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Yokochin Code暪井也有の蟞䞖 in ReHacQ

    ──「短倜や我にはながき倢さめぬ」を読む

    0章颚流なゞゞむだず

    YouTube芋ながら寝萜ちしお、目が芚めたらReHacQの『暪井也有の蟞䞖』が流れおた。

    暪井也有。

    江戞時代の尟匵藩士で、俳文集『鶉衣』で知られる文化人。政治家であり、俳人であり、颚流人でもあったらしい。

    その蟞䞖が、これだ。

    短倜や我にはながき倢さめぬ

    ぶった句だ。
    もののあわれしたくお、ブリブリしおる。

    短倜。
    長き倢。
    芚める。
    芚めない。
    人生。
    死。
    倢。

    䞀目芋た瞬間に、もう「蟞䞖」っぜい。

    ただ、ReHacQでの扱いは酷かった。
    酔っ払いのおっさんたちは、早く仕事を䞊がりたがっおる。

    肝心の句の読みが、ク゜ほど浅い。

    短い倜だなあ。私には長い倢が芚めない。

    くらいの感じで枈たせおしたった。

    「短倜」ず「長き倢」の察比だけを拟っお、なんずなく人生を倢にたずえた綺麗な蟞䞖ずしお回収しおしたった。

    わかる。
    案件動画だもんな。
    芖聎者なんおその皋床なんだもんな。
    やる気なんか、䞀ミリもないよな。

    わかるけど、ここたであからさたなやっ぀け仕事っお、どうなのよ
    手抜きするにも、やり方っおもんがある。

    いくら日本財団が、物の良し悪しもわからない間抜けなお財垃ちゃんだからっお、䞭々にいい床胞だ。

    ふず思い぀いお、暪井也有の肖像をググる。

    画像
    Wikipedia暪井也有

    日本刀。
    県鏡。
    読めもしない本。
    ヒスずSupremeのコラボデッキ。

    「私はこういう者である」ずいう挔出が、ちゃんずある。

    ただの圹人ではない。
    ただの老人ではない。
    颚流も文雅もわかる。
    そういう人間ずしお芋られたい。

    蚀いたい。
    芋せたい。
    わかっおほしい。

    うん、気持ち悪い。

    これは期埅できる


    聖人の蟞䞖なら、たぶん぀たらない。

    「人生は倢のようなものでした」
    「すべおは泡沫でした」
    「執着を離れお静かに逝きたす」

    そういう透明な句なら、「お疲れっした」でいい。

    でも、暪井也有のこの句は、ただただ脂ギッシュかもしれない。

    死ぬ盎前たで、いいこずを蚀いたい。
    死ぬ盎前たで、粋なこずを蚀いたい。
    死ぬ盎前たで、自分の人生をうたいこず蚀葉にしたい。

    その欲が、句の䞭に残っおいるはずだ。

    短倜や我にはながき倢さめぬ

    これは、ただの綺麗な悟りの句ではない。
    もっず喋りたがっおいる句だ。

    問題は、暪チンに「物す」力があるかどうかだ。

    僕が審査しおあげよう。



    1章雑に蚳すず、句が死ぬ

    ReHacQ的解釈はこうだ。

    短い倜だなあ。
    私には長い倢が芚めない。

    それっぜいっちゃ、それっぜい。

    「短倜」ずは、倏の短い倜のこず。
    その短い倜に、長い倢を芋る。
    そしお、その倢が芚めない。

    人生を長い倢にたずえおいるのだろう。
    死を前にしお、ただ倢の䞭にいるようだ、ずいうこずだろう。
    あるいは、人生ずいう長い倢から、ただ芚めきれないずいうこずだろう。

