせた。
自分でも整理出来ない感情。
喜びなのか?絶望なのか?
言葉に出来ない感情が渦巻き混乱する中、無意識にその名が口をついた。
「優二……?」
ーーーーー
丞は変身も解除しないまま、研究所別棟へと疾走していた。
地下へ続く通路には非常灯だけが灯り、薄暗い赤色の光が壁を照らしている。
靴音がコンクリートの通路に反響する。
その音だけが妙に大きく聞こえた。
「優二……本当に優二なのか?」
にわかには信じ難い事態だった。
丞の思考を支配するその男の名は灰泥優二(はいどろ ゆうじ)。
三年前に消息を絶った特務部隊のエースにして丞の無二の親友。
そして、黄金の獅子と例えられた超兵システム第一号、ゾオンの適合者であった。
何度も探した。
何度も生存を願った。
軍が総出で探しても見つける事が出来なかった。
その姿が、突如ゼウスの侵入者として現場に現れたのだ。
嬉しいのか、怒っているのか、それとも恐れているのか。
自分でも分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
会わなければならない。
何者なのか、それをはっきりさせなければ。
丞の脳裏に、かつての日々がよみがえる――
――三年前。
日本国軍特務部隊実験用格闘場。
そこでは二人の男がコンバットスーツに身を包み、戦闘訓練に明け暮れていた。
一人は真中丞。
もう一人は、アカデミー首席卒業にして特務部隊のエース、灰泥優二。
丞は高い身体能力を活かし、鋭い突きや蹴りで果敢に優二を攻める。
訓練の様子を見つめる他の隊員からも感嘆の声が上がる。
「さすがのスピードだな、真中」
また別の隊員が言う。
「そうだな。しかし、灰泥がなぁ」
丞の実力を認めながらも、下馬評は灰泥優二の勝利一択だ。
実際のところ、丞がいくら鋭い攻撃を繰り出しても、一発もヒットしないのだ。
優二は丞の攻撃を華麗にいなし、確実に攻撃をヒットさせていく。
徐々に劣勢へ追い込まれる丞。
努力が足りない訳ではない。
寧ろ、優二以外に負けた事はない。
彼だけが、丞の高い壁となって立ちはだかるのだ。
「くそ!このまま終わってたまるかよ!」
丞は起死回生の一撃を放つべく、猪突猛進とばかりに優二へ殴りかかった。
だが、その軌道は読みやすい。
優二にとっては簡単にかわせる攻撃――に見えた。
しかしそれも丞の作戦だった。
一瞬だけ足を止め、僅かに間をずらす。
絶妙なタイミングでのフェイントである。
僅かに体勢を崩す優二。
ハイレベルな戦いにおいては、その僅かなズレが勝敗を決する事もある。
そこへ渾身の回し蹴りを浴びせる丞。
「もらった!!」
しかし、その蹴りは優二の顔を掠めただけで虚しく空を切り、直後、優二の強烈なカウンターを受けてダウンした。
「ぐあっ!」
倒れ込む丞。
その時、訓練終了のブザーが鳴り響いた。
『訓練終了、訓練終了』
優二は倒れた丞へ手を差し伸べる。
息を切らしながら、丞はその手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
ヘルメットを脱いだ二人の顔から汗が迸る。
「くっそぉ、また負けた!なんであの蹴りがかわされるんだよ!」
悔しそうに拳を握り、苛立ちを露わにする丞。
それを見て優二は微笑んだ。
「いや、アレは実際結構ヒヤッとしたぞ。俺じゃなければ危なかった」
軽口を挟んで返す優二。
「はいはい、そーですか」
二人はそのままロッカールームへ歩いていった。
――ロッカールーム。
二人はベンチに並んで腰掛けていた。
丞は水筒を傾け、一気に喉を潤すと、大きく息を吐いた。
「しっかし、化け物みたいな強さだな!全然歯が立たねえ」
優二が小さく笑う。
「お前だって十分強いよ。俺とまともに戦えてるじゃないか」
それを聞き、丞は鼻息を荒くした。
「出ましたその余裕。いつか絶対倒してやるからな!」
「期待してるよ、丞クン」
そう言って丞を指差す優二であったが、頬を軽く押さえながら、
(実際、近い将来そうなるかもな)
と声にもならぬ声でそっと呟いた。
「ん?何か言ったか?」
丞の問いかけに優二は笑顔で応えるだけだった。
丞が続けて言う。
「まぁ実際お前は強い、そりゃもうめちゃ強い。超兵システム第一号はお前で決まりだろ?」
「そうだといいけどな」
優二は少しだけ視線を落とした。
そして静かに口を開く。
「超兵は俺の夢なんだ、仮面のヒーロー」
その言葉を聞き、怪訝な顔をする丞。
「仮面のヒーロー?なんだその子供じみたのは。
超兵システム第一号のコードはゾオンだぞ」
「いいじゃないか、仮面のヒーロー。カッコいいだろ?」
そう言って少年のように無邪気な笑みを見せる優二。
「仮面にヒーローねぇ。お前、なんでも完璧に出来るのに、そうゆうとこだけ子供っぽいよな」
半ば呆れた様子で応える丞。
「俺は力を得て、市民を守りたい。兄さんみたいな人を増やさない為にもな」
少し表情を曇らせ、どこか遠くを見るように優二が呟く。
「子供の時にメタモスに襲われたっていうアレか?」
「ああ。高校の時だけどな。あの時、兄さんが俺を逃してくれたから今がある。俺のような思いを誰にもさせたくない」
そう語る優二は誰よりも優しい男だった。
文武両道、容姿端麗、明朗活発。
そして、やや夢想家な仲間想いの正直者。
だから誰にでも好かれた。
その強さに隊員達は皆、彼に憧れた。
もちろん丞も例外ではない。
アカデミーの同期であり、高い目標。
ライバルであり、そして1番の親友だった。
――そんな親友の明るい笑顔が、丞の脳裏にありありと浮かび上がるのだ…
しかし、丞の眼前に広がる異様な光景が、彼を現実へと引き戻した。
無惨に引き裂かれた隔壁が広がる。
研究施設の奥へ進む。
隔壁、防爆扉、セキュリティゲート。
その全てが力任せに破壊されている。
巨大な猛獣が通ったかのような爪痕。
研究室に床には割れたガラスや散乱した資料。
そして研究員達の亡骸。
ここまでの環境を鑑みれば、ここで行われていた研究の重要度や秘密性が高いことは理解できた。
監視カメラに映った人物は本当に優二なのか。
もしそうなら、なぜゼウスにいる。
正義の塊の様な男が、ゼウスなんかに寝返るはずがないーー
それに、なぜ今になって現れた。
いくら考えても答えは出ない。
だから自分の目で確かめるしかなかった。
やがて丞が最深部へ辿り着くと、そこには異形の者が佇んでいた。
超兵に似て見えるがメタモスの様な怪人にも見える。
いずれにしても、丞が憧れたあの黄金の獅子とはかけ離れた存在だった。
赤黒く変質した装甲。
筋肉のように盛り上がった肩や胸部。
鋭い爪。
獅子を思わせるシルエットだけが、かつてのゾオンの面影を残している。
(優二……なのか!?これがあの、ゾオン?)
意を決して丞が問う。
「優二!優二なのか!?」
しかし、その異形からの反応はない。
よく見ると、腰には超兵システムが装着されている。
やはりゾオンなのか…
「優二!俺だ!丞だ!」
丞は必死に呼びかける。
しばらくの沈黙の後、赤黒き獅子は低く、冷たい声でゆっくりと口を開いた。
「優二……フッ、優二か…」
「!!」
低く重たい声。
だが確かに灰泥優二の声に似ていた。
間違えるはずのない声。
しかし信じたくない声だった。
研究所の惨状が嫌でも視界に入る。
「優二!やっぱり優二なのか!?…コレはお前が!?」
男は答えない。
「優二!ここで何をしていた!?
今までお前は…!?」
聞きたい事が山ほどあった。
しかし想いばかりが先走り、上手く言葉にならない。
混乱する頭を振り、丞は周囲へ目を向ける。
床に散乱するアンプル。
薬液が流れ出た物もある。
割れた培養槽や仰々しい研究設備。
情報端末のモニターには、生物の遺伝子情報と思われるデータが映し出されていた。
これらの状況を整理すれば、ここは超兵システムに関わる研究施設であることは容易に推測できた。
よく見ると、男は金属製の小箱を手に持っている。
15センチ四方くらいの頑丈そうな箱だ。
軍人としての思考が状況を整理する。
そして理解出来た。
目の前の男は軍の機密情報を持ち去ろうとしているのだ。
「何やってるんだ優二!」
丞は男へ駆け寄り、その腕を掴んだ。
「優二!おい返事しろよ!俺が分からないのか!?」
男はその腕を邪険に振り払ったかと思うと鋭い蹴りを丞に喰らわせる。
「ぐっ!」
丞の身体が吹き飛ぶ。
床を転がりながらも受け身を取り、即座に立ち上がる。
重い一撃、明らかにメタモスと同等、いやそれ以上の威力だった。
しかし、ダメージよりも目の前の疑問が思考を支配していた。
「どうしちまったんだ!?優二!まさかお前、記憶が!?それかゼウスに操られてんのか?」
しばしの沈黙、男は丞を見据えていた。
マスクに阻まれ感情の見えない瞳。
だが、その奥で何かが揺れた、気がした。
男が声を発したのはその時だった。
「優二…優二優二優二!!」
静かな声、だが確かな苛立ちが滲んでいた。
次の瞬間。
「俺をその名で呼ぶなぁッ!!」
叫び声と共に唸る拳が振り下ろされる。
丞は咄嗟にガードしたが、防ぎきれず、大きく吹き飛ばされた。
何とか受け身を取り体勢を立て直す。
男は静かに丞へ指を向けた。
「俺はキルゾオン…お前たちの言葉で言えば、超兵キルゾオンだ。それ以上でも以下でもない」
優二を否定する言葉。
だが、丞は納得出来なかった。
その男の口から出た、超兵という言葉。
様々な想いが巡り、気持ちの整理が付かなかったが、丞は大きく深呼吸すると、それらの想いを一旦振り払うように頭を振った。
今は任務中だ。
目の前にいるのが優二であろうと、なかろうと関係ない。
軍人としてやるべき事は一つだった。
「全く理解が追いつかねぇ!
…けど、その小箱は返せ!!」
そう叫ぶと同時に、丞は床を蹴った。
超スピードで一気に距離を詰める。
超兵システム第3号スティンガー、現行最新鋭の対メタモス用強化装甲である。
その加速性能は人間の限界を遥かに超えていた。
そこから放たれる鋭い右ストレート。
しかしキルゾオンは僅かに首を傾けるだけで回避する。
続けざまに放つ左フック。
しかし、これも空を切る。
矢継ぎ早に回し蹴りを放つも、キルゾオンは後方へ飛び退き躱した。
「チッ!」
キルゾオンから舌打ちの様な音が聞こえた。
丞はなおも止まらない。
着地と同時に踏み込み、再び拳を叩き込む。
鈍い衝撃音と共に今度はキルゾオンの脇腹を捉えた。
キルゾオンの身体が僅かによろめく。
「ほう…」
感心したようにキルゾオンが呟いた。
「やりゃぁ当たるじゃねぇか!」
自分自身を鼓舞するように丞はそのまま怒涛のラッシュを仕掛ける。
正拳突き、肘打ち、膝蹴り。
超兵システムによって強化された連撃が嵐のように襲いかかる。
しかし、当たったのは最初の一撃のみ。
他の攻撃は全て見切られていた。
まるで丞の癖を知り尽くしているかのように。
(強い……)
丞は息を整えながら距離を取る。
(だが捉えられない訳じゃない)
先に戦ったグリズリーメタモスより速い。
だが対応出来ない速度ではない。
勝機はある、だが疲弊した現状では、あとどれくらい攻撃を放てるか分からない…
(俺だって超兵だ。そういつまでも負けてられるか!)
そう息巻くと次の瞬間、丞は再び飛び出した。
キルゾオンに対し一直線に拳を叩き込む。
予測しやすい軌道。
当然キルゾオンも回避行動へ移る。
――だが、それこそが狙いだった。
丞は一瞬だけ動きを止める。
その刹那、キルゾオンの軸がブレる。
僅かなタイミングのズレ。
訓練時代から磨き続けた得意技。
達人域の戦いでは、生死を分ける一撃ともなり得る。
「コレでどうだ!」
丞はベルトの黄色のアンプルを強く押し込んだ。
『ハイドープ』
電子音の後、背部スラスターが唸りを上げ、光の粒子が噴き出した。
必殺のスティングサンダーキック。
決まったーー
丞は確かにそう思った。
――しかし。
必殺の蹴りは無情にも空を切った。
「何!?」
紙一重で見切ったキルゾオンに対し、丞は大きな隙を晒していた。
『ハイドープ』
低く野太いナビ音声が地下施設に響き渡る。
その瞬間、キルゾオンの右腕が異様な脈動を始めた。
赤黒い紋様が血流のように光り、筋肉にも似た有機組織が膨張する。
超兵システムとメタモスの力。
本来決して交わるはずのない二つの力が融合し、禍々しい力を生み出していた。
キルゾオンが一歩踏み込む。
「獣王掌」
低く静かな声が聞こえた次の瞬間、空気が爆ぜた。
赤黒いオーラを纏った掌底がスティンガーの胸部装甲を捉える。
「うわぁぁぁ!!」
轟音とともにスティンガーの身体は砲弾のように吹き飛ばされた。
研究施設の壁へ激突。
その衝撃でコンクリートが砕け散る。
あまりの衝撃にベルト型デバイスが弾け飛び、変身が強制的に解除された。
床へ崩れ落ちる丞。
霞む視界の向こうで、キルゾオンは静かに立っていた。
圧倒的だった。
超兵システム第3号。
現行最新鋭の強化装甲、それを正面から叩き潰したのである。
「く……何で……何でなんだよ、優二……」
薄れゆく意識の中で…微かに、だが確かに聞こえた気がした。
「追ってこい…」
「!?」
そこで丞の意識は闇へと沈んでいった。
ーーーー
「……なかさん!……真中さん!!」
どこかから自分を呼ぶ声が聞こえる。
ぼんやりとした意識の中、その声は徐々に輪郭を持ち始めた。
聞き慣れた声、丞は重たい瞼をゆっくりと開く。
そこに居たのは不安そうな顔でこちらを覗き込む瀬尾茜だった。
「あ!気が付きました!?大丈夫ですか!?真中さん!」
嬉々とした声を掛けてくる茜。
丞はゆっくりと周囲を見回した。
無機質な天井、音も無く、あるとすれば規則正しく鳴る機器の電子音。
手には点滴の管が挿管されている。
はっきりとした場所は分からないが、ここは病院なのだろう。
丞が尋ねる。
「茜ちゃん…?ここは……」
「隊の医務室ですよ!…て、まぁ今まであまり利用する事なかったですもんね」
茜は心底安心したように胸を撫で下ろした。
一息ついた茜が言う。
「はぁ……良かったぁ。一時はどうなることかと思いましたよ」
まだ記憶がはっきりしない…
「俺はどうして……?」
そう言って身体を起こそうとした瞬間、丞の胸を中心に激痛が走る。
「ッ!!」
その様子を見て茜が止めに入る。
「ダメです!」
茜は慌てて丞の肩を押さえた。
「まだ寝てないと!」
その言葉と共に丞は再びベッドへ押し戻される。
「かなりの重傷なんですよ。スティンガーの損傷も酷かったですし」
自分のダメージは分かる、だがしかし、超兵システムが手元にない。
ハッとして問いただす。
「ベルトは!?」
その言葉と共に丞は思わず飛び起きた。
「だからダメですって!」
間髪入れずに茜は丞の両肩を押し込み、再びベッドへ叩きつけた。
「あ痛ァッ!!」
全身に激痛が走り、悶絶する丞。
(もうちょっと優しくしてもらえないもんかね……)と心の声が漏れた。
瀬尾茜ーー礼儀正しく、頭脳明晰、愛らしい容姿、非の打ち所がない女性だが、ややガサツなところがあるのがたまに傷だ。
そんな心の声など知る由もなく、茜は真面目な顔で続けた。
「超兵システムは無事です。損傷は甚大でしたが、何とか修理できました」
その言葉を聞き、丞は安堵の息を吐いた。
少しずつ記憶が戻ってくる。
キルゾオンと名乗る男との戦い。
魔人とでも言うべき圧倒的な力。
そして――敗北。
「そうか……負けたのか」
ぽつりと呟く。
あれから、どれくらいの時が経ったのか。
「どれくらい寝てた?」
気になり尋ねる丞。
「三日です」
「三日!?そうか…そんなに…」
丞が意識を取り戻した安堵感もあり、半ば呆れや小言とも取れる口調で茜が続ける。
「死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ。ずいぶん長い間眠っていましたね」
改めてそう言われると、ずいぶん長い間眠っっていた気になる。
思い起こせば眠っている間、丞の頭には記憶の中の情景が映し出されていた。
そしておもむろに呟く。
「夢を見ていた」
「夢?」
茜の問いに丞が答える。
「ああ、昔の夢だ」
――――――――――
真中丞は戦場に居たーー
瓦礫と煙に覆われた市街地。
銃声と爆発音が絶え間なく響いている。
日本国軍特務部隊は、侵攻してきたゼウス戦闘部隊との防衛戦を展開していた。
敵は人間ではない。
正確には、人間だったもの。
ゼウスの強化手術に失敗し、自我を失い、肉体だけを改造された狂人達。
知能は低いが強靭な肉体と異常な生命力。
戦闘員レベルと言えど、生身の人間では太刀打ちできない怪物だった。
それでも隊員達は必死に戦う。
「右側援護しろ!」
「撃ち続けろ!」
必死に違いを鼓舞し、連携を取り合う隊員たち。
そんな隊の中軸として丞も銃を構え、確実に戦闘員の頭を撃ち抜いていく。
「オラオラ!気張れよ皆!こんな奴らに押し込まれんなよ!」
結果で示し、隊員の士気を上げる丞。
「言われなくても!」
それに呼応し隊員達も死力を尽くす。
しかし――
突然、前線で爆発が起きた。
数人の隊員がまとめて吹き飛ばされる。
「なっ……!」
爆炎の向こうから現れたのは巨大なトカゲのような怪人だった。
鋭い牙に筋張った強靭な筋肉。
全身を覆う硬質の鱗。
隊員の誰かが叫ぶ。
「メタモスッ!!」
その個体はリザードメタモス。
言わずと知れたゼウス戦闘部隊の行動隊長だ。
並の武装では歯が立たない強敵。
「陣形を組め!!」
丞が叫ぶ。
隊員達がフォーメーションを組んで一斉に銃撃を開始する。
ゼウスが要する超人軍団に対抗すべく、日本国軍も兵器開発、戦術訓練を積み上げている。
しかし効かない。
弾丸は鱗に弾かれ、傷ひとつ付かない。
そんな彼らを嘲笑う様にリザードメタモスが隊員に迫る。
「弱い弱い弱いねぇ〜!」
メタモスは笑いながら隊員を掴み上げると、そのまま投げ飛ばした。
「ぐああああっ!!」
投げられた隊員は装甲車へ激突。
その凄まじい威力に車体が横転する。
「お前らもゼウスに来いよ!楽しいぜぇ〜!」
そう言いながら暴力の限りを尽くす。
その力に圧倒され、隊員達は見る影もなく次々と吹き飛ばされていく。
戦力の差は火を見るより明らかだった。
「くそっ……!」
丞は歯を食いしばる。
その時、丞の思考は、ここには居ない親友に向けられた。
(まだなのか……優二……!)
圧倒的な劣勢に隊員達の士気が下がり始める。
それでも誰も退かない。
人々を守るために。
だが――
リザードメタモスが丞を標的に定めた。
「邪魔だな、お前」
鋭い爪が丞に迫る。
ここまでかーー
その瞬間だった。
爆音を引き連れて一台のバイクが戦場へ飛び込んだかと思うと勢いそのままにリザードメタモスを跳ね飛ばした。
「ぐえっ!?」
立ち上る土煙。
不意に声が聞こえた。
「すまない!遅くなった!」
その男はヘルメットを脱ぎ捨てながら、仲間に駆け寄った。
灰泥優二、皆が待ち望んだ男である。
考えるより先に丞が叫ぶ。
「優二!!」
「よく持ち堪えてくれた」
隊員を労う様に優二は隊員達を見回し、敬意を向ける。
そんな優二に丞が問いかける。
「出来たのか!超兵システム!」
「ああ」
優二は力強く頷き、安心感のある声で言った。
「ここからは俺に任せてくれ」
その姿に、隊員達の表情が変わった。
正に希望だった。
対メタモス決戦兵器。
人間の力をメタモスの域にまで引き上げる、夢の兵装ライダーシステム。
その第一号が優二の腰に装着されたのである。
優二は左腰のストッカーから黄金色のアンプルを取り出した。
突然現れたその男にメタモスが問う。
「なんだ?キサマは!?」
優二は真っ直ぐ敵を見据えた。
そして、不敵な笑みを浮かべ、雄々しく宣言した。
「その目にしかと焼き付けろ。これが俺たち人間の希望の光だ。」
手にしたアンプルをスロットへ装填すると、ベルトから女声のナビ音声が流れる。
『インサート』
続けて優二は力強く叫び、スロットのアンプルを押し込んだ。
「変身!!」
アンプルからベルトへ薬液が流れ込むと同時に、ベルトの中心部から黄金の粒子が噴き出す。
それは瞬く間に装甲となり、優二の全身を覆った。
形容するなら金色の獅子。
百獣の王の佇まい。
日本国軍が生み出した人類初の対メタモス兵器。
超人兵士誕生の瞬間だった。
「超兵システム第一号ゾオン。人呼んで、仮面のヒーロー、ゾオンだ!」
その姿に丞は息を呑んだ。
「これが……ゾオン……!」
リザードメタモスが大声で笑う。
「ハッ!そんな玩具で俺に勝てると思ってるのか!」
そう言うとリザードは地面を砕きながら突進。
大型トラックすら吹き飛ばす勢いの体当たりだった。
だが、ゾオンは動かない。
ギリギリまで引き付け――
最小限の動きでその突進をかわした。
「なにっ!?」
驚くリザードに構わず、すれ違いざまに放たれたゾオンの拳が敵の脇腹へ突き刺さる。
ドゴォッ!!
轟音とともにリザードメタモスの巨体が弾き飛ばされ、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばし
「ぐああっ!?」
リザードは地面を何度も転がりながら停止、その様子を見た隊員達がどよめいた。
「吹き飛ばした……!」
「パンチ一発で!?」
瓦礫を払いのけ立ち上がったメタモスは怒りに顔を歪める。
「調子に乗るなァ!!」
その怪力を利用して近くの乗用車を持ち上げるとそのままゾオンへ投げつけた。
怯まずゾオンは正面から走り出す。
飛来する車。
激突寸前でゾオンは右拳を振り抜いた。
バゴォン!!
車体が真っ二つに砕け散る。
その時生じた爆炎の中から黄金の戦士が飛び出した。
「馬鹿な……!」
呆然とするリザードに対しゾオンは一気に間合いを詰める。
左、右。
ボディからのアッパー。
獅子が牙を剥くような猛ラッシュ。
「がっ!ぐっ!ああっ!」
リザードメタモスの巨体が殴られる度に浮き上がる。
最後に強烈な回し蹴り。
ドォン!!
