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『未練配達員』| 連作ショートショート

    第1話:Miss(ミス)

    「Miss」の配達には、いつも細心の注意を払う。

    私は未練配達員。

    品名は常に英単語で記載される。

    今日の荷物は「Miss」。

    受取人の男は伝票を見て鼻で笑った。

    「誰からの荷物だ?俺は『失敗(Miss)』なんて受け取らない。返品だ」

    私は静かに首を振る。

    「お客様、この単語には『寂しく思う』という意味もございます。"I miss you"のMissですね」

    男は動揺し、かつての恋人からの切ない未練だと都合よく解釈して箱を受け取った。

    だが、開けた途端、男の顔から血の気が引く。

    中から溢れ出したのは、大量の破り捨てられた婚姻届。

    そう、Missにはもう一つ別の意味がある。

    「お届けしたのは、あなたが捨てた『未婚女性(Miss)』たちの怨念です。では、ここに受領印を」

    恐怖で震える男に、私は微笑みかけた。

    「返品はできません。彼女たちは永遠に『Miss』のまま、あなたを待ち続けているのですから」

    私は伝票を確認した。

    差出人欄には、こう記されていた。

    "The Misses You Missed"

    ― 第1話 了 ―


    第2話:Fine(ファイン)

    私は未練配達員。

    品名は常に英単語で記載される。

    今日の荷物は「Fine」。

    受取人の女は、タワーマンションの前に堂々と違法駐車された艶やかな黒い外車から降りてきた。

    火のついたままの吸い殻を道路へ弾き捨て、 私が差し出した伝票を見て、女は鼻で笑った。

    「Fine?」

    女は肩をすくめた。

    「私はいつでも元気(Fine)だし、人生も最高(Fine)よ。見覚えのない荷物なんか受け取らないわ」

    私は静かに首を振る。

    「お客様。この単語には別の意味もございます」

    「なに?」

    「法律や規則を破った者に課せられる『罰金(Fine)』です」

    女の顔が一瞬だけ強張った。

    だがすぐに笑う。

    「罰金? 国家や法が、この私から金を毟(むし)り取れるとでも思っているの?」

    「あなたは今まで、ずいぶん多くのことを『平気(Fine)』だと言って済ませてこられたようです」

    女は眉をひそめた。

    「何が言いたいの?」

    私は答えない。

    女は舌打ちし、私の手からペンを奪った。

    「くだらない悪戯ね。受け取ってやるわ」

    乱暴なサインが伝票に刻まれる。

    女は重い箱を抱え、その場で蓋を開けた。

    次の瞬間、女の顔色が変わった。

    中から溢れ出したのは膨大な書類の束。

    駐車違反。
    不法投棄。
    脱税。
    粉飾決算。
    贈賄。

    そして闇に葬ったはずの経済犯罪の数々。

    一枚一枚に、血のような赤い執行印が押されていた。

    女は震える指で最後の書類を拾い上げる。

    そこには財産差押命令の文字。

    口座残高、株式、資産、不動産。

    すべて没収。すべて執行済み。

    「う、嘘……」

    女の膝が崩れ落ちた。

    私は静かに告げる。

    「この単語の語源は、ラテン語の『終わり(finis)』。本来、罰金とは財産を支払うことで罪を清算し、終わらせるものです」

    女は首を振る。

    「違う……こんなの……」

    「ですが、あなたは支払いすることを拒んできた」

    女の呼吸が浅くなる。

    私は微笑んだ。

    「ですので、本日まとめてお届けに参りました。あなたの人生の『結び(Fine)』として」

    女は絶望に歪んだ顔を上げた。

    「待って……返品よ! こんなもの受け取れない!」

    「返品はできません。あなたが支払わなかった代償は、永遠に請求され続けます」

    私は伝票を確認する。

    差出人欄には、こう記されていた。

    "The Fines You Defied"

    「……これにて、配達完了でございます」

    ― 第2話 了 ―


    第3話:Present(プレゼント)

