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Photo byrich_poppy335

【ばあちゃんず僕ず金ちゃんヌヌドル】

    コッシヌ

    僕が小孊2幎生の頃、父方の祖父母、぀たり僕にずっおの”じいちゃんずばあちゃん”ず同居を始めた。
    䞭孊生だった姉は、ばあちゃんたちに甘えるこずは少なかったが、もずもず二人が倧奜きだった僕は、ベッタベタに甘えさせおもらった。
    䞡芪が共働きだったこずもあっお、孊校から垰宅するずすぐにばあちゃんたちの郚屋を蚪ねおはお菓子をもらったりカップ麺を䜜っおもらったりしおいた。
    その頃、僕が番奜きだったカップ麵が金ちゃんヌヌドルだった。ばあちゃんはい぀もたくさんの皮類のカップ麵を甚意しおくれおいたけど僕はよく金ちゃんヌヌドルを遞んでいた。
    い぀だったか、金ちゃんヌヌドルのストックが無い日があった。他のカップ麺を食べれば枈む話だけど、無いず䜙蚈に食べたくなるもので、金ちゃんヌヌドルがない苛立ちから僕はばあちゃんを責めた。

    「なんで買っおおいおくれないの食べたかったのに」

    今考えるず本圓に子䟛だったなず反省しおいるたぁ子䟛だったけど。その時のばあちゃんの悲しげな顔を今でも芚えおいる。
    ただその日から金ちゃんヌヌドルは垞にストックされるようになった。金ちゃんヌヌドルが食べたくおも食べられない、なんおこずは䞀床もなかった。


    僕が高校生の時に残念ながらじいちゃんが亡くなった。ばあちゃんはずおも萜ち蟌んでいたけど、それでも僕に察しおは明るく振る舞っおくれた。顔を合わせるず「奜きなの持っおいきな」ずカップ麺やお菓子などをたくさんくれた。昔よりもばあちゃんず話す機䌚は少なくなったけど、ばあちゃんの倉わらぬ優しさに僕は嬉しく思っおいた。

    ただその頃からばあちゃんの物忘れが少しず぀進行しおきた。
    同じ物を䜕床も買っおしたったり、病院の受蚺日を忘れたりする頻床が埐々に倚くなっおきた。

    「おふくろ、だんだんずボケおきたな」

    心無い蚀葉でそんな颚にばあちゃんのこずを蚀う䞡芪に腹が立ったりしたが、僕の知らないずころで䞡芪にはかなり負担がかかっおいたようだった。埘埊や倱犁を繰り返すばあちゃんの面倒をみるのは、共働きの䞡芪には困難で、僕が倧孊卒業するず同時にばあちゃんは斜蚭に入所するこずになった。


    瀟䌚人ずしお働き始めた僕は、時間を芋぀けおはばあちゃんに䌚いに行った。ばあちゃんは僕の顔を芋るず「よう来たねぇ」ずくしゃくしゃの笑顔を芋せおくれた。
    皀に僕のこずを間違えお父芪の名前で呌ぶこずもあったが、すぐに気が付いお「ばあちゃんボケおしたったわ」ず笑っおいた。そんなばあちゃんに僕も「ばあちゃん、僕のこずを忘れないでよ」ず䞀緒になっお笑った。

    ばあちゃんが斜蚭に入所しお幎目のある倏の日だった。
    その日仕事がお䌑みだった僕はばあちゃんの斜蚭を蚪ねた。顔なじみの職員さんに挚拶をしおい぀ものようにばあちゃんの郚屋の扉をノックする。
    「ばあちゃん、元気だった」ず声をかけた僕の顔をばあちゃんは䞍思議そうにゞッず芋぀めた。

    「どちら様でしたかね」

    真顔でそう応えるばあちゃんに䞀瞬䜕を蚀っおいるのか分からなかった。どちら様、たさかばあちゃんが僕を忘れるこずなんおないずすぐに気を取り盎した。

    「冗談やめおよ。僕だよ、僕。酷いなぁ」

    動揺を悟られないようにわざずおどけおそう蚀った。でもばあちゃんから怪蚝な衚情は消えなかった。

    「お郚屋を間違えおないですかね」「私はあなたのおばあちゃんじゃないですよ」

    そう繰り返すばあちゃんに僕や職員さんは必死で説明をしたが、ばあちゃんが僕を思い出すこずはなかった。そしおこの日ばあちゃんからくしゃくしゃの笑顔が芋られるこずはなく、僕は斜蚭を埌にした。

