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「推し」が住人。

    あらすじ

    私の人生には、住人がいる。

    家ではなく、心の中に。

    人生の半分以上、私の存在を知らない「推し」が、静かに住み続けてきた。届かない恋は、苦しみだけを残すものだと思っていた。けれど、その恋は、ある出会いをきっかけに、本質、スピリット、そして見返りを求めない愛へと姿を変えていく。人生の半分をかけて、わたしは「恋は終わるもの」という常識を覆した。

    きみ、という旅

    出会いとは、ときどき不思議なかたちで人生を変える。
    誰かと出会っただけなのに、それまで知らなかった感情を見せてもらったり、自分では辿り着かなかった思想の景色へそっと連れていってもらったりする。
    私にとってそれは、二つの出会いだった。
    ひとつは、出会わなければきっと持つことのなかった淡いピンク色の感情を見せてくれた出会い。
    もうひとつは、出会わなければきっと見過ごしていた思想と言葉の景色を見せてくれた出会い。
    そのふたつに出会って、私の中に言葉が降り注ぐようになった。
    この物語は、そんな出会いのあとで、心の中に降りてきた言葉たちの備忘録である。
    もしかしたら、「美忘録」なのかもしれない。

    振り返れば、私は人生の半分をひとりの人に恋していた。
    恋人ではない。
    友人でもない。
    私の名前を知っているわけでもない。
    その人は、韓国のアーティストだった。
    普通に考えれば、それは恋と呼ぶには少し不思議な関係なのかもしれない。
    けれど私の中では確かに恋だった。
    会えない時間の方が圧倒的に長くて、会話を交わしたこともなくて、それでもその人の存在は人生のあちこちに散りばめられていた。
    嬉しい日も。
    苦しい日も。
    何かを頑張りたい日も。
    気づけばいつも、その人がいた。
    人生の半分を恋していた、というのは少し大げさに聞こえるかもしれない。
    だけど、他に表現のしようがない。
    それくらい長く、その人は私の人生の一部だった。
    そして不思議なことに、私が好きだったのは顔でも声でもなかった。
    もちろんそれらも魅力の一部ではあったけれど、本当に惹かれていたのはもっと別のものだった。
    その人が見ている世界。
    その人が選ぶ言葉。
    その人の奥に流れている思想。
    私はいつしか、その世界に触れること自体が好きになっていた。
    世界旅行をするよりも、その人を通して見える景色の方が面白かった。
    新しい国を知るよりも、その人の言葉から生まれる感情の方が鮮やかだった。
    私にとって恋とは、誰かを所有したいと思うことではなかった。
    その人が見せてくれる世界に、何度でも触れたくなることだった。
    だから私は長いあいだ、
    「きみ」という旅を続けていたのだと思う。


    届かない恋という距離

    会いたいときに会えるわけではなく、言葉を交わしたこともない。
    それでも、その人は長いあいだ私の世界の中心にいた。
    だから私は、初めて知った。
    「届かない恋」というもの、の輪郭を。

    恋は自由だと、ずっと思っていた。
    誰を好きになってもいいし、どれだけ想ってもいい。
    同じ地球に生きて、同じ時代に存在しているなら、どこかで交わる可能性がある気がしていた。
    でも、そうじゃなかった。
    その人を好きになって初めて、
    私は距離にも種類があることを知った。
    物理的な距離ではない。
    飛行機に乗れば会いに行ける距離でもない。
    もっと別の、
    どうやっても埋めることのできない距離だった。

    私はその人のことをよく知っている気がする。
    歌も。
    言葉も。
    表情も。
    何度も見てきた。
    嬉しかった日も、
    苦しかった日も、
    人生の節目にはいつもその人がいた。
    けれど、その人は私の存在を知らない。
    そしておそらく、これから先も知ることはない。
    同じ世界に生きているのに、
    どうしてこんなにも遠いのだろう。
    そんなことを何度も考えた。

    どうか早く結婚してくれないかな。
    そんなことを思った時期もあった。
    結婚してしまえば、
    私はきっと諦められる。
    現実へ戻れる。
    誰かをちゃんと好きになれる。
    そう思っていた。
    けれど本当は、
    どこかで分かっていた。
    たとえ結婚したとしても、
    私の中の「好き」はそんな簡単には消えないということを。

