
創作大賞参加 短編SF 『不•生成AI AIに思考を奪われないために使うAI』
あらすじ
近未来の在宅ワーカー、ムロヤマシンジは、AIを使いながら、文章作成系の仕事についていた。彼はウォーキングマシンと連動したVRゴーグルを使って、仕事の合間や、仕事後に仮想空間の散歩をするのがルーチンの息抜きだった。
ある日、いつもとは違う公園を選ぶと、そこでリサという名前のアバターに出会う。彼女が使っているのは、答えを"生成しない"AIだった。
203X年のTOKYO旧市街
ムロヤマシンジは三十五歳の在宅ワーカーだ。郊外のアパートの一室で、ひとり暮らしをしている。彼の仕事は、ほとんどが文章に関わるものだった。家庭用品の使用説明書や新製品の宣伝用キャッチコピーなど、AIを使えば誰でもできるような仕事ばかりだ。だが、いくら優秀なAIが活躍するようになっても、体性感覚を持たないAIが弾き出す回答に、人が手を入れる工程は残っていた。
もっとも、実際に書いているのは彼ではない。会社からの指示に従って、プロンプトを打ち込み、指示を整え、ただ待つ。『思考のスイッチを切り、外部の脳に委ねる』それが彼の「仕事」であり、日常だった。
シンジは、肉体を使う仕事も嫌いではなかった。だが、いまどき、殆どの仕事はフィジカルAIとヒューマノイドロボットがひき受けてしまう。だから、昔ブルーワーカーと呼ばれた、単純作業系の肉体労働の募集は極めて少なく、その求人倍率は極めて高い。
その日、仕事が一段落したので、彼は重い腰を上げて「散歩」に出かけた。
と言っても身体は外出はしない。
VRゴーグルを装着し、ウォーキングマシンに乗るのだ。
運動はするが、外には出ない。これは。体調を整えるためのエキササイズみたいなものだ。仮想空間の中を漂いながら、実際には室内で足を動かして歩く。
彼にはいつも行く公園があった。
癖のように選ぶ、お決まりのルート。近所の仮想商店街を覗く時には、自宅からのルートを行くのだが、特別に用事がなければ、広い公園の入り口までスキップし、ワープすることもできる。
だが、その日は違った。
「いつもの散歩」ではなく、メニューから「とある公園」を選んだ。
理由はなかった。
AIからのおすすめでもなく、ただ、なんとなく少しだけ違う場所を選びたかっただけだ。
VRゴーグルを装着すると、外部の音も遮断され、仮想空間の環境音に包まれた。
子供の遊ぶ声や、自動運転車の行き交う音。
AIが作り出す世界は、画像の解像度も高く、音響もリアルで、実在する街なら、その再現性は高い。
現実空間と違うことは、車の前に飛び出しても轢かれることはないぐらいだと思う。尤も、そんな事を試す人間はいないだろう。高齢者だったら、心臓が止まるくらいにリアルなのだから。
歩き慣れない道は、やけに長く感じた。シンジは普段とは少し違う景色を楽しみながら、二十分ほどで「ある公園」のゲートに辿り着いた。
公園の入り口を示すゲートは、木製のアーチがあり、周囲は腰の高さの紫陽花の植え込みが囲んでいた。満開の花の香りがするような気がしたが、シンジの所有する安価なVRゴールには香を出す機能は付属していない。
花壇の間を抜ける、丘に続く小道があった。
緩やかな上り坂に差し掛かると、マシンが傾斜モードに入る。
脚に現実的な重みを感じる。
暫くのあいだ、ゆっくりと坂を登り続けた。
心拍が上がり、息が乱れてきた。
いつもの公園よりも、かなり負荷が高い。
道の両側は色とりどりの花が咲く花壇だ。
実際の時間は、夕方の時間帯なのだが、陽の高さからみて、午後の時間帯の設定なのだろう。多分、十分ほど登ったところで、本当に足がきつくなってきた。
喉も少し乾いたし、ちょっと休もう。
VR空間には、水飲み場も設置されている。
だが、実際に水を飲むことはできない。
シンジは、ゴーグルを外して中断すると、マシンから降りて、部屋の冷蔵庫に行き水を取り出して戻った。
水を飲んでひと息ついたので、ボトルを持ったまま、再びゴーグルをかける。
シンジの肉体は、一瞬で公園の坂道へワープした。仮想世界の中に戻った彼は、左手に水のボトルを持っている。再び坂を登り始めた。