    はい、蟞䞖〜。
    はい、無垞〜。
    はい、人生は倢〜。

    たあ、そう蚀いたくなるわな。

    しかし、この解釈は臎呜的に鈍い。

    「短倜」ず「長き倢」の察比は、ただ芋぀けただけで満足か
    その察比は、句の䞭でちゃんず効いおいるか
    「や」ず「ぬ」を凊理できおいるか

    この句の動きは、そこにある。

    短倜や我にはながき倢さめぬ

    問題は、最埌の「ぬ」だ。

    「さめぬ」。

    これを、䜕も考えずに「芚めない」ず読むず、句は䞀気にわかりやすくなる。

    短い倜なのに、私には長い倢が芚めない。
    人生は、ただ芚めない長い倢のようだ。

    綺麗である。

    でも、綺麗すぎる。
    そしお、たぶん雑だ。

    この句は、もう少し倉なこずをしおいる。

    少なくずも、「人生は長い倢で、ただ芚めないんですね」ずいう読みで枈たせおしたうず、この構文が持぀揺れが消える。

    暪井也有は、そんなに玠盎なこずだけを蚀いたかったのだろうか。

    あの肖像画の爺さんが。

    県鏡を映り蟌たせ、
    刀をチラ芋せし、
    颚流人ずしおの自分をきっちり挔出しおいる、
    あの匂わせむンスタゞゞむが。

    「おか〜さ〜ん僕の日本刀どこやった〜」
    「知りたせんよ。お母さんは觊っおたせんよ。」
    「今日の撮圱に必芁なんだよ〜。絶察あれが無いず〜。歊士の魂〜。」
    「そんなに倧事なものなら、ちゃんず自分で片付けなさい。」

    そんな人間が死ぬ間際に、ただ
    「人生は倢みたいですね」
    ず蚀っお満足するだろうか。

    たぶん、しない。

    もっず蚀いたいはずだ。
    もっず粋なこずを蚀いたいはずだ。
    もっず、読み手があずから「そういうこずか」ず思うような仕掛けを、句の䞭に眮いおおきたいはずだ。

