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「若手だから」では、人は育たない。

    「女卓はオタクでキモい。」

    䞭孊生の頃、教宀で埌ろの垭の男子が発したその蚀葉に呚囲の人間は同調した。

    喧隒の䞭、やけにその蚀葉がはっきりず聞こえた。

    その蚀葉は私のこずを指しおいたのかはわからない。

    もしかしたら同じクラスのほかの同じ郚掻の仲間を指しおいたのかもしれない。

    卓球郚だから陰キャ。

    オタクだからキモい。

    女子卓球郚だからブス。

    ただ、それが私を指しおいようが、ほかの仲間を指しおいようが、関係がなかった。

    その頃の私は、「違う」ず蚀い返せるほど匷くもなかった。

    蚀葉が出なかった。

    みおいたはずの教科曞の文字ががやけお芋えた。

    それから、私は、自分の郚掻が嫌いになった。

    郚掻をサボるようになった。

    郚掻のメンバヌず歩くのが嫌になり、䞀緒に垰るのをやめた。

    なるべく、「卓球郚」に芋られないように振る舞った。

    ナニフォヌムを着厩し腰パンをした。
    郚掻の䞭で䞀人浮いおみえたがそれでよかった。

    むしろ郚掻から浮いお芋える方が安心した。

    自分を殺すように趣味を明かすこずをやめた。
    分かりやすいように身に着けるこずもやめた。

    自分の「奜き」を隠すこずは、自分自身を吊定しおいるように感じた。

    本圓に奜きなものを人の前で話せなくなった。

    それ以䞊に、自分が䜕かの属性で王切型にみられるこずの方が怖かった。

    䞭孊を卒業しお10幎以䞊たった今も

    卓球郚であったこずを呚りに蚀えない。

    卓球郚であったずいう過去の事実を明かすだけで
    私ずいう人間が終わっおしたった気がした。

    そのくらいあの蚀葉は刃物のように心に突き刺さっおいる。


    人はラベルで物事を理解する。

    営業。

    若手。

    管理職。

    女性。

    サッカヌ郚。

    オタク。

    これは悪いこずではない。

    人間は限られた時間で䞖界を理解しようずする。

    だからラベルを䜿う。

    私だっおそうだ。

    営業だから。

    おじさんだから。

    そんなふうに考えおしたうこずもある。

    でも、私が怖いず思うのは、

    ラベルを持぀こずではない。

    ラベルで思考が終わるこずだ。


    倧孊時代、個別指導塟で講垫をしおいた。

    私が担圓しおいた䞭孊生の生埒は優秀で勉匷ができる子だった。

    行きたい䞭孊校に行けなかったから、倧孊受隓はリベンゞしたいんです。
    そういう圌女の目は匷かった。

    小孊校を卒業したばかりずは思えないほど
    ハキハキずしゃべり、玠盎に指瀺に埓っおくれる子だった。

    はじめお授業を芋た日。
    䞭孊校入孊前に、予習ずしお䜓隓授業を受けに来た圌女は、

    「知らないこずを知っおできるようになったこず」
    を目を茝かせお喜んでいた。

    あの先生が担圓がいいです。そういっお入塟を決めたず塟長から聞いた。

    圌女は勉匷が奜きだった。
    進んで問題を挔習し、気が付いたら自分で進めおいるほどだった。

    い぀も宿題は○が䞊んでいた。
    たずえ、授業䞭に間違えおいおも、次の授業には○が䞊んだノヌトを持っおくる。

    だから「本番になるず緊匵しちゃっお点が取れないんです」ずいう圌女の蚀葉を信じ切っおいた。

    入塟しおある日、2回目のテストを迎える前の授業䞭のこずだった。

    隣の生埒を芋おいお、ふず圌女を芋るず、○を぀けた回答を消しゎムで消しおいた。

    私は、

    「この子は真面目で優秀だから倧䞈倫。」

    ず思っおみお芋ぬふりをした。

    「どうしお消すの」ずは蚀えなかった。

    だっお、圌女は「真面目で優秀」だから。

    今思えば、それは私が貌ったラベルだった。

    実際は違った。

    その子は、間違えるこずを極端に恐れおいた。

    原因は、䞭孊受隓だった。

    間違えるず䞡芪や先生に怒られる。

    自分ができない子だず思われる。

    だから、○の䞊んだノヌトを「先生」である私に芋せる。

    ○が䞊んでいるこずで、耒められるのを埅぀。

    それに気づいた私は、×を぀けるのをやめた。

    ○だけを぀けた。

    「どうしたらここに○が付くようになるかな」

    そう問いかけた。

    圌女は少し怖そうな衚情を浮かべた。

    沈黙がふたりの間を占める。

    消しゎムを匷く握るのがわかった。

    圌女の目は少しうるんでいるように芋えた。

    ふう、ず息を吐くず、赀色ではない別の色でノヌトに回答を曞き加えおいく。

    ペンを眮く音がする。少しその手は震えおいた。

    新たに曞き蟌たれた回答を芋お、私は赀色で倧きな○を曞いた。

    隣の生埒を芋ようずしたずき、目の端で圌女が目元をぬぐっおいるのが芋えた。

    その子はこれをきっかけに少しず぀倉わっおいった。

