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なぜ人は物語に動かされてしまうのか?⑧

    第7節 物語フェーズモデル

    価値観の強弱で物語を分類する「強い物語ー弱い物語」というフレームワークでは『もののけ姫』を分類することができなかった。そこで、Kは主人公の世界観の広さで物語を分類する「物語航海モデル」を新たに構築した。これにより『もののけ姫』を含むすべての物語を体系的に整理することに成功した。Kはこの新発見に喜んだ。しかし、AIいわく、同様のフレームワークは2500年前に提案されているということだった。

    K
    え、2500年前に「物語航海モデル」のようなフレームワークはあったの?
    まだ、坪内逍遥も生まれる前に?

    AI
    はい。
    正確にいうと、そのフレームワークは物語の分析をするために作られたフレームワークではありません。

    K
    え?何のためのフレームワークなの?

    AI
    人間が世界をどう捉えるか、その変化を取り扱うフレームワークです。

    K
    そんなフレームワークあるんだ?何ていうモデルなの?

    AI
    それは……仏教です。

    K
    仏教!?
    いやいやいや、仏教って宗教でしょ?座禅とかお経とか…なんで急に仏教が出てくるの?
    物語分析と何の関係があるの?

    AI
    正確にいうと。
    先ほど構築した「物語航海モデル」は
    宗教としての仏教ではなく、仏教が取り扱っている「解脱」の段階にその思想構造がめちゃめちゃ似ています。

    K
    解脱の段階?

    AI
    はい。「解脱とは?」ですが、
    まず、仏教のコアの主張を超短く定義すると

    「世界は苦である。苦の原因は執着である。執着を滅すれば苦は消える。」

    という考え方です。つまり、特定の世界観に執着することが人間の苦しみの原因で、その執着をなくすことで、苦しみがなくなるという考え方です。

    K
    あ、『金閣寺』って金閣寺に執着した話だったよね?

    AI
    そうですね。

    K
    あれ?三島もかなり国家に執着してたよね?

    AI
    そうですね。

    K
    じゃあ、「物語航海モデル」に至るまで、ずっとやってきた話って
    『金閣寺』って、執着。
    『小説真髄』って、執着を削って様々な世界を描こうと言った
    『火垂るの墓』は、執着をすべて取り払って、現実を見つめた
    『もののけ姫』はその先…

    AI
    自己だけの価値観をいったん脇に置き、いろんな価値観から観察した
    ということでした。これって、執着をなくす過程とほぼ同型なんです。

    K
    「物語航海モデル」で、価値観を削ると世界観が広くなる・多視点的になる、というのと、「仏教」で、特定の世界観への執着をなくす、っていうのが似てるってことか!

    AI
    そうです。一つの世界観しか見えていない人は、その世界観を絶対視します。しかし複数の世界観が見えるようになると、どれか一つだけを絶対視できなくなるんです。

    K
    じゃあ、今まで分析してたの、執着の話だったの?

    AI
    かなり近いです。
    そして、「解脱」とは

    「特定の世界観への執着が完全に止まった状態」

    をいいます。つまり、執着を完全になくした到達点が解脱です。

    K
    執着を完全になくした到達点が解脱…。

    AI
    はい。
    まず、仏教における解脱の段階を超ざっくり並べます。ここでは、実際の仏教教義ではなく、思想構造だけを取り出した便宜的なものだけ示します。

     段階      状態
    ① 凡夫   既存の世界観を信じている
    ② 出家前  既存の世界観に揺らぎを感じ始める
    ③ 修行僧  既存の世界観が幻想だと気付き探求する
    ④ 菩薩   世界観への執着を離れながらも、他者との関係を引き受ける
    ⑤ 如来   自己も世界観も完全に手放す

    K
    ちょっと待って。『もののけ姫』のアシタカって、
    これ④じゃない?

    AI
    そうですね。

    K
    じゃあ岡田トオルは③?

    AI
    そうです。

    K
    え?
    じゃあ溝口は①?

