
連作短歌30首「冬のくちびる」
使いかけリップクリーム5本あり犬とキスする冬のくちびる
白い息白い景色白い毛並み振り向くきみは愛の形だ
ほらごらん、雪だよきっと積もるだろう写真の中の犬とキスする
痛みすら消えてしまえばきみはもう記録の中にしかいない犬
暖房の効きすぎているハロワ前やけに姿勢のよい犬たちだ
薄氷を踏む。マフラーをぐるぐるに巻きたるきみのクラゲの頭
みかんどこ? 雪をかきわけきみが言う窓の向こうを冷蔵庫にして
おふとんをかぶっていればふたりきりなのに 世界は今も積雪
きみのいない世界に帰る場所はなく部屋の中だけワルツ流れる
その顔をやめろあなたが笑ってる燃える瞳を忘れたふりで
きみが抱くこの身体には愛がなく虚ろ枯れ木のごとく抱き砕いてよ
きみのため地獄へ落ちるわけじゃないミルクが滲むコーヒーの色
この街を沈めるために降る雪の音が聞こえるたったひとりで
ホッカイロずっと何かを待っている何も来ないの知っているけど
ぼんやりと鍋が煮えるの眺めてる見てないテレビがする爆笑
満員の電車を数多見送った海がわたしを呼んでいるので
明日から通ることない道のりを足早に行く無防備だから
真冬の色お気に入りのスカートを飲み込んでいく荒れ狂う波
愛のない身体のなかに愛に似たなにか さよなら言えないおばけ
気が狂うまえに迎えに来て神様かつて無邪気な子供たちより
歌うではなく歌わされている鳥が見つめてる世界の喧騒
魂の削られる音が奏でるクラシック曲流れる葬儀
静かなる湖面に投げられた小石やがては森を焼き尽くすだろう
くちずさむ歌を知らないわたしには笑いかけないくちびるを噛む
チョコレートあなたがなぐさめるものは多岐に渡って(物価高でも)
凍りつく海を知らないあの人がくれた手紙に北極のクマ
ステップの跡が重なる万雷の拍手のように降りしきる雪
生まれてくる前は雪であったことマスクに隠れさよならを言う
よく見ればそれはひとつの愛だった朝のコートがあたたかいこと
雪が降る窓の向こうは薄灰 世界は滅びた冬眠をする