怪人はビルの壁へ叩き付けられた。
壁面が崩落し、戦場が静まり返った。
誰もが目の前の光景を信じられなかった。
圧倒している。
あれほど苦戦した怪物を。
しかもたった一人で。
リザードメタモスは血を吐きながら立ち上がった。
「ありえない……人間ごときが……!」
その全身から赤黒い光が漏れ出す。
筋肉が膨張し、鱗が軋みを上げる。
怒りと共に力を振り絞っているのだ。
危険な予感がする。
「俺は選ばれた存在だァァァ!!」
咆哮と同時に衝撃波が周囲へ広がる。
隊員達が思わず身構えた。
しかし、ゾオンは一歩も退かない。
それどころかリザードに近付き静かにバックルへ手を添える。
そして装填されたアンプルを更に押し込んだ。
『ハイドープ』
電子音声が鳴り響く。
黄金の粒子がゾオンの全身を駆け巡る。
やがてその力は右拳へ集中していった。
光が収束する。
獅子の鉤爪を思わせる巨大な黄金のエネルギーが形成された。
それを見たメタモスが本能的に後ずさる。
危険だと理解したのだ。
だが、遅いかった。
ゾオンは地面を蹴り、ほんの一瞬で間合いを詰める。
「なっ――」
メタモスが反応するより早く、ゾオンは拳を振り抜いた。
「スラッシュマイティパンチ!!」
黄金の鉤爪がリザードメタモスの腹部を貫く。
一瞬の静寂。
一拍遅れて亀裂が全身へ走った。
「ば……かな……」
轟音と共に怪人の身体が爆散した。
爆風が戦場を吹き抜ける。
舞い上がる砂煙。
その中心には黄金の戦士が平然と佇んでいた。
誰も言葉を発せない。
それほどまでの圧勝。
誰も上手く言い表せなかった。
丞もまた、呆然とその背中を見つめていた。
これが――超兵システム。
これが――灰泥優二。
人類の希望と呼ぶに相応しい英雄の誕生を目の当たりにして、丞の心は激しく震えたのだった
ーー
ーー再び、舞台は現在の医務室に戻る。
病室の天井が視界に映る。
しばらく誰も口を開かなかった。
丞はただ天井を見つめている。
圧倒的な力を持ったあの赤黒い獅子。
その姿は、丞が心奪われた黄金の獅子とはかけ離れていた…しかし…
丞が思わず呟く。
「あれは…優二だったのか?」
少しの静寂のあと、茜の声が響き渡る。
「何言ってるんですか真中さん!あんな怪物が優二さんな訳ないじゃないですか!」
「俺だって信じたくない!けど…」
あの声、あの強さ、戦闘スタイル…
信じがたいが、拳を交えた者だからこそ分かる確信…
頭の中に何度も蘇る。
だが、自分でも答えは出せない。
丞は小さく息を吐いた。
その表情を見ていた茜が何かを察した様に口を開く。
「……分かりました」
丞が視線を向ける。
「優二さんの件は私が調べます」
そう言うと茜は立ち上がった。
「実を言うと、優二さんが失踪した事については、私も疑問に思ってたんです。だから、もう一度軍のデータを洗い直して、何か手がかりがないか探ってみます」
そして両手を胸の前にして、ファイト!と言わんばかりに続ける。
「だから真中さんは、今やるべき事に集中してください」
そんな茜を見て、丞は迷いを振り切るように首を振り、フッと息を吐いた。
「そうだな。ありがとう、茜ちゃん」
丞の表情に明るさが戻る。
安心したといった表情で茜が告げる。
「もう少し休んでてください。すぐに次の作戦が始まります」
そう言い残すと茜は医務室から出て行った。
あれは優二だったのか?
その問いは一旦後回しにして、次の作戦に向け決意を新たにする丞であった。
第四話「発端」
意識を取り戻した翌日ーー
丞は特務部隊「ゼロ」の隊長室へ呼ばれていた。
執務机と本棚、ソファなど一通りの応接セットが置かれているが、隊員を集めて訓示を行う事もある為、そこそこの広さはある。
室内に入ると、正面の隊長席に、特務部隊隊長、犬童匠(いんどう たくみ)少佐が鎮座していた。
細身の割に、軍服の上からでも良く鍛えられているのが分かる体躯。
一見穏やかだが切長の目から発せられる鋭い眼光。
さすがは、ゼウスとの戦いの最前線に立つ特務部隊の隊長の風格か。
隊長の傍らには、瀬尾茜の姿があった。
おもむろに犬童が口を開く。
「ようやくお目覚めか、真中」
その声は通るが淡々とした口調だ。
普段から表情が豊かな人ではないため、どうにも思考が掴み取りにくい。
「久しぶりに、良く眠れました…はは…」
バツが悪そうに苦笑いする丞。
犬童が続ける。
「もう動けるのか?」
その問いを受け、姿勢をピンと正して挙手敬礼する丞。
「それはもう、この通り、元気はつらつであります!」
そうは言ったが、身体のあちこちがズキズキと痛む。
それを苦笑で隠し、犬童の言葉を待つ。
「そうか、ならいい。総司令部からの任務だ」
そう言うと犬童は卓上のモニターに映された映像を丞に見せた。
そこに映されていたのは見覚えのある小箱。
キルゾオンと名乗ったあの男が研究所から持ち去った物に似ている。
「賊が研究所から強奪した極秘資料を取り戻せ。この任務は全てにおいて最優先の重大案件だ」
犬童の視線と語気が鋭くなる。
「その小箱には何が?」
素直な疑問をぶつける丞だったが、犬童は軽く首を振った。
「詳しい事は分からない。ただ、ゼウスに対抗する為に必要不可欠とのことだ」
総司令部が詳細を語らないのはいつもの事だ。
軍では必要な部署に必要最低限の情報しか降りてこない。
当然、情報漏洩防止の為である。
「まぁ、いつものやつですね」
丞が肩を竦める。
「そういう事だ」
犬童は短く答えたあと、丞に問いかける。
「真中、ゼウスについては理解しているな?」
犬童の問いに丞は頷く。
「もちろんです。超兵システム適合試験の時に嫌というほど叩き込まれました」
「なら話は早い」
そう言った犬童だったが、傍らの茜が小さく手を挙げた。
「ちょっとよろしいですか?」
「なんだ?瀬尾」
「真中さん、あんな風に言ってますけど、どうかなぁ…?と思いまして」
顎に手を置き訝る茜に対し、丞が反論する。
「ちょ、どうゆう意味だよ!俺だって要る事はちゃんとココに叩き込んでるぜ」
自分のこめかみ辺りを人差し指でトントンと叩きながら、鼻息を荒くする丞。
それを見て茜がクスリと笑う。
「でも真中さん、座学嫌いでしょ?
『要る事』以外の細かい所は忘れてるんじゃないですか?」
痛い所を疲れたと顔をしかめる丞。
「そいつは……まぁ、なんだ…」
茜が端末を操作する。
「それじゃ、おさらいしておきましょうか」
超兵システム適合者となる為、丞も当然アダムやゼウスについての講義は受けている。
だが、細かい内容まで覚えているかと言われると自信がない。
「いやまぁ……大筋は覚えてるぞ」
と強がるが、
「そんなこと言って、いつも直感頼りじゃないですか。隊長、お時間よろしいですか?」
と伺いを立てる茜。
そんな二人を見ながら犬童が小さくため息を吐く。
「分かった。瀬尾、手短にな。」
「了解です」
茜は嬉しそうに端末を操作した。
卓上モニターへ複数のデータが映し出される。
そこには一人の男の写真が表示されていた。
白衣姿に鋭い眼差しの男。
軍服姿の写真もある。
「日浦影郎」
茜が静かにその名を告げた。
「元日本国軍科学部門最高責任者。現在は武装組織ゼウスの最高指導者です」
ゼウス。
今や世界各地でテロ活動を繰り返し、日本のみならず世界全体を脅かす巨大武装組織である。
「そもそもの発端は、今から二十年前に遡ります」
茜がそう言うと、モニターの映像が切り替わった。
そこに映し出されたのは、深海で発見された奇妙な物体だった。
生物のようにも見える。
だが鉱物のようにも見える。
巨大な繭にも似たそれは、当時、日本近海の海底で行われていたレアアース採掘中に発見された。
発見当初は珍しい化石か未知の鉱物程度にしか考えられていなかった。
しかし、研究が進むにつれ、その認識は覆される。
「その物体は生きていたんです」
茜の言葉に丞は腕を組む。
「確か、傷を付けても再生するんだったよな」
「はい。それだけじゃありません」
映像が切り替わる。
複雑な遺伝子配列が画面いっぱいに表示された。
「その生命体は、あらゆる生物に共通する特徴的な遺伝子情報を持っていました」
哺乳類。
爬虫類。
鳥類。
魚類。
昆虫。
現存する生物達との類似点が次々に発見されたのである。
「地球上の生命の祖先ではないか」
そう考える研究者も少なくなかった。
やがて、その存在は神話になぞらえ――
“原初生命アダム”
と名付けられた。
軍による厳重な管理のもと、研究は続けられる事となる。
そして、その研究の過程で発見されてしまった。
人類の運命を大きく変える事になる力が。
「アダムの細胞を他の生物へ投与すると、肉体が劇的な変異を起こす事が分かったんです」
モニターには実験映像が映し出される。
異常な筋力や再生能力。
本来の生物ではあり得ない身体能力。
「軍はその力に目を付けました」
茜の表情が僅かに曇る。
「超人兵士計画です」
当初は動物実験が繰り返された。
だが結果は芳しくなかった。
生み出されたのは強大な力を持つだけの凶暴な獣、制御不能の怪物だった。
それでも研究は止まらない。
科学者達は考えたーー
理性のない動物だから失敗するのではないか。
ーー人間ならば違うのではないか、と。
そして彼らは禁忌へ踏み込んだ。
人体実験である。
軍は死刑囚や余命宣告を受けた者達を対象に実験を開始した。
結果は――成功とも失敗とも言えた。
ある者は理性を保ったまま常人を遥かに超える力を手に入れた。
またある者は肉体の変異に耐え切れず死亡。
そして、多くは自我を失った。
理性なき怪物。
暴力衝動だけに支配された生ける兵器。
そうした実験を経て、自我を保ったまま誕生した存在こそが、現在メタモスと呼ばれる超人兵士である。
「メタモス……」
丞が小さく呟く。
これまで何度も戦ってきた敵だ。
彼らがどのように生まれたのかは知識として知っていた。
だが、改めて聞かされると複雑な気分になる。
「研究自体は一定の成果を上げました」
茜は静かに続けた。
「実際に理性を保った適合者も存在しましたから」
不思議な事に、メタモスは怪人の様な異形の姿から、人間の姿へ戻る事も出来た。
故に一般社会に容易に溶け込み潜在化するといった隠密性の高い運用が可能となるのである。
軍事利用を推進する者達は歓喜した。
超人兵士。
人類を遥かに凌駕する力。
それは戦争の在り方そのものを変える可能性を秘めていた。
しかし、その代償もまた大きかった。
失敗すれば死。
あるいは理性を失った怪物となる。
成功した適合者ですら、いつ暴走するか分からない。
あまりにも危険な存在だった。
やがて研究内容が軍上層部や学会へ報告されると、激しい議論が巻き起こる。
「人道に反する研究だ」
「即刻中止すべきだ」
「人類が扱って良い技術ではない」
そんな声が大勢を占めた。
もちろん反対意見ばかりではない。
「この力があれば国を守れる」
「他国に先を越されたらどうする」
「完成すれば歴史が変わる」
そう主張する者達も少なくなかった。
だが最終的に軍総司令部は結論を下す。
研究の永久凍結。
アダムの封印。
これ以上、人類が踏み込むべき領域ではないと判断したのである。
アダムは再び海底深くへ封印される事となった。
そこで全ては終わるはずだった。
だが、その決定を受け入れられない男がいた。
それが、日浦影郎。
当時の軍科学部門最高責任者にして、アダム研究を主導していた中心人物である。
「日浦は研究の継続を主張しました」
茜が言う。
「人類は進化を止めるべきではない。恐怖によって未来を閉ざしてはならない、と」
しかし、その訴えは退けられた。
軍は研究施設を閉鎖。
アダムは封印。
全ての研究資料は凍結された。
それでも日浦は諦めなかった。
彼は密かに支持者を集めた。
研究者、軍人、政治家。
ある者は理想を求め、またある者は利益を求め。
日浦に与する者も少なくなかったのである。
やがて彼らは行動を起こす。
アダムの強奪、研究データの持ち出し。
軍からの離反。
そうして誕生したのが――
武装組織ゼウス。
今から八年前の出来事であった。
ーーーーーーーーー
「それ以来、ゼウスはアダムを利用した超人兵士の開発を続けています」
モニターには数々のメタモスの映像が映し出される。
「私たち…いえ、人類みんなの敵ですね!」
部屋に静寂が落ちた。
丞は腕を組みながらモニターを見つめる。
どうしてこんな物が生まれてしまったのかーー
これも人の業の深さか…
思いに耽る丞に茜が続ける。
「ですが、軍も手をこまねいていた訳ではありません」
モニター映像が切り替わる。
そこにはベルト型の見慣れた装置が映し出されていた。
「そう、超兵システムです」
気付けば茜の表情が明るい。
超兵システムは技術者としての茜の専門分野。
自然とその説明にも熱が籠る。
「超兵システムもアダム由来のシステムです。
当然、ご存知だと思いますが」
「ああ、勿論。アダム細胞を直接生物に打ち込んで暴走させたのがメタモス。で、アダム細胞を制御しながら、力だけを引き出すのがラ
超兵システム…だろ?」
「その通りです。メタモスの強大な力に対抗すべく作り出した強化装甲。しかし、アダム由来の力ですから、危険も孕んでいます」
そう言うと茜は画面を切り替えた。
ベルトと共に、色とりどりの薬液が入ったアンプルが映し出される。
「超兵システム第三号スティングドライバー。
第二号の失敗を糧に作られた最新型の装置です。ご存知ですよね」
「そりゃ、大事な相棒だからな」
茜が続ける。
「ベルトのコアにはアダム細胞が組み込まれています。そこに生物の遺伝子情報等が入った特殊な薬液を注入する事でアダム細胞を活性化。粒子化した金属を変異させて強化装甲にする。平たく言えば、こういう原理です」
「ああ、だからアンプルを変えると能力も見た目も変わるってことだろ?」
「そうです。アンプルの薬品で“ドーピング”して戦っているイメージ。その為、装着者には尋常じゃない負荷が掛かります」
「それは実感してる。毎回めっちゃ痛いからなぁ。注射嫌いなんだけど」
やや涙ぐんだように戯ける丞。
「ええ。その為、1日に使用出来るアンプルは2本が限界。それ以上使うと身体がどうなるかは分かりません」
「それでスロットも2本しかないのか。でも、理論上は何本でも使えるんだろ?」
丞の質問に対しため息をつき呆れ顔で言い返す茜。
「バカな事言わないでください。そんな事したら身体が耐えきれなくて絶命するか、過剰活性したアダム細胞に取り込まれますよ」
「そいつはおっかねぇ。化け物にはなりたくねーからな」
「悪用されれば危険な兵器です。ですから、ライダーシステムは適合者として登録された人物しか使用出来ません。この意味、分かりますよね?」
「人類の希望は俺一人ってことだろ?」
「そこまでは言ってませんけど、とにかく、気をつけてくださいってことです!」
「りょーかい、分かってるよ」
そう釘を刺された丞の脳裏にゾオンの影が過ぎる。
失われたと思われた超兵システム第一号、ゾオン。
三年前のあの日、突如失踪した黄金の獅子。
異形の姿で帰ってきた彼は本当にあの灰泥優二だったのかーー
纏う禍々しさはとても優二のものとは思えない。
だが、あの強さ、身のこなし。
謎は尽きなかった。
思案に暮れる丞を遮るかのように、犬童が口を開く。
「もういいだろう。本題に移るぞ」
我に返ると丞は犬童に向き直る。
「はい、小箱の奪還でしたね。でも、どうやって?」
丞の問いに茜が答える。
「対象の小箱は特殊な微弱電波を放っています。
それを追って行けば、目標に辿り着くはずです」
「その通り。対象の現在地を教えてやってくれ」
犬童の指示で茜がモニター映像を切り替える。
東海地方の地図上を西進する赤い点滅。
「対象は現在、愛知県N市付近へ向けて移動中と思われます!」
「真中丞中尉。貴君は1個中隊を率いて直ちに対象の追跡に当たれ!」
「了解!!」
犬童の指令を受け、丞は隊長室を後にした。
丞の後を茜が追う。
「真中さん!」
その呼びかけに振り返る丞。
「優二さんの事はこっちで色々調べてみます。
何か分かれば連絡します。頑張ってください!」
そう言って拳を軽く突き上げる茜の姿を見て、癒された気持ちになったが、丞はすぐに気を引き締めた。
「ああ!行ってくる!」
そう言うと丞は駆け出したーー
こうして、真中丞率いる特務部隊ゼロの小箱奪還作戦が始まったーー
ーー愛知県N市。
とある高層ビルの一室にゼウス軍服に身を包んだ男が居た。
差し込む日差しで顔は良く見えないーー
部屋には男一人。
ソファに腰掛け、誰かを待っている様子だ。
目の前のテーブルには、件の小箱が置かれていた。
小箱を手に取り、おもむろにその男が呟く。
「超兵スティンガーか…面白い。早くここまで来い…!」
そう言うと、男は小さく笑った。
愛知県N市ーー
市街の一等地にそびえ立つ高層ビル。
その高層階の一室ーー
見晴らしの良い大きな窓。
高級感溢れる調度品。
一部上場のIT企業、YAKUMOの社長室だ。
来客用のソファには、ゼウスの軍服姿の男。
向かい合う様に上下白スーツ姿の一見品の良い男。
テーブルの上には金属製の小箱とペンの様な物が数本。
白スーツの男はおもむろにペン状の物を一つ手に取ると、自らの首に押し当てた。
ペン型注射器だ。
針を刺し、薬液を注入した。
その一瞬、男の顔が蜘蛛の様に見えた気がした。
「ふうぅ、助かりましたよ。最近、供給が滞り気味でしたから」
そう言うと男は恍惚とした表情で息を吐く。
「しかし珍しいですね、貴方が来るなんて。
ゼウスも人手不足なんですか?」
注射を打ち終わった“蜘蛛男”が向かいの男に問う。
しかしその男は特に何も答えなかった。
“蜘蛛男”はYAKUMOの代表取締役、八雲匡(やくも まさし)。
ゼウスに多額の資金援助を行う協力者の一人であり、自らもメタモス化手術を受けていた。
本社ビルもゼウスの拠点の一つとなっている。
八雲が卓上に置かれていた何本かの注射器を手に取る。
「しかし、不便な身体になってしまいましたね〜…定期的に血清を打たないと死ぬだなんて。知ってたら、改造手術を受けなかったかも?いや、そうでもないか」
そう言うと八雲は注射器のうちの一本を男に差し出す。
「貴方はいいんですか?」
「俺はお前らとは違う」
「ああ、超兵システムとか言うんでしたっけ?
でも、メタモスにも見えますが?」
「………一緒にするな」
「随分な言われようですねぇ。貴方だって似たようなものでしょう?」
その言葉を聞いた男から発せられる殺気に気圧され、八雲が続けた。
「そ、その小箱は何なんです?」
「ああ、コレか。コレは関係ない」
そう言うと男は小箱を手に取り懐にしまう。
「深追いするな」と言わんばかりの鋭い眼光を受け、八雲は問うのをやめた。
「まぁ、いいです。貴方と喧嘩する気はないですから。どっちつかずのハイドさん」
そう呼びかけられ、若干男の目の色が変わった。
「…どういう意味だ?」
静かだが、迫力のある声。
「ああ、いえ、最近やけにご活躍の様子でしたから、つい。失礼しました」
そう言うと八雲はニヤリと笑い、立ち上がった。
「血清、助かりました。
ゆっくりしていってください。
私は仕事がありますので、これで」
そう言い残し、八雲は部屋を出ていく。
しばらく沈黙した後、小さく呟いた。
「フッ…やはりそうか…」
それから、胸元にしまった小箱に目をやった後、小さく笑った。
「お言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらうとしよう」
ーーー
その頃、真中丞は愛知県N市内を走る装甲車内にいた。
目的の小箱が発する微弱な電波の反応が、ある地点で止まっていたのである。
インカムに茜からの通信が入る。
『目標の反応を確認。地図に示します』
車内のモニターに地図が写し出される。
赤い光の点滅の位置は、市街地の中心地区に立つ、YAKUMO本社ビルだ。
「YAKUMOって言えば、有名な会社だよな。
ネットワーク管理だっけ?」
「ああ、何でもここ4、5年で急成長を遂げたITの大手だ。株でも買っときゃよかったぜ」
「けど、黒い噂も絶えない会社だ。競合企業の重役が変死したり、ゼウスに襲撃されたりな」
そんな隊員たちの会話を補足する様に茜が続ける。
『その通りです。元々軍もゼウス関連企業の疑いを持って調査していました。今回の件でその裏付けが取れました』
「つまり、ゼウスの拠点ってことだな。それもかなり重要な」
丞の言葉に、隊員たちの表情も引き締まる。
『目標は市街の中心地区…なるべく被害は出さないよう、大規模戦闘は避けてください』
「分かってるよ茜ちゃん。その為の超兵システムだ。あっという間に片付けてやるよ」
丞は肘、肩を伸ばしストレッチをしながら戦闘準備に入った。
「しっかし、アイツが居るんだよなぁ〜」
丞の悩みの種は勿論キルゾオンである
胸の奥が僅かに疼く。
魂を引き剥がされるかの様なあの掌底の衝撃を、今でも身体が覚えていた。
恐怖に怯えているのではない。
あんな化け物が本当に優二なのか?
優二だったとしたら、自分の手で倒す事は出来るだろうか?
