メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

「智慧」ず「慈悲」に぀いお

    文殊霊埳を本尊ずする金剛倧乗に垰䟝しよう
    地䞊䞖界から 苊しみが取り陀かれ 
    歓喜ず光明が もたらされるように


    画像
    光茝くベツレヘムの星

    BGMは以前の「倧乗」に぀いおのnoteず同様に、バッハ、カンタヌタ、BWV1「Wie schön leuchtet der Morgenstern明けの明星の茝きのなんず矎しいこずよ」より。

    ちなみに欧米のスピリチュアルには、む゚ス キリストの誕生の時に光茝いお東方の䞉博士を導いた「ベツレヘムの星」は、アヌクトゥルスうしかい座α星だずいう話があるようです。誕生月も12月ではなかったなどず蚀われおいるようです。

    春の倧䞉角アヌクトゥルス、スピカ、デネボラ

    画像
    巊䞊にひずきわ明るく茝いおいるのがアヌクトゥルス
    党倩で倪陜、シリりス、カノヌプスに次ぐ明るさ

    画像匕甚元「春の倧䞉角ず流星」県立ぐんた倩文台


     この瞑想する人noteでは仏教の『智慧』、『慈悲』ずいう甚語を剜窃しお甚いおいたす。

    この瞑想する人における「智慧」ずはどう考えればいいのでしょうか

    今回のnoteは結果ずしおは、「゚ゎのない愛」「自己超越」ずいった内容があるため、欧米キリスト教圏のよくあるスピリチュアルに寄った話になっおいるかもしれたせん。



    「内なるものぞ・超越」の欲求ず「智慧」

     「内なるものぞ・超越」の衝動欲求、その歓喜などが、この瞑想する人noteで思玢する「智慧」に関係するのかもしれたせん。


     生物孊的な個䜓差はあるだろうけど、人䜓の神経生理生物孊的基盀に根ざすものずしお、人間には内なるものぞず向かおうずする衝動・欲求があるのではないかずいう考えを持っおいたす。

    たた「超越」ぞの欲求ずいうのもあるのではないかずも考えおいたす。

    人間の意識生呜の掻動においお、物質性や小さな゚ゎの軛を超越する粟神性意識に向かおうずいう衝動欲求です。


     このような欲求の進化生物孊的な起源ずしおは、たぁ、なんずでも考えられたす。
    たずえば、過酷な生存環境に耐える胜力に関係しおいたり、人間には粟神想像力があり創造性を発揮する脳ミ゜があるこずだったり、共同䜓の秩序や奉仕、皮の保存に圹立぀などなどです

    「ミラヌ ニュヌロン」なんかもなにか関係があるのかもしれたせん。


    「慈悲」ずの関係

     予定調和過ぎるかもしれたせんが、この「内なるものぞ・超越」の欲求―――人間の意識生呜の掻動においお、物質性や小さな゚ゎの軛を超越する粟神性意識に向かおうずいう欲求――― が「慈悲」゚ゎのない愛、愛他、利他、もしくは「四無量心」に関係するのなら、これは、私にずっおはずおも望たしい思玢の展開です。

    そうであるならば「内なるものぞ・超越」の衝動欲求、その歓喜に関係するものであり、か぀、それず「慈悲」を積極的に結び぀けるものの内に、「智慧」ずいうのを芋いだすこずができるかもしれたせん。

    「慈悲」自䜓が霊的霊性的なものであり、か぀、「内なるもの・超越」の粟神性の発露であるずも蚀うこずができるかもしれたせん。


    画像
    ダブナム歓喜尊文殊金剛グヒダサマヌゞャ・マンゞュノァゞュラ

    匕甚元チベット仏教普及協䌚ポタラ・カレッゞ、2017幎春の密教䌝授


     宗教粟神性の䌝統においおは、この「内なるものぞ・超越」の欲求ずいうのは、しばしば「グノヌシス䞻矩」的なものを濃厚にたずうこずがあったのではないでしょうか。

    ぀たり䞖俗、珟実瀟䌚、人間の瀟䌚性を吊定したり軜んじたりする傟向です。

    そしおこのような傟向、態床ずいうのは、今日のような発達した科孊物質文明では圓然のこずながら軋蜢を匕き起こすものであり、実際に問題が生じおいるように思われたす。
     私ずしおは珟代の文明が宗教の迷信に譲歩する必芁など、たったく無いず考えおいたす。


     しかし「内なるものぞ・超越」の欲求が、「慈悲」゚ゎのない愛、愛他に結び぀くのなら、今たでずは違った態床、やり方で探究するこずができたす。
    これは望たしいものだず私には思われたす。


    関連note【ラムリムにおける統合】キリストの道、菩薩の道、バクティペガ、密教、瞑想 / もし神が存圚するのなら、どこに


    蚘述の難しさ

     「智慧」が以䞊に述べたようなものならば、これを蚀語で蚘述しお説明するのには、特有の困難さがあるかもしれたせん。

    たたその困難さゆえに、ある特城もあらわれやすいず蚀えるかもしれたせん。
    ぀たりスピリチュアル、粟神論、宗教信仰的なむメヌゞをたずいやすいずいうこずです。


     たずえば䞊座郚仏教の智慧であれ、今このnoteで思玢しおいる「智慧」こういったものがあるずするならばであれ、それらはどちらも、神経科孊的な぀たり脳ミ゜の根拠基盀があるず考えられたす。
    だっお人間が䜓隓するものだから。


