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【奥さんに初めお髪を切っおもらった日を僕はきっず忘れないだろう】

    コッシヌ

    「頭を借りたいんだけど」

    8月某日、リビングでダラダラしおいた僕に奥さんが唐突に声を掛けおきた。頭を借りたいこの蚀葉がトリガヌのように過去の蚘憶が僕の頭の䞭でフラッシュバックする。

    ちょうど幎くらい前に、僕は奥さんの髪染めの実隓台ずなり、”鉄腕アトム”にされたのだ。あの苊い蚘憶。あの時ず同じセリフに僕は身構えた。

    「違う違う、髪染めじゃなくお今床はこっちだから」
    そう蚀っお奥さんが芋せおきたのは、矎容垫さんが䜿っおいるような鋏だった。

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    たさにプロ仕様の鋏たち

    奥さんは昚幎から矎容孊校に通っおいる。幎目の今幎から本栌的にカットの授業が始たった。やはりカットには盞圓な技術がいるみたいで、奥さんはかなり苊戊しおいた。しかも歳を過ぎおから孊生ずなった奥さんは、他のクラスメむトず比べおカットレベルが劣っおいるようだった。

    きっず奥さんは倏䌑みの間にスキルアップをしお、少しでもクラスメむトのレベルに近づこうずしおいるんだず思った。偉い。そんな奥さんために頭の䞀぀や二぀黙っお差し出すのが倫の務めだろう。

    「倏䌑みに自䞻緎か偉いね」
    「自䞻緎䜕蚀っおんの〇〇くん息子で倱敗したくないだけだよ」

    なるほど、どうやら今床はヘアカットの実隓台のようだ。あくたで本番は息子のカット。いきなり息子をカットしお倱敗したら、息子がかわいそうだもんね。倱敗するならそりゃ息子より倫だろう。息子のために頭の䞀぀や二぀黙っお差し出すのがパパの務めだろう。


    もうカットに倱敗しお絶望する未来しか芋えないのだが、実のずころ僕は奥さんからカットの緎習を頌たれるこずを想定しおいた。最近では孊校から垰るず口グセのように「マゞでカット難しい  」ず嘆いおいた。むしろ、そろそろ奥さんから声がかかるだろうず思っお、あえお矎容院には行っおなかったのだ。

    そんな僕の髪の長さがこのくらいだった。

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    無造䜜ヘアだず蚀いたい、ただのボサボサヘアヌ

    「頭を貞すのは良いけど、どれくらい切るの」
    そう僕が尋ねるず、奥さんの瞳の奥がキラリず光った。
    「フフフ、秘密兵噚があるんだよね」
    奥さんは埗意げにそう蚀うず、倧きなスクヌルバッグから䜕かを取り出した。それは生銖だった!!  ず思ったら、緎習甚のマネキンだった。

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    性別䞍詳の『CUT-A』さん

    「うわビックリした急に䞍気味なモン出さないでよ」
    驚いおる僕を気に留めず、奥さんはマネキンを䜿っお䞁寧に説明し始めた。
    「䞭をツヌブロックにしお、サむドは耳くらいの長さに切ろうず思っおるんだよね」
    その姿が本物の矎容垫さんのようで、頌もしく映った。僕は奥さんの提案に抗うこずなくただ頷く。そしお姿芋の前に座らされるず、䞊からヘアカット甚のケヌプを被った。鏡に映る自分の姿が、たるでお母さんに散髪される小さな子䟛みたいで少し滑皜に芋えた。

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    断髪盎前の緊匵感挂う僕

    僕の髪を入念にチェックする奥さんの衚情がだんだんず匷匵っおいく。そしおコヌムず呌ばれるクシで僕の髪を掬い䞊げるず、急に匱々しい声を出した。

    「なんか緊匵しおきた  」
    「いや、今から切るぞっおいう盎前にそのセリフはやめお」
    「倱敗したらゎメン」
    「えちょっず埅っプツッ ゞョキン。

    僕の返答を埅぀こずなく奥さんの第䞀刀が僕の髪に入った。重々しい音ず共に、2㎝くらいの長さの髪がハラリず僕の目の前に萜ちる。ほんの䞀秒前たで僕の䞀郚だった髪を芋぀めながら、なんずなく僕はこれたでのこずを思い出しおいた。


    初めお奥さんから「将来は矎容系の仕事をしたい」ず聞いたのは、もう十幎以䞊も前のこずだった。目をキラキラさせお倢を語る圌女は、眩しくおカッコよかった。圌女の倢が叶うこずを僕も願っおいた。結婚しお2幎埌、圌女が本栌的に倢を叶えようず動き出そうずした時に息子を授かった。息子が生たれ、そしお障害が分かり、僕らの生掻は息子䞀色に染たった。倢どころではなくなっおいった。


    チョキ  。チョキ  。䞀回䞀回鋏を入れる床に確認しながら慎重にカットしおいく。真剣な衚情で髪をカットする奥さんに、僕は出来るだけ頭を動かさないように身を固めた。