少し登り、視界が開けたので、周囲を見渡すと、ベンチがあった。そこに、一人、いや一体。十代後半の少女の姿をしたアバターが座っていた。アバターは、現実の人間の様にリアルに見えるのだが、ゴーグルの画面に、グリーンの文字が浮き上がって見えている。そこにアバターの名前が表示されているのだ。
その名札には「リサ」とある。その他の情報は、非公開モードのために表示されていない。
よくみると、彼女は膝の上の端末に向かい、何かに没頭している。シンジは、何をしているのか質問したかったが、彼女の周囲には、[拒絶]を示す淡い赤い光輪が点滅していた。「話しかけないでモード」だ。
シンジは、少し離れたベンチに座り、所在なく、彼女をぼんやりと眺めていた。現実世界で携帯端末をVRに接続すれば、仮想空間で使うVR携帯端末を開くことかま可能だ。だが用もないのに使う気にもならなかった。観察するのでもなく、ぼんやりと眺めていた。
やがて、リサが深く息を吐く。
赤い光が消え、穏やかな水色に変わった。[会話可能]モードだ。
彼女が顔を上げると、大きな瞳が真っ直ぐにシンジを捉えた。
「そこのあなた。シンジさん、でしょ?」
「……なんで名前を」
「名札、出てるよ」
そう言って、リサはいたずらっぽく、口角を上げて笑った。
シンジの名札は確かに公開モードのままだった。
「こっち来れば? どうせ暇でしょ」
「暇じゃなけりゃ、確かにこんな所には来ないよな。お言葉に甘えて、そちらに行かせてもらうよ」シンジは苦笑いしながら、彼女の"隣"に腰を下ろした。
「それ、何?」
彼女の持つ端末を指すと、リサは自慢げに画面を傾けて見せた。
「見た通りのAI端末」
「……珍しくないだろ。どこにでもある」
「うん。でも、これちょっと違うよ」
彼女が見せた画面には、奇妙なステータスが表示されていた。
[ 生成モード:OFF ]
「壊れてるのか?」
「違う。わざと。これは“不生成AI”ってやつ」
リサは満足げに頷く。聞き慣れない言葉に、シンジは眉をひそめた。
「生成しないAI? 意味がわからないな。文章を作ってくれないなら、ただの箱じゃないか」
「意味。あるんだよ」
リサは即答した。
自分に言い聞かせるように噛みしめながら言った彼女の瞳に、強い意志のような光が宿っている。
「考えるために使うの。壁打ちの相手はしてくれるけど、答えは絶対に教えてくれない」
シンジは鼻で笑おうとして、やめた。鏡合わせのように映った自分のアバターの顔は、硬く無表情だった。
「普通はさ」リサは続ける。
「考えるのが面倒だから、生成させるでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「でも、それをずーっと続けるとね」
リサは少しだけ間を置き、シンジの目を見つめた。
「自分で考える筋肉、落ちちゃうよ」
その言葉が、シンジの胸に小さな棘となり刺さった。
「大げさだろ」
「そうかな。……ちょっとやってみる?」
リサが端末を差し出す。彼女の指先が入力を促すように動いた。
「答えは出ないけどね。何か聞いてみて」
シンジは少し考え、指を動かした。
人はなぜ働くのか?[enter]
AIの表示: 《人がなぜ働くのか、あなたはどう考える?》
何も起きない。
カーソルが点滅するだけ。
続きの文章も、もっともらしい解説も出てこない。
シンジの入力: 生活するためにお金が必要だから?[enter]
AIの表示: 《もし、生活するためのお金が十分にあったら、あなたは働かないの?》
シンジは答えに詰まった。
点滅するカーソルが、まるで彼を急かしているように見える。シンジは肩をすくめ、降参するように息を吐いた。
「答えを出さないAIなんて、やっぱり意味ないよ。検索モードを使うべきだな」
「いいえ、そんなことないよ」
リサがシンジの目を見て言った。
「じゃあ、いまの質問。調べてみるんじゃなくて、自分で答えてみて」
シンジは口を開いた。
だが――言葉が出ない。
脳の奥が錆びついたように、驚くほど何も出てこないのだ。
「……いや、そういうのはさ、ちゃんと専門家の意見とかを調べてから……」
「調べないで」