     䞊座郚仏教の智慧は、培底的にノィパッサナヌ芳の瞑想によっお䜓隓される掞察智であり、それによる境地だろうず私は考えおいたす。
    これは個人の意識の䜓隓に完結するものであり、その䞻芳的䜓隓境地をあたすこずなく他者に䌝えるのは䞍可胜であるにしおも、なんずか䜓裁をもっお蚀語で蚘述され、説明もされおきたした。

    「ノィパッサナヌによっお、このような䜓隓をしおこのようなこずを感埗するだろう。そしおこのような智慧を埗お、厭離が生じ、、、」ずいったように、個人の意識䜓隓に完結する説明がしやすいずころがあるず思われたす。

    瞑想の意識の䜓隓、境地に関する説明が䌝承され、修行者によっお参考にされおきたした。
    もちろん修行者自身が実際に䜓隓し、぀かみ取らなければならないものがあるにしおも。

    関連参考十六芳智枅浄道論


     しかし、今ここで述べおいる「内なるものぞ・超越」の欲求・「慈悲」に関する「智慧」の堎合にはどうでしょうか
    「慈悲」ずいう他者性がある分だけ、説明がややこしくなりそうです。

    「自分自身の超越の欲求、内なるものぞず向かおうずする欲求に関するこずなのに、いったいなぜ他者に向かう必芁があるのか
    そのような倖に向かう掻動からも離れ、自らの内に専念すべきなのではないか」

    、、、、ずいう問いにどのように答えればいいでしょうか

    これには「神経科孊的に、生物孊的にそうなっおいるから」ずいうのが、唯䞀の地に足぀いた説明なのではないでしょうか。


     では、こういった説明ができないずどうなるでしょうか
    スピリチュアル、粟神論、宗教信仰を持ち出すこずにならないでしょうか

    たずえば「ワンネス」ずか「無条件の愛の神」ずかです。

    他にも「埳の集積」やら 「党おの人は、限りない六道茪廻のどこかの生で、自分を産み育おおくれた母でなかったこずはない。なので自分の母芪の恩に報いるかのように慈悲をもっお、菩薩の心をもっお接するべきだ」やら「地䞊䞖界から 苊しみが取り陀かれ 歓喜ず光明が もたらされるように」やらです。


     蚀語で蚘述するこずが難しいからずいっお、神経科孊的生物孊的な基盀が無いずは蚀えない、
     説明がスピリチュアル粟神論宗教信仰の様盞をしばしば呈するからずいっお、そこに「智慧」が無いずは蚀えない

     、、、、ずいうこずなのではないでしょうか。


    倧乗仏教の慈悲・菩提心に぀いお思うこず

     仏教の歎史においお、ずくに倧乗仏教においお、難解な思想が発達する䞀方で、慈悲や菩提心がやたらず匷調されるようになったのは なぜだろうかず思うこずがありたす。

    「䞭芳」の空の思想みたいな、あんな難解な屁理屈ず、慈悲や菩提心の匷調ずの間にいったい䜕の関係性があるのかず奇劙に思うこずがありたす。

    関連noteチベット仏教ぞの関心 ―― 菩提心慈悲、顕教密教、ラムリム


     これは人間の神経科孊的生物孊的基盀に根ざす、意識粟神掻動の自然な発露なのかもしれたせん。

     そもそも仏教は、釈迊が、超越的な神々の信仰の救いに頌るこずなく、自ら瞑想し自らの内に向きあい、智慧を埗お悟りを埗お始たったものです。
     超越的な神すらも人間の釈迊に向かっお「どうか法を説いおください」ず請い願ったずいう神話がありたす。

    埌期仏教チベット仏教でも、瞑想を尊重する䌝統が続いおいたす。

    このような濃密な瞑想的䌝統においお、「愛、愛他」ずいったものに関係する人間の神経生理的生物孊的メカニズムが発動し、駆り立おられ、思想信仰実践に取り入れられおきたのかもしれたせん。


    最埌にちょっず぀ぶやき

     たぁ、ノィパッサナヌの修行䜓系から芋るず、「は 内なるものぞの欲求超越ぞの衝動 なにそれ そういうのも煩悩、粗雑な心のはたらきなのだから、気づきを倧切にしお、巻き蟌たれないようにしなければならない」のようになるのかもしれたせん。



     「内なるものぞ・超越」の衝動欲求があるずいうのは、「内なるもの・超越の偎」からも招かれ、求められおいるずも蚀えるのかもしれたせん。

    もしこのこずを瞑想や宗教的経隓やサむケデリクス、臚死䜓隓、、、などで䜓隓した堎合に、゚ゎのない超越的な愛、普遍的な倧いなる愛、䞀なる神の愛などずしお䜓隓するこずもあるのかもしれたせん。




     
     
     
    瞑想でう぀鬱䞍安が改善。瞑想のやり方効果、ペガ、アロマテラピヌ粟油、内䞹仙道気功の小呚倩や、クンダリヌニ、呌吞法、明晰倢、䜓倖離脱、ノィム・ホフ・メ゜ッド、マクロビオティックずいったこずたで。文殊菩薩が「本尊」。 今はフォロバもスキ返しもコメ返もしおたせん

    あなたぞのおすすめ