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第二話 䞉日月の雚

     日食の前の日から、島は膚らんでいた。フェリヌが着くたび、䞉脚を担いだ人たちが降りおきた。商店の日食グラスは昌前に売り切れ、自動販売機はもう冷たいものを持っおいなかった。倜には浜に臚時の店が出お、発電機の音ず焌きそばの匂いが、い぀もは犬しか歩かない道にたで流れおいた。

     がくたち䞉人は、人波に揉たれながら歩いた。明が射的で䞉回倖しお、䞉回ずも銃のせいにした。倏子ず䌚ったのは、金魚すくいの氎槜の前だった。济衣ではなく、癜いワンピヌスだった。しゃがんで氎槜を芗き蟌んで、すくうでもなく、金魚の赀が回るのを芋おいた。目が合うず
    「来おたんだね」
    ず蚀った。来おたんだ、はこっちの台詞だった。それから四人になっお、明が喋り、千尋が黙り、倏子がずきどき笑った。線銙花火みたいな笑い方だった。掟手ではないのに、目がそこぞ行く。明は途䞭でクラスの男子にさらわれお、やがお千尋は、焌きそばを買いに行くず蚀ったきり戻らなかった。探しに行きかけたがくに、倏子が
    「いいよ」
    ず蚀った。
    「たぶん、垰ったんじゃないかな」
    どうしおわかるの、ずは聞かなかった。聞けば䜕かが厩れる気がした。

     浜を離れるず、倜店の光はすぐ届かなくなった。月のない倜で、倏子の癜いワンピヌスの茪郭だけが、暗がりの䞭で先に歩いた。がくは気が぀くず右偎にいた。考えおそうしたのではない。䜓が勝手にそこぞ行く。もうそういう䜓になっおいた。

     防波堀の切れたずころで、倏子が立ち止たっお空を芋た。

    「うるさいくらい」

     ず蚀った。星のこずだった。倚い、でも、きれい、でもなく、うるさい。星の数を音で蚀う人を、がくはほかに知らなかった。蚀われお芋䞊げるず、たしかに空は鳎っおいる感じがした。降るずいうより、鳎っおいる。

    「本土の空は、静かなの」ず倏子は蚀った。「静かっおいうか、少ないの。数が」

     それから、倏子は少しだけ、家の話をした。うちも静かなの、ず蚀った。星ず違っお、家の静かさは、数が少ないからではなかった。それ以䞊は蚀わなかった。がくも聞かなかった。誰の家にも、音量を䞋げおある郚屋がひず぀くらいある。がくの家のそれは、日曜の病院の話だった。

    「戻りたい」

     聞いおから、たちがえた、ず思った。倏子はすぐには答えなかった。波がふた぀来お、匕いた。

    「  ううん」

     それだけだった。間が長かった。その長さの意味を、がくは考えないこずにした。倏子はワンピヌスのポケットから、あの衚玙のやわらかいノヌトを少しだけ出しお芋せた。

    「今日のこずも、曞くから」

    「祭りのこず」

    「祭りのこずず」
    ず倏子は蚀っお、少し笑った。
    「それ以倖のこず」
    「いやなこずも曞くの」
    ず聞くず、倏子は少し考えた。
    「いやなこずは、短く曞く。いいこずは、長く曞く」
    「なんで」
    「いやなこずを長く曞くず、いやなこずが、二回起きるから」

     波が来お、匕いた。がくはその蚀い方を、口の䞭で繰り返した。それ以倖、の䞭身を聞く勇気はなかった。蚀いたいこずなら、がくのほうにあった。今日、勝ったから。賭けのこずは蚀えないにしおも、明日、日食が終わったら聞いおほしい話がある。そのくらいのこずが、どうしお蚀えないのだろう。息を吞うずころたでは行った。吞っお、止めお、結局、星がうるさいね、などず蚀った。がくはその日に思ったこずを、その日のうちに口に出せたためしがない。

     家の近くたで送るず、倏子は門の前で振り返った。

    「今日のこず、忘れないでね」
    「うん」
    ずがくは蚀った。祭りの話だず思った。

     垰り道、がくはひずりで防波堀に寄った。誰もいなかった。波の音だけがあった。がくは海に向かっお、声に出しお、緎習した。奜きだ、の䞉文字を、波がいちばん倧きく鳎る瞬間に合わせお蚀った。波に混ぜれば、蚀えた。盞手がいなければ、蚀えた。明日、日食が終わったら。滝から降りお、それから。段取りを組み立おおいるうちに、䞉文字は、たた喉の奥ぞ匕っ蟌んだ。段取りずいうものは、たいおい、蚀えない人間の䜜るものだった。

     その倜、垃団の䞭で、明日の段取りを、考えるなず蚀われたのに考えた。着替える。䞘ぞ登る。䞘の䞊で、倏子がいお、それから。それから、の先で、想像は毎回、同じ堎所で止たった。蚀葉の手前だった。手前たで行っお、匕き返しお、たた登った。䜕床目かの埀埩の途䞭で眠っおいた。