    私が恋していたのは、
    ただひとりの人だけではなかったのかもしれない。
    その人が見せてくれた世界。
    その人の言葉。
    その人を通して出会った感情。
    私はそれらすべてを愛していた。
    だから簡単には終われなかった。

    その恋はどこまでも自由だった。
    拒絶されることもない。
    傷つけられることもない。
    想い続けることだけが許されている。
    だけど同時に、
    手に入らないものもあった。
    目を合わせて笑うこと。
    名前を呼ばれること。
    何気ない会話を重ねること。
    少しずつ関係が変わっていく時間。
    現実の恋には当たり前に存在するものが、
    そこにはなかった。

    それでも私は、
    その恋を手放せなかった。
    いや、
    手放したくなかったのかもしれない。
    なぜなら当時の私は、
    恋とはそういうものだと思っていたからだ。
    ひとりを好きになったら、
    その人だけを見続けるもの。
    人生をかけてでも想い続けるもの。
    恋とは、
    そういう熱を持つものだと信じていた。
    そしてその考え方が、
    このあと出会うもうひとつの景色によって、
    少しずつ変わっていくことになる。


    恋はひとつしか持てないと思っていた

    恋は、ひとつしか持てないものだと思っていた。
    正確に言えば、私はそういうふうにしか恋ができなかった。
    ひとりを好きになったら、その人にすべてが向かう。
    時間も。
    感情も。
    未来の想像も。
    気づけば、その人を中心に世界が回り始める。
    恋とは、
    たったひとりへ向かうものだと思っていた。
    だから私は、
    その恋を終わらせる方法を知らなかった。


