メインコンテンツへスキップ
見出し画像

隠していたものが、溢れる|終章 溢れよう



    私が小学生になった日。
    入学式は、母と二人で行った。


    私の赤いランドセルは、母と色を選んで買いに行くつもりだったのが、有無を言わさず祖母が無言で送ってくれたものだった。

    子どもながらにチクッとして、
    「お母さんは、先におばあちゃんがランドセルを買ってしまって、悲しくないかな?
    本当は私末っ子で最後だし、お母さんが買ってあげたかったんじゃないのかな?」
    と少し心配しつつ、それでも真新しいランドセルが嬉しかった。

    入学式の帰り道、下水処理場の桜並木が満開を少し超えたあたりで、ピンクの花びらがあちらこちらからふってきていて、道の隅には宝の山のように、夢のかたまりのように真新しい花びらが積もっていた。

    私は汚いなんて思わずに、その花びらを両手いっぱいにすくって、桜のシャワーを自分と母に振りまきながら、二人で帰っていた。


    最高だった。
    あたり一面が、お祝いみたいにピンクだった。
    よろこびだった。


    そのときから、桜の花びらが散る姿をみるのが大好きになった。



    こんな風に、私たちは私が家を出るまで、ごく普通の母娘だった。
    ごく普通とはいうけれど、私はたくさんのものを当たり前のようにもらった。
    毎食手作りで、母といつも二人っきりだったけどご飯を食べて、放っておいておかれたことなんてなかった。

    誕生日にはケーキに年齢分のろうそくを立ててくれたし、手紙もたくさんもらった。
    塾にも行ったし、習い事もした。
    ピアノでは、母が大好きだという渚のアデリーヌを弾けるようになった。

    母がいなくてさみしいときなんてなかった。
    いつも、そこにいたから。当たり前に。


    私が大人になって、子どもを産んだあと、
    母は私をたくさん手伝ってくれた。

    子どもを預かるから息抜きしておいで と何度も言ってくれたし、
    母も孫をいろいろなところに連れて行ってくれた。
    お金がないのに、動物園や水族館では孫にぬいぐるみを買ってくれた。
    あるときは買う予定のなかったキリンの大きなぬいぐるみ。孫が欲しがったから。
    またあるときはイルカのぬいぐるみを、小さいやつなら、と。

    私の子どもは男の子だった。
    よく私の子を、〇〇、と兄(母の息子)の名前で呼んでは、
    「ああ、ちがったちがった」と言いなおしていた。

    何度も何度も、呼び間違えていた。




    母が幻想を見始めたことは、ショックだった。
    人間生きていればそんなこともあるのだろうけど、受け入れるのにはもちろん、人並みに時間がかかった。


    悲しくて、心配で、心配で。

    その渦中、身を焦がすほど苦しさに燃やされても、キャパオーバーになって感情が停止するようになっても、
    それでも悲しみや心配はまた復活して、消えなかった。
    今も。


    でも母が命をかけて私に見せてくれた、この景色。


    悲しみの中にヒリヒリと切実にただようメッセージ。

    無視はできなかった。


    幻想になる前に。

    もうわからなくなる前に。

    動けなくなる前に。

    その、隠しているものを。



    だから私は、自分の一部を赤裸々にして、母のプライベートの一角を崩してまで、
    こうして書いている。
    そこに大きな意義を感じて。


    私の中に長年溜まり込んだ
    「もう、自分というものを出したい」
    「もう、書きたい」
    「どうしても、やってみたい」
    という押さえ込まれた思いが
    こうして2万字をするする超えて、溢れ出していく。


    文字が
    重荷が
    悲しみが
    後悔が
    夢が


    溢れ出して、もう止まらない。
    母ももしかしたら、今それを見ているのかな?



    どうか生きている時間で、この大切な現実で、大切な人と共有できるあり方で。

    隠しているそれを、溢れさせよう。





    連載はこれで終わりです。
    ありがとうございました!


    ✴︎マガジンにまとめています

     
     
    精神的・哲学的なこと。日常ではなかなか話せないけど大切な人生のテーマ。 ここで語ろう、繋がろう、共有しよう。 ついふざけて遊んでしまうけど、心は本気。笑いながら、人生を語り合いたいです🌕

    あなたへのおすすめ