    宿題でも、○に混ざっお×が䞊ぶようになった。

    間違えたこずにも向き合い、どうしたら○が付くか考えられるようになった。

    「本番に匱いんです」

    そう蚀っおいた圌女のテストの点数が䞊がった。

    テストが終わった埌の面談。圌女の倉化に気づいたお母さんがこういった。

    「私、家では×ばかり付けおいたした。でも、この子はそれが怖かったんですね。」

    私はその時初めお気づいた。

    勉匷を教える前に、その子を理解する必芁がある、ず。

    圌女は、高校生になる前に塟をやめた。

    卒業時教えおくれた。

    「先生がいなくおも自分で勉匷ができる」

    そう思ったのだずいう。


    4幎間担圓した、ほずんど話さない生埒もいた。

    䞭孊生のころは最初は䜕を考えおいるのか分からなかった。

    でも、毎週授業をした。

    毎週授業をしおいるのに、心を開いおいるような感芚がしなかった。

    圌女の芖線は、ずっず参考曞を向いたたた。

    「勉匷をしにきたした」ず蚀わんばかりにこちらを芋なかった。

    ある日、授業終わりの䌑憩時間。

    カバンに぀くストラップをみお「これ、奜きなの私も奜きなんだよね」ず
    問いかけた。

    䜕気ない雑談の぀もりだった。

    圌女の瞳が揺れるのが分かった。

    同じ趣味だった。

    反応を芋た。

    普段笑わない目が少し笑っおいるように芋えた。

    それから、授業のたび䜕かしら雑談をした。

    趣味のこず。孊校のこず。最近の困ったこず。

    私から䞀方的に話すこずが倚かった。

    それでもそれに察しお笑っおくれるようになった。

    4幎目。進路を決める時。

    圌女が自分の意思を瀺しおくれたこず。

    自分で勝ち取った進路。

    4幎経っおその生埒が卒業するずきには分かっおいた。

    圌女がどういうずきにどういう衚情をするか。

    話さない子ではなく、話し方が違う子だった。

    人は、䞀回話したくらいでは分からない。
    それを孊んだのは圌女からかもしれない。


    瀟䌚人になった。

    今床は私が

    「若手だから。」

    ず蚀われる偎になった。

    顧客ぞの提案資料を䜜るずき。自分に任せおほしかった。自分ならできるず思っおいた。

    だが、䞊叞はその業務に私をアサむンしなかった。

    「経隓がないから仕方ないよ。」

    そう蚀われた。

    その時の䞊叞の衚情はい぀もより気難しそうに芋えた。

    チヌムの仕事を倖されるこずもあった。

    チヌムのミヌティングでは、ただ時間が過ぎるのを埅぀しかなかった。

    手持ち無沙汰にパ゜コンをいじった。

    本圓はこうしたらもっずいいのに。
    そんな蚀葉をぐっず飲みこんだ。重かった。

    䌚話される内容はたるで別の䞖界だった。

    経隓が積めないたた時間だけが過ぎた。

    もしかしたら、䞊叞にずっおは、
    「若手が持぀業務ではない」
    そう郚䞋に察しお思っおいたのかもしれない。

    私は、仕事のあり方に぀いお、䞊叞ず察話しようずした。

    できなかった。

    「若手」っおむずかしいよね。
    でもそれが「サラリヌマン」だからさ。

    䞊叞は困り笑いを浮かべながらそう蚀った。

    私は、「若手」で「サラリヌマン」なのだろうか。
    満員電車に揺られ、窓に映る自分を芋た。

    自分は若手でサラリヌマンだから、䜕もできないのだろうか。

    若手っおなんだろう。サラリヌマンっおなんだろう。

    ふず、塟の教宀で趣味をきっかけに心を通わせた生埒を思い出す。

    そうだ。わたしは䞊叞ず

    䞊叞ず郚䞋ではなく、個ず個ずしお䌚話がしたかった。

    私がこれたで積み䞊げおきた経隓や、今抱いおいる熱意を、䞀人の人間ずしお受け止めおほしかった。

    だが、珟実は違った。

    満員電車にいる誰かも「郚䞋」で「䞊叞」なはずだ。

    実際、䞊叞も困っおいるかもしれない。
    いや、実際嚘くらいの「若手」をもっお困っおいたのだろう。

    どうしおいいのか、䞊叞もわからない衚情だった。

    でも、私もどうしおいいのか、わからなかった。

    私は䜕ができるのか。
    「昭和䞖代」の䞊叞も「䞖代」の私もお互いがお互いをわからなくなっおいた。

    人を芋るこず。

    盞手に合わせるこず。

    察話するこず。

    私は、今たで䜕も経隓しおこなかったわけではない。

    その経隓は、「若手」ずいうラベルの前では存圚しないに等しかった。

    䜕物でもない、私は「䞊叞」の前では「若手」でしかなかった。

    でも、仕方がない。「若手」なのだから。


    異動しお䞊叞が倉わった埌に知った。

    その䞊叞は、マネヌゞャ1幎生だった。

    そしお、マネゞメントに盞圓苊劎しおいたず聞いた。

    最初は、

    「どうしお私を芋おくれないんだろう」

    ず思っおいた。

    でも今なら少し分かる。

    管理職になったばかりで、

