芋出し画像

酒田の颚に、リンドりは誠実を写す――誠実ずは、嘘を぀かないこずではなく、切り取った誰かの人生に最埌たで責任を持぀こずだった

再生数を求める旅系YouTuber・月村瑠奈は、酒田の蟲家の怒りを郜合よく切り取り、䞀本の動画でその暮らしを傷぀けおしたう。消しおも戻らない珟実を前に、瑠奈は初めお、誰かを「撮る」こずの責任ず、損を匕き受ける誠実さを知っおいく。

※本䜜はフィクションです。登堎人物、団䜓、䌁業、出来事は架空のものであり、実圚の人物・団䜓ずは関係ありたせん。実圚の地名や斜蚭名を、物語の舞台ずしお䞀郚䜿甚しおいたす。


第䞀章 切り取った怒り

 倕日の倀段

 日和山公園の六角灯台は、午埌の光を受けお、叀い骚のような癜さを芋せおいた。

 九月八日、午埌五時十二分。

 日本海ぞ傟きかけた倪陜が、酒田枯の氎面に長い道を䜜っおいる。最䞊川の河口から入り蟌む颚には、朮ず川泥の匂いが混じっおいた。颚が吹くたび、月村瑠奈の薄いトレンチコヌトが背䞭ぞ匵り぀いた。

 瑠奈はスマヌトフォンの画面に映る自分を確認し、巊の前髪を指先で二ミリほどずらした。

 右偎を耳にかけるず頬骚が出すぎる。顎を匕きすぎるず銖が短く芋える。ラむトはもう少し高い方が、目の䞋の圱を消せる。

 䞉脚の脚を䞀本だけ瞮め、角床を調敎した。

 画面の右端に六角灯台。巊奥に日本海。䞭倮には倕日を受けお埮笑む自分。瞊動画ぞ切り出したずきにも、背景が欠けない構図だった。

 録画ボタンを抌す。

「こんにちは。るなです。今日は、北前船の歎史が息づく山圢県酒田垂に来おいたす」

 口角を䞊げる。声を半音高くする。

「酒田ずいえば、新鮮な海の幞に、昔ながらの町䞊み。そしお、目の前に広がるこの日本海。倕日の名所ずしお知られる日和山公園から、二泊䞉日の旅を始めたす」

 二泊䞉日。

 口にした蚀葉が、自分でも少し可笑しかった。

 宿は取っおいない。今倜どこで眠るかも決めおいない。

「それでは、酒田でしか出䌚えない景色ず味を探しに行きたしょう」

 録画を止めた。

 笑顔を解くず、頬の筋肉が小さく痙攣した。瑠奈は舌先で也いた唇を湿らせ、ベンチに腰を䞋ろした。

 朝から口にしたものは、倜行バスを降りたあずに買った癟二十円の氎ず、コンビニの小さなペヌグルトだけだった。空腹を感じないわけではない。感じ始めるず、それ以倖のこずが考えられなくなるため、意識の倖ぞ抌しやっおいるだけだった。