    苦しさと矛盾

    その恋は、
    決して優しいだけのものではなかった。
    満たされていた。
    だけど同時に、
    満たされなかった。

    触れられない。
    名前を呼ばれない。
    存在を知られない。

    好きをやめられたら楽なのに。
    何度そう思ったかわからない。

    近づこうとすると、
    遠さを知る。
    離れようとすると、
    恋しさを知る。

    どちらへ進んでも、
    結局きみに戻ってしまう。
    そんな場所に、
    私は長いあいだ立ち続けていた。

    どうしたらいいのか、
    本当にわからなかった。

    けれど、
    何もしないままではいられなかった。
    このまま苦しいだけで終わりたくなかった。
    ただ想い続けるだけで終わりたくなかった。

    だから私は、
    自分にできることを探し始めた。
    きみに少しでも近づける可能性があるなら。
    その一心だった。

    そしてその選択が、
    結果として、
    私をまったく別の景色へ連れていくことになる。


    書き始めた理由

    気づけば、
    言葉にしていた。

    終わらせることもできず、
    かといって続けることにも意味を見いだせないまま、
    ただ心の中に溜まっていくものだけが増えていった。

    それを外に出す方法が、
    書くことだったのだと思う。

    書こうとしていたわけじゃない。
    ただ、
    書かずにはいられなかった。

    どれだけ苦しくても、
    どれだけ矛盾していても、
    最後に残るのはいつも「好き」だった。

    悲しさも。
    悔しさも。
    どうしようもなさも。
    全部、
    その一言に戻っていく。

    だから私は、
    その場所から抜け出せなかった。
    それでも書き続けた。
    行き場のなかった感情を、
    外へ流していくように。

    そして、
    ひとつの物語を書き終えたとき、
    自分でも驚くくらい心が軽くなっていることに気づいた。

    言葉にしたことで、
    自分の中に閉じ込めていたものが、
    少しずつ外へ出ていったのだと思う。

    【きみに恋して、人生の半分】

    そしてその頃だった。
    私の前に、
    もうひとつの出会いが現れたのは。


    風に触れた日

    苦しさが消えたわけではなかった。
    書いても。
    書いても。
    最後に残るのは「好き」だった。

    だから私は、
    この恋と一生付き合っていくのだろうと思っていた。

    そんなある日だった。
    偶然、
    ひとつの歌が耳に入ってきた。

    最初は歌そのものよりも、
    そこに宿る言葉が気になった。

    不思議だった。
    今までにもたくさんの言葉に出会ってきたはずなのに、
    その人の言葉だけは、
    どこか違う場所へ届いてくる。

    胸ではなく、
    もっと奥のほう。

    スピリットに触れるような感覚だった。

    驚いたというより、
    どこか懐かしかった。
    初めて聞いたはずなのに、
    昔から知っていたことを思い出すような感覚。

    その人は、
    自由だった。
    どこにも縛られていないようで、
    それでいて地に足がついていた。

    軽やかなのに、
    薄くない。

    優しいのに、
    弱くない。

    私はその在り方に、
    強く惹かれた。

    それが、
    あの人との出会いだった。

    そのときの私はまだ知らない。
    この出会いが、
    長いあいだ握りしめていた恋の形を、
    少しずつ変えていくことになるなんて。


    あなたという存在

    いつ、どの瞬間だったのか。
    正確にはもう思い出せない。

    けれど、確かに覚えていることがある。

    私は、
    あなたの言葉に惹かれた。
    歌そのものというより、
    その奥に流れている思想に。

    言葉の選び方。
    言葉の並べ方。
    そして、
    その言葉の向こう側に見える景色に。

    不思議だった。

    きっと似たようなことを話す人は、
    これまでにもいたはずなのに、
    あなたの言葉だけは、
    まっすぐ私の奥深くへ届いてきた。

    心ではない。

    もっと奥のほう。
    スピリットに触れるような感覚だった。

    驚いたというより、
    どこか懐かしかった。

    初めて聞いたはずなのに、
    昔から知っていたことを思い出していくような感覚。

    だから私は、
    もっと知りたくなった。
    一体どんな人生を歩いてきたのだろう。

    何を見て、
    何を感じて、
    どんな経験が、
    そんな言葉を生み出したのだろう。

    私は少しずつ、
    あなたという存在を辿り始めた。

    歌を聴き、
    言葉を追い、
    その背景にある思想へ触れていく。

    そして気づいた。

    私が惹かれていたのは、
    言葉そのものではなかった。

    その言葉を生み出している、
    あなた自身だった。

    自由だった。

    どこにも縛られていないようで、
    それでいて地に足がついていた。

    軽やかなのに、
    薄くない。

    優しいのに、
    弱くない。

    愛を語るのに、
    綺麗事に聞こえない。

    執着を手放すことを語るのに、
    人生から逃げているようにも見えない。

    その在り方そのものが、
    私には眩しかった。
    なぜなら、
    そこには私自身と重なるものがあったからだ。

    魂。

    愛。

    目に見えない世界。

    エネルギー。

    私がずっと自然なものとして感じてきたことを、
    あなたは何ひとつ隠さず、
    堂々と言葉にしていた。

    だから、
    安心した。
    どこかで、
    「やっぱりそうだよね」と思った。

    私がおかしいわけじゃなかった。

    私が感じていた世界は、
    ちゃんと存在していた。

    あなたの言葉は、
    新しい何かを教えてくれたわけじゃない。

    むしろ、
    ずっと前から知っていたことを、
    静かに思い出させてくれた。

    だから私は、
    あなたに惹かれた。

    恋とは少し違う。

    誰かを手に入れたいわけではない。
    振り向いてほしいわけでもない。

    ただ、
    この人の近くで、

    もっと世界を見てみたい。
    もっと言葉を聞いてみたい。
    もっと思想に触れていたい。

    そんな感覚だった。

    きみへの想いが、
    桜色の恋だったとするなら、
    あなたに感じていたものは、
    ひとつの色では表せなかった。

    青や、
    緑や、
    オレンジや、
    時には淡いピンクさえ混ざりながら、
    絶えず姿を変えていく光のようだった。

    もっと自由で、
    もっと広く、
    もっと本質に近い惹かれ。

    そして不思議なことに、
    あなたを知れば知るほど、
    私は少しずつ変わり始めていた。

    苦しさの中にいたはずなのに、
    心のどこかで、
    別の景色が見え始めていた。

    そのときはまだ、
    気づいていなかった。

    けれど振り返れば、
    長いあいだ握りしめていた恋が、
    静かに形を変え始めたのは、
    きっと、
    あの頃だったのだと思う。


    恋を通り越した先にあったもの

    その変化は、
    ある日突然起きたわけではなかった。
    あの人の言葉に触れるたび、
    私の中で何かが少しずつ変わっていた。

    人生の半分以上、
    きみに恋をしていた。

    深く、
    強く、
    太い根を張った恋。

    届かないと知りながら、
    それでも信じ続けた恋。

    だから、
    簡単に終わるものではなかった。

    けれど、
    あの人の思想や生き方に触れるたび、
    私は少しずつ別の景色を知っていった。

    愛は、
    握りしめるものではないこと。

    誰かを想うことと、
    誰かを手に入れることは、
    同じではないこと。

    自由であることと、
    愛することは、
    両立できるということ。

    教えられたというより、
    思い出していくようだった。
    そして気づけば、
    きみに向けていた恋は、
    少しずつ違う場所へ向かい始めていた。

