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残したかったもの

    料理。風景。推し。友人との何気ない一枚。

    私のスマートフォンには、4万枚を超える写真が入っている。

    ハードディスクやクラウドに入っているものを含めたら何枚あるかなんて私にもわからない。

    正直、自分でも多いと思う。

    でも、そんな十数万枚ある写真の中で、一番好きな写真を選べと言われたら、私は迷わない。

    SNSでたくさんいいねが付いた写真でも、推しから目線をもらった写真でも、奇跡の一枚のような一瞬でもない。

    選ぶのは、満開の桜が写った1枚だ。

    構図が特別きれいなわけでもない。

    SNSで「いいね」がたくさん付きそうな写真でもない。

    それでも私は、何度もその写真を開いてしまう。


    私は昔から、写真を撮ることが好きだった。

    「あとで見返すため」なんて考えたことはない。

    ただ、その瞬間を残したい。

    それだけで、理由なんて考えたことなかった。

    幼稚園の卒園式では、親のデジタルカメラを勝手に持ち出して、大好きだった先生の横顔を夢中で撮っていた。

    スマートフォンがあるからこそ、カメラを持ち歩いていなくても普段から写真を撮ることは増えた。

    きっと私は、人より少しだけ写真を撮ることが好きなんだと思う。

    でも、好きだからこそ不思議だった。

    どうして私は、あの桜の写真だけを何度も見返すんだろう。


    その日は、ごはんに行っていた。

    気付けば終電はなくなっていて、むしろ始発が動き出すような時間だった。

    ずっと話しているのに、まだ話足りない。そんな感覚。

    始発電車に揺られて向かった先は、桜の名所。

    朝の空気は少し冷たくて、人もまだいない。

    桜の名所とは思えないほど静かだった。

    並んで歩きながら、「きれいだね」と何度も立ち止まった。

    お互い自由にレンズを向けていた、そのときだった。

    カシャッ。

    静まりかえった桜並木に、ふたつのシャッター音が重なった。

    どちらかが合わせたわけじゃない。

    偶然だった。

    ただ、その瞬間だけ、同じ景色を見て、同じ瞬間を残したいと思った。


    今でも、その写真を見返す。

    でも、写真に写っているのは桜だけだ。

    彼は写っていない。

    もちろん、私も写っていない。

    それなのに、不思議なくらい鮮明に思い出す。

    朝の少し冷たい空気。

    眠いはずなのに、少しだけ高鳴っていた心。

    隣から聞こえた「きれいだね」という声。

    そして、静寂の中で重なった、ふたつのシャッター音。

    私は桜を撮ったつもりだった。

    でも、本当は違った。

    残したかったのは、桜じゃない。

    あの日、同じ景色を見て、同じ時間を過ごした、その瞬間だった。


    写真は、景色を残すものだと思っていた。

    でも今は少し違う。

    写真は、その日の時間を閉じ込めるものなのかもしれない。

    何年経っても、写真を開けば、その日の空気まで思い出せる。

    数十万枚ある写真の中で、一番好きな1枚は、きっと一番きれいな写真じゃない。

    一番大切な時間が閉じ込められた写真なんだと思う。

    だから私は今日も、あの桜の写真を開く。

    桜を見たいからじゃない。

    あの日、あの瞬間に閉じ込めた時間に、もう一度会いたいから。


     
     
     

    🐰

     
     
    名前のない感情を、少しだけ言葉にしています。

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