
いつでも機嫌よくいられるわけじゃないから
例えば、毎朝自然と目が覚めたり。
息を吸って吐いたり。
そういう当たり前で、自然なことのように、自分もご機嫌でいられたらどんなにいいことか。
心が平らだったら、どんな風に生きられるかなと考えます。
何者にも惑わされず流されない、動と静でいったら静の心を持てたら、いくつかの人生の困りごとは解決してしまうのではないかと思います。
周りの笑い声、話し声がうるさい
周りの雑音が気になって、イライラしてしまうこと、ありませんか?
私もけっこうこの状態になるんですが、なかなか辛いです。
だって誰も悪くないから、誰のせいにもできない。
ひどい時は、イライラしている自分が悪い、なんて自責に陥ることもあります。
「あー、帰りたい」
「もう早退しようかな」
とにかくその場から離れたくなる。
そのモードに入ると、日中元気がなくなって、人と話したくなくなります。
誰もいない、一人になれる時間がたっぷりほしくて、でもそんなわけにはいかなくて。
本当はこうしたいっていうことが、できない時間の方が、人生には多い気がします。
本当に、今の自分が求めている環境や時間を、常に手に入れられたらどんなに幸せかと思います。
ご機嫌でいられない時は
いつでも人に感謝できたり、思いやれたら、それはとても素晴らしいこと。
でも、それがうまくいかないことを、時々痛感します。
「自分の機嫌は自分でとる」という言葉をよくききます。
確かに、そうすることが大人だし、そうしていく努力も大事ですよね。
でもそれがどうしても叶わない時、どうすればいいか。
自分との葛藤の日々です。
うまくできる自分と、そうじゃない自分との葛藤が、繰り広げられている。
そうやって戦っていることを、諦めていないことを、まず褒めていけたらと思います。
だから、「自分の機嫌は自分でとる」をいつでもうまくできなくても、「自分は人としてダメだ」と烙印を押すことは、ちょっと待ってみようと思います。
最後に
うまくコントロールして、にこにこ明るくしていられることは、凄いことです。
それをできる人に憧れます。
それをできない自分が、漫然とできていない状態なのではなく、なんとかご機嫌でいようと心の中で戦っていることを、なにより自分が忘れないようにしたいです。
お風呂に入ったり、散歩したり、好きなものを食べたりして、心と体を癒していくこともいいですね。
たまには休んで、好きなことしましょう。
なにせ、好きなことを思いっきりする時間は、思いの外短いから。