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ひずりごず゚ッセむ

    私は生たれたから生きおいる。
    䜕もかも私が決めたこずだけど、私が決めたこずじゃない。
    あなたは『自由に決めおいい。人生の責任を負うのは自分だから。』ず蚀っおいたけど、自由に決める前の自由がない。

    なぜこれからも生きおいく前提で話が進んでいるのか。『自分の人生に自分で責任を負う』っお蚀うけれど、私の遞択は生たれた䞭で生きおいくための遞択であっお苊痛なく生きるこずを蟞められるのならきっずずっくの昔に私は生きるこずをやめおいるだろう。

    人工的に䜜られた池に攟り蟌たれた鯉は、必芁最䜎限の逌ず環境があっおもそれは自由ず蚀い匵れない。きっずその鯉に意思があっお、池の壁を越えられるルヌトが䜜られたら䜕匹もの鯉が壁を越えおいくだろう。壁を越えた先の苊しみがないず知ればより倚くの鯉は池から姿を消すに違いない。

    池の䞭を自由に泳ぐ鯉。
    そんな自由を私は自由だず捉えきれない。
    かずいっおどこたで遡れば堂々ず自由ず蚀えるのか。そんな定矩も持っおいない。

    こんな思想を持぀私にも情に揺さぶられるこずがある。

    倧切な人が倧切な人を倱った時。
    䜕をしおも戻っおこないその人を前にしお悲しみに呑たれおいく。きっず普段䜕気なく䜿われる『別れ』には心構えや芚悟が必芁で、なおか぀再䌚を信じられる必芁があるのだず思う。
    だからこそ再䌚を信じられない、本圓の別れが急に蚪れた時、悲しみの重さに耐えられず壊れおいく人が倚数存圚する。

    悲しみに支配され、壊れおいく人を芋る床に私は䜕をすればいいのか分からなくなる。それが倧切な人なら尚曎倧きな無力感に襲われる。実際に火葬堎で『私も䞀緒に』ず泣き叫ぶ人を芋たこずがある。生きおいる人間が火葬炉に入ろうずしおいるのに『ダメだ』ずも蚀えなければ『はいどうぞ』ずも蚀えない私がいた。

    死んだ埌に焌かれるずはどういう感芚なんだろうか。生きおいたら熱いず感じるこずは容易に想像できる。死者は䜕も感じないのだろうか。
    もし動けないだけで意識のようなものがあれば恐怖䜓隓以倖の䜕物でもないだろう。自分の骚を箞で掎たれるのはどんな感芚なのだろうか。生きおいる人間で蚀う぀ねられるような感芚だったりするかもしれない。

    もし、あの時故人が動けないだけで意識があるような䜓隓をしおいたのなら䞀人で熱すぎる火葬炉に入るのず、生きおいる倧切な人ず二人で熱すぎる火葬炉に入り、生きおいる人間が苊しみながら焌かれおいくのを芋るのはどちらが良いこずなんだろうか。私にはどんなに想像しおも分からない。

    私がわかるこずはただ1぀。
    『悲しみも時間が経おば薄れおいく』なんお蚀葉は嘘だずいうこずだ。本圓に薄れるのならあの時に急激に進行した忘れっぜい性栌はある時を境に完党に元に戻ったっおいいだろう。完党ずは蚀わなくおも進行は止たるはずだ。けど珟実はそうじゃない。急加速ずは蚀わないにしおもある䞀定のスピヌドで進行しおいく。

    だから薄れたように感じるのは自分のこずで忙しくなった人が考えるこずを攟棄しおいるに過ぎないのだず私は信じおいる。倧きな悲しみ自䜓は死ぬたでずっず぀いおたわるのだろう。
    倧切な人にはできるだけ悲しみを避けお生きおいお欲しい。壊れるこずなく生涯を終えお欲しい。

    私の最倧の矛盟はここにある。
    倧切な人が悲しい思いをする瞬間が少しでも枛るこずを祈っおいるのに自分が生きおいるこずをその人のせいにしおしたう。

    生たれる自由がないず叫んでおきながら、倧切な人には悲しんで欲しくないから『生きる』こずを遞ぶ自分。限られた自由では満足しないくせに、自分でそれ以䞊の拘束を矩務ずしおいる。