リサが静かに、しかし断固として言った。
「いま、ここで。あなたの言葉を聞かせて」
仮想空間に静かな風が吹く。
シンジは、もう一度考えようとした。
働く理由…。
生活。社会。自己実現。
口に出そうとして、止めた。どれも、どこかのWEBサイトや広告で見たことのある借り物の言葉だった。
「……」
それ以上が出てこない。思考が浅い場所で空転している。
「ね。難しいでしょ?」
リサが得意げに彼の顔を覗き込む。
「うーん。考えるのって、こんなに疲れるんだな」
「でも考えて、捻り出してみて。何でもいいから」
「……人が働くのは、働くために生まれてきたから。……とか?」
リサは少しだけ目を細め、首を傾げた。
「うーん。それ、本当にシンジが“考えた”言葉?」
シンジは答えられなかった。視線を泳がせ、頭の中の棚を探る。だが、どこもかしこも空っぽだった。
長い沈黙のあと、ようやく絞り出すように言った。
「……わからない」
リサは、小さく頷いた。その顔に落胆の色はなく、むしろどこか慈しむような微笑みが浮かんでいる。
「うん。それでいいのよ」
「いいのか? 答えになってないだろ」
「いいの。“わからない”って、それはシンジの中から本当に出てきた言葉だから」
その一言が、静かに、深く刺さる。
「さっきまでのは、たぶん、どこかで見た答え。拾ってきた言葉よね?でも今のは、ちゃんとここで止まって、悩んで、出てきたもの。不生成AIってね、答えをくれないから、そうやって自分を動かすしかないの」
彼女は端末を軽く叩き、シンジに返した。
「不便だけど、その分だけ、自分の存在が濃くなる気がしない?」
シンジは、もう一度入力欄を見た。
空白。何も生成されない場所。
だが――不思議と、さっきよりも怖くはなかった。
「……もう一回、いいか」
「うん」
シンジは指を置く。
画面は沈黙したまま。風の音だけが聞こえる。
シンジは、ゆっくりと目を閉じた。誰のコピーでもない、自分の断片を探す。
すぐには出てこない。それでも、逃げずに待つ。
やがて、小さな感触が浮かび上がった。
「……たぶん」
シンジは、一文字ずつ噛みしめるように口を開くる。
「生きてるってことを、自分に分からせるため……かもな。誰かの役に立つとか、そういう形にして」
自分で言って、少し驚いた。
整っていない。曖昧で、論理的でもない。
だが――確かに、自分の中から血の通った言葉が出てきた感触があった。
リサは、満足そうに目を細めて笑った。
「いいね」
それだけだった。
評価も、添削も、スコア付けもない。ただの肯定。
その軽さが、今のシンジには何よりも心地よかった。
「わたし、そろそろ戻らなくちゃ。楽しかったわ。また、ここで会ったら話さない?」
「そうだね。また、いつか。いや、次の日曜日にまた、散歩に来るかも」
「オッケー、じゃあ。バイバイ」
リサのアバターが溶けるように消えた。
――やがて、ウォーキングマシンがゆっくりと停止する。
視界が暗転し、現実の部屋が戻ってくる。ゴーグルを外すと、いつもの無機質なデスクと端末がそこにあった。
シンジは、しばらくモニターを見つめていた。
そして、キーボードに手を置く。
いつものように効率的なプロンプトを打ち込もうとして――止めた。
画面は空白のままだ。カーソルが、心臓の鼓動のように点滅している。
少しだけ、怖い。
だが、彼はもう目を逸らさなかった。
シンジは、ゆっくりと指を動かし始めた。
誰にも見せない文章。
誰にも生成させない言葉。
整っていなくてもいい。時間がかかってもいい。
カーソルが進む。ぎこちなく、しかし力強く。
彼は今、自分の速度で、自分の人生を歩き始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。AIで生成した小説作品が、文学賞の応募を埋め尽くしたりすることが話題にになっています。私自身も生成AIに頼らなければ、まともな文章に仕上げることができません。
そんな状況の中、ふと思いついたのが、「生成しないAI」です。自ら答えを出すのではなく、人間に答えを作らせるために働くAI。そんなAIも必要になるかもしれませんね。