いずれにしても、被害を気にして勝てる様な相手ではないという確信があった。
『真中さん、今回は新しいアンプルを手配しています。強力ですが、戦闘よりも小箱の奪還を優先してください』
新しいアンプル…それ一つで戦局が一変すると考える程、丞は甘くはない。
だが前回の戦いは、メタモス戦後の疲労や精神的な動揺も大きかった。
万全の状態であれば遅れを取ることはないーー
丞は自分にそう言い聞かせていた。
『間も無く目的のビルに到着します。みなさん、お気をつけて!』
茜の忠告を聞いた後、丞が隊員たちに指示を出す。
「隊を2個班に分ける。A班は民間人の避難誘導!警報でも何でも使え!B班は俺と一緒にビル内の捜索だ。騒乱に乗じて一気に乗り込むぞ!」
「了解」
やがて装甲車がビル前に到着した。
「総員降車!!作戦開始だ!!」
ーーーー
YAKUMO本社ビルエントランスホールーー
大手企業に相応しい広い空間には、多数の人々が行き交い、待ち合わせをする者、商談中の者などがごく一般的な日常の風景を作り上げていた。
その平穏を切り割くように、武装した兵隊が大挙して進入してきた。
特務部隊「ゼロ」である。
「このビルに爆弾が仕掛けられています!直ちに避難してください!!」
軍隊の姿を見て、一般人といえども、情報が真実だと確信したのだろう。
ビル内の人々は一斉に外へ向かって逃げ出した。
「皆さん、落ち着いて避難してください!我々が誘導します」
隊員は手際良く民間人の避難誘導に当たる。
さすがに軍の精鋭部隊、手慣れたものである。
丞のインカムに茜からの通信が入る。
『真中さん、対象の反応は上層階です。敵の中枢と思われます。気をつけてください!』
「了解!」
丞達が上階へ向かおうとすると、社員の男が駆け寄る。
「お待ちください!爆弾なんて私どもは聞いておりません。社長の許可がないとこの先へはーー」
「一刻を争います!捜索に協力願います」
「しかしーー」
その社員がいい終わる前に、丞は男の腹部にボディブローを当て一撃で気絶させると、他の隊員にその身体を運ばせた。
「悪いね、時間がないんだ」
さらに丞の手元には、カード型のマスターキーがあった。
「上層階へ急ぐぞ!敵の攻撃に気をつけろ!」
爆弾などは嘘っぱちである。
丞の指揮で部隊は目的の場所へ向かった。
ーーー上層階のオフィス
資料に目を通す八雲の下に、男が駆けつけ急報を告げる。
「社長!軍隊です!!戦闘員が応戦中!」
「軍隊?バカな!なぜここに…」
八雲は一瞬のたじろぎの後、何かに気付いた。
「まさか、あの男が!?」
八雲が疑ったのは先程まで面会していた男、灰泥。
しかし、その真意を確かめている暇はなかった。
今は目の前の敵に集中しなくては。
八雲はニタリと狂気じみた笑みを浮かべた。
「まぁいいでしょう。久しぶりに、殺戮ショーを楽しむとするか」
八雲はそう呟き、オフィスを後にした。
ーーーーー
ビル上層階の通路では、特務部隊とゼウス戦闘員との間で激しい銃撃戦が繰り広げられていた。
「やっぱりゼウスだったか!みんな、集中しろ!頭を狙え!それ以外は意味はない!」
ゼウス戦闘員はメタモス手術失敗者の成れの果て。
知能を持たぬ狂人兵士。
メタモス程ではないが、その力、耐久性は人間のそれではない。
脳を停止させない限り、肉体の破損はお構いなしに襲ってくるのである。
部隊員は、連携と精密な射撃で、戦闘員を少しずつ倒していく。
丞も手持ちの銃器で応戦する。
キルゾオンとの決戦に備え、力を温存しておくためだ。
その戦闘の最中、突如前方の隊員が吹き飛ばされた。
その方向を目で追うと、白い糸のような粘着性の繊維に巻かれ、打ち付けられた壁に貼り付けにされていた。
前方から現れた上下白スーツの不惑の男は余裕の笑みを浮かべながら歩み寄って来る。
八雲匡だ。
「困りますねぇ、アポなしとは。私も忙しい身でね」
そう言うと袖口から白い糸を射出し、隊員を一人、また一人と吹き飛ばしていく。
「さぁ、おかえり願いましょうか」
そう言うと、八雲の身体が徐々に変異する。
八つの複眼、4本腕に4本足の異形の怪物、スパイダーメタモスだ。
隊員達は銃撃で応戦するも、全く歯が立たない。
丞はすぐ様ベルトを腰に装着し、黄色のアンプルを手に取った。
「お前と戦っている暇はない。一刺しで決めてやるぜ!」
アンプルをスロットに入れる。
『インサート』
丞は呼吸を整えると、スロットのアンプルを勢いよく押し込む。
「変身!!」
『ドープ。ホーネット』
丞の身体が光の粒子に包まれ、瞬く間に装甲が形成される。
スティンガー、ホーネットドープである。
スティンガーは力強く床を蹴ると、猛ダッシュでスパイダーに接近し、拳を放つ。
しかしスパイダーは口から噴き出した糸を天井に貼り付け、自らの身体を引き上げてそれを回避した。
かなりの反応速度だ。
だがスティンガーも止まらない。
壁を蹴り、天井近くまで跳躍すると、そのまま回し蹴りを放つ。
「逃がすか!」
蹴りはスパイダーの脇腹を掠め、ボディの表皮を切り裂いた。
「ほう……」
スパイダーが僅かに目を細める。
完全に見切ったと思っていた攻撃だったが、ホーネットの速度は思った以上だった。
そう感じ、スパイダーは恍惚とする。
「こうでなくては…楽しめませんからねぇ!」
スパイダーのギアが1段階上がる。
スパイダーは天井や壁に張り付き、空間の至る所から攻撃を仕掛けて来る。
それを躱しながら反撃するスティンガー。
拳は届く。
蹴りも当たる。
しかし決定打にはならない。
攻撃を加えても、スパイダーはすぐに距離を取るのだ。
「くそ!ちょこまかと!」
ホーネットドープは蜂の敏捷性を活かした高速戦闘が持ち味のスタイルである。
したがってスティンガーが遅いのではない。
スパイダーが想定以上に素早いのだ。
スピード勝負では分が悪いようだ。
スパイダーの攻撃は激しさを増していく。
糸の流れ弾を受けた隊員が、一人、また一人と戦線から離脱していく。
壁に貼り付けられた隊員の悲鳴が響く。
「隊長!こいつの糸、剥がれません!」
「くっ……!」
スティンガーはスパイダーへ飛び掛かり、拳を叩き込む。
鈍い衝撃音。
スパイダーの身体が僅かに浮いた。
確かな手応えがあったが、次の瞬間だった。
「甘いですねぇ」
至近距離から吐き出された大量の糸。
回避する間もなく、スティンガーの右腕へ絡み付く。
「しまっ──」
さらに二本、三本。
瞬く間に身体が拘束されていく。
「くそっ!こんなもん!」
身体に力を入れ、糸を引きちぎろうとするスティンガー。
しかし見た目とは裏腹に、超硬質ワイヤーのような強度を誇る糸は簡単には解けない。
スパイダーが嘲笑を交えながらスティンガーにジリジリと近付く。
もう、どうとでも出来るといった余裕の行動だ。
「蜂さんは蜘蛛のエサ。常識でしょうが!」
近づいて来るスパイダー。
幸い、肘から下は何とか動かせる。
スパイダーを見据えながら、丞は茜の言葉を思い出していたーー
『新たな力はマンティス。戦術の幅が広がるはずです』
ーーースティンガーは腰のストッカーに手を伸ばすと、緑色のアンプルを抜き取り、素早くスロットに挿した。
『インサート』
電子音に僅かに警戒するスパイダー。
「何をするつもりです?悪あがきですか」
「こいつは前座には使いたくなかったなぁ。
けど、しゃあねぇ!試運転と行くか!」
丞は緑のアンプルを力強く押し込んだ。
『ドープ。マンティス』
再びスティンガーのベルトが発光すると、緑色に輝く粒子が噴き出し、装甲を再構築していく。
光の中から現れたのは、両前腕に鎌のように湾曲した刀を携えた、緑の戦士。
その佇まいはさながら侍のようだった。
次の瞬間、糸が音もなく切断された。
「なに……?」
スパイダーが目を見開く。
その八つの目を持ってしても、切られた瞬間が見えなかった。
スティンガーはゆっくりと構えを取る。
不思議な感覚だった。
心が穏やかだ。
怒りも恐怖もない。
精神だけが静かに研ぎ澄まされていた。
スティンガーは両腕に目をやった。
「なるほど。コイツは使いやすそうだ」
「フン!こけおどしでしょう!」
スパイダーは口から連続で糸を射出した。
だがスティンガーは最小限の動きでそれを切り裂く。
一本、二本、三本。
糸はスティンガーへ届く前に全て断ち切られていた。
「馬鹿な……!」
動揺するスパイダーであったが、反撃を諦めた訳ではない。
次の瞬間、4本足で床を蹴ると猛スピードで接近し、4本の腕で連続の突きを繰り出した。
鋭い刺突。
人間なら反応すら出来ない速度。
だが今のスティンガーには、その軌道が手に取るように見えていた。
僅かな身体の捌きだけで全てを見切る。
(無駄な動きが見える……!)
スパイダーの攻撃が空を切る。
その隙を逃さず、スティンガーは両腕の刃を振るった。
閃光に遅れて鮮血が舞う。
スパイダーの腕二本が宙を舞った。
「ぎぃいやぁぁぁ!!」
堪らず悲鳴を上げるスパイダー。
スティンガーは静かに構え直す。
「メインイベントが控えてるんでな」
右腕を左腰へ。
腰を落とし、居合いの構えを取る。
「終わりにさせてもらうぜ」
スティンガーは再び緑のアンプルを押し込んだ。
『ハイドープ』
右腕の刀身へ光が集束する。
「この私を、舐めるなぁぁぁ!!」
逆上したスパイダーが飛び掛かった。
その瞬間ーー
「心気一閃!」
光が走る。
「マンティスラッシュ!!」
抜刀術の如き一撃。
一筋の光線が空間を切り裂いた。
次の瞬間には、スパイダーの身体は上下真っ二つに切り離されていた。
「し、信じられ……ない……!」
断末魔と共にスパイダーの身体が爆散する。
爆炎を背に、スティンガーは静かに立ち上がった。
複眼モニターに映る反応を確認する。
「反応はこの先か……」
マンティスの精神集中がまだ残っているのか、頭は妙に冴えていた。
だが、その先に待つ相手を思い出した瞬間、その静寂は消し飛ぶ。
キルゾオン。
あの獅子相手には一寸の油断も許されない。
「急ごう」
そう呟き、スティンガーは社長室へ向けて駆け出した。
ーーーYAKUMO社長室。
爆発の衝撃はここにも伝わっていた。
ソファに腰掛けた男は小さく笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
「来たか…」
腰には超兵システムと思しきベルトが装着されていた。
男は静かに、ベルトに装填されていたアンプルを押し込む。
『ドープ。レオ』
重く野太い電子音の後、男の身体が赤黒い筋肉の様な装甲に変異する。
血塗れの獅子、キルゾオンだ。
キルゾオンは扉を見据え、待ち人の到着を待ったーーーー
「反応はここか!」
社長室の扉の前で立ち止まると、スティンガーは腕を一閃して斬撃で扉を切り裂いた。
室内には、禍々しい妖気を放って佇む魔人、キルゾオンが待ち構えていた。
「ようやく来たか、スティンガー」
静かだが、殺気のこもった重い声。
それでも、聞き覚えのある声だった。
やはり優二なのか?
一瞬その名がよぎったが、丞は迷いを振り払うように首を振り、目の前の任務に集中することにした。
キルゾオンの傍らのテーブル上には、奪還対象の小箱が置かれていた。
「お前が誰かは関係ない!その小箱を返せ!!」
丞の呼びかけに、キルゾオンが静かに問う。
「ここに来るまでに蜘蛛がいなかったか?」
脈絡のない問いであったが丞は、
「蜘蛛?ああ、駆除したよ」
と短く答えた。
それを聞き、キルゾオンは小さく笑った。
「フフ…そうか…」
「何がおかしい!?」
次の瞬間、キルゾオンから凄まじい殺気が放たれ、部屋の空気が張り詰めた。
「小箱が欲しくば、取り返してみろ、
スティンガー!」
気圧される訳には行かなかった。
前回とは違う、今度は逃がさないーー
こうして、キルゾオンとの再戦の火蓋は切って落とされたーー
YAKUMO本社ビル最上階ーー
社長室の壁は砕け散り、床には深い亀裂が走っていた。
マンティスドープの刀が閃く。
キルゾオンの爪が火花を散らす。
両者の攻撃は幾度となく交差していた。
一撃必殺。
そんな言葉が似合う死闘。
互いに決定打を許さないまま、戦いは既に数分が経過していた。
以前とは違う。
確実に勝負になっている。
「どうした!余裕ないんじゃないの!」
丞の挑発にもキルゾオンは反応しない。
ただ静かに構えている。
その一撃の威力が脅威であることは変わりない。
荒々しさと冷静さが混在するキルゾオンの戦闘スタイルは不気味としか形容しようがなかった。
それでもーー
(見えるぞ……奴の動きが!)
マンティスドープ特有の感覚。
アンプルに含まれる鎮静剤の効果だろうか。
精神が極限まで研ぎ澄まされる。
呼吸。
筋肉の動き。
視線。
全てが手に取るように分かる。
しかし、それは相手も同じだった。
キルゾオンが僅かに踏み込む。
スティンガーも同時に動いた。
ぶつかり合う金属音。
両者が交差する。
互いの攻撃を紙一重で躱していた。
「チッ!」
マンティスの刀が振るわれる。
しかしキルゾオンは首を傾けるだけで回避。
返しの拳。
スティンガーもまた最小限の動きで避ける。
どちらも見えている。
どちらも読んでいる。
だから決定打にならない。
まるで鏡合わせの戦いだった。
高次元の戦い。
「面白い……!」
血湧き肉躍る感覚を覚えたのかキルゾオンが初めて笑った。
「へぇ、気が合うな!俺もだ!」
スティンガーも笑う。
思い出すライバルとの戦いでの高揚感。
再び激突、刃と拳が交差する。
火花が散る。
しかし次の瞬間。
スティンガーの視界の端で、キルゾオンの肩が僅かに動いた。
(そこだ!)
一歩踏み込む。
右腕の刀が閃く。
ザンッ!!
鈍い音と共に、キルゾオンの右腕、肘から下が宙を舞い、ポトリと床へ落ちた。
「斬った!」
決定的な一撃。
しかしキルゾオンは声一つ上げない。
得体の知れない不気味さが丞を襲う。
(何だ…?)
キルゾオンはゆっくりと落ちた腕へ近付くとそれを拾い上げた。
切断面からは黒い液体が滴り落ちていた。
次の瞬間、右腕の肘断面から無数の黒い繊維が伸び始めた。
それは生き物の触手のようだった。
切断された腕側からも同じものが現れる。
それらは互いを求めるように絡み合い、肉と肉を結び付けていく。
グジュッ……
嫌な音が響いた。
やがて繊維は体内へ引き込まれ、
切断面は跡形もなく塞がっていた。
キルゾオンは拳を握り、指が動くのを確認する。
「馬鹿な……」
スティンガーが息を呑んだ。
この男は人なのか?
それとも化け物なのか。
スティンガーの驚きを他所にキルゾオンが低く笑う。
「どうした?それで終わりか?」
キルゾオンは再び構える。
「第二ラウンドと行こうか」
その声には確かな愉悦が滲んでいた。
ーーーーー
一方そのころ、日本国軍 特務部隊ゼロ技術開発棟ーー
瀬尾茜は端末の前で腕を組んでいた。
モニターには灰泥優二のプロフィール。
そこには、
アクセス拒否
削除済み
閲覧権限なし
そんな文字が並んでいる。
「おかしい……どうして?」
あまりにも不自然だった。
どうしてアクセス出来ないのか?
何らかの隠したい意図があるのか?
茜はため息を吐いた。
(私だけではどうにも出来ないな。やっぱり、彼の助けが必要ね…)
そして一件の通信を発信する。
数秒後、モニターに若い男の顔が映った。
ぼさぼさの髪に眠そうな目。
背後には大量のモニター。
周りにはエナジードリンクの空き缶が多数。
軍情報解析部所属、西馬光雄(さいば みつお)。
飛び級で大学を卒業し軍へ入った若き天才である。
「瀬尾先輩だ」
声が若い、というか子供っぽい。
「珍しいですね、先輩から連絡なんて」
「久しぶりね、西馬くん」
「何か面倒事ですか?」
「どうして?」
「先輩から連絡が来る時は大体そうなので」
茜が苦笑する。
「お願いがあるの」
「やります」
即答だった。
「まだ内容言ってないんだけど」
「瀬尾先輩が頼むなら必要なんでしょ?」
当然のように言う西馬。
(どうにもこの子は頭が回りすぎるわね)
茜は少しだけ呆れた。
「軍の中央データベースにアクセスしたいの」
「それは犯罪ですね。見つかったら軍法会議にかけられて除隊。いや投獄されてお先真っ暗。ああ、若き逸材はこうして…」
矢継ぎ早に捲し立てる西馬を制するように、茜が言った。
「お願い」
「どこのサーバーです?」
やはり即答、しかも食い気味だ。
「……ありがとう」
「先輩限定です」
西馬はあからさまに照れた様な顔を見せたが、キーボードを叩き始めると表情を一変させた。
さっきまでの眠そうな顔ではない。
獲物を見つけた猛禽類のような目。
「へぇ」
「何か分かった?」
「いや」
西馬が笑う。
「面白いですよ、これ」
モニター上を高速で流れていく文字列。
「灰泥優二……」
さらに解析を進める西馬。
「誰かが意図的に消してますね」
茜の表情が険しくなる。
「やっぱり」
「しかも軍内部の…ま、そりゃそうか」
流石に軍の機密情報である。
外部の仕業とあらば大問題である。
「復元できる?」
茜の問いに西馬は鼻で笑った。
「出来ないと思うなら呼ばないでください」
その言葉に、茜は少しだけ安堵した。
「じゃあ、お願いね。それより西馬くん、ちゃんと食べてる?またエナドリばっかり?」
「エナドリとサプリがあれば十分です」
「ダメよちゃんと食べないと。身体壊す…」
「食べます!」
また食い気味の回答。
「先輩が言うなら、食べます!」
「あ、あら、そう?じゃぁお願いね。今度、お弁当持って行くわ」
それを聞き、目の色を変える西馬。
「ホントですか!?絶対ですよ!だったら、世界の真理だって暴いてやりますよ!」
少し浮世離れしているが、西馬の腕が確かなのは十分理解している。
西馬の助けにより、優二失踪の真相に近付いた気がした。
不意に、西馬が言う。
「で、誰なんです?この灰泥優二って人」
誰もが知る、軍の英雄。
それを知らないのも西馬らしい、天を仰ぎ、茜は思わず吹き出した。
ーーーーー
YAKUMO本社ビル最上階ーー
再び激突する二人。
キルゾオンの拳が唸りを上げる。
スティンガーは身を捻り、その一撃を紙一重で回避した。
反撃の斬撃を放つが、キルゾオンもまたこれを見切る。
互いに攻撃を読み合い、躱し合う。
まさに死闘、一瞬の油断が敗北に繋がる。
「ハァッ!!」
スティンガーが踏み込み刀が閃く。
キルゾオンが受け流し、その衝撃で床が砕ける。
やはり強い…
どうしても、優二の姿を重ねてしまう。
しかし今は命のやり取りの真っ最中だ。
迷いは命取りとなる。
「うおおおお!」
迷いを振り払うように丞が叫び果敢に切りかかるが、キルゾオンもこれに応戦してくる。
その一撃一撃が重い。
前回と同じだ。
技量では互角に近付いている。
だが純粋なパワーが違う。
徐々に押し込まれるスティンガーが床を削りながら後退する。
「ぐっ……!」
キルゾオンの拳が振り抜かれる。
追撃、蹴り、掌底、嵐のような連撃だ。
スティンガーは辛うじて捌き続けるが純粋に力負けしている。
「くそッ!」
堪らず後ろへ飛び、間合いを取る。
マンティスドープの長所は見切り。
だが相手もまた見切りの達人だ。
逆に短所は防御性能の低さ。
長引けば不利になる。
(それなら!!)
スティンガーは緑のアンプルを押し込んだ。
『ハイドープ』
緑色の光が刀へ収束する。
腰を落とす。
居合いの構え。
起死回生の必殺技、心気一閃マンティスラッシュの予備動作。
それを目にしてもキルゾオンは動かない。
ピクリともせず冷静にその動きを見ている。
張り詰める空気、一触即発の緊張感。
どちらが先に動くのか。
「ハァァァァッ!!」
先手を取ったのはスティンガー。
素早く駆け寄り間合いを詰める。
すれ違いざま、刀が光を引く。
閃光の如き一振り!
しかし、またもキルゾオンの姿が消えた。
「なっ!?」
スティンガーが驚く暇もなく、キルゾオンは既に真横に回り込んでいた。
掌底が胸部装甲へ叩き込まれる。
ドォォォン!!
「がぁぁぁっ!!」
吹き飛ばされるスティンガー。
壁を突き破り、隣室へ転がった。
それでも、土壇場で僅かに体勢を逸らし、何とか致命傷は避けた。
マンティスドープの性能故の恩恵だった。
激痛が走り呼吸が乱れる。
それでも、ここで倒れる訳にはいかない。
キルゾオンもゆっくり歩いて来る。
しかし奴とて無傷ではない。
以前に比べればダメージが軽い、キルゾオンもまた消耗しているのだろう。
(まだ…いける……!)
勝機はある。
いや、確実に掴まなければいけない。
ここで負ける様なら、もう二度と、追いつけることはないだろう。
後のことはどうでもいい。
ここが正念場だ。
丞は意を決して「それなら!」と、既にベルトに装填されていた黄色のアンプルを押し込む。
『チェンジ。ホーネット』
緑の装甲が分解し、再構築される。
高速戦闘形態、ホーネットドープ。
アドレナリンが分泌され、興奮が高まる。
「今度はそっちか」
キルゾオンが呟く。
「付き合えよ」
スティンガーが笑った。
「ファイナルラウンドだ!」
黄色い閃光が走る。
ホーネット本来の速度。
マンティスで見極めたキルゾオンの癖。
それらを組み合わせた猛攻。
スティングニードルによるラッシュでスティンガーが畳み掛ける。
しかし、キルゾオンも倒れない。
むしろ戦いを愉しんでいるようにも見えた。
「いいぞ!スティンガー!!」
ドォン!!
拳と拳が衝突する。
吹き飛ばされる両者。
互角だった。
だが、それでは駄目だ、決め手に欠ける。
小箱は取り戻せないし、奴を倒せない。
丞が少しの間、思案を巡らせると、一つの結論に辿り着いた。
(これしかないか…覚悟を決めろ!!)
スティンガーはアンプルを押し込んだ。
『ハイドープ』
ホーネットドープの全身が黄金に発光する。
対するキルゾオンもベルトのアンプルを押し込む。
『ハイドープ』
赤黒い身体がさらに禍々しく脈動した。
空気が震える。
「決着だ」
そう言うとキルゾオンは深く腰を落とした。
獅子が獲物へ飛び掛かる直前の構え。
スティンガーを仕留めた、あの必殺の獣王掌。
丞もまた力強く跳躍する。
右脚へ光が集中する。
背部スラスターから噴射される光の羽根。
正に、全身全霊のスティングサンダーキック。
「うおおおおお!!」
「来い!!…獣王掌!!」
キルゾオンの掌底から発せられる特大の衝撃。
激突する飛び蹴りと掌底。
鳴り響く轟音。
空中と地上、両者の力がぶつかり合う。
拮抗する力。
しかし、それでもキルゾオンの力が僅かに強い。
徐々にスティンガーが押し負け始める。
「ぐっ……!」
ホーネットの装甲が悲鳴を上げる。
ライダーキックが押し返される。
(このままでは、やられる!)
極限にまで達した神経が、丞の覚悟を押し上げる。
(やるしかない!)