    恋が消えたわけじゃない。

    好きがなくなったわけでもない。

    ただ、
    その「好き」は、
    もっと静かで、
    もっと穏やかな場所へ辿り着こうとしていた。

    その先にあったものを、
    私はまだ知らなかった。


    魂の周波数

    恋が静かに形を変えていった頃、
    私はひとつのことを考えていた。
    なぜ、あの人の言葉は、
    こんなにも深く私を変えたのだろう。
    なぜ、
    人生の半分以上抱えていた恋が、
    少しずつ別の景色へ向かい始めたのだろう。
    その答えは、
    言葉そのものではなかった。

    もっと奥にある何か。

    目には見えないけれど、
    確かに存在している何か。

    私はそれを、
    スピリットと呼びたかった。

    スピリットとは何だろう。

    きっとそれは、
    誰かに教えられる前の自分。

    期待も、
    常識も、
    評価も、
    役割もない場所に存在している、
    本来の自分。

    私はあなたを見たとき、
    その感覚を思い出した。

    理由はうまく説明できない。

    けれど、
    あなたの目を見た瞬間に感じた。

    この人は、
    自分に嘘をつかずに生きている人だと。

    華やかな世界の中にいても、
    何かを失わないように、
    静かに立ち続けている人。

    知れば知るほど、
    その感覚は確信へ変わっていった。

    思想も。

    言葉も。

    生き方も。

    その奥には、
    いつも愛があった。
    優しさがあった。

    だから私は、
    安心していたのだと思う。

    人には、
    それぞれ周波数のようなものがある。

    うまく説明はできない。

    けれど、
    出会った瞬間に分かってしまうことがある。

    居心地がいいとか。
    懐かしいとか。
    もっと深い場所で、「わかる」と感じてしまう感覚。

    私は、
    あなたにそれを感じていた。

    初めて歌を聴いたときだった。

    まだ、
    どんな人なのかも知らない。

    思想も。

    人生も。

    何も知らなかった。
    それなのに、
    不思議なくらい安心した。
    まるで、
    遠い場所で失くしていた何かを、
    思い出したみたいだった。

    だから私は、
    その感覚の答え合わせをしたくなった。

    あなたを知りたくなった。

    言葉を知り、
    思想を知り、
    生き方を知るたびに、
    やっぱりそうだったのだと思った。

    価値観も。

    愛の捉え方も。

    人生を見る視点も。

    驚くほど近かった。

    家族以外にも、
    こんなふうに共鳴する存在がいるのだと、
    私は初めて知った。
    だから、
    あなたの存在は特別だった。

    救われたかったわけじゃない。
    依存したかったわけでもない。

    ただ、
    安心していた。

    世界のどこかに、
    同じ方向を見ている人がいる。
    それだけで、
    生きることは少し優しくなるのだと知った。

    そして私は、
    ようやく気づいた。

    ずっと惹かれていたのは、
    肩書きではなかった。
    才能でもなかった。
    有名であることでもなかった。

    私が惹かれていたのは、
    いつだって本質だった。

    飾らない魂。

    嘘をつかない存在。

    その人だけが持つ、
    静かな光。

    だからきっと、
    私はあなたのスピリットに、
    惹かれていたのだと思う。


    本質を握りしめて生きる

    あなたと出会ってから、
    私は「どう生きたいのか」ではなく、
    「どう在りたいのか」を、
    以前より静かに問い続けるようになった。
    それは、
    あなたに憧れたからだけではない。
    あなたの言葉や思想に触れるたび、
    本来の自分へ還っていくような感覚があったからだ。