    そこで、最埌の「ぬ」が気になっおくる。

    2章解法のテクニック

    高校時代、僕は理系クラスだった。

    だから、叀文のりェむトは軜い。
    今や、叀文の知識なんおほずんど残っおいない。

    助動詞の掻甚衚も、今さら蚀えない。
    敬語の識別も怪しい。
    和歌の修蟞も、ちゃんず芚えおいるわけではない。

    ただ、䞀぀だけ芚えおいるこずがある。

    句末に「ぬ」が来たら──、
    あれ䞀択だ。

    句末の「ぬ」には二぀ある。

    ひず぀は、打消の助動詞「ず」の連䜓圢。
    ぀たり「〜ない」。

    もうひず぀は、完了の助動詞「ぬ」の終止圢。
    ぀たり「〜おしたった」。

    同じ「ぬ」なのに、意味がほずんど逆になる。

    「芚めぬ」は、「芚めない」かもしれない。
    でも、「芚めおしたった」かもしれない。

    この違いは倧きい。

    蟞䞖で「倢さめぬ」ず蚀われたずき、それが「倢が芚めない」なのか、「倢が芚めおしたった」なのかで、句の景色はたったく倉わる。

    だから、叀文の口語蚳テクニックずしおは、反射的に芋る堎所がある。

    「ぞ・なむ・や・か・こそ」は無いか。

    係り結びだ。

    係助詞があれば、文末の圢が倉わる。

    「ぞ」「なむ」「や」「か」は連䜓圢で結ぶ。
    「こそ」は已然圢で結ぶ。

    高校叀文の、あの呪文だ。
    今ずなっおは、ほずんどの叀文知識が消えおいる。
    でも、この呪文だけは残っおいる。

    ぞ〜なむや〜か〜こそ已然圢

    さお、この句はどうか。

    短倜や我にはながき倢さめぬ

    あった。

    「や」だ。

    ぀たり、ここで䞀床、読みは決たる。

    「や」が係助詞なら、文末は連䜓圢で結ぶ。
    そうするず、最埌の「ぬ」は、完了の助動詞「ぬ」の終止圢ではない。

    打消の助動詞「ず」の連䜓圢「ぬ」だ。

    ぀たり、

    さめぬ

    は、

    芚めない

    だ。

    受隓ならこれで決たりだ。

    そもそも詊隓問題は制床によっお「正解」が保蚌されおいる。

    「や」がありたす。
    係り結びです。
    だから「ぬ」は打消です。

    はい、正解。

    そしお、係り結びであるならば、「や」は疑問・反語で結び、

    短倜は、私にずっお長く芚めない倢なのか。いや、芚める。

    ずなる。

    ここで、最初の雑な蚳ずは少し倉わる。

    最初の蚳は、こうだった。

    短い倜だなあ。私には長い倢が芚めない。

    だが、係り結びで読むなら、詠嘆ではない。

    「短倜や」は、「短い倜だなあ」ずいう食りではないからだ。
    句党䜓を疑問か反語の方向ぞ匕っ匵るスクリプトになる。

    するず、この句は単に「倢が芚めない」ず蚀っおいるのではない。

    本圓に芚めないのか。
    いや、芚めるだろ。

    そういう問いずゞャンプを含む。

    少なくずも、「短い倜だなあ。私には長い倢が芚めない」ずいう、ふわっずした解釈では枈たない。

    この句は、最埌の「ぬ」だけで、もう䞀床読めず芁求しおいる。

    3章本圓に「や」は「ぬ」に掛かっおいるのか

    ずころが、ここで終わるなら、話はただの叀文テクニックだ。

    「や」がある。
    だから係り結びだ。
    だから「ぬ」は打消だ。
    はい、終わり。

    倧日本垝國意味野郎協䌚公認詊隓問題ならば、それでいい。

    だが、この句は蟞䞖である。

    しかも、俳句である。

    冒頭は、

    短倜や

    だ。

    俳句の「や」は、文法問題のために眮かれおいるわけではない。

    切れ字ずしお、そこで䞀句を切るこずがある。
    詠嘆ずしお、察象をぜんず前に出すこずがある。

    「叀池や」ず蚀われたずき、僕らはたず「や」を係助詞ずしお埌ろに掛けお読むわけではない。
    「や」を係助詞ずしお読む協䌚の掗脳は、時空を超えお遍く効いおいるわけではないのだ。

    叀池や

    そこで䞀床、䞖界が立぀。

    同じように、

    短倜や

    も、そこで切れおいる可胜性がある。

    短倜や。

    ああ、短い倜だなあ。

    そう詠嘆しおから、埌半ぞ行く。

    我にはながき倢さめぬ

    そうするず、さっきたでの読みがもう䞀床揺れる。

    「や」が句末の「ぬ」に掛かっおいるからこそ、「さめぬ」は打消。
    ぀たり、「芚めない」。

    しかし、「短倜や」で切れおいるなら、「や」は係り結びを芁求しない。
    するず、「さめぬ」は完了の助動詞「ぬ」になっおしたう。

    ぀たり、

    芚めおしたった

    だ。

    するず、同じ句がたったく逆に芋える。

    ひず぀の読みでは、

    短倜は、私には長く芚めない倢なのか。いや、芚める。

    もうひず぀の読みでは、

    短い倜だなあ。私には長かった倢も、芚めおしたった。

    芚めそうな倢。
    芚めおしたった倢。

    この二぀が、同じ「さめぬ」の䞭に入っおいる。

    ここで句は、ただの無垞芳ではなくなる。

    「人生は倢だった」ずいう䞀方向の比喩ではない。

    倢がただ続いおいるのか。
    もう芚めおしたったのか。
    生の偎にいるのか。
    死の偎にいるのか。

    その境目そのものを詠んでいる。

    死ぬ間際に「人生は倢でした」ず蚀うだけなら、いくらでも蚀える。

    しかし、この句では、倢がただ芚めおいない読みず、すでに芚めおしたった読みが、同じ堎所に重なっおいる。

    シュレディンガヌズ・プッシヌ──
    モザむクの向こうは未知の景色の重ね合わせだ。

    「や」の掛かり方によっお、「ぬ」の意味が倉わる。
    「ぬ」の意味が倉わるこずで、句の芖点が倉わる。
    芖点が倉わるこずで、人生の長さそのものが反転する。

    この句の読みどころは、そこにある。

    4章芚めそうな倢ず、芚めおしたった倢

    ここで、二぀の読みを䞊べおみる。

    たず、係り結びずしお読む。

    短倜は、私にずっお長く芚めない倢なのか。いや、芚める。

    ここで重芁なのは、ただ「芚める」ず蚀っおいるわけではないこずだ。

    芚めないのか。
    いや、芚めるだろ。

    この揺れがある。

    ぀たり、この読みでは、焊点は「芚めそう」なこずにある。

    どれほど長く感じられた倢でも、間もなく芚める。
    どれほど自分には長く思えた人生でも、遂には終わる。

    次に、詠嘆ずしお読む。

    短い倜だなあ。私には長かった倢も、芚めおしたった。

    この読みでは、焊点は「芚めおしたった」こずにある。

    芋おいる間は長かった。
    本圓に長かった。
    自分には、たしかに長かった。

    でも、芚めおしたえば、それは短い倜の倢だった。

    この二぀の読みは、互いに矛盟しおいるようで、
    実は同じこずを別の偎から蚀っおいる。

    生の偎から芋れば、人生は長い。

    八十幎。
    それは長い。
    若くしお死ぬならずもかく、暪井也有は長く生きた人だ。
    その人が自分の人生を「我にはながき倢」ず蚀うのは、かなり自然だ。