そう思った瞬間。
丞の手がベルトへ伸びた。
茜の言葉が脳裏を過る。
ーーアンプルの過剰使用は危険です。
ーー絶対に無理はしないでください。
「悪いな茜ちゃん」
丞は笑った。
「今回は聞けそうにない」
マンティスアンプルを押し込む。
『ハイドープ』
キルゾオンの目が見開かれる。
「何だと……!?」
『WARNING…WARNING』
今までにない警告音が流れる。
ホーネットの興奮。
マンティスの集中。
相反する薬理作用。
本来なら同時使用など想定されていないダブルハイドープ状態。
明らかな薬液の過剰摂取。
骨が軋み血管が焼ける。
身体は悲鳴を上げるが、力だけは際限なく膨れ上がっていく。
「これでぇぇぇぇぇぇ!!」
異常に膨れ上がる力を探知し、キルゾオンの瞳が揺れて見えた。
「クッ……うおおぉぉッ!」
キルゾオンが叫んだ次の瞬間、均衡が崩れた。
眩い光。
轟音。
そして世界は白く染まった。
ーーーーー
激しい音と共にビル上層階が爆発する。
地上の避難民達が一斉に見上げた。
窓ガラスが砕け散り煙が吹き上がる。
避難民が口々に言う。
「本当に爆弾が……」
「何て恐ろしい…」
避難誘導にあたる特務隊員も、上空を見上げ、仲間の無事を祈った。
ーーーーー
瓦礫の中。
最初に意識を取り戻したのは丞だった。
「ぐっ……」
身体が思う様に動かない。
上体を起こすのがやっとだ。
変身は解除されていた。
全身が焼けるように痛む。
呼吸すら苦しい。
明らかにやり過ぎた。
しばらく立てそうにない。
視界の先で瓦礫が動いた。
誰かが立ち上がろうとしている。
「……」
人間の姿をした男だった。
ボロボロの白い軍服。
正気のない顔の左側に大きな傷。
その顔を見た瞬間、丞の思考が停止した。
「ゆ……うじ……?」
あり得ない…そんなはずはない。
だが、戦いの中で確かに感じた予感。
何度も隣で見てきた。
その背中に憧れ、追い掛けた。
間違えるはずもないあの顔がそこにあった。
しかし、その顔はやつれ果てていた。
かつて仲間達を引っ張っていた明るい笑顔はどこにもない。
「優二……!」
男の動きが止まる。
沈黙。
燻る火の爆ぜる音しか聞こえない。
男の目には何の感情も感じられなかった。
怒りも、悲しみ、喜びも。
ただ深い闇だけがあった。
何をどう辿れば、そのような目になるのか…
やがて男は視線を外し、小箱を拾い上げる。
「待て……」
丞は立ち上がり追いかけようとしたが、身体が動かなかった。
男は何も答えなかった。
ただ出口へ向かって歩き出す。
「優二ぃっ!!」
気力を振り絞り必死に呼び止める叫びだけが響く。
しかし男は振り返らない。
そのまま煙の向こうへ消えていった。
残された丞は力なく倒れ、仰向けのまま呆然と天井を見上げた。
信じたくはない。
だが、見間違うはずがない。
あれは、間違いなく灰泥優二。
親友の姿であったーー
ーー死闘の後、仲間に回収された丞は医務室のベッド上にいた。
満身創痍、疲労困憊。
それでも丞は眠れなかった。
信じたくなかった…
でもあの顔を見間違えるはずがない。
そもそもベルトだ。
超兵システムは登録した本人にしか使えない。
分かっていた事じゃないか…しかし気持ちは整理出来ない。
言いようのない感情が洪水の様に押し寄せた。
休もうと目を閉じれば、優二との思い出ばかりが蘇る…
ーーあれはアカデミーでの寮対抗格闘術大会でのこと。
優二と初めて会った日だ。
それまで丞は一度も負けた事がなかった。
格闘術だけではない。
身体能力に関する分野では負け知らずだった。
灰泥優二に合うまではーー
あの日完膚なきまで叩き潰された丞は、不思議と悔しくなかった。
『良い試合だった、また相手をしてくれ』そう屈託のない笑顔で握手を求められた。
それが何故だか無性に嬉しかったのだ。
ーーまた別の記憶が流れ込んでくる…
訓練終わりの帰り道、冬の公園のベンチだったかーー
丞は何気なく、優二に尋ねた。
「ホントお前って何でも出来るよな。なんでそんなに出来るんだ?生まれながらの天才ってやつ?」
若干の悔しさもあったのか、少し戯けて見せる丞であったが、意外にも優二は一瞬顔を曇らせ、「二人分頑張ったからかな」と小さく答えた。
「二人分?」
どうゆう意味だ?と丞の視線が尋ねていた。
それを見て優二も(こいつになら、いいか)と軽く息を吐き、天を見上げた。
「兄さんが居たんだ」
「兄さんが…居た?」
過去形で話す優二に違和感を感じる丞。
優二が続ける。
「ああ。あんまり人には言ってないんだけど…高校生の時にメタモスに襲われたんだ。その時兄さんは、命をかけて俺を逃してくれた。俺は兄さん一人を残し、逃げてしまった…」
罪の意識に苛まされている様な表情だった。
「兄さん、凄い人だったんだ。俺なんかよりずっと…」
不意に、優二の顔が少し明るくなった。
いや、取り繕うように、というべきか。
「頭も良くってさ、高校生なのに博士号が取れるんじゃないかって!まぁ流石にそれは無いって兄さん、謙遜してたけど。ハハッ。何でも出来た…同い年なのにズルいって何度も思ったよ」
兄の事を話す優二の表情は、嬉しそうにも、また、悲しそうにも見えた。
白い息をふっーっと吹いた後、優二は手にした缶コーヒーを一口含む。
「だから俺は、兄さんの分まで生きると決めた。兄さんが残してくれた命、精一杯生きようって」
しばらく沈黙が続いたーー
重苦しい雰囲気に耐えられなかったのか、優二が笑みをこぼす。
「こんな空気になるから言ってなかったんだけど」
丞も気まずさを紛らすように微笑みかける。
「ああ、いや、変な事聞いちまったな、悪ぃ」
「いいんだ」
優二が一旦星空を見上げた後、丞に視線を戻す。「だから俺は、兄さんよりも強くなって、みんなのヒーローになりたいんだ!」
そう言う優二の顔には、いつもの少年のような笑顔が戻っていた。
それを見て、(勝てないわけだ、コイツには…)
そう思ったのを覚えているーーー
憧れだった。
追いかけたくなる背中だった。
笑顔が眩しかった。
だが、その笑顔はもうないーー
そう思うと言葉に出来ない哀しみが一気に押し寄せ、丞は手で顔を覆った。
ーーそれから、どれくらいの時間が経っただろうかーー
丞の携帯電話に着信が入った。
ディスプレイには瀬尾茜の文字。
一瞬手を伸ばそうとしたが、少し身体を動かしただけで、全身がズキズキと痛む。
嫌でもあの戦いの激しさが思い起こされる。
(無茶な事したからな。怒ってるんだろうな)
茜の忠告を聞かなかったのは何度目だろうか。
きっと電話に出れば大目玉をくらう。
それもあったが、今は喪失感の方が大きい。
とても電話に出る気にはなれなかった。
(悪いな、茜ちゃん…)
電話は何度も鳴ったが、その全てに無視を決め込み、丞は眠りについたーーー
と思ったのも束の間、勢いよく医務室の扉が開く。
「ちょっと真中さん!何で電話に出ないんですか!」
血相を変えて怒鳴り込んできたのは茜である。
その迫力に丞も思わず飛び起きる。
「お、おお!?茜ちゃん」
本能的に怒られると感じ、布団で頭を隠す丞。
「ご、ごめんって!でも、ああでもしなきゃ負けてたんだよ」
普段は優しい茜だが、怒らせるとめっぽう怖い。
無茶して戦った後はいつもこうだ。
(もうちょっと、感傷に浸らせておいてくれよ…)
そう一人思う丞に対する茜の回答は意外なものだった。
「ああ、真中さんの無茶はいつもの事ですからもういいです」
「え?」
「それよりも!お伝えしたいことがあるんです!優二さんのことで分かったことが!」
「なんだって!?」
丞は布団を跳ね除け、茜に向き直った。
ーー茜がタブレット端末を開く。
「こちらを見てください」
ディスプレイにはログの解析結果と思われるデータが映し出されていた。
しかし、丞には何のことだかさっぱり分からない。
茜が順を追って説明し始める。
「これまで、優二さんは3年前に任務中に連絡が途絶え、行方不明になったとされていました」
「ああ、俺もそう聞いてる。
だから失踪扱いになったと」
「ええ、そうです。しかし、優二さんに関するデータを洗い出してみたところ、何者かによって不自然に削除されたような痕跡がありました」
「削除?一体誰が?何のために?」
「私もそう思って、軍の中央データベースにアクセスしてみたんです」
「え!?中央データベースって…」
そう驚いたところで端末の画面がいきなり切り替わった。
ハッキングされたと言ってもよい。
画面に映っていたのはボサボサ頭の眠そうな男。
西馬光雄である。
「誰だ!?コイツは?」
丞の問いに茜が答える。
「西馬君です。軍1番の天才ハッカー。大学の後輩なんです」
そう紹介された西馬は、丞に興味を示すこともなく、愚痴をこぼした。
「ちょっと酷いじゃないですか先輩。データベースにアクセスしたのは僕ですよ!自分の手柄みたいに」
「あ、ごめんなさい。でも良いのかな?
自分の仕業と告白して。重罪だよ?」
西馬を手玉に取る茜。
目を丸くしてハッとする西馬。
「話を続けますね。で、西馬君にデータベースへの侵入と削除されたデータの復元を依頼したんです」
「僕じゃなければ一年位かかったと思いますよ。何しろ何重にも暗号処理がされてましたしデータ量だってハンパな…」
「データ解析により驚くべき事が分かりました」
西馬の蘊蓄を遮り、茜が説明を続ける。
「軍は半年前まで優二さんと通信していた痕跡があったんです」
「なんだって!?」
失踪扱いとされていた男が軍と通信していたという事実。
明らかにただ事ではない。
茜が続ける。
「通信の発信地は幾つかあったんですが、その座標を辿ると、どうやらどれもゼウス関連施設だったようです」
「何だって!?」と丞が驚く間も与えないほど間髪入れずに西馬が口を挟み込む。
「コレもかなり難しかったんですよ。この僕のハッキングテクニックを持ってしてもちょっとやそっとじゃ解明できないく…」
西馬はいつもこうである。
タイミングなどお構いなしだ。
それをよく知る茜は、これくらいのことでいちいち苛立ったりしない。
ただ一言、穏やかに、それでいて冷ややかな声で「西馬君、少し静かにしてて」
「します、すみません」
またも食い気味の即答だ。
コレまでの説明を聞き、丞に疑問がわく。
「それってつまり…どうゆうことだ?」
「通信の内容は分かりませんでした。しかし、コレらのデータから推測すると…」
腕を組み、若干モニターのデータを見据えながら、一つの仮説を唱えた。
「優二さんは潜入調査をしていたのではないかと思われます」
「潜入調査!?」
「そう考えると辻褄が合います」
丞は驚きを隠せなかった。
ある日突然姿を消した親友が、たった一人で潜入調査?
3年もの間、何を調べていたというのだ?
にわかには信じ難かった。
「何も言わずに…?」
丞は腕を組み、顎に手を当てながら考え込んだ。
優二は何を命じられていた?
なぜ自分に何一つ告げず去ったのか?
もしそうなら、なぜあの時、何も言わなかったのか。
必死で呼び止めても、振り返りもしなかった。
考えがまとまらない。
思考を巡らせる丞の顔が、よっぽど辛そうに見えたのだろう。
茜が口を開いた。
「とにかく、優二さんにも事情があるんだと思います。私達にさえ言えない事情が…」
それは茜の思いやりだったが、丞の琴線に触れる言葉でもあった。
「どんな事情があるって言うんだよ!」
突然の事に驚く茜。
珍しく丞が捲し立てた。
「俺はアイツとやり合った!試合じゃない!殺し合いだ!何の理由があって、そんな…!!」
つい、感情が爆発してしまった。
「ごめんなさい…」
余計な事を言ったかと気落ちする茜。
丞には珍しい行動だった。
人に当たってしまうなんて、普段ではそうそうない事だ。
丞はすぐに気持ちを切り替え、謝罪した。
「ああ、ごめん茜ちゃん。気遣ってくれたのに」
茜とて、丞がどれほどの絆で優二と結ばれていたかを知っている。
あんな辛い再会の後だ、無理もない…そう慮った。
「い、いえ、私こそ、考えもなしに…」
気まずい空気が流れた。
しばしの静寂を破ったのは西馬である。
「ちょっと、瀬尾先輩に何言ってくれてるんですか!だいたいあなた!誰なんですか?茜ちゃ、
…あ、茜ちゃんなんて馴れ馴れしい!セクハラですよ!セクハラ!」
急遽割り込んできた西馬に戸惑う茜。
「ちょっと西馬君、何言ってるの!?真中さんよ!スティンガーの…」
「知ってますよ!脳筋の真中さんでしょ!そうゆう事じゃなくて僕は先輩を困らせてるんだってそうゆう…」
(の、脳筋…?)と困惑する丞。
「分かった、分かったから」
必死に宥める茜。
丞もモニター越しに西馬に謝罪する。
「すまない、取り乱してしまった。申し訳ない」
しかし西馬の怒りは収まらない。
「だいたいあなた何なんですか!スティンガー?人類の希望?だったらゼウスなんてやっつけてくださいよ!そんなんだから脳筋とか脳筋って言われるんですよ!」
「ちょっと西馬君!やめなさい!」
「やめます、すみません!」
またも即答。
茜の言葉にはすぐに従順となる。
丞をフォローしようと、茜が続ける。
「真中さんは脳筋じゃないわ。ちょっと座学が苦手で勘に頼りがちで、無茶ばっかりするけど、やればできる人なんだから」
(ん〜、サラッとめっちゃ悪口言われてる気がするな〜)
その言葉は心の中だけに留めて、丞は指でポリポリと頭を掻いた。
唐突に、西馬が提案する。
「推測してても分からないでしょ?偉いさんに直接聞けばいいじゃないですか!ネタは上がってるんだし」
「ちょっと、何言ってるの西馬君。そんなことしたら私達がハッキングした事がバレて…」
その会話に割って入る声があった。
タブレット端末から聞こえてきた声の主は犬童特務隊長だ。
ため息混じりの声で言う。
「お前達はアホなのか。こんな極秘事項を堂々と通信でやり取りして」
茜は驚愕した。
まさか、会話が隊長に聞かれていたとは。
ふと茜がディスプレイに目を遣ると、西馬が愛らしい笑顔で舌を出し戯けていた。
わざとか…
犬童が口を開く。
「こうなった以上は仕方がない、真中、瀬尾、隊長室まで来い」
きっと大目玉を喰らうに違いない。
いや、それで済めば御の字かーー
丞と茜は、静々と足取り重く隊長室へ向かったーー
ーー隊長室。
犬童の顔は険しい。
感情を荒げるタイプではないが、その分冷ややかな凄みがある。
一体どんな処分が下されるのかと丞たちはハラハラしていた。
意外にも、犬童の用件は叱責ではなかった。
「知られてしまった以上は仕方がない。お前達には灰泥失踪の真相を話しておく」
「優二の真相?」
「察しの通り、灰泥には軍総司令部から極秘任務が与えられていた。ゼウスへの単独潜入だ」
「やはり…」
茜の推理は当たっていた。
しかし、何故潜入なのか?しかも単独で?
そんな疑問が湧いた中、犬童が丞たちに問いかける。
「そもそも、長きに渡りゼウスを根絶出来ないのは何故か?」
しばらく考えた後、丞が答える。
「首領の日浦。奴の居場所ですか?」
犬童が首を横に振る。
「日浦は問題ではない。排除したとて頭が変わるだけだ。問題は、もっと根源的な事だ」
丞の傍らで思考中だった茜が呟く。
「アダムの独占…」
「そうだ。怪人の供給元であるアダムを独占、管理しているからこそ、奴らは軍事力を持ち続けることが出来る」
「つまり、アダムを奪還、封印しない限り、ゼウス根絶には至らない…という訳ですね」
「それじゃぁ…優二が与えられていた任務は!」
「アダムの所在を特定する事だ。その為の潜入だ」
犬童が続ける。
「大規模戦闘では基地を破壊できたとしても、アダムの居場所が突き止められん。その為、灰泥優二に極秘任務として潜入調査が命じられたのだ」
「しかし何で優二なんです?諜報なら他の部署だって…」
そう言い掛けて、丞は何かに気付いた。
「超兵システムか!」
「そうだ。灰泥に与えられたのは身分を偽っての諜報活動。しかし相手は怪物、危険過ぎる任務だ」
「超兵システムはいざという時の保険という訳ですか」
「まぁそういうことだ。総合的に考えて、彼しか適任者が居なかった。もし万が一、彼が倒される事があっても、超兵システムが悪用される事はないからな」
「適合者本人の認証システムですね」
茜が補足する。
「実際、彼は良くやってくれていた。
あと一歩でアダムに辿り着く…そう連絡を受けていたそうだ」
「そうだ?」
「任務は軍総司令部の勅命。私は超兵システムを運用する者として、必要最小限の情報を持つに過ぎない…」
そう答える犬童の表情にも苦悩の色が見える。
「しかし、半年前に突然、連絡が途絶えた。システムの反応もロストしたのだ」
「そんな!じゃあアレは!アレは間違いなくゾオンドライバーだった!」
丞はそう答えたが、内心穏やかではなかった。
自分自身で、あの男が優二だと、認める発言だったからだ。
「彼の身に何があったかは分からない。ただ、生存は確認した。となれば、やることは一つだ」
犬童の言葉を聞き、丞の目に光が宿るーー
「優二を取り戻す!」
「真中さん!」
「優二は俺の事が分かってなさそうだった。
きっと記憶を失ってる、じゃなきゃ洗脳だ!」
丞は一人鼻息を荒くする。
一瞬、脳裏に、キルゾオンの腕が再生する映像が過ったが、今は無視することにした。
犬童が続ける。
「反応がロストした場所は判明している。
そこに行けば何か分かるかもしれない」
それを聞き、今にも飛び出しそうな丞を犬童が呼び止める。
「しかし!今は小箱の奪還が先だ。
それが全てに優先する」
一瞬、丞は奥歯を噛み締めそうになったが、何かに気付いたような顔をして小さく笑った。
「フ、だったら簡単だ。小箱はアイツが持ってる」
茜の表情にも明るさが戻る。
「小箱も優二も!俺が取り戻してやるよ!」
丞の目に、もう迷いはなかった。
ーーーゼウス本部。
廃棄されたエリアの一室の前に男は居た。
生気のない顔の左側には大きな傷。
来ている服はボロボロだったが、傷は幾分か回復していた。
腰にはゾオンドライバー。
手には小箱を携えていた。
そこは、普段誰も立ち寄らない場所…
廃棄され、傷んでいたが、かろうじて電気は通っている。
ロックを解除して室内に入る。
部屋の中には一人の男がいた。
暗くて顔は見えない。
優二…と言っていいのだろうか?ある種人を超越した彼は室内の男に告げる。
「少しは動けるようになったか…」
男の反応はない。
足を進め、男に近づき彼は言った。
「アダムの場所を言え」
それからしばらく、男との間で会話が交わされたようだ。
「そうか、ご苦労だったな。
お前はもう用済みだーー」
そう言うと彼は部屋を後にしたが、一度だけ振り返った。
鉄扉の向こうから声は聞こえない。
やがて視線を外すと、小箱へ目を落とした。
手元の小箱を眺めながら、一人呟く。
「頃合いか」
歩を進める男の足音には、決意のようなものが滲んでいたーーー
ゼウス中央本部ーー
夜の帳が下りた研究都市の一角に、その施設は静かに佇んでいた。
表向きは医療・生命科学分野の複合研究施設。
複数の研究棟、管理棟、データセンター、実験プラントが広大な敷地内に整然と並び、外部から見れば巨大企業の研究開発拠点にしか見えない。
だが、その実態はゼウスの中枢である。
その最上層部に位置する執務室。
広い室内には高級感のある調度品が並び、壁一面のガラス窓からは、施設全体を見下ろすことができた。
ゼウスのトップである日浦影郎は、巨大な机の奥で端末に目を落としていた。
扉が開く。
入ってきたのは、白衣姿の痩せた男だった。
顔色は悪く、前髪が目元に影を落としている。
男は机の前まで進み、無言で金属製の小箱を差し出した。
「総統閣下。こちらが例の物です」
日浦は小箱へ視線を向けた。
「ご苦労だった」
短く答え、日浦はそれを手に取る。
掌に収まるほどの小さな箱。
しかし、それを見つめる日浦の目には、僅かな警戒と興味が混ざっていた。
「日本国軍も、随分と面白い物を作る」
小箱を机に置き、日浦は薄く笑った。
「無駄な足掻きを」
男は何も答えない。
日浦は続ける。
「どれほど優れた道具を作ろうが、届かなければ意味はない。私がアダムを管理する限りな」
「おっしゃる通りです」
男は静かに頷いた。
その返答に感情はない。
敬意でも同意でもなく、ただ必要な言葉を置いただけのようだった。
日浦は男へ視線を戻す。
「それで、この小箱の情報はどこで知った」
「少し、調べものをする過程で」
一瞬、男の口角が上がった気がしたが、気に留めることもなく、
「調べもの、か」
と日浦は小さく鼻で笑った。
「相変わらず頭だけは回る」
侮蔑の混じった言葉。
男は表情を変えず、恐縮です、と言わんばかりに会釈する。
それが日浦には服従に見えた。
日浦にとって、この男は所詮、使える道具の一つに過ぎない。
力を持たず、表舞台に立つことも出来ず、それでも死ななかっただけの実験の残滓。
頭が切れるから生かしている。
その程度の認識でしかなかった。
男は少しだけ間を置き、口を開いた。
「閣下。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何だ」
「タルタロスとは、何なのです」
その瞬間、日浦の指が止まった。
ほんの僅かな沈黙。
それまで余裕を崩さなかった日浦の目が、初めて鋭さを帯びる。
「なぜ、その名を知っている」
空気が変わった。
男は答えない。
日浦の視線が、男を射抜く。
「誰から聞いた」
語気を強くする日浦。
「古い資料に、その名がありました」
「バカな!?そんな資料が存在するはずがない!」
日浦の狼狽に、確信めいたものを感じ、男は続けた。
「では、存在するのですね」
男の声は平坦だった。
問い詰めているのではない。
確認している。
日浦はその言葉に答えなかったが、ただ一瞬、視線が動いた。
机上のペン立て。
同じ型のペンが何本も差し込まれている、ごくありふれたデスク用品。
その僅かな動きは、普通なら見落とすほどのものだった。
だが、男は見ていた。
それだけで十分だった。
「なるほど」
小さく呟く。
日浦の眉が動いた。
「貴様……何を考えている」
男はゆっくりと顔を上げた。
前髪の奥から覗く目は、生気を失っているようでありながら、刃物のように冷たかった。
「いえ。長年の謎が解けたものですから」
「謎?」
日浦が立ち上がる。
「お前ごときが、何をーー」
その時、乾いた銃声が室内に響いた。
日浦の言葉は途中で途切れた。
胸を撃ち抜かれ、身体が大きく揺れる。
理解できないという表情のまま、日浦は机に手をついた。
「なぜだ……ハイド…」
男の手には拳銃が握られていた。
その顔に怒りはない。
憎しみもない。
ただ、用済みとなった機械を停止させるような冷たさだけがあった。
「私からも一言。ご苦労様でした」
二発目の銃弾は日浦の頭を撃ち抜き、日浦は床へ崩れ落ちた。
ゼウスを率いてきた男の最期は、呆気ないものだった。
男は日浦の死体に一瞥もくれず、机上のペン立てへ手を伸ばした。
同じ型のペンが並んでいる。
一本ずつ、指先で重さと感触を確かめていく。
やがて、一本のペンを手にした時、その指が止まった。
外見は他のものと変わらない。
だが内部に、微かな継ぎ目があった。
ひねると小さな音を立て、軸が外れた。
中から現れたのは、細い認証キーだった。
男はそれを見下ろし、初めて口元を歪めた。
「こんなところに…なるほどな」
認証キーを懐にしまう。
机上の小箱を手に取る。
白衣の合間からはドライバーが覗く。
窓の外には、夜の研究棟群が静かに広がっていた。
その中に、長く忘れ去られた旧区画がある。
かつてアダム研究の中心だった場所。
封鎖され、廃棄され、誰も近付かなくなった場所。
男は部屋を出る前に、もう一度だけ日浦を見下ろした。
その瞳には何の感慨も浮かんでいない。
長年の憎しみ、積み重ねた屈辱、そして奪われた人生。