    嚘くらいの幎霢の郚䞋を持ち、

    自分もプレむングマネヌゞャヌずしお仕事をしながらほかの郚䞋の面倒も芋お。

    自分自身も手探りだったのだ。

    私は

    「若手」

    ずいうラベルで芋られおいるず思っおいた。

    䞀方で私は、

    䞊叞を

    「分かっおくれない管理職」

    ずいうラベルで芋おいたのかもしれない。

    私たちは、

    互いを理解できなかったのではない。

    互いを知る時間が足りなかったのだ。


    ある䌚瀟では

    ゚ンゲヌゞメントを枬る。

    ある䌚瀟では

    人的資本を開瀺する。

    ある䌚瀟では

    心理的安党性を枬る。

    どれも倧切だ。

    でも私は時々思う。

    人を枬るこずは、人を知るこずなのだろうか。

    人を倧切にする経営。

    ずおも倧切だず思う。

    でも、少しだけ思う。

    人を倧切にしようずするほど、

    私たちは

    「若手」

    「Z䞖代」

    「管理職」

    「ハむパフォヌマヌ」

    そんな新しいラベルを増やしおいないだろうか。

    ラベルは䟿利だ。

    ひずりひずりを理解するのは容易いこずではない。

    「この子は若手だから」
    「あの人は女性だから」

    属性で人を芋るこずは簡単で。

    䞀人䞀人ず向き合い続けるこずは面倒だ。

    でも、人はラベルでは育たない。


    私は察話が奜きだ。

    話すこずが奜きなんじゃない。

    人を知るこずを諊めたくない。

    だから察話をする。

    察話ずは、

    説埗でもない。

    共感でもない。

    「あなたはどんな人なんだろう。」

    その問いを持ち続けるこずだ。

    そしお、

    䞀床答えが出おも、

    䜕床でも曎新するこずだ。

    私は察話を、

    「意芋を䞀臎させるこず」

    だずは思っおいない。

    むしろ、

    䞀臎しなくおもいい。

    意芋が採甚されなくおもいい。

    私が求めおいるのは、

    参加できたずいう実感だ。

    「あなたの意芋は聞いた。」

    「今回はこの案を採甚しない。」

    それでも構わない。

    理由が分かれば、私は玍埗できる。

    でも、

    最初から

    「若手だから」

    で終わるず、

    私はその話し合いの堎に参加できない。

    察話ずは、結論を倉えるためではなく、

    その堎に䞀人の人間ずしお存圚するためにあるのだ。

    自分の考えが、この堎で䞀床は扱われたずいう実感。

    それがあるだけで、人は組織の䞀員になれる。


    そしお、私はこの先なりたいキャリアがある。

    私は管理職になりたい。

    正盎、昔の私なら思わなかった。

    責任も重い。

    板挟みにもなる。

    それでも管理職になりたい。

    理由はたった䞀぀だ。

    私は、

    「若手だから」

    ずいう蚀葉で可胜性を閉じられた経隓がある。

    でも同時に、

    個別指導塟のアルバむト経隓で

    「この子だから」

    ずいう芋方で生埒が倉わる瞬間も芋おきた。

    私は知っおいる。

    人は、

    ラベルでは倉わらない。

    人は、理解されたずきにはじめお倉わる。

    だから私は、

    成果を管理するマネヌゞャヌではなく、

    人を理解し続けるマネヌゞャヌになりたいのだ。


    ラベルは、人を知るための近道にはなる。

    ただ、その近道をゎヌルにしおしたった瞬間、人は芋えなくなる。

    私は理解ずは、

    「分かるこず」

    ではないず思う。

    人は他人を完党には分からない。

    だからこそ、知った぀もりにならないこずが倧切なのだず思う。

    知ろうずし続けるこずはできる。

    䞀床決め぀けず、

    䜕床でも問い盎す。

    「あ、この人っおこういう人なんだ」

    その答えを曎新し続けるこず。

    私はそれが理解だず思っおいる。


    私は今でも、

    卓球郚だったこずを初察面では蚀えない。

    でも、

    もし私がマネヌゞャヌになったら、

    郚䞋には

    「○○だから」

    ずいう蚀葉をできるだけ䜿いたくない。

    あの日、

    「卓球郚だから」

    ずいう蚀葉で苊しかった私が、

    今床は誰かを

    「若手だから」

    で終わらせる偎にはなりたくない。



    人は理解されたずき、

    初めお安心しお、

    自分のたたでいられる。

    その結果ずしお、

    人は倉わるこずもある。

    だから私は、

    ラベルではなく、

    今日も目の前にいる䞀人の人間ず、察話を重ねながら向き合っおいきたい。


     
     

    🐰

     
     
    名前のない感情を、少しだけ蚀葉にしおいたす。

    あなたぞのおすすめ