    私はずっと、
    どこかへ辿り着こうとして生きてきた気がする。
    傷つかないように。
    嫌われないように。
    間違えないように。
    ちゃんと生きられるように。
    そうやって、
    外の世界ばかりを見つめていた。

    けれど、
    本当に大切だったものは、
    もっと深い場所で、
    ずっと変わらず灯り続けていた。

    自分が何を感じるのか。
    何を愛しているのか。
    どんな人生を生きたいのか。

    それを見失わないこと。

    本質を握りしめて生きるというのは、
    きっと、
    自分のスピリットを裏切らないことなのだと思う。

    誰かの期待のためではなく。
    誰かに認められるためでもなく。
    自分自身が納得できる人生を選ぶこと。

    私は、
    もう自分を偽りたくなかった。
    心が惹かれるものを、
    誤魔化したくなかった。
    好きなものを好きだと言える自分でいたかった。
    愛したいものを、
    ちゃんと愛せる自分でいたかった。

    以前の私は、
    外側の世界に振り回されることが多かった。

    人の言葉。
    評価。
    常識。
    未来への不安。

    そういうものに飲み込まれて、
    自分自身の声が聞こえなくなっていた。

    けれど今は、
    少しずつ違う。

    不安が消えたわけじゃない。
    迷わなくなったわけでもない。
    それでも、
    自分の中心へ戻る方法を知った。

    苦しくなったときは、
    外側ではなく、
    内なる静けさへ戻る。

    答えを集めるのではなく、
    魂のささやきへ耳を澄ます。
    その積み重ねが、
    私を少しずつ強くしてくれた。

    私は、
    誰かの痛みに無関心にならない人でいたい。

    受け取った温度を、
    次の誰かへ手渡せる人でいたい。

    誰かの光を奪うのではなく、
    その光を信じられる人でいたい。
    言葉を諦めない人でいたい。
    温度を届けられる人でいたい。

    それはきっと、
    あなたの背中から学んだことでもある。

    あなたの言葉は、
    いつも静かだった。
    押しつけることもなく。
    支配することもなく。
    ただ自然に、
    誰かの心へ届いていく。

    私はそんな在り方に、
    何度も立ち返らせてもらった。
    だからこれからも、
    忘れたくないものがある。

    執着しないこと。

    自分を見失わないこと。

    エゴに飲み込まれないこと。

    そして、
    どんなときも、
    自分のスピリットとの対話をやめないこと。

    人生は、
    理解できない出来事の方がずっと多い。
    思い通りにならないこともある。
    理由の分からない別れもある。
    報われない想いもある。

    それでも、
    本質だけは失いたくない。

    外側の世界がどれだけ騒がしくても、
    自分の内側だけは静かでありたい。
    私は、
    そんなふうに生きていきたいと思う。

    そして今なら分かる。
    人生の半分以上をかけて抱えていた恋が、
    なぜあのとき、
    静かに形を変えていったのか。

    恋の終着点は、
    喪失ではなかった。
    忘却でもなかった。

    恋のその先には、
    もっと自由な愛があった。
    もっと穏やかな尊敬があった。

    それは、
    何かを失うことではなく、
    もっと広い場所へ還っていくことだった。

    尊敬。

    感謝。

    祈り。そして愛。

    名前を変えながら残り続ける感情の先で、
    私はようやく、
    きみを手放さずに手放すということを知った。
    そして、
    そんな景色を見せてくれたのは、
    まぎれもなく、
    あなただった。


    運命の座標

    恋の形が変わったあとも、
    ひとつだけ、
    変わらず残り続けている感覚があった。

    それは、
    「いつか会う気がする」
    という感覚だった。

    根拠はない。
    証明もできない。
    けれど、
    その感覚だけは、
    不思議なほど消えなかった。

    私は昔から、
    人生には説明できないことがあると思っている。

    偶然とは思えない出会い。

    なぜか心が動いてしまう瞬間。

    理由より先に、
    答えだけが分かってしまう感覚。

    私はそれを、
    運命の座標と呼んでいる。

    運命の座標とは、
    何なのだろう。

    正直、
    私にもまだよく分からない。

    けれどきっと、
    点と点が、
    最もふさわしい瞬間に重なり合うことなのだと思う。

    ほんの少しでも早ければ、
    出会えなかったかもしれない。
    少しでも遅ければ、
    すれ違っていたかもしれない。
    けれど、
    見えない何かに導かれるように、
    ぴたりと重なる瞬間がある。