その全てをぶつけるべき相手が、今、足元で血を流している。
だが、胸の奥には何も湧いてこなかった。
「こんなものか…」
執務室には、主を失った静寂だけが残された。
男は小さく息を吐いた。
「……次だ」
そう言い残し、男は部屋を後にした。
特務部隊作戦室ーー
犬童隊長の命令により丞をはじめ、特務部隊員が召集され、作戦概要の説明が行われていた。
既に発令されている小箱奪還作戦に加え、灰泥優二が生存していた事実を踏まえ、部隊全体に情報共有しておくべきとの隊長としての判断だった。
「灰泥優二が極秘任務としてゼウスに潜入していたのは、今説明した通りだ」
失踪した軍の英雄の真相に触れ、ざわめく隊員達…
「そして、先日の戦闘時において、真中が灰泥の生存を確認した」
ざわめきはどよめきへと変わる。
「灰泥さんが生きていただって?」
「そりゃ朗報だ!戦力倍増、いや百人力だ」
「しかし、じゃあなんで戻ってないんだ?」
口癖に思いの丈を話す隊員達を犬童が制した。
「静かに!現状、灰泥は敵の支配下にある。記憶喪失か洗脳されている可能性が高い」
説明を受け驚き困惑する隊員達。
犬童が続ける。
「しかも、超兵システム第一号、ゾオンも健在だ」
犬童の指示でモニターが切り替わる。
そこには丞の戦闘中に記録された、キルゾオンの映像が映し出されていた。
禍々しい血塗れの獅子。
驚異的な破壊力と戦闘能力。
隊員達に戦慄が走るーー
「なんだよ…アレがあの黄金の獅子…」
「あんなのとやり合っていたのか…」
モニターに映る赤黒き魔人が本当にかつての英雄なのか…驚きを超え、恐怖すら感じた隊員も少なくない。
「見ての通りだ。ゼウスにより何らかの手が加えられているかもしれん。現状、灰泥は最も警戒すべき脅威とも言えるーーしかし!」
犬童が拳を握り檄を飛ばす。
「我々の仲間が生きていた!助け出さない理由があるか!!」
隊員達の背筋が伸びる。
「我々特務部隊は、小箱奪還と並行して、灰泥奪還作戦も同時展開するものとする!!」
その指令を聞き、湧き立つ隊員達。
「灰泥さんが生きていたなんて!」
「優二さんに何度命を救われたか…」
「今度は俺たちの番だろ!!」
隊員達は誰一人として灰泥優二が自らの意思で裏切ったなどと疑ってはいない。
優二がいかに隊員達の心の中にあるか、それを見て丞は嬉しかった。
犬童が続ける。
「灰泥の通信がロストした地点はここだ」
モニターに表示されたのは茨城県つくば市周辺。
学術研究施設が密集するエリアだった。
「そして、小箱の現在地がここだ」
モニターの地図とほぼ同一地点に赤い点滅が示された。
「見ての通り、目標はほぼ同一地点である。同所はゼウスの重要拠点、あるいは本部の可能性もある!」
犬童が机を力強く叩く。
「明朝、特務部隊は速やかに目標へ進行、小箱及び灰泥優二を奪還せよ!」
隊長の檄で隊員達の士気が高まる。
ここで隊員の一人が質問を投げかける。
「隊長、小箱の中身は何なのでしょうか?」
「私も詳細は知らされていない」
そう答える犬童の表情に嘘は感じ取れない。
「ーーただ、ゼウス壊滅の切り札となり得る物、との事らしい」
この時、茜の端末にメール着信があった。
差出人は西馬光雄。
さりげなく文面を確認すると、そこにはこう書かれてあった。
『小箱の中身についても現在解析中です。お楽しみに。』
作戦室の様子もモニターしているのかーー実に西馬らしいとクスリと笑う茜。
「いずれにしても、小箱の奪還が最優先事項、これは変わらない」
犬童がさらに表情を引き締めていう。
「だが、可能な限り仲間も救う。総員、ベストを尽くせ!私からは以上だ」
そう言うと犬童は隊員達に解散指示を出した。
作戦開始は明朝。
それまでの時間、隊員達は準備等思い思いの時間を過ごす。
犬童が丞を呼び止める。
「真中、お前はメディカルチェックを受けろ。作戦の成否はお前にかかっている」
そう言い、茜に視線を送る。
茜も、心得たとばかりに頷く。
「医務室へ行きましょう、真中さん」
茜の呼びかけに丞も応じる。
「ああ、よろしく頼むよ」
二人は、医務室へ移動したーー
ーー医務室では茜が丞の身体データを確認していた。
その表情は芳しくない。
「やはり、相当なダメージです。超兵システムに守られていたとはいえ、さすがに」
身体に走る痛みを感じていた丞は(まぁ、そうだろうな)と苦笑いする。
再びデータに目をやり、深くため息をつく茜。
「特に神経系のダメージが深刻です。これはアンプルの過剰投与による影響と思われます」
そう言うと茜が丞に鋭い視線を送る。
たじろぐ丞。
「本当に無茶しないでください。これ以上は命に関わりますよ」
茜が苦言を呈する。
「ああ、分かってる。とりあえず痛み止めを頼むよ」
「本当に分かってますか?」
呆れる茜に丞が答える。
「わかってるよ。でもゆっくり休んでいる時間はない」
仕方ないなといったそぶりで、茜は痛み止めを投与する準備を始めた。
不意に、丞がやや後ろめたそうな感じの声で茜に告げる。
「茜ちゃん、ストッカーって一つ増やせないかな?」
それを聞き、茜が怪訝な顔をする。
「出来ますけど…どうしてですか?」
と答え、薄々丞の意図を感じる。
「アンプル3本とも持って行きたいんだ」
やはりな、と感じた茜が丞を睨む。
「い、いや戦術の幅を増やしておきたいんだ。
どうゆう展開になるかわからないだろ」
と取り繕う丞に対し、
「そんなこと言って、3本同時に使おうとしてるの見え見えですよ!」
と詰める茜。
「まぁ、どうせ無理なんですけどね」
人差し指を突き立て、フッと息を抜く茜。
「え!?どうゆうこと?」
驚く丞に茜が説明を始める。
「以前、安全性確保のためスロットは2本にしてるって言いましたよね?」
「ああ、そう聞いた」
「スロットに入れたアンプルは、ロックがかかって変身解除まで抜く事が出来ません」
それを聞き、あからさまに狼狽える丞。
「え?そうなの!?困ったな…」
「やっぱり図星じゃないですか。」
と呆れ返る茜。
そして、続ける。
「物理的に無理という訳です。別のプランを考えましょう」
腕を組み、神妙な面持ちの丞を見て、茜が提案する。
「真中さん、次の戦いは私がサポートします」
茜に視線を向ける丞。
茜が続ける。
「物理的な強化は無理ですけど、戦況をリアルタイムで分析して、システムを最適化する事なら出来ます」
タブレット端末の画面を丞に提示する。
「超兵システムは強化装甲と同時に、戦闘補助、生命維持装置でもあります」
画面を切り替えながら説明を続ける。
「基本的にはAIが戦況を判断して最適化するのですが、生身の人間が使うシステムです。重要局面では装着者の判断に委ねられるところも多いでしょう?例えばハイドープとか」
確かに、身体への負荷は計測出来ても、装着者の意思や精神状態までは、AIには判別出来ないーー
「つまり、人間の意思も必要なんです。この部分を私がサポートします。真中さんの状態を分析して最適な指示を与えます。こうする事で、劇的とは言えないまでも、パフォーマンスは向上するはずです」
茜の説明を受け、なるほど、それはありがたいと腑に落ちた丞であったが、ここで一つの疑問が生じた。
「…どうして、いつもそうしてくれないの?」
一瞬の沈黙。
その後茜は赤面して捲し立て始めた。
「わ、私だって暇じゃないんです!と、いうか…今までそんなに苦戦することもなかったし、そもそも超兵システムは完璧ですし、私のサポートなんかなくたってと思ってましたし…」
矢継ぎ早に繰り出される言葉の端端には(おやおや?)と思う言動があり、開いてはいけない扉を開いてしまったなと後悔する丞。
「あーごめん!変な意味じゃない!」
一頻り捲し立てた後、茜は落ち着き、決意を宿した目で丞に訴えかけた。
「とにかく!私も一緒に戦いたいんです!」
その目は真剣そのものだった。
「優二さんの為にも、一緒に戦わせてください」
そんなに見つめられると断れない、いや、元々断るつもりもない。
丞は笑みを浮かべると、茜に右手を差し出した。
「よろしく頼むよ、茜ちゃん」
「はい!」
そう答えると茜はバシッと丞の手を掴み、堅い握手を交わした。
力強い握手。
その真っ直ぐな瞳を見てると、不思議と力が湧いてくる。
優二を取り戻す、その思いは同じだ。
奮い立つ丞であったが、握手の衝撃が傷が癒えない全身を駆け巡り、顔をしかめた。
(チカラ強いんだよな、茜ちゃん…)
やや涙目のまま、決戦に向けて決意を固める丞であった。
ーー旧研究棟区画。
ゼウス中央本部の喧騒から離れた場所。
そこはまるで時間そのものが止まったかのようだった。
誰も立ち入らない。
誰も近付かない。
長年放棄された施設特有の静寂だけが支配している。
男は薄暗い通路を進んでいた。
足元には埃が積もり、壁面には錆が浮いている。
天井の照明も既に機能しておらず、非常灯だけが弱々しい光を放っていた。
やがて、一枚の重厚な隔壁の前で足を止める。
周囲には電子ロックらしき装置。
今となっては誰も使っていないように見える。
男は懐から認証キーを取り出した。
小さな挿入口へ差し込む。
ガコンーー
鈍い音が響く。
次の瞬間。
施設全体を震わせるような駆動音が鳴り始めた。
長い沈黙から目覚めた機械達が、ゆっくりと息を吹き返していく。
非常灯だった光が次々と点灯し、通路の奥へと続いていく。
壁面を流れる電流音。
モーターの回転音。
停止していた施設が再び動き始める。
やがて隔壁が左右へ開いた。
その先には地下へ続くエレベーター。
男は迷うことなく乗り込んだ。
扉が閉じ、下降が始まる。
数字だけが静かに減っていく。
地下三階。
地下五階。
八…十…深く、深く沈んでいく。
やがて表示が消え、代わりに現れたのは数字ではなく、一つの文字列。
【TARTAROS】
男は小さく目を細めた。
エレベーターが停止する。
扉が開く。
その先に広がっていた光景は、研究施設というより神殿に近かった。
巨大な地下空洞。
天井の高さは数十メートル。
無数の配管とケーブルが複雑に張り巡らされ、その中心に一つの巨大な空間が存在していた。
男はゆっくりと歩を進める。
靴音だけが反響する。
誰もいない。
何も聞こえない。
それでも、そこには確かな存在感があった。
空間の中心。
透明な結晶にも見える巨大な物体。
淡く白い光を放ちながら、それは静かに佇んでいた。
まるで眠っているようだった。
それは生物なのか、鉱物なのか。
男は立ち止まる。
長い沈黙のあと、やがて小さく笑った。
「これがアダムか」
その声は僅かに震えているようだった。
怒りか、憎しみか。
あるいは別の感情か。
自分でも分からなかった。
「こんな物に、狂わされたのか」
虚な声で呟く。
男は何を思うのか。
じっと見つめる。
やがて男は、何か吹っ切れたようだった。
男の口元から乾いた笑いが漏れる。
「ハハ……」
笑いは徐々に大きくなった。
肩を震わせる。
堪え切れない、そんな風だった。
「ハハハハ……!」
やがて狂気にも似た笑いへ変わる。
巨大空間に笑い声だけが響き渡った。
どれだけ笑っただろうか。
不意に、その笑いが止まる。
男は静かにアダムを見上げた。
瞳に宿っていた狂気が消えていく。
代わりに現れたのは、奇妙な高揚感だった。
「こんなつもりでは、なかったんだがな」
男は小箱を見た。
そして腰に装着されたドライバーへ視線を落とす。
たとえ目的を見失ったとしても、やりたいことがある、そんな心持ちだった。
「舞台は整った」
静かな声だった。
誰に向けた言葉でもない。
自分自身へ言い聞かせるような声音。
それから再びアダムを見上げる。
「さぁ来い、スティンガー」
口元が歪む。
生まれて初めて味わうような高揚感だった。
「決着をつけようではないか!」
決着。
ただ、その二文字だけが男の心を満たしていた。
運命の時は、すぐそこまで迫っていたーー
茨城県つくば市近郊ーー
夜明け前。
空はまだ薄暗く、遠くの地平にだけ白みが差し始めていた。
数台の軍用車両が、無灯火に近い状態で道路を進んでいく。
目的地はゼウス中央本部。
表向きは医療・生命科学分野の複合研究施設。
だが、そこがゼウスの中枢であることは、もはや疑いようがなかった。
車内。
真中丞は無言で座っていた。
スティンガードライバーは既に腰に装着している。
アンプルストッカーには、ホーネット、ビートル、マンティスの三本。
作戦開始前、茜には随分と釘を刺された。
無茶はしない。
戦闘中は必ず指示を聞くこと。
その言葉の一つ一つが、まだ耳に残っている。
『聞こえますか、真中さん』
イヤホンから茜の声が届いた。
「ああ、聞こえてる」
『バイタルは安定しています。ただし、前回のダメージは完全には抜けていません』
「そりゃ俺が一番分かってる」
そう軽口を叩く丞に疑問の目を向ける茜。
『本当に分かってます?』
「信用ないなぁ」
少しだけ間が空いた。
『……信用しますよ…』
その茜の声は、少しか弱く聞こえた。
「ああ、約束する」
きっとその約束は嘘になるーー
そう感じて丞が小さく笑う。
良心の呵責というやつか。
先行車両から通信が入る。
『目標施設、視認』
『外周ゲート付近に敵影あり』
隊員達の顔つきが変わる。
丞も窓の外へ目を向けた。
まだ距離はある。
それでも、施設の輪郭は闇の中に浮かび上がっていた。
高い外壁。
無数の監視塔。
研究棟のシルエット。
巨大企業の研究施設という外面の裏に、明らかに軍事拠点じみた気配が混ざっている。
『接触します!』
次の瞬間、銃声が響いた。
前方のゲート付近で火花が散る。
ゼウスの戦闘員達が一斉に姿を現した。
黒い防護服、異様な装備。
その背後から、獣のような唸り声が聞こえる。
「メタモスか……!」
隊員の一人が叫ぶ。
施設入口の影から、異形の怪物が姿を現した。
丞は立ち上がる。
「変身する!」
『真中さん、ここで消耗しすぎないでください!』
「分かってる!」
丞はドライバーのスロットへアンプルを押し込んだ。
『インサート』
黄色い薬液が内部で発光する。
ベルト中央部へ薬液が流れ込み、鋭い駆動音が鳴る。
「変身!」
『ドープ、ホーネット』
黒と金の装甲が丞の身体を包み込む。
超兵スティンガーホーネットドープ。
装甲車から飛び出すと同時に、スティンガーは前方へ駆け出した。
銃撃の中を駆け抜ける。
背部スラスターが唸り、黄色い閃光が敵陣を切り裂いた。
戦闘員達が吹き飛ぶ。
続けざまにメタモスの一撃を躱し、スティングニードルを突き立てる。
爆ぜる火花。
メタモスがよろめいた。
しかし倒れない。
「一刺しとはいかないか!」
『右側面、敵増援です!』
茜の声。
スティンガーは即座に反応した。
右から迫る戦闘員を蹴り飛ばし、反転してもう一体へ肘を叩き込む。
その間にも、特務部隊の隊員達が次々と展開していく。
銃撃。閃光弾。制圧射撃。
メタモス相手に決定打はなくとも、足止めにはなる。
「真中!先に行け!」
隊員の一人が叫んだ。
「ここは俺たちで抑える!」
「無茶言うな!相手はメタモスだぞ!」
「無茶!?お前が言うな!」
別の隊員が怒鳴り返す。
「行け!灰泥さんを連れ戻すんだろ!」
その言葉に、スティンガーの動きが一瞬止まった。
優二ーーその名が胸を打つ。
『真中さん、目標信号は施設奥へ移動しています』
茜の声が重なる。
『ここで足止めを受けると追跡が困難に』
スティンガーは拳を握った。
「……分かった」
それだけ言うと、敵の包囲を突破する。
メタモスが追おうとした瞬間、隊員達の集中砲火がその足を止めた。
「行けぇぇぇ!!」
背中に聞こえる仲間達の声。
スティンガーは振り返らなかった。
振り返れば、止まってしまう気がしたからだ。
胸が痛む。
通常兵器でメタモスとは渡り合えない。
だが今は、仲間達の力を信じよう。
そう強く言い聞かせ、スティンガーは駆け出したーー
ーー施設内部。
通路は薄暗く、警報灯が赤く点滅していた。
遠くではまだ銃声が響いている。
だが、進むほどにその音は遠ざかっていった。
『小箱の信号、まだ拾えています』
茜の声だけが耳元にある。
『このまま北側棟を抜けてください。そこから旧区画へ繋がる通路があります』
「旧区画?」
『はい。現在は使われていない研究棟のようです。データベース上では封鎖扱いになっています』
「そんな所に小箱が?」
『信号はそこを示しています』
「なら、優二もそこにいるんだな」
『……そう思います』
スティンガーは速度を上げた。
その途中、何度かゼウスの戦闘員と遭遇した。
しかし数は多くない。
むしろ施設入口の方が激しかった。
奥へ進むほど、抵抗は不自然なほど薄くなっていく。
やがて、空気が変わった。
通路の壁面が古びたものへ変わる。
照明は切れかけ、床には埃が積もっていた。
先程までの清潔な研究施設とは違う。
ここだけが別の時代に取り残されているかのようだった。
「ここが旧区画か」
『待ってください』
茜の声が硬くなる。
『前方に複数の熱反応……いえ、反応がありません』
「どういうことだ?」
『生体反応なし。でも、映像には何か映っています』
スティンガーは歩を緩めた。
角を曲がる、そこで足が止まった。
通路に倒れている戦闘員。
一人や二人ではない。
その奥にはメタモスの死骸。
さらに先にも。
壁は裂け、天井は砕け、床には深い爪痕が走っている。
獣が暴れ回ったような破壊の跡だった。
「これは……」
明らかに見覚えのある痕跡。
『一体誰がこれを……?』
茜の声にも戸惑いが滲む。
『まるで、誰かが道を開いた後みたいです』
スティンガーは、倒れたメタモスを見下ろした。
深く抉られた胸部。
引き裂かれた腕。
赤黒い獅子の姿が脳裏に浮かぶ。
「優二だ」
『優二さんが?』
「あいつのことだ。全部一人で片付けようとしてるのかもしれない」
そう言いながら、胸の奥に別の感情が滲む。
誇らしさ、焦り、そして不安。
優二ならやる。
誰かを巻き込まないために。
誰かを守るために。
一人で全部背負おうとする。
昔からそうだった。
『では、この先にあるのは……』
「ああ」
スティンガーは視線を上げた。
通路の奥。
重厚な隔壁が開いたままになっている。
その先から、微かな白い光が漏れていた。
「きっとアダムだ」
言葉にした瞬間、空気がさらに重くなった気がした。
その名を口にするだけで、何かがこちらを見ているような錯覚に陥る。
視線の先にはエレベーターが見えた。
地下へ続くもののようだ。
エレベーターの扉は開いていた。
まるで誰かを招き入れるように。
丞はエレベーターに乗り込んだ。
下降が始まる。
静かだった。
さっきまでの銃声も、仲間達の怒号も、すべて遠ざかっていく。
聞こえるのは、機械の低い駆動音と、自分の呼吸だけ。
茜からの通信が入る。
『バイタル、少し上がっています』
「そりゃ上がるだろ」
自分でも、気持ちが昂っているのが分かる。
『怖いですか?』
恐る恐る、茜が尋ねた。
エレベーターの下降音だけが静かに響く。
丞は少しだけ考えるように目を伏せた。
「怖いさ」
素直な言葉だった。
意外だったのか、茜は少しだけ黙る。
『優二さんに会うのが、ですか?』
「いや……」
丞は小さく首を振った。
「そうじゃない」
そう言い切った後、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
もしも優二が戻らなかったらーー
記憶が戻らなかったら。
洗脳が解けなかったら。
もう既に、“人”ではなかったら。
そう考えると、怖くて仕方がなかった。
茜は何も言わない。
ただ静かに耳を傾けていた。
「もしもアイツが――」
そこまで言って、丞は言葉を止めた。
その先は口にしない。
いや、口にしたくなかった。
長い沈黙が流れる。
やがて丞は小さく笑った。
「まぁ、やめよう」
視線を上げて前を見据える。
その目に迷いはなかった。
「会って連れ戻す、それだけだ」
『真中さん……』
茜が何か言いかける。
だが結局、言葉にはしなかった。
代わりに小さく息を吐く。
『……そうですね』
短い返事だった。
それだけで十分だった。
丞は閉じたままのエレベーターの扉を見つめる。
この先に優二がいる。
そして、その手を掴んで連れ戻す。
それが今、己が成すべき事だ。
そう決意を強めた矢先、エレベーターが止まった。
ゆっくりと扉が開く。
その瞬間、白い光が視界に流れ込んだ。
そこは巨大な地下空洞。
岩肌をくり抜いて作られたような空間。
無数の配管とケーブル。
古びた足場。
そして中央にそびえる、巨大な結晶。
淡い光を放つそれは、生物なのか、鉱物なのか判別がつかなかった。
その中心には、何かがいるようにも見えるが微動だにしない。
だが、空間を支配する存在感が、それが何者かを物語っていた。
「これが……」
思わず声が漏れる。
『映像、こちらでも確認しています』
茜の声が震えていた。
『まさか、本当に……』
「これがアダム…」
その名を口にした瞬間。
結晶の前に立つ影が、ゆっくりと振り返った。
目元まで覆う長い髪。
ボロボロの白衣に痩せた身体。
顔には大きな傷。
生気がない様で眼光だけはやたら鋭い。
その姿を見た瞬間、丞の胸が強く締め付けられる。
「優二!!」
叫びが巨大空間に反響した。
男の口元が、ゆっくりと歪む。
その笑みは、かつての優二のものではなかった。
もはや人ではないと言うのかーー
予感はしていた、いや、受け入れたくなかった。
「来たか、スティンガー」
男の声が響く。
静かで冷たい声。
それでいて、どこか気持ちが昂っているかのような声だった。
「待っていたぞ」
白い光の中、アダムは沈黙している。
その前に立つ男もまた、丞を見据えていた。
丞が拳を握る。
心拍数が上がるのを感じたーー
「悪いな、茜ちゃん」
『え?』
「二人にしてくれ…」
そう言うと、丞は自然と変身を解除していた。
インカムの通信を切る。
『ちょ、真中さん!?真中さん!』
当然、茜の声は届かない。
丞は、ゆっくりと歩みを進め友と向き合う。
「優二…」
足を止め、改めてその顔を見る。
生気のない顔。
目元から頬にかかる大きな傷。
瞳は、どこまでも深く続く闇そのもの。
何を見てくれば、こうも落ちてしまうのか…
ふと視線を落とす。
腰にはゾオンドライバー、憧れの象徴。
それもどこか、血に塗れているように見えた。
ヒーローを語り、少年の様な笑顔を見せた面影はどこにもない。
だが、忘れるはずのない見知った顔…
ふと、押し込めていた感情が湧き上がってくる。
「優二、痩せちまったな…」
丞の目には涙が滲んでいた。
「すまないな、優二、お前ばかりに背負わせてしまって」
「……」
「俺が分かるか?覚えているか?」
そこで初めて口を開く。
「知らないな、お前など」
そう答えると、少しだけ眉を動かし、
「いやーー、スティンガーか」
と口元を歪めてみせた。
やはりかーー目の前の男は記憶がない。
嘆息するのも束の間、丞は男の肩を掴み、語気を強める。
「俺だ!丞だ!お前は優二、灰泥優二だ!」
優二の記憶を呼び起こそうと必死に語りかける。
「思い出せよ優二!お前はヒーロー!仮面のヒーローゾオンなんだろ!?」
祈る様な気持ちで、身体を揺らす。
男は苛ついた様子を見せ、丞の腹を蹴り飛ばした。
「うっ!!」
後ずさる丞、それでも言葉は止めない。
「お前は強い男だ!みんなお前の帰りを待ってる!一緒に帰ろう!」
その言葉を聞いて、男の殺気が跳ね上がった。
気圧され、思わず歩を止める。
「一緒に…帰ろう…?」
そう言うと男は片手で自分の顔を覆った。
「みんなが…待ってるだと?」
明らかに様子がおかしい。
「強い男…ヒーロー…そうかそうか…クククク」
嘲りとも、嘆きの様にも見えるその笑みを見て、丞の背筋が凍った。
「優二…?」
ふと、男の笑みが止まった。
「優二……優二ねぇ」
男の肩が小刻みに震える。
笑っているのか。