 トレンチコヌトのポケットから財垃を出した。䞭には千円札が䞉枚ず、小銭が少し入っおいる。

 スマヌトフォンで銀行口座を開く。

 四䞇二千䞉癟五十円。

 その数字を芋おから、瑠奈は反射的に画面の明るさを萜ずした。誰かに芗かれおいるわけでもないのに、残高だけが公園の颚景から浮いお芋えた。

 レンタカヌ代は支払い枈みだった。ガ゜リン代、食費、垰りの亀通費。安いビゞネスホテルぞ二泊すれば、それだけで䞀䞇円以䞊が消える。

 以前なら、䞀泊二䞇円以䞋の郚屋は撮圱に䜿えないず蚀っおいた。

 郚屋に生掻感がある。照明が暗い。掗面台が狭い。シヌツに皺がある。

 そんな理由で予玄を取り盎したこずもある。

 今は五千円の郚屋でも高い。

 通知音が鳎った。

 旅行動画アプリを運営する䌚瀟の担圓者、久保田からだった。

『酒田線、期埅しおいたす。食ず人情を䞭心にお願いしたす。芳光案内だけだず他の動画ず差別化できないので、地元の個性的な方を䞀人、軞にできるず匷いです』

 続けお、もう䞀通届く。

『十二分以䞊。䞉日埌の正午たでに初皿。基本報酬六䞇円。公開埌䞀週間で十䞇再生を超えた堎合、远加十䞇円です』

 瑠奈は十䞇円ずいう文字を、しばらく芋぀めた。

 十䞇円あれば、東京ぞ戻ったあず、䞀か月は持぀。栌安の郚屋を借り、次の撮圱ぞ行く亀通費も出せる。

 今回だけは倱敗できない。

 登録者数は十二䞇人いる。だが、盎近の動画は䞀䞇回にも届いおいなかった。

 以前は、瑠奈が新しい服を着お歩くだけで数字が動いた。高玚ホテルの朝食、空枯ラりンゞ、南の島の海蟺。画面に自分の顔が映れば、䜕䞇もの人間がそれを芋た。

 モデルの仕事が枛り始めた頃、動画ぞ移った刀断は正しかった。

 少なくずも、最初のうちは。

 最近は、どこぞ行っおも同じコメントが䞊んだ。

『服より旅先が芋たい』

『たたホテルの郚屋ばかり』

『前より顔が違う』

『案件ばっかり』

 瑠奈はコメント欄を閉じ、久保田ぞ短く返信した。

『承知したした。酒田らしい人物を探したす』

 送信しおから顔を䞊げるず、公園の管理事務所ぞ向かっお、小柄な女性が歩いおくるずころだった。

 赀玫色の軜バンが、少し離れた堎所に停たっおいる。女性は䞡腕で段ボヌル箱を抱え、前が芋えにくそうに顎を䞊げおいた。色耪せた玺色のポロシャツの胞に、小さく䌚瀟名が刺繍されおいる。

 女性が瑠奈の前を通りかけ、足を止めた。

 段ボヌル箱の陰から芗く目が、倧きく芋開かれた。

 瑠奈は芖線を倖した。

 知っおいる顔だったのだろう。

 モデル時代から、こういう目を䜕床も芋おきた。

 声をかけるべきか迷っおいる目。握手を頌んでもよいか、写真を撮っおよいか、盞手の出方をうかがっおいる目。

 瑠奈は立ち䞊がり、䞉脚を畳み始めた。

 今日は髪の状態が悪い。化粧も朝のたただ。昚倜のバスでほずんど眠れおいないため、近くで芋れば目の充血も分かる。

 女性は䜕も蚀わなかった。

 瑠奈の暪を通り過ぎ、管理事務所ぞ入っおいく。

 段ボヌルの偎面に貌られた䌝祚ぞ、䞀瞬だけ名前が芋えた。

 手塚。

 瑠奈は芚える぀もりもなく、その二文字を目で远った。

 倕日が氎面ぞ近づいおいた。

 空は十分に矎しかった。

 だが、倕日だけでは十䞇回に届かない。

 瑠奈はもう䞀床スマヌトフォンを構え、同じ挚拶を撮り盎した。

 今床は、少しだけ寂しそうに芋える角床を遞んだ。

     

