【連載物語】コリンの話 古い友だちと新しい友だち③
村へ行くことなど、コリンにとって、ほとんどなかったことだったし、何より、人間がたくさんいる場所に行くのは初めてだった。そう、ワフル村は、まぎれもなく人間たちの住処だった。そのようなわけで、コリンは道すがら、次第に緊張が高まっていくのを感じた。それが実に不快だったが、緊張で胸が苦しいのが嫌なのか、それともそうなってしまうのが嫌なのか、コリンには判断がつかなかった。きっとどちらでもあったのだろう。どちらにしても、行くのをやめる気はさらさらなかった。
そのとき、物音がして、コリンは耳をぴくりと動かした。前を、だれかが自分と同じように、山をくだっているようだった。コリンは、ほとんど音を立てないよう、うんと気をつけるようにした。やがて、前を歩いているひとが見えてきた。それが人間だと分かったとき、コリンは正直とてもがっかりした。なぜって、それはヒサカではなかったからだ。この森に現れたとうわさのあったのは、このひとだったのだろうか。さっき滝壺でにおいを感じたのは、ヒサカではなかったのかもしれない。ぼくの幻想だったのかもしれない。あまりに強く望んだので、まったくばかな勘違いをしてしまったのかもしれない。
コリンはそれでも、前を歩いてる人間のことが気になった。ヒサカとは違って、大人のようだった。そしてどうやら、異国のひとのようだ、とも思った。というのも、コリンが見たことがある人間とは、だれとも違う様子だったからだ。コリンは、その人の方へぴんと耳を立てて向け、一定の距離を保ったまま、静かにあとをつけていった。もちろん、コリンもそっちに行きたかったのだから、仕方もなかったのだ。
そのひとは、背が高く大きくて、後ろ姿だけでも、細身ながら、とてもしっかりした体つきだと感じられた。足取りは軽いが、ゆっくりゆっくり歩いていた。そして、目を見張るのは、そのひとが、頭の上から下まで、すっかり白いということだ。短い白銀の髪に、のぞいているのは、ミルクのように白い肌、身につけているマントも、ズボンも、そしてブーツも白かった。
きっと北の方から来たんだ、とコリンは思った。それになんとなく、旅をしてるひとらしい、とも思った。
そのときだった。わっとコリンの心臓は飛び上がった。びゅんっと音がして、ほとんどコリンのほおの横を、何かがかすめ飛んでいったのだ。
前のひとがさっとふりかえり、はっとした顔を見せた。
「ああ、いけない、急ぐんだきみ!」
コリンは瞬間的に身をかがめ、すばやく茂みの中へすべりこんだ。前のひとも同じようにして、コリンに呼びかけた。
「こっちだ、一緒に走ろう!」
コリンは、声を頼りにそのひとを見つけ、茂みを反対側へぬけると、一緒になって走った。
そのひとは、それが楽しいのか、顔じゅういっぱいにわらっていた。
「ねえ、なんで一緒に走るの?」
コリンは聞いた。
「なんだか、そう思ったからだよ」
相手はそういって、そのまましばらく走ると、ふうふういいながら立ち止まった。木の幹に手をあてて、しばらく呼吸を整えている様子だったが、やがてコリンに向き直った。
「あぶなかったね、きっとやつさ。ここへ来る途中、ひとから聞いたんだ。毛皮取りがここらへんをうろついているって。そいつはきれいな毛皮の子が大好きなのさ。とっさに、きみはあぶないって分かったよ」
「ぼく、一人でも十分に逃げられたよ」
「そうだろうね、わたしはよそから来たんだし、ましてきみはテンだ。わたしよりずっとこの森をうまく走れるだろう。でも、一緒に走って心強かっただろう?」
コリンはくすくすわらった。
「そうだね、ほんとうにそうだったよ。ありがとう」
白い人はにっこりわらった。すると繊細な長いまつ毛がふるえて、とてもやさしげな顔になった。コリンはとたんに、心がふわっとやさしい気持ちになるのを感じた。それからコリンは、おどろきと、好奇心で胸をわくわくさせながら、この初めて見るような人間を、まったく遠慮もなしに(それも、人間の間にあるような、遠慮なんてものは知らなかったので)、まじまじと見つめた。薄いグレーの目は、おだやかで、どこかきりりとしていて、なめらかな肌にはなんだか野生的な素朴さがある。ほおにはうっすらとそばかすがあって、それがなんともすてきだった。
そして、髪がコリンの爪ほどと思われるくらい短くて、とてもよく似合っていた。
「わたしはおせっかいなのさ」
そういって、そのひとは、無造作にすっと後頭部に手をあてた。コリンは、その頭部の形のあまりに美しいのに、ついうっとりしてしまった。
コリンは首をふって、照れくさそうにわらった。
「ううん、実際とても助かったんだ。ぼくはあなたの声で身を隠したんだから」
「それなら」
白い旅人はふふふっとわらって、コリンのためにしゃがみこんだ。
「それにしても、無事でよかったよ。これからどこへ?」
旅人は聞いた。
「たぶん、同じところへ行くんじゃないかな。ワフル村へだよ」
コリンが答えると、旅人はうれしそうにした。
「そのとおり。そろそろお腹も空いたから、そこで一休みできないかと思ってね」
「それじゃあ、ぼくたち一緒に行く?」
ほんの少ししか知り合っていなくても、すでに言葉を交わしたこのひとと一緒に行くのは、一人で行くより、ずっと安心な気がした。それにコリンは、このひとと、もっと仲良くなってみたい気がした。
「きみがいいいんなら!」
コリンの言葉に、相手はますますうれしそうにした。
「そうと決まれば、名前を聞いてもいい? わたしは、シルシュナ」
コリンは差し出された手をにぎって、にこっとわらった。
「ぼくは、コリン・カトレ。コリンでいいよ」
「コリン・カトレ……。なんだかおいしそうな名前だね!」
シルシュナはいって、コリンをしっかりと見た。コリンは少しはずかしくなって、ちょっと肩をすくめた。
「そうかも。シルシュナは、なんというか、ぼくにはめずらしい名前だね。北の方から来たの? そんな感じがするけれど」
「おや、正解」
シルシュナはゆったりと立ち上がると、さ、とコリンをうながした。
「歩きながら話そうか。きっと楽しい道のりになるよ」
つづく
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