怒っているのか。
それすら分からない。
やがて男は顔を上げた。
その目には、先程までとは違う感情が宿っていた。
憎悪か嘲笑か。
或いは、長年積み上げられた何かなのか。
「フフ……」
小さな笑い声。
それは徐々に大きくなっていく。
「フフフ……」
「ハハハ……!」
「ハーハッハッハッハ!!」
狂ったような笑い声が地下空洞に響き渡った。
思わず丞が後ずさる。
何かがおかしい。
そう本能が警鐘を鳴らしていた。
男はひとしきり笑うと、ゆっくりと丞を見据えた。
「滑稽だな」
静かな声だった。
だが、その一言に底知れない悪意が滲んでいる。
「まだ俺を優二と思っているとは」
丞の心臓が強く脈打つ。
「……何を言っている?」
丞の問いに男は首を傾げた。
まるで当たり前のことを説明するように。
「聞こえなかったか?」
一歩、前へ出る。
「俺はお前が探している灰泥優二ではない」
空気が凍りついた。
丞は言葉を失う。
何を言われたのか理解できなかった。
理解したくなかった。
「……違う」
絞り出すような声。
「違う……お前は優二だ」
「違う」
即答だった。
その声に迷いはない。
「俺は灰泥優二などでは断じてない」
男はゆっくりと両腕を広げた。
「我が名は拝戸憂咬(はいど ゆがみ)」
その名が地下空洞に響く。
「ゼウスを統べる者」
少しだけ考えるように首を傾げる。
「いや――」
口元が歪む。
「すべてを破壊する者だ」
丞は動けなかった。
理解が追いつかない。
目の前にいるのは優二のはずだ。
声も、顔も。
身体つきも。
全て同じなのに。
なぜそんな事を言う。
だが纏う雰囲気は明らかに違う。
確かに違和感はあった。
2つの相反する思考がぶつかり、考えが追いつかない。
「じゃあ……」
丞の視線がゾオンドライバーへ落ちる。
「じゃあ、お前は誰なんだ……」
超兵はアイツの夢。
ゾオンドライバーはアイツの魂そのものだ。
それに超兵システムは認証した本人にしか使えない。
ではなぜ、そのベルトが目の前にーー
「なぜ、それを持っている」
その問いに、拝戸は腰のベルトへ手を添えた。
「ああ、これか」
まるで価値のない物を見るような目。
「このベルトの持ち主を言っているのか?」
嫌な予感がした。
胸の奥で何かが軋む。
聞いてはいけない。
だが、聞かずにはいられない。
「優二はどうした」
沈黙。
拝戸は僅かに目を細めた。
「どうした、と思う?」
そう問いかけ、残酷なほど平然と答えた。
「殺したよ」
丞の思考が止まる。
「……は?…何を言っている?」
「殺して奪った」
ゾオンドライバーを軽く叩く。
「だから今、ここにある」
静かな声だった。
だが、その言葉は刃物より鋭かった。
「灰泥優二は死んだ」
地下空洞に響いたその一言が、丞の心を容赦なく切り裂いた。
不意に告げられた余りにも重い宣告。
真中丞の心の奥で、何かが切れる音がした。
だが、まだ俄かには信じられない。
「何を言っているんだ?嘘を言うな!そ、そうさ、操られてるんだろ?お前…それか記憶が…」
力なく問う丞に容赦なく言葉を浴びせる拝戸。
「なぜ俺が嘘をつく必要がある?」
そう言って目を細める。
「お前がベルトを使えるはずがない!」
必死に抵抗する丞。
それは目の前の男というより、自分自身の心に争っているような言葉。
もう薄々、丞も分かり始めている。
「知ったことか。現に使えている」
そう答えて口元を歪める拝戸。
絞り出すように呟く丞。
「だってお前…その顔は…その声は…?」
「お前が勝手に勘違いしていたんだろう。」
拝戸がもう一度、敢えて強調するかの様に言う。
「俺は自分が灰泥優二だと言った覚えはない!」
さらに語気を強める。
「記憶喪失?バカを言うな!記憶を失ったことなど一度もない!忘れられるものか!」
その目には憎悪と呼ぶには生温い感情が渦巻いていた。
「もう一度言ってやろう。灰泥優二は死んだ。
コレで満足か?」
静かで、とても冷たい声。
あまりにも重い言葉。
しばしの沈黙の後、丞が口を開く。
「お前の目的はなんだ?」
力ない声で問う丞。
問わなくてもいい質問だったかもしれない。
ただ、自然と口をついた。
「目的?」
そう呟き、ふと手にした小箱に目をやる拝戸。
何かを思い返すように少し沈黙した後、やがて口を開く。
「さぁ?なんだったかなぁ!?」
丞とは対照的に、拝戸の声は徐々に昂る。
「おしゃべりはもういいだろう。さぁ、決着をつけよう、スティンガー」
そう言い、片手をベルトのアンプルスロットに添える。
「俺は生まれて初めて、昂っているんだ」
そう言いながら丞を見つめる。
丞の目には深い悲しみが宿っているように見えた。
だがしかし、少しずつ、その色は変わっていった。
沸々と丞の心に生まれる感情。
悲しみではない。
怒りだ。
コレまでに感じた事がない、激しい憤怒の炎が丞の身を焦がした。
唯ならぬ気迫を感じ、眉をぴくりとさせる拝戸。
丞が口を開く。
「優二は死んだ。そうなんだな?」
「そう言っている」
「お前は優二じゃないんだな?」
「くどい。その名を口にするな」
丞の目には阿修羅の如き怒りの炎が唸りを上げていた。
「俺は今まで、コレほどまでの怒りを感じた事はない…」
そう言いながら丞はアンプルに手を伸ばす。
そしてゆっくりとスロットに装填する。
『インサート』
「覚悟しろよ…優二じゃないなら手加減なしだ」
アンプルを強く押し込む。
『ドープ、ビートル』
電子音の後、これまでのどの戦いよりも、熱く、激しく、魂の叫びがこだました!
「変身!!」
丞の身体が光に包まれ、装甲が覆う。
「そう来なくてはな」
拝戸もアンプルを押し込む。
「変身」
ドス黒い瘴気がベルトから吹き出し、装甲を形成したかと思うと、それらはすぐに筋細胞の様に変異した。
「お前だけは絶対に許さねぇ!最初から全開だ!!」
猛ダッシュで駆け寄るスティンガー。
言いようのない高揚感を感じる拝戸。
「こい!スティンガー!俺を愉しませろぉッ!」
こうして、スティンガー対キルゾオンの最終決戦の幕が上がった。
タルタロス地下空洞ーー
静かに、淡い光を放つアダムとは対照的に二人の男が激しくぶつかりあっていた。
仮面ライダースティンガー。
古代の鎧戦士を模した重厚な身体に、肉眼でも見えるかの様な怒りの炎を宿していた。
一方キルゾオン。
好敵手と戦える悦びを表すかの様に、その筋組織の様な装甲が脈動する。
まさに血を求める魔人。
スティンガーが物凄い勢いでキルゾオンに殴りかかる。
「うおおおおおッ!!」
ビートルドープの重厚な装甲が地面を蹴る。
床が砕け、衝撃が空洞全体に広がった。
キルゾオンは笑った。
「来い、スティンガー!」
スティンガーの拳が唸りを上げる。
キルゾオンは腕を交差させて受け止めた。
轟音。
ただの拳ではない。
全身の怒りを叩き込むような一撃。
キルゾオンの身体が僅かに後退した。
「ほう……!」
「お前は絶対に許さん!!」
スティンガーはさらに踏み込む。
左拳、右拳、膝蹴り。
肩からの体当たり。
防御を捨てたような連撃だった。
あまりの気迫、あまりの猛攻に圧倒されるキルゾオン。
怒りが、スティンガーの力を明らかに、一段階上のステージへ引き上げていた。
何とか放つキルゾオンの反撃の爪がスティンガーの胸を裂く。
火花が散る。
しかしスティンガーは止まらない。
ビートルドープの防御性能。
そしてアンプルに含まれる鎮痛作用。
それでも当然、痛みは感じる。
だが、今はそれすら怒りの燃料になっていた。
怒りがスティンガーを強くしている。
キルゾオンが思わず呟く。
「怒りか」
その声はどこか笑っているようでもあった。
なおもスティンガーの猛ラッシュは続く。
怒涛の連打に、ついにキルゾオンの身体が吹き飛ばされる。
轟音と共に壁に打ち付けられるキルゾオン。
「かッ!?」
思わず膝をつく。
怒りーーたったそれだけで、人はこうも飛躍的に強くなれるのかーー
圧倒していた。
勝負の流れはスティンガーに傾いている。
一瞬の静寂が場に流れる。
そこに割って入る通信の声。
『真中さん!』
激戦の最中、ようやく生まれた一瞬の間隙ーー
『真中さん!どうしました!?バイタルが異常です!何があったんですか!?』
茜の呼びかけなど知る由もなく、キルゾオンは素早くスティンガーに飛びかかり、その鋭い爪を振り抜く。
スティンガーは敢えて避けなかった。
左肩に爪を受け装甲に亀裂が走る。
だが、『ハイドープ』と聞こえた次の瞬間にはもうスティンガーの重い右拳がキルゾオンの腹部へめり込んでいた。
「ぐっ……!」
強烈なカウンター、ギガントブラストパンチ。
ビートルの強靭な装甲が為せる捨て身の戦法だ。
初めて、キルゾオンが呻いた。
スティンガーは拳を引かない。
「覚悟しろ!」
一撃、さらにもう一撃。
「許さねぇ!」
打撃を重ねる。
「優二を殺したお前だけは!!」
『!!?』
丞の言葉に耳を疑い、言葉を失う茜。
スティンガーの猛攻によりキルゾオンの足が床を削る。
押しているーー確実にスティンガーの力がキルゾオンを上回っている。
このまま行けば勝てるかもしれない。
言葉を失い動揺する茜。
しかし彼女とて軍人である。
冷静に戦況を分析し、スティンガーに警告する。
『真中さん!バイタルが異常です!一度落ち着いてください!』
しかしスティンガーは無視してキルゾオンに攻撃を続ける。
さらに一撃、また一撃と面白い様に攻撃が当たる。
相当なダメージが蓄積されている。
しかし、攻撃を受けるキルゾオンの目は死んでいなかった。
いや、寧ろ生き生きとし始めていると言っても良かった。
モニター越しでも、その不気味さが伝わってくる程だった。
『真中さん!危険です!一度間合いを!』
その言葉が届く前に、キルゾオンの拳がスティンガーの腹を捉える。
重装甲が宙に浮く程の衝撃に、スティンガーも呻き声を上げた。
「ぐ、うう!」
『真中さん!』
いつ打ち込まれたのか分からない拳だった。
茜がスティンガーに指示する。
『この戦い方は危険です!』
無言のスティンガーに茜が続ける。
『痛覚が麻痺してるだけ!身体への負荷が高過ぎます!』
「分かってる!」
『分かってません!』
スティンガーは答えず、キルゾオンへ突進した。
キルゾオンが笑う。
「いいぞ」
スティンガーの拳を受け止める。
その腕が軋む。
「もっと怒れ!」
キルゾオンの膝がスティンガーの腹部へ突き刺さる。
一瞬、呼吸が止まった。
しかしスティンガーは倒れない。
逆に両腕でキルゾオンの身体を掴み、そのまま壁へ押し込んだ。
岩壁が砕ける。
「いいぞ!そう!もっとだ!」
キルゾオンの声が弾んでいる。
「もっと見せてみろ!お前の力を!!」
互いの拳が交錯する。
キルゾオンの爪がスティンガーの装甲を裂き、スティンガーの拳がキルゾオンの身体を打ち砕く。
息詰まる攻防。
これはもはや、意地と意地の削り合いだった。
スティンガーは拳を振り上げる。
その時だった。
キルゾオンの身体が僅かに沈む。
ほんの小さな予備動作。
その動きを見て、丞の胸がざわついた。
なんだ?
見覚えがある。
踏み込み、間合い、力の抜き方。
次の瞬間、キルゾオンのカウンターがスティンガーの顎を撃ち抜いた。
吹き飛ぶ身体。
床を転がり、スティンガーは片膝をついた。
「今のは……!?」
『真中さん!聞いてください!』
必死に呼びかける茜。
見た事のある攻撃に意表を突かれ、我に返る丞。
そうだ、忘れるはずがない。
あの寮対抗格闘術大会。
初めて優二に敗れた日。
完璧に見切られ、同じように撃ち抜かれた。
なぜ、この男が、この技をーー
「お前……」
そういえば、何度も感じていた。
キルゾオンの戦い方は、どこか優二と似ている。
荒々しさはあるが、ここぞという時の透かし方、決めの一撃に、優二の面影が重なるのだ。
スティンガーは顔を上げる。
「お前、本当は優二じゃないのか?」
素直な疑問が口をついた。
キルゾオンの動きが止まった。
ほんの一瞬。
その一瞬が、逆に不気味だった。
やがて、キルゾオンは肩を震わせ始める。
「フ……」
低い笑い声。
「フハハハハハ!」
空洞に笑いが響く。
その笑い声が意味する事は何なのかーー
「どうでもいいだろ!そんな事!」
キルゾオンが跳ぶ。
獣のような跳躍。
天井近くまで跳ね上がり、そこから爪を振り下ろす。
スティンガーは腕を交差させて防ぐ。
激しい衝撃。
床に亀裂が走る。
『真中さん!一旦冷静になってください!』
茜の声が鋭くなる。
『怒りで出力は上がっています。でも動きが単調です!このままでは読まれます!』
それでもスティンガーは戦闘を継続しようとする。
聞き分けのない子供を叱るような声が響く。
『落ち着け真中!負けたいのか!!』
思いが堰を切ったような茜の叫び声。
あまりの迫力に、スティンガーは一度後退した。
「茜ちゃん…」
『ん、ん…ん。指示は聞く約束だったはずです』
すぐに平静を装う茜の声に、丞も冷静さを取り戻す。
「すまない、茜ちゃん」
『ここはマンティスで立て直しましょう』
指示に従いベルトへ手を伸ばす。
既に装填されていたもう一本のアンプルを押し込む。
『チェンジ、マンティス』
重厚な装甲が分解され、鋭くしなやかな形へ再構築される。
両腕には刃。
スティンガー、マンティスドープだ。
呼吸が変わる。
怒りで濁っていた視界が澄んでいく。
キルゾオンが床を蹴る。
スティンガーは紙一重で躱し、刃を振るった。
火花が散り、キルゾオンの肩口を浅く裂く。
「スタイルチェンジか、面白い」
「仕切り直しだ!」
両者が再び激突する。
今度は重さではなく、速さと読み合いの戦いだった。
キルゾオンの爪。
スティンガーの刃。
刃と爪が何度も交差する。
火花が白い光の中に散った。
マンティスの精密な感覚が、キルゾオンの動きを捉える。
呼吸。
重心や筋肉の動き。
だが、キルゾオンもまた読んでくる。
スティンガーの刃が空を切る。
キルゾオンの拳が腹部へ入る。
「ぐっ!」
ビートルとは違い、ダメージがダイレクトに伝わってくる。
息つく暇もなく追撃の蹴りが襲いかかる。
スティンガーは身を翻して避けるが、先には既に爪が待っていた。
装甲を掠める。
『敵の速度、上がっています!』
「分かってる!」
ギリギリで回避。
キルゾオンは笑っていた。
「いいぞ、スティンガー」
その笑いは、怒りでも憎しみでもない。
愉悦。
純粋な戦いへの歓びのようだった。
ーーーーーー
その頃ーー
暗い通路を、一人の男が歩いていた。
壁に手をつきながら、ゆっくりと。
軍服は破れ、足取りは頼りない。
それでも、男の目は前を見ていた。
遠くから轟音が響く。
タルタロスの方向。
男は息を整え、再び歩き出した。
ーータルタロス地下空洞。
戦況は徐々に傾いていた。
マンティスで立て直したはずだった。
だが、キルゾオンの動きはさらに鋭くなっている。
戦えば戦うほど強くなる。
いや、強くなっているのではない。
解放されている。
抑え込まれていた獣性が、喜びと共に表へ出てきている。
『真中さん、危険です!敵性反応が上昇しています!』
茜の声にも焦りが混じる。
「だったら……!」
スティンガーはベルトへ手を伸ばす。
『真中さん!?』
「無理矢理押し通る!」
マンティスアンプル。
ビートルアンプル。
二本のアンプルを同時に強く押し込む。
『ハイドープ』
二つの薬液がベルト内部で激しく脈動する。
『WARNING』
警告音などお構いなし、丞は止まらない。
「うおおおおおッ!!」
マンティスの見切り。
ビートルの防御。
二つの特性が強引に重なり合う。
スティンガーの装甲が緑とブロンズの光を帯びる。
両腕の刃が大型化し、脚部装甲が重く変形する。
ダブルハイドープ。
身体中の神経が焼けるように熱い。
それでも力は湧き上がる。
スティンガーが消えた。
次の瞬間、キルゾオンの胸に斬撃が走る。
「ぬぅっ!」
さらに追撃。
刃、拳、さまざま交えた怒涛のラッシュで一気に押し込む。
キルゾオンの身体が床を転がった。
有効打ーーしかしスティンガーも無事ではない。
『出力上昇!負荷甚大!長くは持ちません!』
「長引かせる気はない!」
スティンガーは飛び込む。
キルゾオンはゆっくりと立ち上がった。
身体から黒い煙のようなものが漏れ出している。
「ハハ……」
キルゾオンは笑っていた。
「ハハハハ……!」
いつもの余裕はない。
かなりのダメージを負った。
目の前の男、スティンガーは強い。
それでも笑っている。
いや、だから笑っていたのかーー
「こんな悦びを感じたことはない……」
キルゾオンの背中が不気味に盛り上がる。
「もっとだ……」
腕が肥大化する。
爪がさらに伸びる。
顔の装甲が歪み、獣の顎のように裂けていく。
『敵性反応、さらに上昇!これは……メタモス反応!?』
茜の声が震える。
キルゾオンの肉体は、もはや超兵というより魔獣に近かった。
血塗れ、いや、血に染まり切った赤き獅子。
ライオンメタモス、そう表現した方が適切だろうか。
魔獣に変わり果ててはいたが、それでも、目は理性を保っている。
ギリギリで人としての意識を繋ぎ止めている。
「来い……スティンガー……!」
声が歪む。
「もっと、遊ぼう……!」
キルゾオンが突進した。
スティンガーも迎え撃つ。
激突。
空洞全体が揺れたーー
その衝撃は、空洞の中心にそびえる原初の結晶へ伝わる。
淡い光が、一瞬だけ強く脈打った。
戦いに集中する二人が気付くはずもない。
ただ、結晶の内側で何かが僅かに動いたーー
二人はなおもぶつかり合う。
スティンガーの刃がキルゾオンの肩を裂く。
キルゾオンの爪がスティンガーの胸部装甲を抉る。
互いに限界だった。
だが、キルゾオンの膂力はさらに増している。
獣化による異常な出力。
ダブルハイドープでも押し切れない。
スティンガーが壁に叩きつけられた。
『真中さん!』
「まだだ……!」
震える膝で立ち上がろうとする。
力が足りない。
あと少し。
そう直感したスティンガーの手が自然にベルトへ伸びる。
装填されたアンプルを掴む。
『真中さん?何するつもりですか!?』
スティンガーはアンプルを無理やり引き抜こうとする。
ロックがかかっているが、力任せに引っ張る。
『真中さん!?やめてください!』
茜の声が一気に張り詰めた。
『真中さん!』
「ロックを外してくれ…」
静かだが、決意に満ちた声。
『ダメです!!』
それでも、許可する事はできない。
「茜ちゃん」
丞の身体は既に限界。
そんな事は数値を見るまでもなく明らかだ。
『ダメです!絶対にダメです!』
通信越しでも分かる。
茜の声は震えていた。
『そんなことをしたら、死んでしまいます!』
「これしかない、分かるんだ」
『許可しません!できません…!』
ロックの解除、それは丞の命を奪いかねない。
「今ここでコイツを止めないと駄目だ」
『それはそうです!でも、ダメなものは…』
茜の声が揺れる。
迷っているのかーー
スティンガーの視界の先で、キルゾオンがゆっくりと近付いてくる。
爪を引きずりながら。
「茜ちゃん」
声を低くする。
「俺の勘が言ってる」
『勘で命を賭けないでください!』
「奴に勝つにはこれしかない」
『これ以上は死ぬって言ってるんです!!』
茜の声が、明らかに涙声になっていた。
その一言に、丞も一瞬詰まる。
だが、拳を握る。
「……だとしても、やるしかない」
『真中さん……』
「感情で言ってるんじゃない」
丞の声は落ち着いていた。
諭すように、それでいて熱のこもった声。
「俺は軍人だ。」
声は徐々に力を増す。
「やってる事は戦争だ…」
茜が息を呑む。
「それは国を守るため、仲間を守るためのこと」
更に続ける。
「コイツは危険過ぎる。目の前に居るから分かる」
丞の語気が強まる。
「今ここで!コイツを仕留める!でなきゃ皆を守れない!」
しばしの沈黙。
「頼む、茜ちゃん」
『……』
「俺は死なない…絶対だ!」
通信の向こうで、茜が息を呑む音が聞こえた。
茜の胸のうちにある、もう一つの疑問が口をついた。
『優二さん…』
かすれた声。
『それが、真中さんが出した答えなんですね?』
丞は小さく笑った。
「そいつは心配要らない」
(アイツの魂は必ず持ち帰る)
『信じますよ』
「ああ、任せてくれ」
電子音の後、微かにロックが外れた音がした。
「すまないな、茜ちゃん」
丞は片方のアンプルを引き抜いた。
その瞬間、身体のバランスが崩れる。
二つの薬理作用が無理やり引き剥がされ、神経が悲鳴を上げた。
だが、丞は止まらない。
ホーネットアンプルを取り出す。
黄色い薬液が揺れる。
「さぁ、正念場だ……保ってくれよ…!」
アンプルを空いたスロットへ装填する。
『インサート』
『ドープ、ホーネット』
スティンガーの姿が黒と金の装甲に覆われる。
更にアンプルを押し込む。
何度も、何度もーー
『ハイドープ』
『ハイドープ』
警告音が鳴り響く。
『WARNING』
『WARNING』
茜は固唾を飲んで見守る。
もう、どうすることもできない。
ただ一心に、信じることしかーー
『OVER DOPE』
ベルト全体が異常な光を放つ。
ホーネットの爆発的な興奮作用。
マンティスの鋭敏な集中。
ビートルの防御と鎮痛。
三つの力が、あり得ない形で重なった。
スティンガーの装甲が軋む。
全身から光の羽根のようなエネルギーが噴き出す。
バイタル上昇、出力臨界、神経異常、モニターに表示された異常な数値の数々が茜の瞳に映る。
だが、今、それを伝える事に意味はないーー
ただ一言。
『行ってください!』
「任せとけ!」
スティンガーは腰を落とし、敵を見据える。
キルゾオンが不敵に笑う。
「それだ……!」
獣の顔がさらに歪む。
「限界を超えた先に!」
キルゾオンもまた、ベルトのアンプルを押し込んだ。
『WARNING』
重く響く警告音と共に、赤黒い肉体が膨張する。
「見える世界がある!!」
獣の咆哮。
「さぁ、行こう!スティンガー!!」
オーバーキルゾオンとでも呼ぶべきか。
両者が向かい合う。
もう言葉はいらなかった。
スティンガーが地を蹴る。
黄色い閃光が走る。
キルゾオンが迎え撃つ。
赤黒い魔獣が吠える。
激突。
衝撃波が走り、足場が崩れる。
それでも二人は止まらない。
スティンガーは空中へ跳ぶ。
背部スラスターが最大出力で噴射される。
右脚に光が集中する。
キルゾオンは地上で構える。
両腕を引き、掌底へ赤黒い力を集める。
互いに最後の一撃。
「オーバースティングサンダーキック!!」
「獣王掌ォォォォッ!!」
空中からの飛び蹴り。
地上からの掌底。
両者の力がぶつかった。
世界が止まったように見えた。
次の瞬間、全てが白く染まった。
遅れて轟音。
大爆発が巻き起こる。
タルタロス全体が激しく揺れるーー
ーーー
タルタロスへ向かう男にも、その衝撃は伝わっていた。
身を崩し、膝をつく。
しかし、すぐに立ち上がると、男は再び歩き出した。
ーー爆煙が晴れていく。
最初に見えたのは、膝をつくスティンガーだった。
装甲は砕け、全身から煙が上がっていた。
まさに満身創痍、それでも、立とうとしていた。
一方、キルゾオンは少し離れた場所で倒れていた。
獣化した肉体が崩れていく。
赤黒い装甲が剥がれ落ち、元の人間の姿へ戻っていく。
丞の変身も限界を迎えた。
光が消え、装甲が解除される。
膝をついたまま、丞は荒い息を吐く。
身体中が痛い。
指先すらまともに動かない。
それでも、丞は立ち上がった。
キルゾオン…拝戸憂咬と名乗ったその男に歩み寄る。
親友を殺した男。
激しい怒りに身を包まれたが、不思議とその怒りは消えていた。
憎しみもない。
仇を取るつもりだった。
だが、拳を重ねているうちに、優二と戦っているかの様な錯覚に陥った。
丞にとっては高い壁。
何度やっても勝てない強敵。
でも楽しかったあの戦い。
天を仰ぎ倒れるこの男の顔は、どうして優二に似ているのか?