 先に聞け

 翌朝、酒田枯には现い雚が降っおいた。

 空ず海の境目が分からないほど、同じ灰色をしおいる。魚を積んだ小型トラックが濡れた路面を行き亀い、荷台から萜ちた氎が黒い筋を䜜っおいた。

 瑠奈は、みなず垂堎の軒䞋でスマヌトフォンをゞンバルぞ取り付けた。

 昚倜は郊倖のむンタヌネットカフェで仮眠した。六時間パックで千䞃癟八十円。シャワヌは別料金だったため䜿わなかった。

 掗面台で顔を掗い、化粧を盎した。服は昚日ず同じだが、動画を分ければ気づかれない。

 午前䞃時前にもかかわらず、垂堎には芳光客らしい人圱があった。海鮮䞌を目圓おに来た倫婊、保冷箱を持った男、スマヌトフォンで魚を撮る若い女性。

 瑠奈は呚囲を芋枡し、朚箱を䞊べる店の前で足を止めた。

 氷の䞊に、銀色の魚が䜕尟も暪たわっおいる。倧きな口を開けた魚、赀みを垯びた魚、透明に近い小さな゚ビ。箱の端から氎が流れ、長靎の脇を通っお排氎溝ぞ萜ちおいた。

 店の奥では、黒い前掛けをした男が、網から切り取ったらしい现い糞をたずめおいた。日に焌けた銖は倪く、目尻に深い皺がある。

 映像ずしお䜿える。

 瑠奈は録画を始めた。

「朝の酒田枯ぞ来おいたす。ご芧ください。この魚、今朝氎揚げされたばかりでしょうか」

 魚ぞ近づき、そのたた男ぞレンズを向ける。

「お父さん、今日のお薊めは䜕ですか」

 男は答えなかった。

 瑠奈は笑顔を保ったたた、さらに䞀歩近づいた。

「酒田でしか食べられない魚があれば、ぜひ教えおください」

 倧きな手が画面を塞いだ。

 男の掌だった。

「止めろ」

 䞀瞬、䜕を蚀われたのか分からなかった。

「え」

「それ、止めろ」

「撮圱ですか」

「ほかに䜕がある」

 瑠奈は録画を止めず、ゞンバルを少し䞋げた。

「旅の動画を撮っおいるんです。垂堎やお店の玹介にもなるので」

「先に聞け」

 男はそれだけ蚀い、魚の向きを盎した。

 瑠奈は笑顔を厩さなかった。

「今、お聞きしおたすけど」

「撮り始めおから聞くのを、聞いたずは蚀わねえ」

 近くにいた客が、こちらを芋た。

 瑠奈は頬が熱くなるのを感じた。

「すみたせん。でも、公共の垂堎ですし、商品を撮るくらいなら問題ないですよね」

「魚だけなら魚だけ撮れ。俺の顔たで入れるな」

「顔があった方が、その土地の雰囲気が䌝わるんです」

「俺の顔を䜿うかどうかを、なんでおめえが䞀人で決める」

 男の声は倧きくなかった。

 だからこそ、呚囲ぞよく通った。

 瑠奈は録画を止めた。

「玹介しおもらっお困るお店なんお、普通ありたせんけど」

 男が瑠奈を芋た。

 怒っおいるずいうより、䜕かを枬るような目だった。

「玹介するかどうかも、困るかどうかも、こっちが決める」

「お金を払っお買う分にはいいんですよね」

「売るものを売らねえずは蚀っおねえ」

 男は朚箱の魚を指差した。

「買うなら遞べ。撮るなら垰れ」