    私は未練配達員。

    品名は常に英単語で記載される。

    今日の荷物は「Present」。

    受取人の男は、薄暗いアトリエの奥で、埃をかぶった過去のトロフィーに囲まれて座っていた。

    かつて一世を風靡したものの、今や見る影もない天才クリエイターと評されていた男だ。

    アトリエの壁には「盗作疑惑」の文字が躍る古い週刊誌の切り抜きがピンで留められ、その上から黒い絵具で拒絶するようにバツ印が書き殴られていた。

    男は、ノックもせずに中へ入ってきた私を忌々しげに睨みつけ、差し出された伝票を見て鼻で笑った。

    「なんだこれは。Present? 落ち目の俺を哀れんだファンからの『贈り物(Present)』とでも言うつもりか。いらん、返品だ。今の俺に必要なのは同情じゃない、かつての輝きだ」

    私は静かに首を振る。

    「お客様、この単語には別の意味もございます。あなたが目を背け続けている――『現在(Present)』ですよ」

    「うるさい!」

    男は、苛立ちを隠さず、差し出されたペンを乱暴に掴み取り、伝票に殴り書きのようなサインをした。

    「現在だと? そんなものは過去に負けた連中の言い訳だ。……いいだろう、その生意気な『Present』とやら、中身を拝んでやる」

    男は、ずっしりと重い箱の包装を苛立ちまかせに引き破り、蓋を跳ね上げた。

    だが、開けた途端、男の喉からひきつった音が漏れる。

    中から溢れ出したのは、彼が「天才」と称賛されるきっかけとなった代表作の、本物の原作者たちからの大量の告発状と、言い逃れのできない盗作の証拠の数々だった。

    ネット上で今まさに大炎上している彼の「現在」のタイムラインが、印刷された紙面から容赦なく彼を糾弾していた。

    恐怖と絶望でガタガタと震え、声も出せずに立ち尽くす男に、私は深く一礼した。

    「……これにて、配達完了でございます」

    男の足元には、引き破られた伝票の切れ端が転がっていた。

    差出人欄には、こう記されていた。

    "The Present You Refused"

    ― 第3話 了 ―


    第4話:Scale(スケール)

    私は未練配達員。

    今日の荷物は「Scale」。

    受取人の男は、無機質なワンルームマンションの部屋で、複数のモニターに囲まれて座っていた。

    ネット上で匿名を隠れ蓑に、真面目なクリエイターたちを酷評し、叩き潰すことを生業としている冷酷なネット評論家の男だ。

    男は私の制服の着こなしや佇まいを値踏みするような視線で一瞥し、差し出された伝票を見て鼻で笑った。

    「なんだ、Scaleか。俺がネット界隈で持っている『影響力の規模(Scale)』の大きさを、ようやく誰かが認め表彰でもしてきたか。だが、そんな安っぽいお世辞の箱は受け取らない。返品だ」

    私は静かに首を振る。

    「お客様、この単語には別の意味もございます。常に物事を客観的に量り、冷徹に裁くための『天秤(Scale)』ですね。あなたがこれまで顔を隠し、安全な場所から他人の価値を不当に量り、叩き落としてきた罪の数々の清算でございます」

    男は一瞬、顔を引きつらせたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

    「他人の価値を量るのが俺の仕事だ。俺の天秤は常に正確だよ。……いいだろう、お前が持ってきたその秤とやらが、どれだけ底の浅い代物か、俺が直々に評価してやる」

    男は、私の手からペンをひったくるように奪うと、流れるようなサインをし、ずっしりと重い箱を受け取り苛立ちまかせにその蓋を跳ね上げた。

    その瞬間、部屋のライトが不自然に明滅を始めた。
    中から現れたのは、古びた真鍮製の大きな天秤だった。

    天秤は大きく傾き、彼がこれまでに書き散らしてきた無数の誹謗中傷の言葉が、物理的な重りとなって片方の皿に次々と降り積もっていく。

    驚いた男が天秤を突き放そうと後退りした時、彼の首筋から不気味な音が響いた。

    「お届けしたのは、あなたの本性、あなたの命そのものの重さです。……おや、肌がひどく乾燥しているようですね」

    そう、Scaleには、もう一つ別の意味がある。

    男が悲鳴を上げて自分の腕を掻きむしると、そこからポロポロと、魚の『鱗(Scale)』が剥がれ落ち、彼の肉体を侵食し始めていた。

    彼は異形化していく恐怖に歪んだ顔のまま、モニターの光の中で激しくのたうち回った。

    「返品はできません。あなたが他人に浴びせた言葉の重さは、永遠に『Scale』として、あなたを底へと沈め続けるのですから」

    私は伝票を確認した。

    差出人欄には、こう記されていた。

    "The Scales You Scorned"