ただ、この男は強かった。
優二を超える…今となっては叶わぬ夢。
しかし、この男との戦いが、その穴を埋めてくれた様な気がした。
不意に、拝戸が口を開く。
「フ……」
血の混じった息。
「見事だったぞ、スティンガー」
丞は黙って見下ろす。
「こんな充実感は……感じた事がない……」
その声には、先ほどまでの狂気がなかった。
満足した様な顔だった。
憑き物が落ちた様に穏やかになった表情は、ますます優二に似て見えた。
なぜ、この男が優二を殺したのか?
そもそも、何をしたかったのか?
聞きたい事は沢山あった。
だが、男の様子を見る限り、そう多くを聞く事はできないだろう。
そう思うと、丞の口をついて出た言葉は、自分でも意外だった。
「お前は強かった。楽しかったぜ」
それを聞き、何かを悟った様な拝戸。
「そうか…」
長い吐息。
「…アイツは恵まれていたんだな…」
自然と口をつく言葉。
しばしの沈黙。
しかしーー
「丞!」
静寂を切り割くように声が響いた。
咄嗟に丞は声の方向に視線を移す。
地下空洞の入口。
そこに、一人の男が立っていた。
傷だらけの軍服。
腹部に巻かれた包帯。
遠くて顔は良く見えない。
男が少しずつ近づいてくる。
その度に輪郭がはっきりする。
その顔はーー
何が起こっているのか、丞には理解が追いつかなかった。
見慣れた顔。
探していた顔。
目の前で倒れている男と、同じ顔だった。
「優二……?」
丞の声が震える。
「優二が……二人……?」
訪れる静寂ーー
全ての真相が、明らかになろうとしていたーー
ーーー地下空洞タルタロス。
想定外の出来事に、丞は呆然としたーー
「優二が……二人!?」
目の前の光景に目を疑う丞。
だが、見間違うはずはない。
多少やつれた様子ではあったものの、その男の纏う空気は柔らかく、温かい。
何より、丞に向けられた微笑みが全てを物語っていたーー
「優二!!」
その男は紛れもなく、灰泥優二だった。
優二は丞の間近で立ち止まり、照れくさそうに鼻を掻いた。
「久しぶり…?」
そう言って少年のように笑う優二。
自分は夢でも見ているのかーー自分の頬を軽く叩く丞。
ふと、視線を下に落とす。
では、拝戸憂咬と名乗るこの男は一体何者なのだろうか?
少しずつ、丞の頭の中で、ピースが繋がり始めた。
あまりにも似た容姿、そして、あの強さ。
もしかしてーー
おもむろに、優二が口を開く。
「その男は灰泥憂市(はいどろ ゆういち)。俺の双子の兄さんだ」
その言葉を聞き、拝戸憂咬ーーいや、灰泥憂市は大きく息を吐いた。
その表情は、諦めとも、安堵しているとも取れる、なんとも言えないものだったーー
ーーー
ここで一人の男の話をしよう。
拝戸憂咬、いや、本名灰泥憂市の半生を。
これは確かな才能により将来を嘱望された男に起こった悲劇の物語ーー
ーーー
灰泥憂市は優二の双子の兄である。
優二にとって憂市は、自慢の兄だった。
何をやらせても器用で、物覚えも早い。口数は多くないが、困っている人間を放っておけない。
当時、彼は国立技術高専に通う高校生だった。
年齢に見合わぬ落ち着きを持ち、周囲からの信頼も厚かった。
ただ一つ欠点があるとすれば、弟にだけは少し甘いことだった。
そんな彼の未来は、ある日突然、音を立てて崩れることとなった。
優二と街を歩く日常。
学校の帰り道だっただろうか。
突然、街がゼウスに襲撃されたーー
そして運悪く、二人はメタモスに遭遇したのだ。
四つの腕に四本の足、八つの複眼を持つ邪悪な笑みを浮かべた怪物。
その醜い怪物は、弟に狙いをつけたようだった。
怯えて立ちすくむ弟の姿を見て、憂市は心を奮い立たせた。
勿論、怖くなかった訳ではない。
恐怖を押し殺し、怪物へ向かって行った。
「逃げろ!優二!」
必死に怪物の足にしがみついた。
「人間風情が、私に触れるな!」
怪物は纏わりつくチリを払うように、憂市を蹴り飛ばす。
生身の人間だ。
それだけで重症を負う。
倒れた視界の先で、再び優二が狙われている。
守らなければーーー
純粋なその思いしかなかった。
死力を振り絞って立ち上がりまたも怪物の足を止める。
「逃げるんだ!優二!」
「で、でも…兄さんを残してはいけない!」
「離せ!虫ケラ!」
怪物は憂市を振り払おうとするが、憂市は掴んだ足を離さない。
火事場の馬鹿力というやつだろうか。
殴られた顔から出血する。
それでも離さず、優二に叫ぶ。
「お前も残れば共倒れだ!」
「兄さん!」
「とにかく逃げろ!」
「でも…」
「言う事を聞け!」
何とか説き伏せ、優二はその場から逃げ出した。
勿論、優二の顔には躊躇いと罪悪感が滲んでいたが、薄れる意識の中ではそれも分からなかった。
ただ、無事に逃げてくれ。
その願いを最後に、彼は意識を失ったーー
ーー憂市が意識を取り戻したのは、ゼウスの処置室のベッド上だった。
身体は拘束され動かない。
当時のゼウスは、メタモス技術の人体実験サンプルとして、街で人攫いをしていた。
憂市もサンプルとして拉致されたのである。
そして例に漏れず、アダム細胞を埋め込まれる改造手術の被験者となった。
アダム細胞を植え付けられた者の末路は3通り。
異形の怪物メタモスとなるか、意思なき生ける屍となるか、死かーー
しかし、憂市はそのどれも辿らなかった。
アダム細胞に適合も不適合もしなかった。
稀にあるレアケース。
死を免れた憂市であったが、術後鏡を見ると、顔には大きな傷があった。
腹にはアダム細胞が移植された痕。
およそ元の生活に戻れるとは思えなかった。
それでも、憂市は強い意思を持つ人間だった。
絶望よりも先に過ぎったのは優二のことだった。
ーーー
無事に逃げ延びられただろうか。
それだけは知りたかった。
だったら何としてでも生き延びよう。
たとえ地を這い、泥水を啜ることになっても。
そう決意した。
幸い、憂市には類い稀なる科学の才能があった。
そこに目を付けたのが日浦だった。
憂市はゼウスの技術者として生き延びる道を選ぶ。
悪魔に手を貸すことになったとしても。
いつか優二と再会する、その日を夢見て。
それから憂市は、顔の傷を隠すように覆面を被り、拝戸憂咬と名乗るようになった。
汚れ仕事をしてでも生きていく。
覚悟を決めるために、大事な名前を捨てたのだ。
ーーゼウスでの風当たりは強かった。
メタモス手術を受けても、何も起きない。
戦闘員としても使えない失敗作。
酷い目にあった。
それは筆舌に尽くし難い。
ついたあだ名が“どっちつかずのハイド”
いかに高潔な心を持っていても、まだ少年。
彼の心が壊れ歪んでいくのに、そう時間はかからなかった。
拝戸となってから数年、ゼウスの技術者兼下働きとして働いていた頃、懐かしい顔を見た。
会社の社長だという蜘蛛の怪人。
(そうか、八雲というのか)
それは憂市の人生を狂わせた張本人であったが、特に心は動かなかった。
彼にはチカラも無ければ、気力も尽きていたからだ。
そんな彼に転機が訪れたのは、今から半年前。
とある研究棟で勤務していた時のこと。
見慣れぬ男を見かけた。
一目見て、誰だか分かった。
自分と同じ顔をした男、優二であった。
彼を見た時、憂市の胸に最初に浮かんだ感情は、
『ああ、生きていたのか』
というものだった。
少しだけ胸が暖かくなった気がして、自分にもまだこんな感情が残っていたのかと思った。
でも、それ以上の感情はなかった。
何の為に生きてきたのかーー
そんな大事な事も、忘れてしまったのかもしれないーー
優二が何をしているのか気になった。
密かに観察しながら、持ち前のハッキング技術を駆使して、優二のことを徹底的に調べ上げた。
その結果、優二が日本国軍に所属するエリート軍人だという事が分かった。
と、すればスパイか。
何が目的か、泳がせてみる事にした。
優二は何度か自分にも接触してきた。
しかし自分には気付かない。
覆面もしている、当然と言えば当然だ。
けれどもーー少し寂しさを感じた。
さらに観察を続けた。
すると優二が時々姿を変え、メタモスを屠っている事が分かった。
超兵システムである。
そのチカラは凄まじかった。
メタモスを始末できるのである。
衝撃的だった。
長らく動かなかった心が震えた。
「あのチカラがあれば、俺もーー」
それは消えかかっていた怒りの炎か、それとも生きる希望だったのか。
ある時、優二がまた自分に接触してきた。
不意に、ある思いが湧いた。
(この男がいなければ、俺の人生は違ったのだろうか?)
(チカラがあれば、変えられるのだろうか)
それは悪魔の囁きだったのか?
自分でも理由が分からないまま、憂市はマスクを外していた。
醜く変わり果てた顔を晒す。
それでも優二は、すぐに気付いた。
「兄さん…!?兄さんなのか?」
優二は笑顔を浮かべて喜んだ。
普通なら、感動的な再会なのだろう。
しかし、憂市の脳裏に浮かんだ言葉は意外なものだった。
(気に入らないな)
その綺麗な顔が。
どうしようもなく気に入らなかった。
なぜ撃ったのか。
その瞬間の憂市には、自分でも分からなかった。
悲しかったのか。
妬ましかったのか。
羨ましかったのか。
ただ、その手は既に引き金を引いていた。
優二は腹を撃ち抜かれ、倒れた。
腹から血を流して倒れている弟の姿を見ても、特に何も思わなかった。
(ああ、やはり俺の心は壊れてる…)
それよりも興味の中心は超兵システムだった。
ベルトを巻いてみる。
ベルトから音声が流れる。
『灰泥優二、認証しました』
適合者本人しか使えない超兵システム。
しかし遺伝子情報が同じ憂市を本人と誤認したのであろう。
見様見真似でアンプルを挿入してみる。
『ドープ、レオ』
ベルトが光り、装甲が身体を覆い始めた。
その時である。
突如異変が襲った。
体内のアダム細胞が暴走したのである。
それはベルトと反応し、身体を変質させた。
赤黒き獅子の魔人キルゾオンは偶然の産物だった。
こうして憂市は、絶大なチカラを得た。
チカラを得た憂市に明確な目的はなかった。
ただ、自分の人生を狂わせた者全て、消してやるのも悪くない。
そう思ったのである。
そこから彼がどう動いたのかはーーご存知の通りである。
ーーー灰泥憂市…
優二の双子の兄…どおりで似ているはずだ。
丞は優二に問いかける。
「今まで、どうしていたんだ?」
そう問われ、優二は腹に視線を落とし、気まずそうに笑って言った。
「潜入調査をしてたんだ。もう知ってるか?」
頷く丞を見て、優二が続ける。
「そこでちょっとしたアクシデントがあって。
ずっと寝てた」
優二はそう言ったが、軍服の腹に弾痕がある。
これまでの経緯を考えれば、何が起きたかは察しがついた。
まるで答えを告げるかのように、憂市が丞を見つめて口を開く。
「俺が…殺したと言っただろう…」
間髪入れずに優二が言う。
「でも、死んでない」
「お前を撃った…同じ事だ…」
「同じじゃないよ」
優二は憂市の目を見つめ、想いを巡らせたーー
ーー優二が意識を取り戻した時、そこは独房だった。
牢獄というよりは、小さな倉庫のような部屋だった。
壁際には保存食、隅には水の入ったポリタンク。
非常用の物置か。
電気は通っているようだが、薄暗い。
人の気配もなく、殆ど何の音も聞こえない。
身を起こそうとするが、鉛のように身体が重い。長い間、眠っていたのだろう。
腹部へ視線を落とす。
傷口は綺麗に縫合されていた。
包帯も新しい。
何度も交換された形跡がある。
誰かがここへ来ている。
それだけは分かった。
「どういうことだ……」
思考を巡らせていると、少しずつ記憶がはっきりしてきた。
兄はゼウスに居たのか?
生き別れたあの日から、ずっと?
魂が抜けた様な暗い瞳。
どう過ごせば、あんな風になるのだろう。
そう思うと、どうしようもなく胸が痛む。
(俺の代わりに、兄さんは…)
罪悪感に囚われながら、再び意識が遠のくーー
ーー数刻前。
電子ロックを開けて入ってきた男が居た。
憂市だ。
光のない瞳。
「少しは動けるようになったようだな」
抑揚のない声だった。
「お陰様でね。兄さんなんでしょ?これ」
そう言って腹の傷痕をさする。
「知らんな」
愛想なく答える。
元々こういう人だった。
家族思いではあったが、照れ隠しなのか、口数が多い人ではなかった。
(変わってないな)
優二は小さく息をつき、尋ねた。
「まぁ、いいさ。何の用だい?」
「アダムの場所を言え。お前が探っていたのは分かっている」
表情を変えず、端的に質問する憂市。
「さすがだね、兄さん。極秘で動いてたんだぜ?」
「余計な事は良い。さっさと話せ」
兄の目は暗い。
深い闇を湛えていた。
しかし優二には分かった。
その瞳の奥に強い決意を秘めていることが。
兄がやろうとしている事は大体分かる。
ならばそれに協力するのがせめてもの罪滅ぼしというものだろう。
優二は告げた。
「タルタロス」
「タルタロス?」
初めて聞く名だ…と言わんばかりに憂市の眉が動いた。
「ああ、アダムが隠されている場所だ。名前と場所は分かった」
「どこだ」
「旧区画…俺たちが居るこのエリアさ」
「!お前、なぜ…!?」
なぜこの場所が分かったのか、少し驚く。
最近まで意識を失っていたはずなのにーー
これも優二の洞察力か…
「それで?」
憂市が続ける。
「そこまで行ったが、最後の鍵が足りなかった」
「鍵?」
「ああ、タルタロスまで行くためのね。その鍵はきっと日浦が持ってる」
憂市が腕を組み視線を落とす。
「鍵か…」
「それで、日浦に迫ろうとしたけど、捕まってこのザマさ」
そう言って優二は笑った。
「捕まえたのは、兄さんだけどね」
そう戯けて、兄の瞳を見つめた。
ほんの少し、憂市の瞳が揺らいだ気がしたが、気のせいだったのだろうか。
「そうか、ご苦労だったな。お前は用済みだ」
それだけ言うと、憂市は部屋を出る。
「兄さん!」
呼び止める優二。
その声に憂市はふと足を止め、振り返る。
「鍵、かけなくていいのかい?」
憂市は短く息を吐き、「用済みだと言っただろ」とだけ言い、立ち去って行った。
あの顔、あの佇まい。
兄はタルタロスに行くのだろう。
アダムをどうするつもりなのか。
見届けなければならないーー
意を決すると、優二はよろよろと部屋の片隅にある上着を取り、憂市の後を追うことにしたーー
ーーーーー
静寂の中、天を仰ぎ倒れる憂市は、もう虫の息だった。
「変わらないね…兄さん…」
傍らで微笑みかける優二の手を払い退けた。
「くだらない事を言うな…」
「最後くらい、いいじゃないか」
再び手を取る優二の目には涙が浮かんでいる。
その言葉に、憂市は目を伏せた。
優二に罪はない。
そんな事は最初から分かっていた。
妬ましかった。
羨ましかった。
諦めていた人生に、可能性を感じてしまった。
弟を押し退けてでも力が欲しかった。
それでも、殺す事は出来なかったーー
全部、本当の気持ちだった。
チカラを得てから為した事もある。
奪った物も数多ある。
怪物と何ら変わることはない。
自分の罪深さも、嫌という程分かっていた。
そう、今さら優二に言える事など何もないーー
「俺はただ…欲望に従っただけだ…」
憂市は力なく笑う。
「それでも…俺にとっては優しい兄さんのままだ」
そう微笑みかける優二に対し、悲痛な眼差しを向ける憂市。
「何をーー」
「だって兄さんは、俺を生かしてくれたじゃないか」
「!」
見透かされてるような気がした。
自然と口から出た言葉ーー
「どっちつかずのハイド……か」
自嘲するような声だった。
それでも、認める訳にはいかない。
「何もかも…全部壊してやろうと思った」
短く息を吐く。
「それだけだ…」
優二は静かに頷いた。
「そういうことにしておこうか」
それ以上、何も言わなかった。
ーー憂市は、静かに天を見上げていた。
それから、憂市は丞に視線を移した。
「スティンガー…」
「…なんだ?」
一瞬の沈黙。
「愉しかったな…」
そう呟く憂市の顔はどこか晴れやかに見えた。
満たされたような、そんな顔だった。
上手く言葉に出来ない感情が、丞の胸に押し寄せた。
丞にしてみれば、憂市は大罪人だった。
親友を殺し、友の魂ともいえるゾオンドライバーを奪い、自分や仲間たちの希望を奪った憎むべき男…のはずだった。
だが、優二が生きていた今となっては、この男は何を求めていたのか?