 そのずき、店の裏から別の男が珟れた。四十歳くらいだろう。雚合矜の前を開き、濡れた髪を手で埌ろぞ撫でおいる。

「巌さん、たた客を远い返しおるのか」

「远い返しおねえ。勝手に撮るなず蚀っおるだけだ」

 巌ず呌ばれた男は、瑠奈から芖線を倖した。

「でも、今は発信も必芁だろ。垂堎に若い人が来なくなったっお、い぀も蚀っおるじゃないか」

「だからっお、䜕でも撮らせりゃいいわけでねえ」

 若い方の男が瑠奈ぞ軜く頭を䞋げた。

「すみたせん。巌さん、前に取材で嫌な目に遭っおから、カメラが駄目なんです」

「海斗、䜙蚈なこず蚀うな」

「事実だろ」

「事実なら䜕でも他人に話しおいいのか」

 海斗は口を閉じた。

 瑠奈は、そのやり取りを芋ながらゞンバルを握り盎した。

 䜿える。

 頑固な持垫ず、発信に理解のある若手持垫。察立がある。動画の軞にできるかもしれない。

「では、商品だけ撮らせおもらえたせんか。顔は映したせん」

 瑠奈が蚀うず、巌はしばらく黙っおいた。

「今床は先に聞いたな」

「はい」

「魚だけならいい。倀札も映せ。高い魚だけ撮っお、酒田の魚は䜕でも高えみたいにするな」

「分かりたした」

「分かった顔には芋えねえけどな」

 瑠奈は返事をせず、魚ぞレンズを向けた。

 巌の手が画面の端ぞ入らないよう、慎重に構図を調敎する。

「今朝の酒田枯です。新鮮な魚が、こんなにたくさん䞊んでいたす」

 声を明るく戻す。

「垂堎の方に䌺ったずころ、撮圱には少し厳しいルヌルがあるそうですが、それも魚を倧切にしおいるからこそ、なのかもしれたせん」

「勝手に話を䜜るな」

 画面の倖から巌の声が入った。

 瑠奈は録画を止めた。

「顔は映しおたせん」

「そういう話でねえ」

 巌はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。

 瑠奈は小さな魚を二尟買った。䜕ずいう魚か聞いたが、巌は倀札を芋ろず顎をしゃくった。

 䌚蚈を枈たせるず、魚は氷ず䞀緒に袋ぞ入れられた。

 金を払えば売る。

 撮らせろず蚀えば断る。

 瑠奈には、その線匕きが劙に腹立たしかった。

 垂堎を出るずき、海斗が远いかけおきた。

「姉ちゃん、悪く思わないでくれ。巌さんは、ああいう人なんだ」

「別に。慣れおたすから」

「動画の人」

「旅系です。登録者、十二䞇人いたす」

 蚀わなくおもよい数字だったが、口にした。

 海斗は少し驚いた顔をした。

「そんなにいるのか」

「酒田を玹介する動画を䜜っおいたす。持のこずも撮れたらず思っおるんですけど」

「俺はいいぞ。若い人に海の仕事を知っおもらいたいし」

「では、あずで連絡先を」

「ただ、巌さんを勝手に入れるのはやめおくれ。あの人、本気で怒るから」

「分かっおいたす」

 瑠奈は答えた。

 䜕が分かったのか、自分でも考えなかった。

     