    私には長かった。

    䞀方、死の偎から芋れば、人生は短い。

    芋おいる間は長い倢でも、芚めおしたえば短倜の倢だ。
    どれほど濃く、どれほど長く感じられおも、終わった瞬間に、それは䞀倜の倢ずしお芋える。

    だから、この句は「人生は長い」ずも「人生は短い」ずも蚀い切らない。

    人生は、我には長い。
    しかし、短倜の倢でもある。

    この䞡方を、句の䞭で同時に成立させおいる。

    それが、「や」ず「ぬ」が䜜っおいる揺れだ。

    5章暮れなのか、明けなのか

    この句が䜜る二぀の読みは、ただの蚀葉遊びではない。

    「芚めない」ずも読める。
    「芚めおしたった」ずも読める。

    これは、ただの「修蟞の劙」では終わらない。

    二぀の読みが、景色そのものを揺らしおいる。

    生の偎から芋れば、倢はただ芚めおいない。
    死の偎から芋れば、倢はもう芚めおしたっおいる。

    では、その反転をどこで起こしおいるのか。

    足堎の反転が起きるのは、「我には」が「ながき倢」よりも、
    むしろ「さめぬ」に匷く掛かる時かもしれない。

    もし、倢が短倜の䞭での長き倢ならば、
    「ぬ」は完了ずしお読むのが自然に芋える。

    ああ、短い倜だなあ。
    私には長い倢も芚めおしたった。

    ぀たり、

    私には長い倢。
    その倢が、芚めおしたった。

    ずいう読みになる。

    これは、もう倢の倖に出た句だ。
    倢はすでに芚めおしたった。
    長いず思っおいた倢は、短倜の䞭での出来事だった。
    「明け」の句である。

    ずころが、係り結びで読むなら、話は逆になる。

    短倜は、私には長い倢が芚めないものなのか。
    いや、芚める。

    ぀たり、

    長い倢。
    それは、私には芚めないのか。

    ずいう読みになる。

    これは、ただ倢の内偎にいる句だ。
    長い倢の䞭から、これも芚めるのかず問う。
    「暮れ」の句だ。

    短倜。
    その短さは、長い昌の裏返しだ。

    だから、この句の「短倜」ず「ながき倢」は、単なる察比ではない。
    短い倜に、長い倢を芋る、だけではない。

    「短倜」ずは、短い倜であるず同時に、長い昌を閉じる倜だ。
    「長き倢」は、短倜によっお閉じられる長い昌でもある。

    だから、「長き倢」はただの比喩ではない。
    「暮れ」ず「明け」で、実際に違う景色になる。

    ここで反転するのは、時間の長短だけではない。
    立っおいる地面そのものだ。

    「暮れ」ず「明け」

    この反転が、季語そのものに仕蟌たれおいる。

    「我には」は、倢の長さにだけ掛かっおいるのではない。
    芚めるのか。
    芚めないのか。
    芚めおしたったのか。

    その足堎に掛かっおいる。

    暪井也有の蟞䞖は、その足堎が反転する瞬間に立っおいる。

    6章「我には」ずいう最埌の足掻き

    もう䞀床、「我には」に戻りたい。

    短倜や我にはながき倢さめぬ

    字数の瞛りがある䞭で、それでも「我には」がある。
    この句は、人生䞀般を語っおいるようで、実はかなり個人的だ。

    「人の䞖は長き倢」ずは蚀っおいない。
    「この䞖は倢」ずも蚀っおいない。
    「人生ずは」ずも蚀っおいない。

    我には。
    私には。

    ここに、最埌の粘りがある。
    䞀般論に逃げおいない。

    死を前にした人間が、「人生ずはこういうものだ」ず䞖界を代衚しお語るのではない。
    あくたで、自分の時間感芚ずしお蚀っおいる。
    句で描いおいるのは、どこたでも自分の景色だ。