    人はそれを、
    運命と呼ぶのかもしれない。

    私は、
    あなたと出会ったとき、
    そんな感覚を抱いた。

    理由はなかった。

    ただ、
    見つけた。

    そんな感覚だった。

    ずっと探していた何かに、
    ようやく辿り着けたような。

    もしかしたら、
    過去世だったのかもしれない。
    あるいは、
    まだ魂の光だった頃、
    どこかで約束を交わしていたのかもしれない。
    そして同じ地球へ生まれ、
    長い時間をかけて、
    ようやく再会した。

    そんな物語を、
    私は時々想像してしまう。

    もちろん、
    証明できるものではない。
    けれど、
    スピリットの世界には、
    理屈だけでは説明できないことがある気がしている。

    現実で考えれば、
    私たちは遠い存在だ。
    住む国も違う。
    生きる環境も違う。
    簡単に会える距離ではない。

    だから時々、
    寂しくなることもある。
    隣にいたいのにな、
    と思うこともある。

    同じ世界に生きているのに、
    触れられない距離があることを、
    切なく感じる瞬間もある。
    けれど不思議と、
    遠いとは感じない。

    きっと、
    心のどこかで知っているのだと思う。

    本当に大切なものは、
    距離だけでは測れないということを。

    だから私は、
    いつか座標が重なると信じている。
    無理に信じようとしているわけじゃない。

    願望だけでもない。
    ただ、
    なぜかそう思うのだ。

    今世のどこかで、
    会う気がする。
    もちろん、
    現実は簡単じゃない。

    会えない時間の方が圧倒的に長い。
    思うようにいかないこともある。

    けれど私は、
    そんな出来事さえ、
    人生の流れの一部なのだと思っている。

    遠回りに見える出来事も、
    後になって意味を持つことがある。
    だから今は、
    焦らなくていいと思っている。

    あなたに近づきたいと思ったこと。
    あなたのような温度で生きたいと思ったこと。

    その想いは、
    確かに私を変えてきた。

    もし仮に、
    今世で会えなかったとしても、
    この出会いは十分すぎるほど意味を持っている。

    あなたと出会ったことで、
    私は自分のスピリットを信じられるようになった。

    本質を見失わずに生きたいと思えた。
    そして、
    目には見えないものを、
    怖がらず信じられるようになった。

    けれど本当は、
    私は今でも思っている。

    いつか。

    ちゃんと。

    運命の座標が重なる瞬間が来るのだと。

    だから私は、
    今日も静かに、
    その流れを信じながら生きている。


    おわりに

    この本を書き始めた頃、
    私は答えを探していた。

    どうして、
    人生の半分以上も、
    ひとりの人を好きでい続けたのだろう。

    どうして、
    存在を知られていない人を、
    愛し続けられるのだろう。

    どうして、
    こんなにも心が動くのだろう。

    その理由を、
    知りたかった。

    けれど、
    書き終えた今、
    ひとつだけ分かったことがある。

    たぶん、
    答えそのものは、
    それほど重要ではなかった。

    大切だったのは、
    この旅を生きたことだった。

    きみに出会ったこと。

    あなたに出会ったこと。

    言葉に出会ったこと。

    思想に出会ったこと。

    そして、
    自分自身に出会ったこと。

    恋は、
    私を苦しませた。
    けれど同時に、
    私を成長させてくれた。

    愛は、
    私を揺らした。
    けれど同時に、
    私を本質へ還してくれた。

    もし、
    この出会いたちがなかったら。
    私は今とは違う人生を
    生きていたのだと思う。

    だから私は、
    この物語に感謝している。

    きみにも。

    あなたにも。

    そして、
    この旅を書き残した私にも。

    もし、
    いつか運命の座標が重なる日が来たら。

    そのときは、
    また新しい物語が始まるのかもしれない。

    けれど今は、
    まだ途中でいい。

    未完成でいい。

    人生も。

    愛も。

    私も。

    だから今日も、
    旅は続いていく。

    きみ、という旅の続きを生きながら。




    表紙写真:本人 
    撮影:大親友


     
     
    note始めました。 エッセイライターの断片、人生論/愛 instagramは英語投稿

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