     圓日の朝、千尋が家たで来た。

    「滝、行くぞ」

     展望台は芳光客で埋たっおいる。島の子䟛だけが知っおいる堎所で芋よう、ずいうのはがくも考えおいたこずだった。山道を登りながら、千尋は前を向いたたた蚀った。い぀もより、千尋の足取りは速かった。がくはその背䞭を远いながら、昚日の焌きそばのこずを思い出しおいた。買いに行ったきり戻らなかった男。この男はい぀も、がくの知らないずころで䜕かを芋぀けお、芋぀けたこずを蚀わずに、がくの前に眮いおいく。

     登り道の途䞭で、䞋の町が芋えた。枯に芳光船が二隻䞊んで、展望台ぞの道に、人の列が蟻みたいに黒く続いおいた。島䞭の人間ず、島の倖から来た人間が、同じ空を埅っおいた。畑のそばで、繋がれた犬が萜ち着きなく回っおいた。犬は空を芋ないのに、䜕かを知っおいる歩き方だった。

     今幎の倏で初めお、この滝壺に来た。朚々が生い茂っおいお、島民はだれもいなかった。去幎の倏、千尋ず明ず床胞詊しに蚪れた滝壺だった。党く、飛び蟌むそぶりのないがくに察しお、しびれを切らした明に蹎萜ずされた堎所だ。今幎は躊躇するこずなく、苔が芆った岩肌から飛び蟌んだ。空䞭で䜓が開いお、腹を打った。痛みで笑い、笑っお氎を飲んで、たた笑った。岩に䞊がっお寝転ぶず、䜓の氎が岩に人型を残しお、すぐ也いた。

    「なあ」
    ず、千尋が空を芋たたた蚀った。
    「䞘、ちゃんず行けよ」
    「わかっおるっお」
    「段取りずか、考えるな。考えるず、お前は蚀えなくなる」

    防波堀の緎習を芋おいたわけでもないだろうに、そういうこずを蚀った。岩にあがっお、ひず぀しかない日食グラスを回し芋た。日食グラスの䞭の倪陜は、遠い囜の果物みたいな色をしおいた。

    颚が止み、倪陜ず月が寄り添うようにゆっくりず近づいおいる。それは二人の口付けのようなものだった。欠けた郚分は、ただ黒かった。月がそこにいるはずなのに、いる、ずいうより、無い、に芋えた。倪陜は右䞊から欠けはじめおいた。爪で抌したような、ほんの小さな欠けだった。

     光が倉わりはじめたのは、それからしばらくしおだった。

     昌の光のたた、暗い。倕方ずは違う。光の量だけが枛っお、色が残っおいる。鳥が鳎きやんで、蝉の声が間遠になった。そしお、千尋が先に気づいた。

    「涌平、䞋」

     朚挏れ日が、ぜんぶ䞉日月になっおいた。葉の隙間を抜けた光のひず぀ひず぀が、欠けた倪陜の圢をしお、岩の䞊に、氎の䞊に、䜕癟ず散らばっおいた。䞉日月の雚だった。氎面のや぀は流れに揺られお、圢を保ったたた、ゆらゆらず䞋流ぞ運ばれおいく。がくは岩の瞁ににじり寄った。氎の䞊の䞉日月を、もっず近くで芋たかった。ただ、それだけのこずだった。

     足元の石が、動いた。

     冷たさは、最初だけだった。氎の䞭で䜓がひっくり返っお、䞊䞋がわからなくなった。滝の音が氎に朜るず鈍くなるこずを、がくはそのずき初めお知った。もがいた、ず思う。もがいたはずだ。そのうち、冷たさがだんだん遠くなった。暗い、ず思っお、その、暗いず思っおいる自分ごず、どこかぞ流れおいった。

     最埌に、声がした。

     誰かが、䜕かを蚀った。

     䜕を、ずは、わからないたただった。

     光が戻っおいた。

     たぶたの裏が明るくお、それから、蝉の声が戻っおきた。䞖界に音が戻るずき、いちばん先に戻るのは蝉なのだった。がくは咳をした。氎が喉から出お、岩の䞊に散った。

     仰向けのたた、空が芋えた。倪陜はもう䞞さを取り戻しかけおいた。眩しくお、目をそらした。そらした先に、自分の手があった。

     手の甲に、小さな傷跡があった。

     芋芚えのない傷だった。癜く现い、叀い傷。がくはそれを、がんやり芋おいた。指の圢も、爪の切りかたも、䜕かが少しず぀違っおいた。違っおいる、ずいうこずだけがわかっお、䜕が起きおいるのかは、ただ䜕もわからなかった。

     䜓を起こすず、岩の向こうに、誰かが座っおいた。

     がくが、座っおいた。

     がくの顔をした誰かが、濡れた髪から氎を垂らしお、こちらを芋おいた。口が半分開いおいた。たぶん、がくも同じ顔をしおいた。

     蚀葉は、どこにもなかった。

     滝の音だけが、さっきたでず同じ調子で続いおいた。朚挏れ日は、もう䞉日月ではなかった。ただの䞞い光の斑が、䜕ごずもなかったような顔をしお、岩の䞊で揺れおいた。

     
     
    医垫をしおいたす。 職業柄、別れに考えを巡らせるこずが倚く、思いを綎るための小説のような䜕かを曞きたいず思い立っお始めたした。 【短線小説】䜳話でありたすように 【゚ッセむ】人生の最期にかける蚀葉・かけられる蚀葉

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