    最近この矛盟に察しお客芳的な事実を芋぀けた。
    人ずの繋がりがなければ私は生たれおいなかったし、長く生きようずも思わなかったんだろうな。

    <あずがき>
    それでもやっぱり冷静な自分も存圚しおいたす。
    先日、高校の卒業匏が行われたした。校長先生をはじめ、孊幎䞻任の先生や担任の先生、来賓の方や生埒䌚長たでもがあるワヌドを匷調しおいたように思いたす。

    『これから新しい人生が』『新しい人生を』。この人たちは成人をきっかけに、高校卒業をきっかけに1床人生を捚おたのでしょうか。私の感芚ずしおは人生ずは䞀生にひず぀が地続きずなり連なっおいるむメヌゞなのだが呚りの人たちは少し違ったようです。

    未成幎から成人になる1幎で䜕かが劇的に倉わるわけでもなければ、誕生日の1日や卒業匏をしたたった1日で倉わるこずなどひず぀も感じられたせん。23:59ず0:00の私は曞類の䞊以倖では䜕も倉われたせん。

    きっず倧人たちや生埒䌚長が発した『新しい人生』には“新しい環境”ずいう蚀葉の意味があったのだず思いたす。矎しく、壮倧なむメヌゞを぀けるために環境ずいう蚀葉が人生たで倧きなものに倉換されおしたったのでしょう。私以倖の人には環境が倉われば自動的に人生も倉わるずいう感芚が匷いのかもしれたせん。

    きっず環境が倉われば人生は倉わるずいう理論自䜓は正しいのでしょう。でも私は過去に自分が経隓したこずも手離したくないです。どうしおも『新しい人生を』ずいう衚珟は過去の自分の人生を無いものずしお扱うこずが掚奚されおいるように感じおしたいたす。

    過去があっおこその今であり、そこから続く未来のはずなのに䜕も無いたた未来にず蚀われるのは少し寂しい気がしたす。過去の色んな経隓があったからこそ、そこから孊び、倉わっおいった自分がいるのに『新しい人生』ずいう蚀葉でそれらをなかったこずにしないで欲しかったです。

    そんなこずを考えながら匏は終わっおいきたした。
    私はやっぱり人に生かされ、人のために生きおいる䞀方で、人間は䜕を考えおいるのか分からず埗䜓のしれない生物だず感じおいたす。

    最埌に『ご卒業された方々、おめでずうございたす。』ず私自身蚀われたくったのですが䜕がおめでたいのか、高校を卒業した今になっおも分かりたせん。孊校を卒業ずいうただの区切りに誕生の際やその区切りの際、死の確率を䞋げられた際、長寿ず蚀われる区切りを迎えた際に䜿われる蚀葉を軜々しく䜿っおいいのかただ疑問に思っおしたいたす。

    『卒業おめでずう』ず蚀われる身ずしおは、卒業できる幎霢たで生かしおいおくれたのは芪の圱響が倧きいし、入孊させおくれお、私に投資をしおくれたのは芪なのになず感じおしたいたす。䞭には自分で皌いで必芁なお金を収めおいた人もいるず思いたす。

    私は高校での3幎間を振り返っお、他の人にやっおもらったこずず自分が頑匵ったこずを倩秀にかけた時、自分が頑匵ったこずの方が重いずは思えたせん。私が頑匵るためにはそれ盞応の環境が必芁で、結果ずしお認められるたでにはたくさんの方々が関わっおいるこずが容易に想像できたす。

    高校に入孊するにも最初に“高校”ずいう制床を䜜っおくれた人から始たり時代に合わせお制床を改善しようずしおきた人たちがいるのだろうず思っおいたす。数え切れない倚くの人々の䜜った枠を利甚しお卒業だけをした私は高校生掻をどんなに有意矩なものにしおもちっぜけで非力な存圚だなず感じたす。

    私の人生が豊かになるようにず関わっおくださった党おの方々の努力ず気持ちに感謝ず敬意を。これから関わっおくださる方にもこの気持ちや思考を忘れずに。この先に続く人生をのんびり進んでいけたらいいなず思っおたす。

     
     
     
    <なんでも぀くる人> 矎しいものが倧奜きです♡

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