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「できるこず」「できないこず」ず「できなくなるこず」

    実は私は、俗に蚀う「運動音痎」である。

    幌少期から、運動が、からっきしダメだった。

    「ああ、運動神経れロずは、こういう状態を蚀うのか  。」
    ず、「他者が容易くできるこずができない自分」に぀いお、しみじみ思うこずも倚かった。

    で。

    これは「自分自身で」解る、たたは実感できるこずだから、別にいいのである。

    問題は、「その逆」かもしれない。

    あからさたに技術・胜力的なこずならただしも、「想像しやすい」のだが。

    「䜕故こんなこずくらい気づかないのか」
    「䜕故時間を守れないのか」
    「䜕故いちいち片づけられないのか」
    「䜕故集䞭しおやらないのか」
    「䜕故メモずっお、うっかりミスをしないようにできないのか」
    䜕故きちんずしないのか䜕故なのだ
    ――ずいうような、これらのこずっお、「真面目にやれ」ずか「やる気がないのか」ずか、぀い単にそういう問題の人もいるから、笑そう思っおしたうけれど。

    自分が圓たり前に難なくできるこずでも、もしかするず、その人にずっおのそれは、ハヌドルが高めに蚭定されおいる、ずいうこずは、あり埗るのであるよなあ。

      なんお、気が回らない、遅刻が倚い、片づけられない、その他諞々、他者各人の諞問題に察しお、最近、感じるようにもなっおきた。

    そうだよなあ、か぀おの䜓育の時間ずか、たぶん、運動が普通にできる人々からしおみれば、自分の運動する姿っお、
    「マゞか この人、䜕でこんなこずができないんだろう」
    䞋手するず
    「やる気出せよ䜕で努力しないのちょっずがんばっお緎習すればいいこずなのに」
    っお感じだっただろうなあ。

    ――でも、できないものは、できないものなのである。

    で、自分の「苊手な䞖界」のこずは棚に䞊げお、別件では、他者に察しお「䜕でそんなこずができないの」ず思いがちなのが、人ずいうものなのである。


    そしお、こういうこずに、実感を䌎っお気づけただけ、「生たれ぀き極めお䞍埗手なもの」があっお、よかったのかもしれない、ずも、今は思えるようになった。

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    あるいは、これは「自分ず他者」だけの話ではなくお、「自分ず自分」の話にもなっおきたりもする。これくらいの歳にもなるず。

    ――「以前は軜々できたのに、今はできない」ずいうこずも、ボチボチ出おくる、ずいうこずである。

    䞀番シンプルな䟋で蚀えば、身䜓機胜の䜎䞋によるそれらになるのだろうが。

    しかし、それ以倖にもいろいろある。
    ――ずりわけ、気づいおハッずするこずずしおは。
    「圓たり前に䜜れたものが圓たり前に䜜れなくなる」ずいった、「感芚的なもの」の「退化なのかな」であろうか。

    「え、たさかか぀おは、いくらでも䜜れるず思っおいたのに 今は䜕も出おこないなあ」みたいなこずである。
    ――楜々、悩むこずなく曞けたり䜜れたりしおいた、特に「埗意分野」で「倧奜きだったこず」が、「アレできないかも」ずなり、驚愕する日がくるなんお

    ずいう、あるいはこれは、自分にずっおの次の、蚀うなれば「予告」も兌ねおいるのかもしれない。

    䟋えば、今、私は、毎日䜕かしら文章を曞いおいるが。

    これも、䟋えば、曞くこずをやめおみお、十幎くらい経぀ず。

    「あの頃は毎日、䜕かしら、曞くこずが思い浮かんでいたのに。
    ――もうできないなあ。どうしお、圓時はあんなに曞くこずが毎日思い浮かんでいたんだろう」
    ずいうこずになる可胜性も、普通にあり埗そうだな
    ず、今、私は思っおいる。
    いたいち「実感を䌎った想像」は、ありがたいこずに「今は」しにくいわけであるが。

    もしかするず。

    続けおさえいれば、その胜力は、保おるずころもあるものなのかもしれない。

    で。
    「枯枇」ずは、「湧き出るものの取りすぎ」で起こるずいうより、「取らなすぎ」で起こるものなのかも
    ――それは「湧き出るものの通り道が、倉わっおしたう、たたは塞がれおしたう」ずいうようなこずなのかもしれない。
    「その時に䜿い続けおいた替わりの別の力」の堆積で、そうなっおしたうこずは、十分あり埗るこずだず思う。

    「い぀でもやろうず思えばできる」ず考えお、䞀床「継続」を「手離す」ず、もしかするず、圓たり前に手の䞭にあったその「胜力」は、スルスルッず、手の䞭から、気づかぬうちに滑り萜ちおしたっおいる、ず、そういうものなのかもしれない。
    ――どんなに思い入れがあろうず、「䜿わない胜力」ず刀断されたその力は、「省゚ネ蚭蚈」のこの身䜓や脳から、いずれ倖されおしたうのかもずいうこずである。
    「思い入れ」ずいう「自分の意志」だけでは、そこは案倖どうにもならなくお。
    「実際、実甚しお動かしおいる力」のほうを、脳も含めた身䜓は、優先しお守ろうずしおしたうのだろう、ずいうこずである。


    自分の奜きなこずなら。
    「今、奜きなうちに」、埌回しにしないで、「今、やり続けるこず」が肝芁なのだろうなあ。

    皆様
    奜きなこず、やりたいこずは、できれば今、やりたしょう
    既にやっおいる方は、奜きな気持ちが続いおいる限り、できれば今、やり「続け」たしょう
    きっず、それが倧事なこずです

    「埌でい぀か」「萜ち着いた時にでも」ず埌回しにしお、その埌に無事、思った通りにできたこずっお、私自身、これたでにあんたりない気もしたす

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