
40代本当に愛するということを知らない拗らせた大人が行き着くところは
※3,000字ほどあります。
愛するということは、当たり前にあることだし、当たり前にある言葉だ。
亡くなった美輪明宏さんもすべては愛だと仰っていた。
果たしてそれは一体なんなのだろう。
愛についてなんて誰も語ったりなんてしないし(三輪さんがいた!)、教えられることもない。
自然にできるものだと、何の疑いもなく生きてきた。きっと大半の人はそうだと思う。
だけども実は、奥が深く、難しいらしいじゃないか。
だから幼い頃から誰くんが好き誰ちゃんが好き飼い犬が好き飼い猫が好き、そうやって練習していくのだろうか。
そして勘違いしてはいけないのは、愛することというのは一人だけの対象にだけ作用することではないということなのらしい。
そこを深掘りしたことが今までたったの1度もなかった範囲だった。
そして、自分なりの解釈を間違えるととんでもない拗らせた人間(自分)を生み出すこととなる。自分育てを間違えるのだ。もちろん正解などない。
けれど、誰が好き彼が好き友達が好き子供が好き、の前に大事なのは自分の基盤となる幼少期の家庭での自分の愛されたという揺るぎない経験がきっと一番の大事なところなんだと自分の体験も絡ませながらしみじみと思うのだ。
夫の愛し方
☆子供の愛し方
☆家族の愛し方
自分の愛し方
夫の家族の愛し方
友達の愛し方
☆家庭の愛し方
(今回書くのはだいたい☆のところ)
簡単に書いているけれど、上記一つ一つには宇宙くらいの内容が詰まっていて、語り尽くすのはもうしんどいと思うし、まだまだひよっこペーペーのわたしは学びの途中なのだ。
どれもとてもとても正解がわからない。そもそも愛するとはなにか?この歳になってようやくその問いに辿り着いたのだ。答えなんてもちろんあるわけなどない。
大人になり、子供を産んで、こんなに人に愛されたり求められることがなかったからとても戸惑っていた。
ママがいい。ママじゃなきゃいや。ママと寝る。
毎回子どもたちはそう言った。
夫ではなく。わたしが良いそうなのだ。
そんな感覚をわたしは1つも持っていなかった。
不思議だった。ママじゃなきゃ嫌という感覚。
子どもが親離れをしようとし始めた頃に(思春期)、犬が来た。犬もまた、かーちゃんがいい。となっている。いつ犬を見ても目が合う。
いつでもまん丸の純真無垢な目でわたしを見てくれるのだ。
3人にこんなに愛されている。(夫ではないのか)
わたしは早いうちにその感情(お母さんがいいという感情と、父の存在)は捨てて置いてきていたのだと思う。
人それぞれに戻りたくない苦しい過去があったり、想いだったり、そういうのがあると思う。
比べることなど出来ないけれど、その人なりに大きなことなのだと思う。
誰にもジャッジなどできない。
それは見えない細い糸でぐるぐると鎖のように巻かれ、世代を越えて連鎖し受け継がれてきたなにかで、
わたしが経験できなかった足りないものは、
わたしの父母、そのまた父母の父母、またまたその上の父母というように簡単には断ち切ることのできない深く根強く、でも見えない悲しみと寂しさと孤独が受け継がれていた。
親たちもまた、そういう体験が乏しかったから自分の子供にも同じようにするしかなかったのだ。
時代もあると思う。
今よりも大変な時代だっただろうしきょうだいも多い、親は大変だから目が届かず、
きょうだい同士で助け合って生きる。
虐待でもなんでもなくても、親からの関心が乏しかったり、親の背中を見て育つだろうとか、そういうことなのだと思う。
だけど子供は親の一生懸命働いている姿だけみても、身体は育つが心は育たない。
外だけ育ってるように見えるから厄介なのだ。
親も気づかないのだと思う。
いつでも親の眼差しを求めている。
関心を持ってほしいと思う。
さみしくてもさみしいと言えない。
もっとギュッとしてほしい。
話を聞いてほしい。
キッチンに並んで一緒に何かを作ってみたかった。
休みの日に近くてもいいからどこかに一緒に行きたたかった。
並んで歩いてあーでもないこーでもないと喋りたかった。
髪を結わえてほしかった。
ただいまと帰ったら家に居て欲しかった。
他の家のお母さんがしている当たり前のことをわたしにもしてほしかった。
温かい普通の家庭に生まれたかった。
