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自己紹介|起業の失敗編|30代|2児パパ|仲間とつくった会社で、私は「支えられるありがたさ」を知った

    こんにちは、こーたろうです。
    これは「自己紹介(前編・後編)」につづく、第3部です。

    今回は、これまでほとんど語ってこなかった
    起業後の失敗と、そこから得た大切な学びについて書いていきます。

    成功ストーリーではありません。
    むしろ、誰にでも起こりうる“つまずき”の記録です。
    それが誰かの背中を、少しでも軽く押せたら嬉しいです。

    ■ 起業家スクールで見つけた「地域をプロデュースする」という道

    公務員時代に参加したしまね産業振興財団の起業家スクールで、
    私は大事な発見をしました。

    「地域のヒト・モノ・コトをつなぎ、価値を生み出す仕事が自分は好きだ」

    この気づきが、起業を意識した最初の瞬間です。

    当初は、
    「まずは個人事業として小さく始めて、ゆっくり法人化できたら」
    と考えていました。

    ところが、ここで予想外の出会いがありました。

    ■ 仲間との出会いで、起業の形が変わった

    起業家スクールで意気投合した同世代の仲間から、
    「一緒に会社をやってみない?」
    と声をかけてもらいました。

    一人では見えなかった未来が、急に鮮やかに広がったような気がして、
    その提案をとても前向きに受け止めました。

    さらに仲間が別の友人を紹介してくれて、
    3人体制(役員2人、社員1人)で起業することになりました。

    • 地域を良くしたい想い

    • 新しいことを生み出すワクワク

    • 誰も正解を知らない自由さ

    その熱量は本物でした。

    ■ 2024年4月18日、株式会社XiNAPSEを設立

    資本金は500万円(私400万円、仲間100万円)。
    日本政策金融公庫から500万円の融資。
    合計1000万円での船出でした。

    事務所は仲間の物件を借り、
    PCや設備を整え、
    役員報酬と社員の給与を決め、
    「地域のプロデュース会社」として走り出しました。

    しかし現実は甘くありませんでした。

    ■ 少しずつ見えてきた“組織づくりのむずかしさ”

    立ち上げ期は勢いで進めましたが、
    運営する中で、働き方のペースや価値観の違いが
    少しずつ表面に現れてきました。

    これは誰の責任でもありません。

    起業初期にありがちな
    「役割の曖昧さ」
    「期待値のズレ」
    「話し合う時間の不足」

    がそのまま形になってしまっただけです。

    むしろ今では、
    リーダーである自分が“初期設計”を精密にできていなかった
    ことこそが大きな要因だと思っています。

    会社は情熱だけで走り続けられない。
    その当たり前の事実に、私はまだ気づけていませんでした。

    ■ 売上は上がらず、出費は増え、焦りだけが募っていった

    • 設立初期の設備投資

    • 人脈づくりのための外食

    • 中小企業家同友会の参加

    • SNS運用の外注(月50万円)

    支出は増える一方で、
    売上はなかなか上がりませんでした。

    SNSは3ヶ月でフォロワー2万人まで伸びましたが、
    フォロワー数と売上は、必ずしも比例しない。

    この当たり前の現実が重くのしかかります。

    そして8月頃には、
    資金が数ヶ月以内に尽きることがはっきりしました。

    そんなとき、妻の第二子妊娠がわかりました。

    嬉しさと同時に、
    今のままでは家族を守れないという強い不安に押しつぶされそうでした。

    ■ 9月、私は精神的に限界を迎えた

    仲間との温度差、
    会社の方向性の迷い、
    資金繰りへのプレッシャー。

    少しずつ積み重なったものが、
    9月末についに限界を超えました。

    • 眠れない

    • 食べられない

    • 思考がまとまらない

    まさに、心が折れた瞬間でした。

    万能感で走り始めた自分の未熟さを、
    ここで初めて正面から認めざるを得ませんでした。

    ■ 10月末──それぞれが自分の道を歩く決断へ

    話し合いを重ねる中で、10月末で仲間2人が退職することになりました。

    運用していたSNSアカウントや備品・設備の多くは、仲間に譲渡しました。

    一緒に走った時間は、今でも大切な思い出です。

    ■ 家族や知り合い、地域の経営者に支えられて、私は立ち直った

    精神的に落ち込んでいた私を救ってくれたのは、
    “人”でした。

    まず妻。
    どれだけ不安だったはずなのに、責めることはなく寄り添ってくれました。

    公務員時代の友人、
    地域で出会った経営者の皆さんにも、
    「挑戦したからこそ見える景色があるよ」
    「また積み上げていけばいい」
    と励ましの言葉をかけてくれました。

    この言葉に何度も救われました。

    私はこの経験を通じて、
    挑戦は、一人では続けられない。
    支えてくれる人がいるからこそ前に進める。
    という当たり前のことを深く理解しました。

    ■ そして私は、自分をつくり直すことにした。

    勢いだけで走ったこと、
    役割を曖昧にしたこと、
    仲間との対話を十分に取れなかったこと、
    資金管理の甘さ。

    これらすべてを、一つずつ反省しました。

    そして私は、
    「自分が本当に貢献できる形」

    を考え直し、結果として今の “4つの複業スタイル” に辿りつきました。

    この続きは、次の「再起編(第4部)」で書こうと思います。

    ■ 最後に

    失敗は、人生の分岐点です。
    傷つくこともありますが、
    人の温かさに気づく機会にもなります。

    そして何より、
    「ここからどう生きるか」を選び直せる瞬間でもある。

    もし今あなたがつまずいているなら、
    それは“終わり”ではなく、
    “次のキャリアの始まり”かもしれません。

    ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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