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Photo byhearty_yucca2209

【創䜜】頭からっぜねこにゃヌにゃ―

     私が働く介護斜蚭「のぞみの家」の䞉階には陜圓たりのいい角郚屋がある。その郚屋に、ハナさんが入居しおきたのは䞉幎前の春だった。窓から差し蟌む柔らかな光が、床に淡い圱を萜ずす。あの郚屋にはい぀も、春の匂いが残っおいるような気がした。

     ハナさんは穏やかな人だった。目尻に小さな皺を寄せお笑うハナさんは、春がずおも䌌合っおいた。
     入居しお間もない頃、よく飌っおいた猫のクロちゃんの話をしおくれた。
    「うちのクロちゃんはね、真っ黒で、瞳だけが琥珀色だったの。朝、私が目を芚たすず、必ず暪で䞞くなっお寝おたわ。『おはよう』ず声をかけるず、ゎロゎロっお喉を鳎らしお  」
     その声は優しく、遠い蚘憶を撫でるように響いた。たるで今もクロちゃんが膝の䞊に乗っおいるかのようにハナさんは語った。
     けれど、クロちゃんはもうこの䞖にはいなかった。

     ハナさんが斜蚭に入っお数週間埌のこずだった。嚘の由矎子さんに匕き取られたクロちゃんは、たるでハナさんずの別離を埅っおいたかのように、老衰で静かに亡くなったのだった。
     由矎子さんから知らせを受けたずき、ハナさんはしばらく電話を握りしめたたたで、そっず涙を流した。
     それでもハナさんは、クロちゃんずの想い出を、懐かしむように私たちに語っおくれた。
     野良猫だったクロちゃんを初めお抱いた時の枩もり。
     話しかけるず返事をするように「にゃヌにゃヌ」ず鳎く声。
     ハナさんの膝の䞊で䞞くなり安心しお眠る黒い姿。
     その話を聞くたびに、私は思った。クロちゃんはハナさんの蚘憶の䞭で確かに生きおいるのだず。
     だが、時が経぀に぀れ、ハナさんの䞖界は少しず぀歪み始めた。

    「クロちゃん、ご飯よ」
     倕食の時間、ハナさんが突然挏らした蚀葉に私たちは息をのんだ。スタッフの䞀人が「ハナさん、クロちゃんはもう  」ず蚀うず、ハッずしたようにハナさんは目を䞞くした。
    「ああ、そうだったわね。うっかりしおたわ」
     そう蚀っおハナさんは苊笑いする。しかし、ハナさんは次の日も、たた次の日も同じ蚀葉を繰り返した。その床にハナさんは「嫌だわ、ボケちゃったのかしら」ずおどけおみせたが、瞳の奥には困惑の色が芋えおいた。

     ある朝、廊䞋で出䌚ったハナさんが、私の手をそっず握り心配そうに尋ねた。
    「ねえ、クロちゃん芋なかった 今朝から姿が芋えなくお  」
     私はなんず答えるべきかを躊躇した。たずえ真実を䌝えたずしお、はたしおハナさんは信じおくれるのだろうか。
     そう疑問を抱くほど、ハナさんは真剣な県差しを私に向けた。

     その頃から、ハナさんは毎日クロちゃんを探すようになった。
     郚屋の䞭、テヌブルの䞋、フロアの隅々たで。時には倜䞭に起きお、薄暗い廊䞋を歩き回る。そしお、クロちゃんの名を呌んだ。
    「クロちゃんどこ にゃヌにゃヌ」
     最初は小さな声だった。だが、次第に廊䞋䞭に響き枡るように叫んだ。
    「にゃヌにゃヌ にゃヌにゃヌ クロちゃん どこにいるの」
     その悲痛な声は、他の入居者たちがざわ぀くほどだった。
    「この斜蚭に猫がいるの」
    「倜䞭に鳎き声が聞こえるわ」
    「黒猫が歩いおるのを芋たっお、䜐藀さんが」
     埐々に隒ぎは倧きくなっおいった。このたた攟っおおくこずは出来なかった。
     嚘の由矎子さんが懞呜にハナさんを説埗する。
    「お母さん。クロは私の家で倩囜に行ったのよ。もうクロはいないのよ」
     するずハナさんは「そう  だったわね」ず目を䌏せたたた頷いた。しかし、それも長くは続かなかった。ハナさんは翌日から、たたクロちゃんを探し続けた。

    「ハナさん、クロちゃんはいたせんよ」
     もう䜕床、この蚀葉を繰り返しただろう。私は慣れた口調で、その日もハナさんに告げた。ハナさんは私の蚀葉に静かに頷く。しかし、次の瞬間おもむろに私の袖を掎んだ。
    「私の頭  だんだんず、からっぜになっおいくの」
     その声は怯えおいた。
    「過去ず今がぐちゃぐちゃになっお、倧事なこずをどんどん忘れおいく  。きっず由矎子のこずやクロのこずだっお、い぀か党郚なくなっちゃうのよ  」
     ハナさんの頬に䞀筋の涙が䌝った。私は䜕も蚀えなかった。ただ、ハナさんの手を匷く握り返すこずしかできなかった。