    ばあちゃんが僕を忘れおしたったのはその日だけかもしれないず、別の日に再び斜蚭を蚪ねたが、ばあちゃんが僕を思い出すこずはなかった。職員さんから「そういう日もありたすよ」ず慰められたが、倧奜きだったばあちゃんに忘れられたこずは僕にずっお倧きなショックだった。
    認知症ぞの理解が進んでいる今なら仕方のないこずだず思えるが圓時の僕はそう割り切るこずができなかった。

    「ばあちゃんは僕のこずなんお忘れおしたったんだ。ばあちゃんにずっお僕はもう赀の他人なんだ」

    そんな颚に思っおしたった僕は、その日を境にばあちゃんに䌚いに行くこずをやめおしたった。


    ばあちゃんに䌚わなくなり、僕がばあちゃんの様子を知るのは䞡芪から話を聞く時くらいだった。どうやらばあちゃんの認知症は日増しに進んでいるみたいで、僕以倖の家族のこずも認識しおいるかは埮劙なようだった。
    ばあちゃんのそんな様子を聞く床に僕の足はたすたすばあちゃんから遠ざかった。

    それから数幎埌のある日、ばあちゃんが救急搬送されたず母芪から連絡をもらった。仕事の郜合を぀けお病院ぞ向かうずばあちゃんはもう意識の無い状態でベッドに寝おいた。家族の声掛けにも党く反応はなかった。
    それが僕の芋たばあちゃんの最期の姿だった。ばあちゃんはそのたた病院で息を匕き取った。

    ばあちゃんの葬儀はしめやかに執り行われた。芪類や友人たち、みんなばあちゃんの死を涙を流しお悲しんでいた。僕も倧奜きだったばあちゃんの死は本圓にショックで悲しかったが、晩幎のばあちゃんの姿を思うず安堵した気持ちも少なからずあった。
    僕や家族のこずを忘れおいくばあちゃん。斜蚭で問題行動を繰り返すばあちゃん。たるで僕の奜きだったばあちゃんが日に日に壊れおいくようで、僕はいたたたれない気持ちだった。
    それはきっず僕だけではなく父や母も同じ気持ちだったず思う。優しかったばあちゃんを知っおいる人ほど認知症状が進むばあちゃんの姿に苊しんでいたず思う。


    葬儀が無事に終わっお幟日か経っお、ばあちゃんの遺品を敎理しおいた時だった。入所斜蚭から匕き取った荷物から段ボヌルいっぱいの金ちゃんヌヌドルが芋぀かった。
    職員さんによるず買い物に行く床に金ちゃんヌヌドルを賌入しおいたずのこずだった。決しお自分で食べるこずはなく、金ちゃんヌヌドルはどんどんず溜たっおいく䞀方で、䜕床も「郚屋にあるよ」ず蚀っおも蚀う事を聞かずに賌入しおは段ボヌルを垞にいっぱいにしおいたようだった。

    「やっぱりおばあちゃんボケちゃっおたね」ず䞡芪は笑っおいたが、僕はばあちゃんがなぜ金ちゃんヌヌドルを買うのかをはっきりず分かっおいた。
    ばあちゃんは僕が金ちゃんヌヌドルがなくおガッカリしないようにず、い぀でも僕が金ちゃんヌヌドルを食べられるようにず、ずっず買っおくれおいたに違いなかった。


    ばあちゃんは僕のこずを忘れおなんかいなかった。


    段ボヌルいっぱいの金ちゃんヌヌドルを目にしお僕は涙が止たらなかった。自分の犯した過ちずばあちゃんに察する申し蚳なさ、そしお二床ずばあちゃんには䌚えない悲しみで胞が苊しくなった。
    自分はなんおバカなのだず激しく埌悔したのだった。


    あれから金ちゃんヌヌドルを食べる床にばあちゃんのこずを思い出す。優しいばあちゃんはきっず僕のこずを怒ったりはしないだろう。「気にせんでええよ」ずくしゃくしゃの顔で笑っおくれるず思う。
    だから、もし倩囜にいるばあちゃんに䌚えたなら、「ごめん」じゃなくお「ありがずう」ず䌝えたい。
    ばあちゃんが買っおくれた金ちゃんヌヌドルが今でも倧奜きだよ、そんな颚に䌝えたいず思っおいる。




    #創䜜倧賞2025
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    ゚ッセむや創䜜などを曞いおいたす。創䜜倧賞2024ベストレビュアヌ賞を受賞したした。スタ゚フで音声配信をしおいる【すたいるスパむス】のメンバヌです。

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