    ― 第4話 了 ―


    第5話:Left(レフト)

    私は未練配達員。

    今日の荷物は「Left」。

    受取人の男は、探偵事務所のデスクで大量の監視カメラの映像を睨んでいた。

    その傍らには、過去に私が荷物を届けた人物たちの写真。そして、それぞれの現場周辺の防犯カメラが捉えた、黒い制服姿の私の不鮮明な写真が、執拗なまでに並べられていた。

    男は、ノックもせずに入ってきた私の手元を鋭く見つめ、伝票を指先で弾いた。

    「ようやく現れたな、配達員。お前が訪れた人間が、その後ことごとく不可解な破滅を遂げているのは掴んでいる」

    私は何も答えず、ただ静かに佇んでいた。

    男はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、伝票の品名に目を落とした。

    「品名は『Left』……なるほど。現場に『置き去られたもの(遺留品)』、あるいは警察でも見落とした(Left)決定的な証拠という意味か。過去の事件のタレコミにしては、ずいぶんと勿体ぶった真似をしてくれる」

    男はデスクからゆっくりと立ち上がり、私との距離を詰めた。

    「悪いがサインはしない。不法侵入の現行犯で、お前ごと警察へ『返品』してやる」

    男は私を取り押さえるべく、右手を鋭く突き出し、伝票と箱を強引にひったくった。

    私は静かに首を振る。

    「お客様。サインがなくとも、その手が荷に触れた時点で配達は完了いたします」

    「あ……?」

    男が怪訝そうに自分の掌を見た。

    箱を奪い取ったはずのその両手から、一瞬にして温度が消え失せていく。
    私は冷徹な声で言葉を継いだ。

    「この単語には、別の意味もございます。大切なものに『去られた(Left)』状態ですね」

    「何を、言って……」

    「他人の秘密を暴いて家庭を壊し、多くの人々を孤独に置き去りにしてきた、あなたの清算の時です」

    「他人の化けの皮を剥ぐのが俺の仕事だ。俺が孤独になるわけがない」

    男はこみ上げる恐怖を打ち消すように鼻で笑い、私の胸ぐらへ飛びかかった。 だが、その指先は霧を払うように虚空をすり抜けた。

    よろめいた男の耳に、突如として圧倒的な「静寂」が飛び込んでくる。

    窓の外を見た男の顔が強張った。

    通行人も、街の灯りも、走る車の音も、すべてが最初から存在しなかったかのように、完全な闇と無音に包まれていた。

    「な……なんだこれは……!?」

    狂ったように鳴り響く男のスマートフォンの画面には、部下からの辞職届、クライアントからの解約通知、構築してきた情報網やデータが、文字通り消去されていくログが津波のように流れていた。

    「あなたの地位も、人脈も、存在証明さえも、すべてがあなたを置いて去っていきました。私を捕らえ、決定的な証拠を掴んだつもりだったあなたの両手には、今や、掴むべき世界すら残されていません。この空白の世界にただ一人『取り残された(Left)』のは、あなただけです」

    男が叫ぶが、その声すら闇に吸い込まれて響かない。

    他人の絆を切り裂いてきた男は、すべてを失った世界の中心で、ただ一人震えて立ち尽くしていた。

    「返品はできません。あなたが切り裂いた代償は、永遠に『Left』として、あなたの世界を縛り続けるのですから」

    私は伝票の控えをバインダーから静かに外した。

    「……これにて、配達完了でございます」

    差出人欄には、こう記されていた。

    "The Ones You Left Behind"

    ― 第5話 了 ―


    第6話:Dear(ディア)