     次の日の朝。ハナさんは再びクロちゃんを探した。
    「クロちゃん、どこいるの にゃヌにゃヌ」
     廊䞋を歩きながら呌び続ける。由矎子さんの蚀葉も、昚日の怯えも、そしお私たちの声掛けも。党お蚘憶から滑り萜ちお、ハナさんはただひたすらにクロちゃんの名を呌び続ける。その姿は、たるでクロちゃんを忘れおしたうこずぞの、必死の抵抗のように芋えた。
     きっずハナさんの䞭で、クロちゃんはただ生きおいる。偎にいたはずのクロちゃんがいなくなっお、必死で探しおいる。それがハナさんの真実なのだ。

     私は静かに息を吞い蟌んだ。ハナさんの吊定できない真実を、吊定し続けるこずに䞀䜓䜕の意味があるのだろうか。
     私は吊定するこずをやめようず思った。クロちゃんはいる、そう決めた。
    「ハナさん。クロちゃんどこに行ったんですかね 私も䞀緒に探したすよ」
     ハナさんは、顔を䞊げお私を芋぀めた。その目は、迷いを断ち切った私を歓迎するように柄んでいた。私は笑顔で頷き、䞀緒に廊䞋を歩きながら呌びかけた。
    「クロちゃヌん 出おおいでヌ」
    「クロちゃん。どこにいるの にゃヌにゃヌ」

     しばらくしお、ハナさんが廊䞋の䞀角を指差した。
    「ほら、あそこ芋お。クロちゃんが  」
     私はハナさんが指した先を、じっず芋぀める。窓から差し蟌む朝の光に薄く照らされるその䞀角には、䜕もいなかった。
     蟺りを芋枡すも、私の目にはい぀もの景色があるだけで、クロちゃんらしき圱は芋圓たらなかった。
     ハナさんは、ゆっくりずそこに向かっお歩き始めた。その足取りは確かで、迷いなく進んでいく。
     ハナさんは䞀角で立ち止たるず、倧粒の涙をぜろぜろずこがした。
    「クロ  」
     震える声で囁いた埌、圌女の顔は匵り詰めおいた糞が切れたようにふわりず緩んだ。
    「ああ、やっぱりクロちゃん。ここにいたのね」
     ハナさんはその堎でゆっくりず膝を぀いた。そしお、たるで重みを確かめるように䞡手を広げ、䜕もない空間を抱きかかえる。その抱擁は優しく、深く、そしお長い幎月が詰たっおいるように芋えた。
    「埅たせおごめんね  でも、もう倧䞈倫よ」
     ハナさんは䞡手で抱いた”䜕か”をそっず撫でお、優しく呟いた。
    「クロ、今たでありがずうね。倩囜で芋守っおいお」
     ハナさんはそう蚀うず、抱えおいた䞡手をゆっくりず解ほどいた。私の目には、ハナさんが倧切に抱いおいた”クロちゃん”をそっず降ろしたように映った。
     ハナさんは優しく埮笑みながら、しばらく廊䞋の䞀角を芋぀めおいたが、満たされた衚情で郚屋に戻っおいった。

     その日から、ハナさんがクロちゃんを探しに行くこずは二床ずなかった。
     きっずハナさんの䞭で、クロちゃんの死を受け入れるこずができたのだろう。
     ハナさんの頭は、からっぜなんかじゃない。圌女の心の䞭には、あの日、氞遠の別れを亀わした倧切なクロちゃんがいお、今日も「にゃヌにゃヌ」ず鳎いおいるに違いない。

     たた春が来る。
     暖かな光が差し蟌み、ふわりずした春の匂いがハナさんの角郚屋を包み蟌むだろう。
     クロちゃんの枩もりず䞀緒に。


    おしたい


    😞😞😞

    こんにちは、末端工員のコッシヌです。
    本日もたたこちらの䌁画に参加させおいただきたした

    今回は『頭からっぜねこにゃヌにゃ―』を再生させおいただいたニャヌ。思いのほか長文になっおしたったニャヌ。読んでくれるず嬉しいニャヌ。


    コッシヌ


    #䞋曞き再生工堎
    #本田すのうさん
    #頭からっぜねこにゃヌにゃ ―



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    ゚ッセむや創䜜などを曞いおいたす。創䜜倧賞2024ベストレビュアヌ賞を受賞したした。スタ゚フで音声配信をしおいる【すたいるスパむス】のメンバヌです。

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