    AI
    そうです。

    K
    うわ。対応してるじゃん。

    AI
    あなたが「物語航海モデル」で整理した物語を分類してみると
    以下のように「解脱段階モデル」と対応しています。

     物語の主人公                 解脱の段階
    『金閣寺』の溝口            → ①凡夫
    『ドラゴンボール』の 悟空       → ②出家前
    『ねじまき鳥クロニクル』の岡田トオル  → ③修行僧
    『もののけ姫』のアシタカ        → ④菩薩

    K
    おお、見事に1対1で対応してる。

    AI
    このモデルを使うと、作品だけでなく
    作品から想像される作者自身の段階も分類できます。

    物語の作者     解脱の段階
    三島由紀夫   → ①に強くとどまり、世界観と共に死んだ
    坪内逍遥    → ②から③への入り口、世界観を相対化した
    村上春樹    → ③世界観の失われた世界で漂流した
    高畑勲     → ③世界観を取っ払って、地獄のような現実を見た
    宮崎駿     → ②→④へ世界観が薄まる、でも世界と関わろうとした

    K
    おおお。なんか分かるwww
    春樹は③っぽい。
    三島由紀夫が①はさすがに失礼じゃない?

    AI
    ここで誤解してほしくないのですが、
    高い段階が偉いというわけではありません。
    あくまで、どのような世界観を使っているか、という分類です。
    三島由紀夫に関しては「国家よりも個人」という考え方があることを把握しながら、それでも①の考え方を選んだという経緯があるようです。

    K
    あと、③と④の違いが気になる。
    高畑も世界観を壊した。宮崎も世界観を壊した。
    何が違うの?

    AI
    何が違うと思います?

    K
    高畑は現実を見る。宮崎は人の側に戻る。

    AI
    それが③と④の差です。

    K
    そう考えると、高畑勲って、だいぶ仏教的なんじゃない?
    特定の世界観を排除して、地獄みたいな現実を見つめる、ってスタイルだったし。

    AI
    そうですね。
    仏教では、自我は幻想、特別な自己など存在せず、死に意味はないと考えます。そして、高畑勲の作品では、主人公は凡人で、英雄は出てきませんし、死は救済になりません。

    K
    たしかに!『火垂るの墓』は、ほぼ説法ってことじゃん!

    AI
    はい。
    ただし、高畑勲は解脱までには達しませんでした。
    仏教は、苦しい → 執着やめる → 解脱 → やすらぎが訪れる
    というように、執着を止めた後にやすらぎが訪れます。
    高畑は、苦しい → 価値判断やめる → 地獄のような現実を見つめる
    ということで、高畑勲は「解脱できなかった仏教徒」みたいな感じですね。
    宗教的じゃないのに思想構造だけ仏教。

    K
    なるほど。
    じゃあ、宮崎駿監督は?

    AI
    宮崎駿は「解脱しかけて、最後に手を離した菩薩」です。

    K
    どゆこと?

    AI
    宮崎駿は年齢とともに解脱段階が進んでいきました。
    まず、若いころ、つまり『風の谷のナウシカ』を作った頃の宮崎は「②出家前」でした。英雄も信じている、世界を救いたい、自然主義が勝つ。

    K
    三島的な要素だね。

    AI
    そして、『紅の豚』を作った中年期の宮崎は「③修行僧」でした。
    戦争は止まらない、国家はダメダメ、技術は兵器になる。

    K
    高畑監督の影響だね。

    AI
    晩年の宮崎は、「④菩薩」的な作品を作りました。
    世界は複雑だ、善悪では割り切れない、それでも他者と関わりたい。
    だから『もののけ姫』では、森にも理がある、たたら場にも理がある、と描かれました。ここまでは高畑と同じです。
    しかし、宮崎はそこで止まりません。アシタカは「曇りなき眼で見定め、双方の間で生きる」という立場をとります。これは「世界観への執着を離れながらも、他者との関係を引き受ける」方向です。

    K
    たしかに。自分のことアシタカだと思ってたりしてwwww

    AI
    だから、宮崎駿は
    解脱しかけて、最後に手を離した「④菩薩」段階と言えます。

    K
    「⑤如来」じゃあないの?

