
「自分」なんかいくらでも好きなように変えていけばいい
「自分という人間は
こうでないといけない」
と、
決めつけているのは概して自分だし。
そうではなく、
他人が決めつけているなら、
そんなの別に
無視したってかまわない。
自分なんか、いくらでも、
変わっていけばいい。
変えてもいけばいい。
どうせ
「全部が何も変わらない」は
あり得ないし、
「全部ひとつ残らず変わってしまう」も
またあり得ない。

「一人の人間を、
好きに、自由に、
変えていく、
変えていこうとすることができる」
というのは、
改めて考えてみると
とても面白いことだと思うのである。
年の瀬だし、そうだなあ。
来年2023年は、
「天真爛漫」に挑戦!
(そんなオッサン。笑)
――うーん、難しい。
(まだ試してもみないうちに即答。笑)
でも、「内面だけなら」
「天真爛漫」、なってみたいものだよ。
(再挑戦。笑)
と、いうわけで、
以下のように振舞おうと思う
2023年。
・上機嫌でいる
・「楽しい」を尊重する
・邪気を捨てる
・でも防御はしっかり堂々と
(それをさっぱりと清々しく)
(他人の上機嫌を不当に奪おうとする、
そんな有象無象の「妖怪」が
ゴロゴロそこいらにいる
そんな世の中じゃPOISON!笑)
・小賢しい計算をしない
(「こうでないと絶対いけない」みたいに
「この先」を
小手先のテクニック程度のもので、
動かそうとしない。)
(あるいは
「未来のイメージ」を固定しない。)
一言でまとめると
「楽しく上機嫌なまま
ふわーっと漂っていく」。
――これで「運命」みたいなものは
今までと違った方向へ
動き出すものだろうか?
なんてことも少し思ったりするが。
とはいえ、ま、
何も動き出さなくても、
上機嫌でぶっ通し一年過ごせれば
それでいいのだけれど。(笑)

あとは、
また別の話にもなるが。
「沈黙」はしないけれど、
かまびすしい感じにならないように、
というのはあるかなあ。
――「耳を塞ぎたくなるような声」を
つい気づかず出してしまいがち
(特にこういう「文字だけの世界」だと)
だけど、
それじゃあダメなんだろうな、と。
「静かな声」
というのが、案外、
「一番遠くまで届く声」
なのではないか?
「とにかく落ち着いて話す」
と、
ふと思った、
年の瀬でありました。