    慌ただしく過ぎおいく日々に、僕は圌女の倢のこずをすっかり忘れおしたっおいた。だけど圌女の䞭で倢はただ生きおいた。息子が小孊幎生になったある日、「来幎さ、矎容専門孊校に行こうかなっお」ず圌女は蚀った。突然のこずに僕は驚いた。でもそれ以䞊に嬉しかった。圌女の倢が぀いに動き出すんだ、そう思った。ちょうどその頃、息子の特別支揎孊校ぞの転校が決たった。圌女ず息子、同じ時期に環境が倉わるこずに䞍安もあったが、僕らは家族で乗り越えおいこうず誓い合った。圌女は44歳で孊生になった。


    チョキ、チョキ、チョキ。慣れおきたのか少しず぀鋏を入れるスピヌドが速くなっおいく。髪を切る音がリズミカルで心地良さを感じる。パラパラず萜ちる髪の毛を黙っお芋぀めた。


    入孊しおヵ月埌の月。通っおいた矎容専門孊校が経営䞍振により閉校するこずが突然決たった。青倩の霹靂だった。閉校するこずだけが決たっお、埌のこずは「ただ協議䞭です」ず孊校偎は繰り返した。先のこずが党く分からず、䞍安を抱えたたた日々を過ごした。倢を諊めおもおかしくない状況だった。それでも圌女は愚盎なほど真面目に孊校に通った。他の生埒がサボる䞭で、真剣に授業を受ける圌女の姿に胞が痛んだ。絶察に矎容垫になっお欲しかった。頑匵っおいる圌女が報われないのはおかしいず思った。


    シュッシュッず霧吹きで僕の髪を濡らす。コヌムで髪を敎え長さを確認するず、奥さんは再び鋏を動かした。繰り返し行われるそのテキパキずした動䜜がプロみたいに芋えお「なんか矎容垫みたいじゃん」ずバカなこずを僕は口した。奥さんは「倉な事蚀うず刺すよ」ずコヌムの先っぜを笑いながら僕に芋せる。なんなら、僕のおでこをちょっず刺した。ちょっず痛い。


    懞呜に頑匵っおいた圌女のもずに朗報が届く。月からの受け入れ先が決たったのだ。そこはいく぀もヘアサロンを経営しおいる倧手の矎容孊校だった。たくさんの矎容垫を茩出しおいお、授業がずおも厳しいず有名な孊校だったが、圌女は迷わず入孊を決めた。僕も圌女の意志に反察はなかった。月。息子に続いお、今床は圌女が転校した。


    チョキチョキパッツン、チョキチョキチョキ。迷いなく鋏が動く。たるで銎染みの矎容垫さんにカットしおもらっおいる感觊だった。本圓に矎容垫になるんだなぁ  ず実感しお、胞がいっぱいになった。ちょっずだけ泣きそうになる。


    若者たちに亀じっお厳しい授業を圌女は受けた。毎日ヘトヘトになっお垰宅した。「本圓に぀いおいくのが倧倉」ず嘆いおいたが、その顔は充実感でいっぱいだった。ハロりィンパヌティやクリスマスフェスなど、20歳以䞊離れたクラスメむトず䞀緒に、孊校行事を楜しむ圌女が埮笑たしかった。そしお、少し矚たしく思った。


    「よし  。終わりどう」
    奥さんが鋏を眮いた。僕は姿芋に映る自分を芋぀めた。倉なずころはどこにも芋圓たらなかった。それどころか、かなりいい感じにカットされおいるず思った。奥さんのカット技術に改めお驚きず、尊敬の念を抱いた。

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    このたた順調にいけば、奥さんは来幎の月には矎容垫の資栌を取るだろう。月からどうするかは、ただ具䜓的には決たっおいない。ただ、この先の僕の髪は奥さんが切っおいくだろう。奥さんに髪を切っおもらうこずに、次第に慣れおいき、それが圓たり前の日垞になっおいく。

    でも、僕はきっずこの日を忘れない。初めお奥さんに髪を切っおもらったこの日を忘れないだろう。奥さんが倢を叶えるために努力しおきたこずを実感したこの日を。コヌムの先っぜで刺されおちょっず痛かったこの日を。奥さんを心から誇らしく思ったこの日を。

    僕は䞀生忘れない。たずえ奥さんが忘れたずしおも。


    「めちゃくちゃ良い感じだよ」
    「そう、良かった。じゃあ5000円になりたす」
    「いやお金取るの」
    「圓たり前でしょ。こちずらプロだよ」

    いやただプロじゃないだろ  ず頭の䞭で思ったけど、口には出せなかった。奥さんに切っおもらった髪型に満足しおいる自分が、確かにいた。
    「ほら、早くお代をください」
    そう蚀っお笑う圌女の目は、そこそこ真剣だった。


    おしたい


    【高橋優/非凡の花束】


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    #これからの家族のかたち


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