    私は未練配達員。

    今日の荷物は「Dear」。

    受取人の老人は、古い木造一軒家の縁側に腰掛け、西日の差し込む庭を静かに眺めていた。

    最愛の妻を亡くし、生きる気力を失ったまま余生を過ごしている物静かな佇まいだ。

    老人は驚く風もなく、ただ眩しそうに私を見上げ、伝票に視線を落とした。

    「おや、配達員さん、ご苦労様です。……お恥ずかしい話、私は英語がさっぱりでしてね。私のような孤独な老人に届く荷物など、何かの手違いでしょう。」

    私は静かに首を振る。

    「お客様、この単語には『値段が高い、極めて貴重である』という意味がございます。最愛の存在を失った喪失感にかこつけ、生きる義務を放棄し、自らの命という最も高価な価値を蔑ろにしてきた、あなたの清算の時です」

    老人はどこか達観したような笑みを浮かべ、穏やかな手つきでペンを受け取った。

    「自らの命を蔑ろに、ですか。確かに、妻のいない世界は私にとってあまりに価値がなさすぎました。ですが、あなたがわざわざ持ってきてくれた『高価なもの』なら、最後に受け取ってみましょう」

    丁寧なサインを終えた老人に、私は小さな箱を手渡した。

    蓋を開けた途端、その目から大粒の涙が溢れ出す。

    中から現れたのは、眩い輝きを放つ宝石の数々だった。

    それはかつて貧しかった頃に手放さざるを得なかった、妻の形見や思い出の品々。

    そして箱の底には、妻が生前、夫のこれからの生活のために密かに遺していた隠し財産の証明書が綺麗に収められていた。

    そう、この単語には、もう一つ別の意味がある。

    「お届けしたのは、あなたのこれからの『親愛なる(Dear)』日々のための価値です。あなたはまだ、ここで全てを投げ出すべきではありません」

    老人は形見を抱きしめ、前を向いて生き直すことを誓うように、静かに、力強く頷いた。

    「返品はできません。彼女が遺した未練は、永遠に『Dear(親愛なる絆)』として、あなたをこの世界へ縛り続けるのですから」

    私は伝票の控えをバインダーから静かに外した。

    「……これにて、配達完了でございます」

    差出人欄には、こう記されていた。

    "To My Dearest, From the Departed"

    ― 第6話 了 ―


    第7話:Subject(サブジェクト)

    ――この男の元へ辿り着くために、私はどれほどの未練を運んできたのだろう。

    今日の伝票に記された品名は「Subject」。

    受取人の男は、超高層ビルの最上階にある、外界から完全に遮断された要塞のような執務室にいた。

    国家的なシステムを裏から牛耳り、人々の命すら数字として処理してきた組織の黒幕だ。

    男は何重ものセキュリティを潜り抜けて音もなく部屋に立っていた私を睨みつけ、デスクの伝票を一瞥して傲然と鼻で笑った。

    「なんだ、Subjectだと? くだらん。この世界の人間はすべて、俺という『主語(Subject)』が動かすための客体(オブジェクト)に過ぎん。お前のような底辺の配達員が、俺に持ってくる荷物などこの世に存在しない。返品だ。それとも、ここで消されたいか?」

    私は静かに首を振る。

    「お客様、この単語にはこのような意味もございます。実験や研究のために利用される『被験者(Subject)』ですね。安全な玉座から数え切れないほどの人々を実験台にし、その人生を狂わせてきた、あなたの清算の時です」

    男は激昂し、私の手からペンをひったくるように奪い取った。

    「俺が被験者だと? 狂っているのはお前の頭だ。俺を裁ける人間など、この世のどこにもいないのだよ。……いいだろう、その身の程知らずな荷物とやら、ここで叩き潰してやる」

