
旗振りじぃじと子どもたち
84歳の父は、小学生の通学路の交差点で旗振りボランティアをしている。かれこれ15年くらい経つだろうか。かつて私もランドセルを背負って歩いた道。車は1人1台持つのが当たり前の片田舎で、交通量が激しいわりに道路が狭く、大人が歩くのも危ない。そんな場所で、雨の日も風の日も小学生の子どもたちのために旗を振っている。
私が知る父は、強面で昭和の頑固じじい。声も大きいし、お酒を飲むと手がつけられない。
なのに、子どもたちの前では目尻を下げて、ニコニコと「おはよう」と言いいながら旗を振っているという。娘としては、イメージと違いすぎて想像に難い。
子どもたちにどう思われているのかは分からないけれども、みんな「おはようございます」と挨拶して、横断歩道を渡っていくというから少なくとも怖がられてはいないようだ。
長年、旗振りボランティアをしていると、いろんなドラマがあるという。
これは、私が父から聞いた、親も知らない子どもたちの通学ストーリー。
高校生になったAくん
6年間、通学路で見守りを続けたAくん。高校生になると、父が旗を振る交差点を自転車で通りすぎるようになった。
「毎朝顔を合わせていたのに、挨拶もしない。オラみたいな爺のことなんて忘れちゃったのかな。まぁ思春期だしな。仕方ない、そんなもんだ」
と父は言う。
私が「ひとりひとり覚えてるの?」と聞くと、
「そりゃあ、6年間見てきたんだから覚えてるよ」と父は答える。
そして、いつものように父が旗振りをしていた日に事件は起きた。
Aくんが、車と接触しかけて転倒する場面に出くわしたのだ。父が駆け寄り、無事を確認。車はそのまま通りすぎていってしまった。
幸い、Aくんはケガもなく、父にお礼を言うと、そのまま自転車で走り去っていったのだという。
「目の前で交通事故が起きたと思ってヒヤッとしたよ。ほんと無事でよかった」
この出来事があってからというもの、Aくんは必ず「おはようございます」と父に挨拶をして、通りすぎるようになったのだそう。
「思春期なんていっても、きっかけがあれば素直になるんだよ」
と、さも自分はちゃんと子育てしてきたかのように、まるで思春期の子どものことを理解しているかのように父は話す。
私が中高生の頃、父は少年野球のコーチをしていて、土日は自分の子どものことは母に任せて、ほったらかしだったのに。
案外、他人の子どものことのほうがよく分かるのかもしれない。
お漏らし寸前の1年生
「そういえば、だいぶ前に卒業した男の子が春から働き始めたみたいでさ。自転車で通るときに挨拶してくれるんだよ」
その男の子は、1年生のときに交差点で、突然父に「おじいちゃん、どうしよう。漏れる!漏れそう」と言い出した子なのだそう。
オムツ替えはおろか、子どもをトイレに連れて行くなんて、かつて一度もしたことのない父。
一瞬パニックになりながら「学校まで我慢できるか?それとも家に戻るか?」と聞いた。この交差点は、小学校と家の中間地点だ。
すると男の子は「無理!!!」と今にも泣きそうな声で言う。
父は慌てて、交差点のすぐ近くにある家にその子を連れて駆け込んだ。
「すみません!子どもが漏れそうなんで、トイレ貸してやってください!」
「あのときは今までで一番焦ったなぁ。まさか旗振りしてて、子どもをトイレに連れて行くなんて思いもしなかったよ。とにかく間に合ったからよかったけど、あれにはほんと参った」
その男の子が、今は社会人となって、自転車通勤で交差点を通るときに父に挨拶をする。
「お漏らししそうになったことなんて覚えてないと思うけど、交差点に立っているお爺さんってことは覚えてくれてるんだなぁ。あんなことがあった子がもう働いてるなんて。会うと、挨拶してくれるんだよ。嬉しいじゃないか」と父は言う。
「うんうん、よかったね」
と私は口では言うものの、<私が子どもの頃はなんにもしなかったよね。これで少しは子育ての大変さがわかったでしょう>なんて、心の中では思っていた。
父がもらった手紙
父には大切なモノをしまっている引き出しがある。
私は両親が元気なうちに実家の片付けをしたくて、数ヶ月に1度は帰省している。先日は、引き出しや棚の書類整理をすることになった。
そのとき、引き出しから数通の手紙が出てきた。
「この手紙はなに?どうするの?」と父に聞く。
すると父は、
「これはね、何人かの子が卒業する前に、旗振りのお礼を書いた手紙をくれたんだよ。だから、とっておいてくれ。死んだら捨ててくれればいいから」と答えた。
いかにも小学生の女の子という感じの可愛らしい文字で「旗振りのおじいちゃんへ」と書かれた封筒。私が中身を見てしまうのは無粋な気がして、そのまま元に戻しておいた。
こんなふうにお礼のお手紙を書いてくれる子もいるんだ。
父が40年以上勤めた会社を退職してから20年ほど経つ。けれども、こうして社会と、子どもたちと関わりを持つことが、父にとっては生きがいのひとつになっているのだろう。
きっと、この手紙の中には、父と子どもたちにしかわからないストーリーがある。
だから、その秘密をのぞいてしまうのは気が引けた。そっと引き出しにしまっておくのが最良なのだ。
片付けを終えて、一緒に夕飯を食べていると、
「もうオラも歳だし、そろそろ旗振りも引退かなぁ」と父がボソッと呟いた。
「いや、まだやったほうがいいんじゃない? あの交差点、危ないから、保護者の人はありがたいと思うよ」と私は進言する。
「まぁ、そうだな。動けるうちはやるか」と父は気を取り直したようだった。
そうして翌朝、雨が降っているにもかかわらず、いそいそと父は出かけていった。
「じゃあ、旗振りに行ってくるからな」と言って。
おわりに
ここに書かれたことは、私が帰省したときに父から聞いた実話です。
ちょっと私の記憶がおぼろげなところもありますが、父は子どもたちとの思い出はハッキリと覚えています。こうして書き残していくのもいいんじゃないかと思い立ち、noteに書いてみました。
まだ聞いていないエピソードもたくさんあると思うので、またいつかnoteに続きを書ければと思います。