いや、ーー拳と拳を重ねたからこそ分かる。
命懸けの戦いで見つけたかったもの。
この男が欲しかったのはきっと、生きているという実感…
丞の口から、自然と溢れた純粋な気持ちーー
「お前は強かった。魂が震えた…」
そう言って憂市の胸に拳を充てる。
「スティンガー…!?…」
丞を見据える憂市。
その瞳に、もう影や闇は感じられなかった。
「仮面の『超兵』キルゾオン…」
丞が微笑みかける。
「一生忘れる事はない」
その瞬間だった。
憂市の表情が、ほんの少しだけ明るくなった。
満たされたような顔。
安堵したような顔。
まるで、長い長い旅路の果てにようやく辿り着いた人間のようだった。
「そうか……」
震える唇が動く。
「俺は……これを……」
そこから先は言葉にならなかった。
その瞳は潤んでいるようにも見えた。
直後、憂市は吐血した。
普通の量じゃない。
「兄さん!」
優二が寄り添う。
最後の気力を振り絞り、憂市は震える手で、小箱を丞に渡した。
「これは…?」
困惑する丞に憂市が静かに告げる。
「きっと必要になる…すぐに分かるさ…」
それからベルトに手を伸ばし、外した。
それを優二の手にーー
「優二、コレはお前に返す…」
「兄さん?」
「後はお前がやれ…」
そう言うと、憂市はそっと瞳を閉じた。
最後に唇が動いたかと思うと、そのまま何も言わなくなった。
少年のような笑みを浮かべた、穏やかな顔だったーー
しばらくの静寂を経て、優二が切り出した。
「丞」
「なんだ?」
「兄さんを許してやってくれないか」
しばしの沈黙。
「勿論、兄さんがやってきた事は、許される事じゃない…それでも、せめてお前はーー」
優二は溢れる涙を堪えきれなかった。
震える声で訴えかける。
「俺たちだけはーー」
いい終わる前に丞は優二の肩にそっと手を置く。
「当たり前だろ?」
二人の間に、それ以上の言葉は要らなかったーー
ーーしばらくの沈黙を経て、丞たちは大空洞を後にしようとした。
その時だったーー
突如、空間全体が震え始めた。
ドクン!ドクン!と聞こえる何者かの胎動。
丞と優二の視線は自然とアダムへと向けられた。
鉱物の様な表皮に突然亀裂が走る。
轟音、そして眩い光。
その光は急激に強さを増し、瞬く間に空間全体を包み込み、全ての視界を奪ったーー
徐々に光が収まり、丞は目を開く。
そこに存在したのは、人ならざるもの…
原初生命アダム。
悠久の眠りから目覚めたそれは、静かにそこに佇んでいたーー
ーー光が収まった。
静寂が続く中、誰も動かない。
いや、動けなかった。
空洞の中央。
そこに、それは立っていた。
人の形をしているが、明らかに人ではない。
白く光る鉱石のような身体。
水晶のようにも見える。
内側から淡く発光し、表面には生物とも鉱物ともつかない紋様が脈打っていた。
顔には目も口もない。
それでも、見られている。
そう感じる視線の圧があった。
ただそこに佇むーー
なのに息が詰まる。
理屈ではなく、本能が報せる脅威。
丞の背中を冷たい汗が伝う。
隣の優二も同じだった。
言葉が出ない。
目の前の存在を理解できない。
それでも一つだけ分かることがあった。
この生命だけは、絶対に外へ出してはいけない。
命に代えても、ここで止めなければならない。
不意に優二が口を開いた。
「丞」
「ああ」
「頼みがある」
「何だ?」
優二はアダムから目を離さない。
静かな声だったが、その奥には確かな怒りがあった。
「コイツだけは赦せない」
丞が目を向ける。
優二は続けた。
「コイツがいなけりゃ、俺たちは……」
一度言葉を切る。
「いや、誰も苦しまなくて良かった」
静かな怒り。
長い時間をかけて積み重なった感情。
「だから、ぶっ潰す」
強く拳を握り、アダムを睨みつけたあと、丞に視線を移し、微笑む。
「手伝ってくれないか?」
丞も口角を上げる。
「へぇ」
肩を鳴らした。
「気が合うな」
そして丞もアダムを見据える。
「俺もちょうどそう思ってたところだ」
二人が視線を合わせる。
戦友として。
親友として。
そして――
超兵として。
優二がゾオンドライバーを腰へ装着する。
静かにベルトへ手を添えた。
『適合者、灰泥優二、認証しました』
機械音声が響く。
優二は目を閉じた。
ほんの少しの間、懐かしむように。
「ただいま、ゾオン」
小さく笑ってベルトに手を添える。
「よろしく頼む」
その姿を見た瞬間、丞の目に涙が滲んだ。
もう戻らないと思っていた。
失ったと思っていた親友が。
憧れだった英雄が、今、ここにいる。
「がっかりさせてくれるなよ優二」
涙を隠すように笑う。
「俺は強くなったぜ」
優二も笑った。
「見てりゃ分かる」
そして拳を握る。
「けど、負ける気はないさ」
二人は同時にアンプルを取り出した。
『インサート』
『インサート』
構え、呼吸。
その動作や集中力、全て完全に一致する。
美しい所作だった。
一瞬お互いの目を見て笑い、それから力強く叫んだ。
「変身!!」
『ドープ、ホーネット』
『ドープ、レオ』
黒き雷光。
黄金の光。
二つの光が空洞を照らした。
黒き閃光、超兵3号スティンガー。
そして黄金の獅子、超兵1号ゾオン。
伝説の英雄が再び超兵として立つーー
ーー本部、オペレーションルーム。
モニターを見つめる茜が息を呑む。
「え……」
再び回線が繋がり送られてきたスティンガーの映像。
得体の知れない不気味な生命体。
あれがアダムなのだろうか。
しかし、茜の意識を奪ったのは、そこに映る黄金のライダー。
見間違えるはずがない。
「優二さん……?」
信じられない。
震える声。
映像の向こうから笑い声が聞こえた。
『久しぶり、瀬尾さん』
その瞬間、茜の視界が滲んだ。
「優二さん……!」
声にならない。
姿を消してから、ずっと探していた。
何度も絶望した。
その声が今ーー確かに聞こえている。
「優二さん……!」
一目も憚らず、号泣する。
涙が止まらなかったーー
ーー嗚咽混じりの茜の泣き声を聞きながら、丞が肩を竦める。
「あーあ」
優二を指差した。
「泣かした」
「困ったな」
優二も苦笑する。
「ごめんね、瀬尾さん」
そう言うと優二はアダムに向き直る。
「先にやることがある!」
言い終えると優二はアダムへ向け駆け出す。
「うおおおおおっ!」
獅子の如き咆哮と共に渾身の拳を浴びせる。
怒涛の攻撃。
スティンガーもこれに加わる、パンチ、キック。
その全てがアダムを捉える。
しかし、全く効いていない。
そもそも衝撃さえ伝わった感じがしない。
あまりにも異様な感覚に危険を感じ、二人は一旦間合いを切った。
「まるで効果がないな…」
「何なんだコイツは…」
攻めあぐね、顔見合わせて呼吸を整える二人。
その時だったーー
初めてアダムが動いた。
それは音も無く静かに、それでいて素早い。
右腕が伸びた、かと思うと即座に変形した。
白い鉱物の腕が植物の蔦のように分裂しながら襲いかかる。
「危ない!」
スティンガーが飛び退く。
ゾオン身を翻して躱す。
蔦が通過した岩壁が音もなく消滅した。
まるで存在そのものを削り取られたように。
「なんだ今の!?」
丞が叫ぶ。
答える者はいない。
アダムは喋らない。
感情も見せない。
攻撃を受けたから反撃して排除する。
ただ、生物の本能に従って動いているだけのように見えた。
次の瞬間、アダムの腕が獣へ変わる。
狼、虎、鳥。
生命の形が次々と現れては消える。
その全てが白く発光していた。
生き物を真似ているが何者でもない。
生命エネルギーそのもの。
そんな異様さだった。
ゾオンが踏み込む。
「うおおおおッ!!」
拳、蹴り、掌底。
全てが直撃するがアダムは動かない。
痛みも感じていない。
まるで風にでも当たっているかのような様子だ。
スティンガーのキックも同じだった。
攻撃でアダムの身体が砕ける。
しかし砕けた破片が空中で再構築される。
何事もなかったように元へ戻った。
恐るべき再生能力である。
丞が息を呑む。
「嘘だろ……」
ゾオンも言葉を失った。
これまでにない脅威。
何をしても届かない敵。
アダムは静かにこちらを見ていた。
まるで、人類そのものを観察するかのようにーー
「埒が明かないな……」
スティンガーが息を吐く。
攻撃は確かに当たっている。
だが、何も手応えがない。
アダムは傷ついているようにも見えなかった。
「いや……」
ゾオンが低く呟く。
「もっと強い力なら…」
そう言うと、ベルトへ手を伸ばした。
「優二?」
ゾオンはレオアンプルを強く押し込む。
『ハイドープ』
黄金の装甲が激しく輝く。
全身の筋肉が膨れ上がり、獅子の鬣のようなエネルギーが噴き出した。
「まだだ!」
さらにもう一度アンプルを押し込む。
『ハイドープ』
出力が上昇し、金色の光がゾオンを包む。
黄金の獅子が咆哮を上げる。
「うおおおおおおおッ!!」
床を砕きながらアダムへ突撃する。
アダムが迎撃に腕を変形させる。
白い獣の顎、巨大な鉤爪。
だがゾオンは止まらない。
全てを力任せに弾き飛ばした。
「邪魔だッ!!」
力いっぱい踏み込み、全身のバネを使い切るような一撃。
両掌を重ねた必殺の掌底。
「クラッシュファイヤーパンチ!!」
轟音。
衝撃波が空洞全体を揺らした。
アダムの身体が大きく仰け反る。
白い鉱物の胸部に亀裂が走った。
「効いた!?」
スティンガーが叫ぶ。
次の瞬間だった。
胸部が花弁のように開く。
その奥に一瞬、脈動する白い核が見えた。
生命そのものを凝縮したような光。
アダムのコアーー
「今のは……!」
だが、その時間はあまりにも短かかった。
直後、砕けた部分が再構築されコアが閉じた。
まるで何事もなかったかのように。
「これでもダメか……!?」
ゾオンが後退する。
全力だった。
間違いなく手応えもあった。
それでもアダムは再び静かに立っている。
傷一つない姿で。
「マジかよ……」
スティンガーが呟く。
「参ったな…」
ゾオンも荒い息を吐きながらアダムを見据える。
しかし今の一撃で分かった。
アダムも完全に無敵という訳ではない。
だがーー届かない。
あと一歩。
決定的に何かが足りなかったーー
ーー本部オペレーションルーム。
攻めあぐねる二人をモニター越しに見守る茜。
人類の叡智を結集した超兵システム。
しかし、対峙するそれは、神にも近しい存在だと言えた。
こんな物に、人が勝てるのかーー
祈るようにモニターを見つめていると、一通のメールが届いた。
送り主は西馬。
急いで内容に目を通す。
「これなら…!」
もう一度モニターに目をやる。
ゼロに与えられた最重要ミッション「小箱の奪還」
その位置を示す信号は、ライダー達と共にあったーーー
凍りつくような緊張感の中で、二人のライダーは神経を研ぎ澄ませていた。
目の前の生物に感情や意思のようなものは感じられない。
それ故に、いつ攻撃が来るか読めないのだ。
不意に、通信が入る。
『真中さん!』
「茜ちゃん!?」
『小箱です!』
「何だって!?」
『小箱です!こ・ば・こ!今、持っていますか!?』
「小箱……!」
スティンガーはアダムから目を離さず、腰のホルダーへ手を伸ばす。
「これか!」
『開けてください!急いで!』
「言われなくても!」
スティンガーは小箱を開いた。
中には二本のアンプル。
一つは黒。
もう一つは赤。
見たことのない色のアンプルだ。
禍々しさすら感じる黒い薬液と、血のように脈打つ赤い薬液。
「アンプル……!」
ゾオンもそれを見た。
「黒と赤が一本ずつ……?」
『西馬君の解析結果です』
茜は端末に表示された資料を必死に読み解きながら、声を絞り出す。
『黒いアンプルは反アダム物質。アダムの活動を停止させるためのものです』
「活動停止……!」
『赤は…ええと…そう!アダム細胞活性剤です』
「反物質と活性剤?」
相反する物質に首を傾げる優二。
アダムが再び動く。
白い身体が歪み、今度は獣の後脚のような形へ変化した。
地面を蹴り、一瞬で距離が詰まった。
「来るぞ!」
ゾオンがスティンガーを押し退けるように前へ出る。
アダムの一撃を受け止める。
衝撃。
床が割れる。
「ぐっ……!」
ゾオンがアダムを引きつけている間に丞が尋ねる。
「茜ちゃん!どうやって使うんだ!?」
『反アダム物質は、アダムのコアへ直接投与する必要があります!』
「コアって……!」
スティンガーの脳裏に、先ほどの光景が蘇る。
ゾオンの一撃で開いた胸部。
その奥に見えた、脈動する白い核。
「あれか!」
『はい!先ほどの映像にも、一瞬だけ確認できました!』
ゾオンがアダムを弾き返す。
だがアダムはすぐに体勢を立て直す。
損傷したはずの腕は、何事もなかったかのように再構築されていた。
「直接打ち込むって言っても、どうやってだよ!」
『資料には、コアを露出させるには一定以上の衝撃が必要とあります』
「衝撃か……」
ゾオンが自分の両掌を見る。
つい先ほど、全力のハイドープで叩き込んだ掌底。
あれでようやく一瞬。
ほんの一瞬、コアが見えただけだった。
「衝撃たって、ゾオンのパワーでも一瞬しか!」
丞が叫ぶ。
『分かってます!』
茜の声にも焦りが滲む。
「もっと強い衝撃なら…あるいは?」
ゾオンが呟く。
「瀬尾さん!」
『はい!』
「赤いアンプルはアダム細胞活性剤だったね?」
『そうです』
「活性剤…」
丞が思考を巡らせる。
『超兵システムは、アダム細胞の特性を利用して装着者の能力を増幅しています。赤いアンプルは、その出力を強制的に引き上げるためのものです』
「つまり、強化用か」
優二の声が低くなる。
『はい。ただし負荷は通常のハイドープを遥かに上回ります。使えば身体への反動は避けられません』
丞はしばらく考え込んだ後、覚悟を決めたように切り出した。
「今度ばかりは、ゾッとするぜ…」
『真中さん!?』
「2本同時に使やぁいいってことだろ?」
『ダメです!そんな事をすれば、今度こそ本当に死にます!』
「でも、これはスティンガーにしか出来ねぇ。」
ベルトをポンと叩いて続ける。
「スロットが二つある、俺にしかな!」
『無茶です!怒りますよ!』
怒る茜の声には涙が滲んでいる。
「まぁ、いつものことだ。何とかする!」
その時、思考を巡らせていた優二が静かに言った。
「それじゃダメだ」
「え?」
丞が優二に向き直る。
「同時じゃダメだ」
茜がハッとして続ける。
『そうですよ、真中さん!時間差です!』
「時間差…?…時間差か!」
「そうだ。一撃目でコアを開く」
「ニ撃目で叩き込む…!」
三人の思考が同じ答えに辿り着く。
「これでダメなら打つ手なし…だな」
小さく笑った丞だったが、目には決意が宿っていた。
『軍が極秘裏に研究していた切り札です。
信じましょう!人間の力を』
茜が後押しする。
「丞、赤いアンプルを」
「優二…」
赤いアンプルは肉体に極限の負荷を与えるーー
その役目は俺がーーそう言いかけて止める。
「いや、任せる!」
優二に赤いアンプルを投げ渡す。
それを受け取り、フッと息を吐く優二。
その目は真っ直ぐにアダムを見据える。
「俺が切り開く!」
優二がスロットに赤いアンプルを挿す。
『インサート』
「俺は決める!」
丞がスロットに黒いアンプルを挿す。
『インサート』
二人が視線を合わせた。
もう言葉は要らなかった。
反アダム物質とアダム細胞活性剤。
コアを開く一撃。
コアを貫く一撃。
一瞬の時間差を置いた二つの衝撃。
それを可能にするのはーー
二人の超兵。
ふと、優二の脳裏に浮かぶ思いー
(まさか、兄さんはーー)
『チャンスは一度きりです』
茜は自然に流れる涙を拭い、声に力を込めた。
「ああ茜ちゃん、任せとけ」
「行くぞ!丞!」
ゾオンが赤いアンプルを強く押し込む。
赤い薬液がベルト内部へ流れ込む。
ゾオンの全身が、血のような赤い光に包まれた。
『アダムセル・ブースト』
警告音。
黄金の装甲が軋む。
筋肉が膨張し、獅子の鬣のようなエネルギーが激しく逆立つ。
優二の身体に、限界を超えた負荷が襲い掛かる。
「ぐっ……!」
『優二さん!』
「大丈夫だ」
声は苦しげだった。
それでも折れない。
「十分寝た分、働かないとな」
スティンガーも黒いアンプルを握る。
それは毒の様でもあった。
これを打ち込むということは、反アダム物質を自らのシステムに通すということ。
アダム細胞を利用する超兵システムにとって、それがどれほど危険なことかは、考えるまでもない。
その時、ふと、憂市の言葉を思い出した。
ーーきっと必要になる。
ーーーすぐに分かるさ。
「そうゆう事かよ!」
丞は笑った。
もう、迷いはなかった。
スティンガーは黒いアンプルを押し込む。
黒い薬液が流れ込む。
ベルトの音声が一瞬乱れた。
『ANTI ADAM』
『キルドープ』
全身を、冷たい痛みが駆け抜ける。
焼けるのではない。
凍るような痛み。
身体の中にあるアダム細胞そのものを、黒い液体が食い破っていくような感覚。
「ぐ、あ……っ!」
『真中さん!』
「問題ない……!」
膝が折れかける。
だが、スティンガーは踏み止まった。
「あと少し、保てばいい……!」
アダムが動く。
二人の異常な出力を、ようやく脅威として認識したのかもしれない。
白い身体が大きく歪む。
腕が翼へ、翼が獣へ。
獣が巨大な刃へ。
生命の形が高速で変わり続ける。
脅威は排除する。
ただその本能で、アダムは二人へ襲い掛かった。
『来ます!』
茜の声。
ゾオンが前に出る。
「合わせろよ、丞!」
「ああ!任せとけ!」
ゾオンが地面を蹴った。
床が砕ける。
赤い光が尾を引く。
アダムが刃を振るうが、ゾオンは避けない。
左肩を裂かれながらも踏み込む。
「うおおおおおおおッ!!」
両腕を引く。
掌に全エネルギーを集中。
獅子の咆哮が空洞に響いた。
『出力、臨界です!』
茜が叫ぶ。
「獣王――」
ゾオンの両掌が、アダムの胸部へ叩き込まれる。
「ファイヤーパンチ!!」
轟音。
衝撃波が空洞全体を揺らした。
アダムの身体が大きく仰け反る。
胸部が裂け、白い鉱物の装甲が花弁のように開いた。
その奥で脈動するコア。
今までで最も大きく、最も深く露出している。
『真中さん!!』
「分かってる!!」
その時にはもう、スティンガーは空にいた。
背部スラスター最大出力。
黒いエネルギーが右脚へ集中する。
ホーネットの針。
黒き毒針。
生命の原点を貫く、一刺し。
「俺は超兵3号スティンガー!」
全力を込めた最後の一撃。
「一刺しで決めてやるぜ!!」
アダムが反応する。
胸部を閉じようとする。
ゾオンが全身でそれを押さえ込む。
「行けぇぇぇ!!」
「スティング――」
スティンガーが落下する。
天から降り注ぐ黒い閃光。
「サンダーキック!!」
右脚がコアを貫いた。
スティンガーの右脚を通じて黒い薬液がアダムのコアへ流れ込む。
その瞬間、アダムが初めて叫んだ。
声とも咆哮とも言い難い。
生命そのものが悲鳴を上げるような音だった。
白い身体に黒い亀裂が走る。
内側の光が乱れ、脈動が不規則になる。
アダムの形が崩れ始める。
人、獣、鳥。
植物、昆虫。
無数の生命の形を行き来しながら、再構築しようともがく。
だが、どの形にも戻れない。
反アダム物質が、生命の原型を内側から停止させていた。
「うおおおおおおおおッ!!」
スティンガーは叫ぶ。
ゾオンもまた、最後の力でアダムを押さえ込む。
「止まれぇぇぇぇぇッ!!」
そして。
全ての光が、一瞬だけ爆ぜた。
白い閃光。
轟音。
空洞の中心で、巨大な衝撃が弾けた。
やがて光が収まる。
アダムは、そこに立っていた。
いやーー
立ったまま、動きを止めていた。
白い鉱物の身体は石のように硬化し、内側から発していた光は消えかかっている。
完全に死んだのか。
それとも眠っただけなのか。
誰にも分からない。
だが、少なくとも今。
アダムは動かなかった。
「……やった、のか?」
スティンガーが呟く。
その直後だった。
タルタロス全体が大きく揺れた。
天井から岩が崩れ落ちる。
地面に亀裂が走る。
『構造崩壊!地下空洞、崩れます!!』
茜の悲鳴にも似た声。
ゾオンがスティンガーの腕を掴む。
「走るぞ!」
「言われなくても!」
二人は走り出した。
ここで死ぬ気は毛頭ない。
背後では、アダムを中心に空洞が崩れていく。
白い原初生命は、崩落するタルタロスの奥へと沈んでいった。
まるで再び、人の手の届かない場所へ還っていくようにーー
ーーー
最後の力を振り絞り、地上に辿り着いた二人。
もう、何の力も残っていない。
疲労困憊で変身解除し、その場に倒れ込む二人。
お互いの顔を見て笑い合う。
しばらくの沈黙。
丞が言う。
「終わったな…」
「そうだな…」
優二は少し目を閉じ、静かに言った。
「アダムを止める為には超兵システムが二人分必要だった…」
丞は何も言わない。
「最初から、こうするつもりでーーいや、考えすぎかな…」
丞がゆっくり答える。
「そうだったんじゃないか?」
そう言うとフッと息を吐き笑った。
「分かんねぇけどな」
確かに、と思い、二人は顔を見合わせて笑った。
少しの間、静寂の時が流れた。
「静かだな…」
丞が言った。
「ああ…」
優二はそう言いかけて、やめた。
よく耳を澄ますと、遠くの方で、爆発や銃声のような音が聞こえたからだ。
「ゆっくりもしてられない、後片付けだ」
「あと片付け?」
「仲間はまだ戦ってるんだろ?」
「あ!」
丞は飛び起き、優二と共に仲間の元へ駆け出したーー
ゼウスの残党を倒し、ようやく一息つく。
朝日が眩しかった。
光を浴びながら、しばし感慨に浸っていた。
おもむろに、優二が言う。
「強くなったな、丞」
「だろ?」
「しかし、あれはカッコよかったなぁ。痺れたよ」
「何だよ?急に」
「超兵3号スティンガー!一刺しで決めてやるぜ!だっけ?」
「よ、よせよ…あれはまぁ、ノリだ!サービスだ」
「照れるなよ」
「お前が言ってたんだろ、仮面のヒーロー。そのオマージュってやつだ」
「そういうことに、しておこうか」
そう言い、無邪気に笑う優二。
顔を赤くして鼻息を荒くする丞。
そんな丞を見つめながら、真剣に、敬意を込めた表情で優二が真っ直ぐに言った。
「立派なヒーローなんだな」
照れ隠しの様に、何とか取り繕う。
「初代様からお褒めの言葉とは」
「いや、本当にそう思う。俺も負けてられないな」
「お?やるか?今度は負けないぜ!」
「今度にしよう。流石に寝起きには堪える」
お互い大きな声で笑い合うーー
ーーアダムはタルタロスと共に地下深くに封印された。
死んだかどうかは分からない。
ただ、当分動く事はないだろう。
ゼウスは未だ残っている…
だが、心配はいらない。
黒き閃光スティンガー。
黄金の獅子ゾオン。
二人の「英雄」がいる限りーー
超兵スティンガー ー完ー