閑話休題 私小説のこと

最近、お天気のせいか気力がなくて、頭があんまり回っていない。 まあ、回りだすと脱線しまくるんだけどね。 そういうわけで今日は、ちょっと私小説のことについての、ささやかな考察。

        

古い本を引っ張り出して。
『岩波講座』の文學(まだこの字を使ってたころの本)
この中に「近代日本作家の創作方法」と題した伊藤整のエッセーがあります。今、読み直しても目からウロコの話ですが。

伊藤氏によると、私小説は作者が主人公で、人生の敗者。要するに、いじめられっ子とか人生に絶望したとか、病人、貧乏人とか、こういう類の人が私小説を書く権利がある、と言っております。私小説は作者=主人公になって、自分のマイナーな経験を赤裸々に書いた人生報告型小説です。

この説に従えば、生活に不自由してない、交友関係良好、人生に夢と希望アリって人が、作者=主人公でハッピーな話を書いても、それは私小説にはならないと言うわけです。最近は、私小説のジャンルにハッピーヤッピーめちゃ明るいって話もありますが、ま、その辺は、時代とともに小説の解釈も変わってくるんで、脇に置くとして。

私は、伊藤氏の私小説に対する考え方、気に入ってます。伊藤氏の考え方でさらに面白いのは、

人生お先真っ暗って作家が私小説を書きますわね。それがベストセラーになっちゃった。お金ががっぽり入るわけですよ。そうなると、この作家の人生はいろいろ良い方向に変わってくるでしょ。もう人生の敗者じゃないわけですよ。つまり、私小説を書く権利はないというわけ。それでも、私小説作家で売り出したとなったら、「人生の敗者」という仮面をかぶって書かなきゃならない。そんなことをしているうちに、息が詰まってきて、しまいには、非人間的になってくる、ということです。
昭和初期の作家が自殺する理由、こういうこともあったかもしれない。

私小説は自然主義文学の中に入るようですが、写実主義文学との違いが今ひとつ???です。

もっと調べて、自分の言葉で書けるようになったら、またここでお話しましょう。
今、わかってることは、私の大好きな漱石先生は、自然主義、嫌いみたいですよ。


お天気がおかしいね。
皆さま、体調崩されませんようにご自愛くださいね。


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