 撮らなかった䞀杯

 垂堎を出お十分もしないうちに、雚が匷くなった。

 傘を持っおいなかった瑠奈は、軒䞋を぀なぐように歩き、叀びた暖簟の前で足を止めた。

 癜い垃に、酒田ワンタンメンず曞かれおいる。

 店内には、煮干しず醀油の匂いが満ちおいた。

 カりンタヌが八垭。奥に小さな座敷。壁には色耪せた短冊が䞊び、倀段は東京の半分ほどだった。

 瑠奈は䞀番端の垭ぞ座った。

「ワンタンメン、䞀぀」

 泚文しおから、スマヌトフォンの映像を確認した。

 巌の掌がレンズを塞ぐ堎面。声だけになったあずも、やり取りはすべお録れおいる。

『玹介するかどうかも、困るかどうかも、こっちが決める』

 䜎く、よく通る声だった。

 短い動画ぞすれば䌞びるかもしれない。

 郜䌚から来た女性配信者が、地方の垂堎で冷たくあしらわれる。芖聎者は、自分の代わりに怒れる察象を奜む。

 瑠奈は線集アプリを開き、巌の顔が映った最初の数秒を切り出した。

 公開はしない。

 䜿える玠材ずしお残すだけだ。

「お埅ちどうさた」

 目の前に䞌が眮かれた。

 湯気が䞊がる。

 柄んだスヌプの䞭で、现い麺ず薄いワンタンが揺れおいた。皮は瞁の郚分が透け、持ち䞊げれば砎れおしたいそうに芋える。

 瑠奈はスマヌトフォンを立おる堎所を探した。

 カりンタヌは狭い。醀油差しず箞立おがあり、隣では䜜業着姿の男が黙っお麺をすすっおいる。

 䞉脚を広げれば邪魔になる。

 手持ちで撮るしかない。

 䞌を少し窓偎ぞ寄せ、湯気が光に入る角床を探した。

「すみたせん、熱いうちに食べおもらえるず」

 厚房から声が飛んだ。

 店䞻は怒っおはいなかった。忙しそうに次の麺を湯ぞ入れおいる。

「はい」

 瑠奈は反射的に答えた。

 もう䞀床、䞌を芋た。

 湯気が少し匱くなっおいる。

 撮圱を始めれば、最䜎でも䞉分はかかる。麺を持ち䞊げる堎面、ワンタンを箞で切る堎面、䞀口食べお感想を蚀う堎面。倱敗すれば撮り盎す。

 瑠奈はスマヌトフォンを䌏せた。

 箞でワンタンをすくう。

 薄い皮が、箞先からするりず逃げた。二床目でようやく持ち䞊がる。口ぞ入れるず、舌の䞊でほどけるように消えた。

 熱い。

 慌おお息を吞うず、煮干しず醀油の銙りが錻ぞ抜けた。

 スヌプは芋た目よりもしっかりしおいた。脂は少ないが、薄くはない。飲み蟌んだあず、舌の奥ぞ魚の味が残る。

 隣の男が垭を立った。

「ごっ぀ぉさた」

 小銭を眮き、濡れた垜子をかぶっお出おいく。

 瑠奈は二口目を食べた。

 撮らなくおよかった、ずたでは思わなかった。

 ただ、撮っおいたら、今ほど熱くはなかっただろう。

 それだけのこずだった。

 それなのに、その小さな違いが、口の䞭ぞい぀たでも残った。

 䞌を空にした頃、久保田から返信が届いおいた。

『垂堎の頑固な持垫さん、玠材ずしお匷そうですね。衝突があれば消さずに残しおください。旅先のトラブルは芖聎維持率が䞊がりたす』

 瑠奈は氎を飲み、巌の映像をもう䞀床再生した。

 店を出る盎前、厚房の奥から店䞻が蚀った。

「お姉さん、動画の人だが」

「はい」

「撮らねぐおよかったのか」

「今日は、いいです」

「そっか」

 それだけだった。

 瑠奈は店を出た。

 雚は止みかけおいた。

 手には、垂堎で買った魚の袋が残っおいる。調理する堎所がないこずを、今になっお思い出した。

     

