メインコンテンツへスキップ
見出し画像

勇者と怪物~月の見える塔で~

    かわいそうに

    あんな酷い怪物の相手に選ばれるなんて。

    塔には、酷く醜い怪物が住んでいるから近づいてはいけない。
    ほら、今夜も聞こえるだろう?
    怪物の悲鳴のような、うめき声が。

    村人は誰もが塔を見上げ、同じ言葉を繰り返す。

    ――いつか勇者が怪物を倒しに来るから、きっと大丈夫。

    「いつ、来てくれるのだろうか」

    塔の上の怪物は、小さな窓から見える青空に憧れながら、勇者に倒される日を夢見ていた。

    人として生を受けたはずだった。
    愛されると思っていた。

    けれど、生まれた時から怪物だと言われた。

    物心つく頃には、ここにいた。
    怪物を閉じ込めるためだけに作られた塔。

    窓はひとつしかない。
    村を見下ろすこともできないほど小さく、そこから見えるのは遠くの山と空だけ。

    夜には、時々月が見えた。

    怪物にとって、それが唯一の楽しみだった。

    誰とも話したことがない。
    声を発する方法すら、忘れかけていた。

    ある夜、村から聞こえてくる優しい歌を真似てみたくなって声を出した。
    けれど、その声は掠れていて、まるで悲鳴のようだった。

    怪物は悲しくなった。

    ――どうして、自分は生まれたのだろう。
    ――いつまで、こうしていればいいのだろう。

    何も知らない。
    何も分からない。

    ただひとつ、知っていること。

    勇者が、自分を倒しに来るということ。

    倒してもらえたら、ここから出られる。
    「あの青いところに行けたらいいな」

    怪物は願う。
    勇者の来る日を。


    あれが勇者?

    勇者の力を授けられた者が「アレ」なの?

    物心ついた頃から、大人たちにそう言い聞かされてきた。

    ――お前は勇者だ、と。

    勇者は人に顔を見せてはいけない。

    そう言われて手渡された仮面を、常に付けて生きてきた。

    屋敷の奥の座敷。
    そこが勇者のための部屋だった。

    天井まで届く本棚には、英雄譚や魔法書、武術書がぎっしりと並んでいる。

    けれど、魔法も剣も、実際に教えてくれる者はいなかった。
    誰も勇者には近づかなかった。

    「勇者なんて、名ばかりだ」

    本当に勇者なんて存在したのだろうか。

    すべては本の中の話。
    それが事実だと、誰が証明できるのか。

    自分のどこに勇者の資質があるのか。

    バルコニーにすら出してもらえない、名ばかりの勇者は、遠くに見える塔を見つめていた。

    そこには、倒すべき怪物がいるという。

    「勇者も怪物も、変わらないよ」

    どちらも、閉じ込められた存在。

    怪物を倒したあと、自分はどうなるのか。
    何も知らない。

    何に憧れればいいのかすら、分からない。

    ただ――見たこともない怪物を想う。

    怪物は、月を見ているだろうか。
    どんな姿をしているのだろうか。

    本当に、自分に倒せるのだろうか。

    勇者は、小鳥に話しかけることで、かろうじて心を保っていた。


    どれほどの月日が流れただろう。

    ついに外に出された勇者は、塔をのぼり、怪物のもとへと辿り着いた。

    「君が……醜い怪物だって……?」

    「ごめんなさい……ここにいて、ごめんなさい……」

    そこにいたのは、体を小さくして震えながら謝り続ける存在。

    勇者には分からなかった。

    ――どこが、醜いの?

    目の前にいるのは、自分と何一つ変わらない姿の人間だった。

    塔の外からは歓声が響く。

    「やっと来た!」
    「これでこの村は安泰だ!」
    「勇者なんて生贄みたいなものだろ!」

    醜いのは、どちらだろう。

    「やっと、私は自由になれる」

    少女はゆっくりと立ち上がり、両手を広げた。

    「いいよ。私を倒して、勇者様」

    薄暗い部屋に差し込む光に照らされたのは、
    顔や手足にいくつものアザがある――ただの女の子だった。

    勇者は思い出す。

    アザのある人間は、忌み嫌われる。

    それだけで、怪物にされる。

    「僕には、君は殺せない」

    勇者は仮面を外した。

    「だって、僕も――おんなじなんだ」

    その顔の半分にも、同じようなアザがあった。

    「おん……なじ?」

    少女は掠れた声で尋ねる。

    勇者は頷き、彼女の手を自分の頬へと導いた。

    「君は醜くない。
     本当に醜いのは――君を閉じ込めた人たちだ。
     そして、僕を閉じ込めた人たちだ」

    ねえ。

    ふたりで、逃げてみようか。

    「……うん、逃げたい」

    「行こう」

    勇者は少女を抱き上げ、魔法を唱えた。

    轟音とともに塔が崩れ、風が流れ込む。
    夜空には、大きな月。

    新たな魔法が、背に光の翼を生み出す。

    下で何か叫んでいる声がする。

    けれど、もう関係ない。

    「ここから――僕たちの物語を始めよう!」



    画像




    昔書いた、短い物語です。

    勇者と怪物の話。
    けれどこれは、どこにでもある「誰か」の話かもしれません。

    読んでくださり、ありがとうございました。

     
     

    沙耶

     
     
    読書とハンドメイドが好きなどこにでもいるような人。 子育て半分終わりつつあるこの頃 ハリネズミを飼っていた事があるので、ハリネズミ柄とかハリネズミグッズついつい手にしがち。

    あなたへのおすすめ