    伝票に大ぶりのサインを刻み込んだ男は、届けられた重々しい黒い箱の蓋を乱暴に開け放った。

    だが、開けた途端、男の目は恐怖に大きく見開かれた。

    中から現れたのは、過去に闇に葬ってきた、非道な人体実験の被害者たちの膨大なリストだった。

    その中には「失敗作」として処理したはずの被験者たちの詳細なカルテが並んでいる。

    驚愕のあまり震える手でリストをめくっていた男は、最後の一枚に目を落とした瞬間、完全に血の気が引いた。

    そこには、一番最初に実験台にし、戸籍も存在もすべてを抹消した、ある「最初の被験者」の顔写真と名前が記されていた。

    男はガタガタと震える手でその写真を持ち上げ、狂ったように写真と、私の顔を何度も見比べた。

    写真に写る、最初の被験者。

    そして、黒い制服の帽子の影から冷たく見下ろしている私の顔。

    それらは寸分の狂いもなく、同一の形状をしていた。

    男は、自分がかつて完全に殺し尽くしたはずの男が、当時の姿のまま目の前に立っているという絶対的な恐怖に直面し、喉からかすれた悲鳴を漏らした。

    そう、Subjectには、もう一つ別の意味がある。

    「お届けしたのは、あなたがシステムの『従属者、あるいは奴隷(Subject)』へと堕ちる結末です。あなたはもう、何も支配してはいません。」

    男は椅子の背もたれに深く崩れ落ち、自らが築いたシステムに囚われたことを悟って絶望に声を枯らした。

    「返品はできません。あなたが踏みにじった未練は、永遠に『Subject』として、あなた自身を檻の中に閉じ込め続けるのですから」

    私は伝票の控えをバインダーから静かに外し、男に渡した。

    男が伝票へ視線を落とした瞬間、宛先に並んでいた文字が不気味に蠢き、新たな文字列へと書き換わっていく。

    そこには、こう刻まれていた。

    To: The Subject of the System
    (宛先:システムの奴隷となった者へ)
    From: The Original Subject
    (差出人:最初の被験者より)

    ― 第7話 了 ―


    第8話:Deliver(デリバー)

    私の仕事は、これで終わるだろう。

    手元に残された最後の伝票。

    品名は「Deliver」。

    受取人の男は、超高層ビルの最上階にある、静まり返った執務室の床に、虚脱したように座り込んでいた。

    自らの罪に囚われ、すべてを失ったあの男だ。

    男は、何重ものセキュリティが無意味化した部屋の真ん中に立つ私を見上げ、絶望に濁った目で、差し出された伝票を力なく見つめた。

    「まだ何か用か……。Deliver? 『配達する(Deliver)』だと。俺にはもう、奪える財産も、支配できるシステムも、何一つ残っていない。これ以上、俺をどうしようというんだ」

    私は静かに首を振る。

    「お客様、この単語には別の意味もございます。苦しみや束縛から『解放する(Deliver)』ですね。あなたがこれまで安全な玉座から、数え切れないほどの人々を実験台にし、その人生を呪縛の中に閉じ込めてきた罪の数々の清算でございます」

    「解放……だと? 俺をこの絶望から解放してくれるというのか。それなら、もうどうにでもしてくれ。俺の負けだ」

    男は拒む力もなく、差し出されたペンを力なく受け取り、自身の終わりの証明となるサインを残した。

    男は差し出された驚くほど軽い箱を静かに開けた。

    だが、開けた途端、男の目が見開かれた。

    中には、ただ一着の、見覚えのある「黒い配達員の制服」と「帽子」だけが綺麗に畳まれて収められていた。

    男が恐怖に顔を歪めて後ずさろうとした瞬間、彼の肉体が強制的にその制服へと吸い込まれ、帽子がその頭へと完璧に嵌り込んだ。

    彼のプライドも、記憶も、すべてが配達員というシステムの「枷」へと変換されていく。

    自らのすべてをシステムへと「引き渡し(Deliver)」、新たな「未練配達員」となった男が、己の意志を奪われて冷徹な無表情のままそこに直立した。

    その瞬間、私の体を縛っていた黒い制服は霧のように消え去り、私はただの私自身へと戻っていた。

    手元に残された最後の伝票――その差出人欄には、こう刻まれていた。

    "deliver us from evil"


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    俺は未練配達員。

    品名は常に英単語で記載される。

    今日の荷物は……



    ー 了 ー




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