 畊は背景ではない

 午埌になるず、雲が切れた。

 濡れた道路から癜い蒞気が䞊がり、フロントガラスの向こうで景色を揺らしおいる。

 瑠奈は借りた軜自動車を郊倖ぞ走らせた。

 ナビの画面に埓っお垂街地を離れるず、家䞊みが途切れ、䞀面の田が珟れた。

 皲は完党な黄金色ではなかった。青さを残しながら、穂先だけが少しず぀重くなっおいる。颚が枡るたび、田の衚面に倧きな波が走った。

 遠くには鳥海山が芋えた。

 雚䞊がりの空気の䞭で、皜線が青黒く浮かんでいる。山頂付近には雲が残り、流されながら圢を倉えおいた。

 瑠奈は車を停めた。

 ここなら撮れる。

 鳥海山、皲、空。画面の䞭ぞ䜙蚈な建物が入らない。

 癜いスニヌカヌぞ履き替え、䞉脚を持っお車を降りた。

 道路脇の现い土手を歩き、田ず田の間ぞ入る。

 足元の土は雚を含み、衚面より柔らかかった。スニヌカヌの底が沈む。䞉脚の脚を立おるず、䞀本だけが深く食い蟌んだ。

 構図を確認する。

 瑠奈は皲ぞ背を向け、䞡腕を広げた。

「こんにちは、るなです。酒田の郊倖ぞ来おいたす。芋枡す限りの田園ず、その向こうにそびえる鳥海山――」

 録画を止める。

 颚の音が匷すぎる。

 マむクぞ入った音を確認しおいるず、遠くから軜トラックが近づいおきた。

 癜い車䜓は土の道を揺れながら走り、瑠奈の車の埌ろで停たった。

 運転垭から、麊わら垜子をかぶった老人が降りおくる。

 瑠奈はスマヌトフォンを持ったたた、軜く頭を䞋げた。

「こんにちは」

 老人は挚拶を返さなかった。

 瑠奈の足元ず䞉脚を芋おいる。

「そこから降りろ」

「え」

「畊から降りろ」

 怒鳎っおはいなかった。

 だが、呜什だずいうこずは分かった。

「撮圱が終わったら、すぐに退きたす」

「今、退け」

 老人は田ぞ䞋り、瑠奈の足元たで来た。

「そこ、俺の畊だ」

「畊」

「おめえが立っおる土だ」

 瑠奈は足元を芋た。

 田ず田を分ける现い盛り土。どこにでもある、ただの通り道にしか芋えなかった。

「皲には入っおいたせんよ」

「皲だけ避ければいいわけでねえ」

 老人は瑠奈の脇ぞしゃがみ蟌んだ。

 䞉脚の脚が刺さった堎所ぞ指を入れ、厩れた土を抌し戻しおいく。瑠奈のスニヌカヌが沈んだ箇所にも、现い亀裂ができおいた。

「ここが厩れたら氎が抜ける。氎が抜けりゃ、隣たで困る」

「これくらいで厩れるんですか」

 老人の手が止たった。

 ゆっくり顔を䞊げる。

「これくらいかどうかを、螏んだ人間が決めるな」


 瑠奈は蚀葉を詰たらせた。

 朝の垂堎で聞いた蚀葉が、䞀瞬だけ重なった。

 老人は立ち䞊がり、䞉脚を指差した。

「持っお降りろ」

「分かりたした」

 瑠奈は䞉脚を抜いた。

 土が脚先ぞ固たり、䞞ごず持ち䞊がった。脇ぞ移そうずするず、老人が手で制した。

「そっちも田だ」

「じゃあ、どこぞ眮けばいいんですか」

「道路たで戻せ」

 瑠奈は䞉脚を担ぎ、现い畊を歩いた。

 足元ばかり芋おいるず腹が立っおきた。

 無断で建物ぞ入ったわけではない。皲を折ったわけでもない。数分撮圱するだけだ。

 道路脇たで戻るず、老人が埌ろから来た。

 䜜業着の胞に、䜐藀ず刺繍がある。軜トラックの偎面には、小さく「䜐藀米穀」ず曞かれおいた。

「すみたせんでした。こういう堎所に慣れおいなくお」

 瑠奈は営業甚の笑みを䜜った。

「旅の動画を撮っおいたす。酒田の田園颚景を玹介したくお」

「玹介しおくれず頌んだ芚えはねえ」

「でも、こういう景色を芋お、酒田ぞ来たいず思う人もいるはずです。お米の宣䌝にもなるかもしれたせん」

 老人の眉が動いた。

「米の宣䌝」

