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残ったのは、私 #14

    #14 同じもの

     指が、画面に触れる、その直前。

    「待って!」

     声がした。

     振り向くと、そこには息を切らした航平がいた。

    「……なんでここに」

     澪が言うと、航平は少しだけ呼吸を整えてから答える。

    「連絡つかなかった」

     短い言葉。

    「それで、美咲に聞いた」

     澪の視線が、美咲に向く。

     美咲は、わずかに肩をすくめる。

    「場所くらいは教えたよ」

     軽い口調。

     でも、ほんの少しだけ引っかかる。

     航平は澪に視線を戻す。

    「やめとけって、前から言ってたのに」

     低い声。
     責めるでもなく、ただ事実を置くみたいに。

     澪は何も言えないでいると、航平が一歩近づいてきた。

    「それ、もう使ってるのか」

     ポケットのスマートフォンを見る。

     澪は、少しだけ迷ってから頷く。

    「……少しだけ」

    「少しじゃないだろ」

     即答だった。

    「もう始まってる」

     その言葉が、重く落ちる。

    「顔、変わってる」

     静かな一言。

     澪は息を止める。
     自分では分からない。

     でも、分からないからこそ怖い。

    「それ」

     航平は続ける。

    「お前じゃないかもしれない」

     はっきりと。
     迷いなく。

     澪の中で、何かが揺れる。

    「……じゃあ」

     やっと声が出る。

    「私は、どっちなの」

     航平は答えない。

     答えられない。

     その沈黙が、すべてだった。


    「ねえ」

     美咲が口を開く。

     静かな声。

    「そんなに重要?」

     二人の間に、言葉が落ちる。

    「どっちがどっちかって」

     澪は、美咲を見る。
     やっぱり、どこか違う。

     前から感じていた違和感。
     それが、今ははっきりしている。

    「だってさ」

     美咲は続ける。

    「同じ記憶で、同じ考えで」
    「同じように話してるんでしょ?」

     少しだけ笑う。

    「だったら、どっちでも同じじゃない?」

     その言葉に、航平がすぐに反応する。

    「よくねぇよ」

     低く、強く。

    「違うもんは違う」

    「何が?」

     美咲は首を傾げる。

    「何が違うの?」

     航平は言葉に詰まるが、引かない。

    「……それは」
    「続きじゃない」

     やっと出てきた言葉。

    「似てるだけだ」

     美咲は、少しだけ考える。

     そして、静かに言う。

    「でも」
    「本人は区別できないよね」

     澪の心臓が、わずかに強く鳴る。

    「自分がどっちかなんて」
    「分かる?」

     その問いは、澪に向けられていた。

     答えられない。
     最初から、答えなんてない。


     澪は、もう一度ガラスの向こうを見る。

     ベッドの上の人。
     眠ったままの身体。
     動かないはずの存在。

     その顔を、じっと見る。
     知らないはずの顔。

     見覚えなんてないはずなのに、ほんの一瞬だけ引っかかる。

     どこかで、見たことがある気がする。

     思い出せない。
     でも、視線を外せない。

     まるで、鏡を見ているみたいに。

    「……似てるね」

     美咲が、ぽつりと言う。

     澪が振り向く。

    「え?」

    「いや」

     美咲は軽く笑う。

    「なんでもない」

     その言い方が、余計に引っかかる。


     そのとき、機械の音がわずかに変わった。

     三人の視線が、一斉に病室へ向く。

     ベッドの上の身体。
     わずかに、指が動いた。

     ほんの、小さな動き。
     でも、確かに動いた。

    「……今の」

     澪が呟く。

     誰も答えない。

     ただ、眠っていたはずの身体。
     それが、今、動いた。

     ゆっくりとまぶたが震えて、開く。

     焦点の合わない目。
     でも、確かにこちらを見ている。

     そして、口がわずかに動く。
     声にならない音。

     その瞬間、澪のポケットの中でスマートフォンが震えた。

     反射的に取り出し、画面を見る。

     《Me_Backup》

     新しいメッセージを受信している。


    「やっと揃ったね」


     澪の呼吸が、止まる。

     視線を、スマートフォンと病室の中で行き来させる。

     どっちが先なのか。
     どっちが原因なのか。

     分からない。

     ただ、それは同時に起きていた。


    「来ると思ってた」

     美咲が、ぽつりと呟く。

     視線は、航平に向いている。

     けれどその言い方は、それだけに向けられたものじゃないようにも聞こえた。


     病室の中の身体。

     動き始めた“肉体”。

     そして、スマートフォンの中で動いている“意識”。


     同じところから続いているんじゃないか。

     そんな考えが、浮かぶ。

     ――ありえない。

     そう思ったはずなのに、うまく否定しきれない。


     澪は、ゆっくりと画面を見る。

     そこには、もう一行。


    「こっち」


     どちらを指しているのかは、書かれていない。

     でも、分かってしまう。

     これは、答えじゃない。

     選ばれている。


    「ねえ」
    「今、どっちが先に見てる?」


     澪は、何も言えなかった。

     ただ、その場に立っている。
     この視点で、世界を見ている。

     それは確かだ。

     それが確かだけど、 “最初から続いている自分”なのか。

     それとも、どこかで“選ばれた側”なのか、もう分からない。


     航平は、澪を見ていた。

     はっきりと、確かめるみたいに。

     そして、小さく呟く。

    「……違う」

     その一言が、誰に向けられたものなのかは分からなかった。


     病室の中で、 その人は、ゆっくりと呼吸を続けている。

     外では、誰かが確かに考え続けている。


     そして、そのどちらかが。

     あるいは、どちらもが「私」だった。


    #創作大賞2026 #ホラー小説部門


     
     
    パラレルワールド、意識、記憶、自我、死後の世界。 「私であること」は本当にひとつだけなのか。 日常に潜む違和感や、説明のつかない空白を手がかりに、 生と死、現実と虚構、個と世界の境界を静かに描いています。 読み終えたあと、ほんの少し世界の見え方が変わるような物語を目指しています。

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