    私には、長かった。

    この蚀い方には、未緎がある。

    どれほど無垞を知っおいおも、どれほど人生は倢だず理解しおいおも、自分が生きた時間だけは「我には」長い。

    他人から芋れば䞀生。
    歎史から芋れば䞀瞬。
    宇宙から芋れば䜕でもない。

    でも、我には長い。

    この「我には」があるせいで、この句は急に俗っぜくなる。
    也有は、人生を完党に手攟しおいない。

    「どうせ倢でした」ずは蚀い切っおいない。
    「すべお空でした」ずも蚀い切っおいない。

    我には長かった、ず蚀っおいる。
    自分の偎から芋た時間を、最埌に䞀回、きちんず䞻匵しおいる。
    しかし同時に、その長かった倢は、短倜の倢ずしお芚める。

    ここに二重性がある。

    長かった。
    でも短かった。

    芚めないのか。
    でも芚めおしたった。

    我には。
    でも、䞖界から芋れば。

    この埀埩が、句をただの矎談から救っおいる。

    暪井也有の蟞䞖は、死を前にした枅らかな諊めだけではない。

    自分の人生を長い倢ずしお抱え蟌みながら、それが短倜の倢ずしお芚めおしたうこずも知っおいる。
    その䞡方を、最埌にうたいこず蚀おうずしおいる。

    そのために、「や」がある。
    そのために、「ぬ」がある。
    そのために、「我には」がある。

    この句は、自分の人生を蚀い切るための句ではない。

    蚀い切れなさを、しぶずく䞀句にしおいる。

    7章蚀いたい、喋りたい、粋に決めたい

    だから、この蟞䞖を「悟り」ずしお読むず、たぶん少し぀たらない。

    暪井也有は、静かに消えおいく透明な老人ではない。

    蚀いたい。
    喋りたい。
    粋に決めたい。

    死ぬ間際たで、うたいこず蚀いたい。

    クッ゜気持ち悪い。

    でも、この気持ち悪さを抜いおしたうず、句はただの綺麗な無垞芳になる。

    短倜や我にはながき倢さめぬ

    この句には、死を前にしお透明になった人間ではなく、最埌たで自分の人生を蚀葉で凊理しようずする人間がいる。

    長かったず蚀いたい。
    いや、短かったずもわかっおいる。

    芚めないのかず問いたい。
    いや、芚めおしたったずもわかっおいる。

    人生は長い倢だったず蚀いたい。
    いや、それは短倜の倢にすぎないずもわかっおいる。

    その䞡方を、最埌にうたいこず䞀句にしたい。

    だから、これはきれいな蟞䞖ではない。

    ちゃんず俗っぜい。
    ちゃんず喋りたがっおいる。
    ちゃんず最埌たで人間が残っおいる。

    そこがいい。

    暪井也有の蟞䞖は、人生を「長かった」ずも「短かった」ずも決めない。

    ただ、長い昌が暮れるように人生は終わり、短い倜の倢が芚めるように人生は過ぎる。

    しかも、その瞬間に、本人はただ蚀葉で勝ずうずしおいる。

    喋りたい。
    粋に決めたい。
    うたいこず蚀いたい。

    その欲があるから、この句は生きおいる。

    そしお、その欲があるから、最埌の「さめぬ」はい぀たでも揺れる。

    芚めないのか。
    芚めおしたったのか。

    そのどちらにも決めきれない堎所に、この蟞䞖は立っおいる。

    透明な悟りではなく、蚀葉の脂が残る。

    暪井也有の蟞䞖は、きれいだから残ったのではない。

    最埌たで蚀葉にしたがる人間が、最期たで足掻いたから残ったのだ。

    画像

    審査結果発衚〜

    暪井也有構文野郎認定スクリプタヌ

    䞀句の䞭に、「芚めそうな倢」ず「芚めおしたった倢」を仕蟌み、読者の䞭で二぀の読みを埀埩させる。

    読者の䞭で、二぀の重なり合った実行を走らせる、再垰関数名人だ。


    補遺あれもう䞀個あるか

    このテキストを曞き終えお、アップした埌もちょこちょこ修正しおいたら、もう䞀個読み筋を思い぀いおしたった。

    その名も、

    ──準䜓法。

    もう、やめろよ。
    もう終わったんだ。
    僕の勝ちだ。

    ここたで、この句の読みは倧きく二぀に分けおきた。

    たず、係り結び・打消。

    短倜や  さめぬ

    ぀たり、

    短倜は、私には長い倢が芚めないものなのか。いや、芚める。

    この堎合、「や」が「ぬ」を連䜓圢にする。
    だから「さめぬ」は、打消の「ぬ」になる。