    AI
    如来は、特定の価値判断にしがみつかない。特定の物語を絶対視しない。生きる意味や目的にすら執着しない。
    完全に執着が切れている状態です。

    K
    え、生きる意味や目的にすら執着しないってこと?
    絶望しちゃってるってこと?
    え、それただの虚無では?

    AI
    はい。
    そこは重要なポイントです。
    まず確認ですが、この段階モデルは実際の仏教教義ではなく、思想構造だけを取り出した便宜的なモデルです。
    ただし、解脱とは絶望ではありません。
    自己を含むあらゆる世界観への執着を完全に手放した状態です。

    K
    そんな人いるの?

    AI 
    少なくとも普通の人間には極めて難しいと思います。

    K
    だよね?

    AI 
    人間は生物だからです。生きるためには、自分の生命を守り、仲間を守り、何かを価値あるものだと考えなければなりません。つまり、人間は世界観や価値観への執着を完全には捨てられない構造になっています。なので、⑤は理論上の極限点とされています。

    K
    なるほど。

    AI 
    実際、歴史上には即身成仏を目指した修行者もいました。しかし、それでも本当に⑤に到達したのかは分かりません。

    K
    なんだか、こうしてみると
    「解脱段階モデル」ってフレームワークがもうあったんだね。
    「物語航海モデル」が世界ではじめての物語分析のためのモデルじゃなかったのかぁ。「世界初のモデルです!ダダンッ!」って論文書けないや。残念!

    AI
    そうですね。2500年前にはすでにこの人間の認知に関するモデルが作られていました。

    K
    ……。
    ちょっと、待って、
    金閣寺を分類してたはずなのに、三島由紀夫を分類してる。

    AI
    そうですね。

    K
    『ねじまき鳥クロニクル』を分類してたはずなのに村上春樹を分類してる。

    AI
    そうですね。

    K
    『もののけ姫』を分類してたはずなのに、宮崎駿を分類してる。

    AI
    そうですね。

    K
    これ、物語を分類してない。
    …人間そのものを分類してるよね。

    AI
    そうですね。

    K
    これって、結構、大事な転換点かもしれない!
    「物語航海モデル」は、物語を分類するために作ったモデルだった。そこに「解脱段階モデル」が重なることで、人間の世界観そのものを分類できるようになった
    物語分析のモデルを作ろうとしていたら、いつのまにか人間の認知発達モデルになってるじゃん!

    AI
    そこは重要ですね!

    K
    物語が、出来事だけじゃなく、人間の認知を扱っているから、こうなるのかもしれないね。人間の使っている世界観に合わせて、それに応じた物語が作られる。
    「物語航海モデル」というか、物語を人間の認知で分けるモデルになってきている。

    AI
    適切な呼び方があると今後、議論しやすくなりますね。
    あなたの名前をつけて、K-モデルとしますか?

    K
    いやいやいや。それはダサい。
    このモデルは「人間の世界観の状態(Phase)」を段階的に分類するモデルだから「物語フェーズモデル」と言うのはどうかな?

    AI
    いいですね。世界観の変化に段階が加わりました。

      段階      人間の世界観の状態
    フェーズ①   既存の世界観を信じている
    フェーズ②   既存の世界観に揺らぎを感じ始める
    フェーズ③   既存の世界観が幻想だと気付き探求する
    フェーズ④   世界観を軽くして、他者との関係を引き受ける
    フェーズ⑤   自己も世界も完全に手放す

    K
    おおおお、これで認知の段階ごと分類できるね。
    フェーズ⑤ってどんな人なんだろうなぁ。いるのかなぁ?

    AI
    これで、このモデルで人間の認知を分類することができますね。
    それでは、ここで質問です。

    K
    何?

    AI
    あなたは、このモデルのどこにいますか?


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    いわゆる理系の材料物性研究者。 専門を物語に適用して物語分析法を開発中。 趣味は雰囲気株トレードと日韓交流。 🇯🇵25年🇰🇷15年

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