幼いときからいつもいつも独りぼっちな気がしていた。
こんなに人が沢山居るのに、急に言いようのない孤独に襲われることがあった。
そうすると大勢の集まりのなかで急に我に返ってサーッと引いてしまうことが今でもあるのだけど、それに気づいてくれた友人が1人だけ居たのにはとて救われる思いだった。
きっとその未成年期の体験が大人になっても抜けないのだと思った。
友人で友達関係や人間関係の上手な人がいるのだが自分と何が違うのだろうと思ったときに、
その人の「ご家庭環境が良い」ということがわかってきた。
人との距離感がとても上手なのは、そういう土台がしっかりしていたからなのだと。
そして友達も多いし、ちゃんと繋がっている。
こういう人たちはだいたい見た感じも同じような空気がある。
わたしの纏った空気は持っていない。
わたしにはそんな器用なことが出来ないのだ。
距離感が思いっきり遠いか近すぎるかのどちらかしか出来ないのだ。それも家庭環境の良くなかった人の特徴らしい。
「帰って来たいと思う温かい幸せな家庭を築く努力をするの」
と義理母に言われて、はて?どうしたものか。
と、頭を悩ませたことがあった。
正直に意味がわからなかったのだ。
(そんな家庭ってどんな家庭なんだ?わからなすぎる)
そう思った。
体験したことがないのでイマイチ想像が出来ないで居たんだということは、数年後にわかることだった。
だけど、これもすべて1人だけの対象ではない愛することに繋がっていくのだから面白い。
家族が居心地の良いと思う住まいを自分が率先して作っていく。
まずは笑いの絶えない家族を作ることらしい。
嫌なことがあっても、ここに帰ってくれば安心。という家庭を義理母は頑張って作ってきたらしい。
(因みにですが、義理母とは10年同居したというのもあり自分の母よりも深い話をよくする仲で、わたしの良き理解者でもあります。)
朝起こして学校に送り出す、掃除洗濯、学校行事を捌くこと、美味しいご飯を作ること、習い事の送り迎え。
スケジュールの管理。電話連絡。メール作業。各種面談。相手とのコミュニケーション。
母親にはタスクがいっぱいだ。
嫌々やってたのでは、はっきり言って務まらない。いっそのこと楽しむしかない。
だけど楽しむしかないと腹を括ったのは最近のことで、それまではなんでわたしばっかりやらなきゃいけないの?と思っていた。
そんな思いじゃ、そんな思考じゃ何も進まない。
何もいい方向に行けない。
拗らせ母と主婦を長いことやってしまったわたしはこうして、すべてリセットし、ゼロからまたスタートしてみたら、どんどん速度をあげていろんな事への理解が深まっていったのだった。
そして自分の子どもが大人になったり親になったりした時に、確固たる土台があれば大丈夫だ!と進んでいけるように、わたしのように足りないではなく、足りていて欲しい。
それを自分たちが大人になって作った家庭でまた孤独や寂しさ連鎖を生まない為に、わたしの子どもたちへ精一杯できることをやるのだ。
主に家庭、子ども、のことを中心に愛することとはというわたしの独断と偏見を書き記したのだが、
もちろん夫は忘れず一番大事にしなければならない。
サザエさんのお母さんの舟さんが波平さんに敬語を使っているのを子どもの時からずっと不思議に思っていたけれど、
なんなら亭主関白の頑固オヤジだと思っていたくらいなのだが、
一周回って舟さんの波平さんへの敬意なのだと。
長く時を共に過ごすと、忘れてしまう相手への敬意と愛情を舟さんは波平さんにずっと忘れず態度と言葉で表していたのだ。
だから波平さんに大事にされるのだ。
夫をATM扱いすれば、夫は妻を大事にしなくなるだろう。
そういうことをすべてわかっていての舟さんの強さと賢さだったのだ。
ということでとても長くなってしまったけれど、
40代の色々拗らせた大人が行き着いた今は、
あんなに母性が開花せずに悩んで悩んで始まった赤ちゃん育てからの葛藤と身も心もドロドロ(!)になりながらなんとか子どもを育ててきている中で、
それでも2人と1匹の純真無垢な子達に愛されて、
彼女達によって愛する愛されるということを学び直している最中なのであるということだ。一生学びだ。
そして、夫への敬意は忘れずに。
これからどうなるかは、またゆっくりと。