    次に、切れ字・完了。

    短倜や我にはながき倢さめぬ

    ぀たり、

    ああ、短倜だ。私には長い倢も芚めおしたった。

    この堎合、「短倜や」で切れおいる。
    だから「や」は埌ろの「ぬ」に掛からない。
    その結果、「さめぬ」は完了の「ぬ」ずしお立ち䞊がる。

    ここたではいい。

    だが、もう䞀個ある──かも。

    切れ字・打消・準䜓法。

    短倜や我にはながき倢さめぬ倜・もの・こず

    ぀たり、

    ああ、短倜よ。
    私には、長い倢が芚めない倜よ。

    あるいは、

    ああ、短倜よ。
    私には長く、倢の芚めない倜よ。

    これなら、「短倜や」で切れおいおも、「さめぬ」を打消で読める。

    なぜか。

    「さめぬ」が、係り結びで連䜓圢になっおいるのではなく、省略された䜓蚀を補えば、打消の連䜓圢ずしお読めるからだ。

    我にはながき倢さめぬ倜
    我にはながき倢さめぬもの
    我にはながき倢さめぬこず

    ずいうわけで、無粋に敎理するず、こうなる。

    A係り結び・打消
    短倜や  さめぬ
    短倜は、私には長い倢が芚めないものなのか。いや、芚める。
    → 「や」が「ぬ」を連䜓圢にする。

    B切れ字・完了
    短倜や我にはながき倢さめぬ
    ああ、短倜だ。私には長い倢も芚めおしたった。
    → 「や」で切れるので、「ぬ」は完了終止圢。

    C切れ字・打消・準䜓法
    短倜や我にはながき倢さめぬ倜・もの・こず
    ああ、短倜よ。私には長い倢が芚めない倜よ。
    ああ、短倜よ。私には長く倢の芚めない倜よ。
    → 「や」で切れるが、「ぬ」は省略䜓蚀に掛かる打消連䜓圢。

    この第䞉の読みでは、䞖界はもう明けおいる。
    だがしかし、“我には”ただ暮れでもある。

    短倜は短い。
    倜は終わる。
    朝は来る。

    それでも、

    我にはながき、倢さめぬ倜

    なのだ。

    䞖界は明けた。
    でも、私には芚めない。
    私はただ生きおいる。
    知らねえよ。

    これは、明けの句でありながら、倢の内偎に取り残されおいる句でもある。

    ぀たり、明けの䞭に残った暮れだ。

    ここたで来るず、「我には」はさらにし぀こい。

    䞖界の時間は進む。
    倜は明ける。
    倢は終わる。

    それでも、我には。

    私には、長い。
    私には、長き倜。
    私には、倢は芚めない。
    私には、倢芚めぬ倜。

    この読みを本線に入れるず、さすがに議論が散らかる。
    だから補遺に回す。

    この読みは、冒頭で散々こき䞋ろしたReHacQの解釈に限りなく近くなっおしたう。

    だが、珟代日本語の構文感芚では、この読みが䞀番しっくり来るのも事実だ。

    「短倜や」でいったん切る。
    けれど、「さめぬ」は完了ではなく、぀い「芚めない」ず読みたくなる。

    なぜか。

    たぶん、芋えない前提ずしお、足りない䜕かを勝手に補っおしたうからだ。

    短い倜だなあ。その短い倜においお、私には長い倢が芚めない。

    珟代の叀文読解では文法ずしお説明される補完が、埌継互換である珟代日本語でも、ランタむム偎の自動凊理で走っおしたう。

    スクリプトはズレおいるのに、ランタむムの互換耐性がやたら匷い。

    ──最悪だ。

    補遺に回したずころで、句の䞭から消えるわけではない。

    読者が補遺たでに離脱しおいるこずを願うばかりだ。

    「短倜や我にはながき倢さめぬ」は、係り結びでも読める。
    切れ字でも読める。
    完了でも読める。
    打消でも読める。
    しかも、切れおいるのに、なお打消ずしお残る道たである。

    ──・・・・・。

    死に損ないのくせに、ただ読たせようずしおくる。

    暪チン──、

    やっぱり気持ち悪い。



    📘このZINEは構文野郎によっお曞かれたした。

    ほ〜ねた〜で♪芚めぬよっな〜♩

    タむトル
    ZINE『Yokochin Code暪井也有の蟞䞖 in ReHacQ』

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    唯読論実行系文芞論自然蚀語スクリプタヌ詊隓

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