「はい。動画の説明欄に、お名前や販売先も茉せられたす。登録者も十二䞇人いたすし」

「䜕お玹介する」

「鳥海山の麓で、昔ながらの米䜜りを続ける蟲家、ずか」

「昔ながらっお䜕だ」

「え」

「俺が䜕䜿っお、どう䜜っおるか知っおるのか」

「それは、これからお聞きしお」

「聞く前から曞くこずを決めおるでねえか」

 瑠奈は息を吐いた。

 話が通じない。

「分かりやすく䌝えるには、ある皋床たずめる必芁があるんです」

「分かりやすくするためなら、知らねえこず曞いおいいのか」

「嘘を曞くずは蚀っおいたせん」

「もう蚀っおる」

 老人は田ぞ目を向けた。

 颚に皲が揺れおいる。

「春に皮を起こしお、田を䜜っお、怍えお、氎を芋お、草を取る。病気が出りゃ薬も䜿う。暑すぎおも駄目だ。雚が倚くおも駄目だ。ここたで来お台颚で倒れたら、起こせねえ田もある」

 瑠奈は黙っおいた。

「倱敗したら、次に詊せるのは来幎だ」

 老人は、畊の脇ぞ萜ちおいた皲穂を拟った。

 泥を指で払う。

「五十幎やっおも、五十回しか䜜れねえ」

 その声は、自慢しおいるようには聞こえなかった。

 悔やんでいるようにも聞こえた。

 ただ、数を数えおいるだけだった。

「だから、簡単に玹介されたくないっおこずですか」

「簡単かどうかは知らん。勝手に入っお、勝手に撮っお、名前出しおやるからありがたがれず蚀う人間に、米を觊らせたくねえだけだ」

「ありがたがれなんお蚀っおいたせん」

「同じだ」

「違いたす」

 瑠奈の声が匷くなった。

「私は仕事で来おいたす。あなたのお米を悪く蚀おうずしおいるわけじゃありたせん。むしろ、知っおもらえる機䌚を䜜ろうずしおるんです」

「俺は頌んでねえ」

「そうやっお䜕でも拒吊しおいたら、若い人には䜕も䌝わりたせんよ」

 老人の顔から衚情が消えた。

「人の田ぞ勝手に入っお、䜕が旅の玹介だ」

 瑠奈のスマヌトフォンは、手の䞭で録画を続けおいた。

 先ほど撮圱を止めた぀もりで、ボタンに觊れおいたらしい。画面の䞊に赀い数字が増えおいる。

 老人はそれに気づかなかった。

「名前は䜐藀さんですよね」

「それがどうした」

「䜐藀さんだっお、自分の米を買っおもらうために、袋や名前を工倫しおるんじゃないですか。それも芋せ方でしょう」

「袋に曞いおるこずは、俺が責任を持おるこずだけだ」

「私だっお責任を持っお䜜っおいたす」

「なら、たず畊を厩したこずを映せ」

 瑠奈は蚀葉を倱った。

「鳥海山を埌ろに眮いお、きれいな服で笑っおるずころだけ撮るんでねえ。知らねえ田ぞ勝手に入っお、泚意されたずころから撮れ」

「そんなものを芋せおも、誰も喜びたせん」

「誰も喜ばねえこずは、なかったこずになるのか」

 瑠奈の胞の奥で、䜕かが切れた。

「そういう蚀い方しかできないから、時代に取り残されるんですよ」

 老人の目が瑠奈ぞ向いた。

「映像も宣䌝も分からないくせに、最初から人を嘘぀き扱いしお。こっちは善意で玹介しようずしおるのに」

「善意なら、䜕しおもいいのか」

「もう結構です」

 瑠奈は螵を返した。

 老人が背䞭ぞ蚀った。

「人のものを、自分を食る道具にするな」

 瑠奈は振り返った。

「あなたに私の䜕が分かるんですか」

「分からねえ。だから撮らせろずも、玹介しおやるずも蚀わねえ」

「本圓に感じが悪い」

「お互いさただ」

 瑠奈は車のドアを匷く閉めた。

 ゚ンゞンをかける。

 バックミラヌの䞭で、老人は畊ぞ戻り、厩れた土を盎しおいた。

 こちらを芋るこずはなかった。

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