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Photo bysoeji

タモリは踊らなかった。そして私も走らない。

    ついでに笑って


    私は走るのが嫌いだ。
    それに絡む遊びも、だいたい苦手。

    「えっ、幼稚園の先生なのに走るの嫌いなの?」って…
    でも、子どもと関わる仕事って、走るのが得意じゃなくても案外やっていけるものだ。
    私は今日もマイペースで、歩いています。


    だから私は、走ることを嫌がる子どもに対して、どうしても強く出られない。
    「やりたくないって気持ち、
    わかるんだよなあ…」と、心の中でその子に
    語りかけてしまう。

    でも本当のところ、私が「それでいいじゃん」と思えるようになったのは、とある日のテレビ番組がきっかけだった。

    それは、タモリの言葉。

    「俺さ、幼稚園の頃お遊戯が嫌いでさ。なんであんな恥ずかしいこと、みんなと一緒にやらなきゃいけないの?って思ってた。
    だから絶対やらなかったんだよね」

    これを聞いたとき、
    思わずテレビに向かってうなずいた。
    そうだよね、タモさん。
    そういう子、いるよね。
    いや、むしろ、それが自然…

    集団で同じ動きをするって、
    そもそも不自然な事で
    「自分はやりたくない」「ちょっと恥ずかしい」「意味がわからない」
    子どもの中には
    そんなふうに思う子がいるはず…
    そして私は今、保育の現場で「やらない子」を見るたびに、心の中でつぶやいている。

    あ、タモさんがいる…

    運動会のダンスで、ひとりだけピクリとも動かない子(いやそれのが目立つし)

    よーいドン!の合図の後、やっぱり足が前に出なくてそのまま立ち尽くしてしまう子(後から無理矢理走らされて大拍手の刑に晒される)



    私は、そんな矛盾と葛藤で闘っている子が
    大好きだ。
    だって、その姿には「自分」がある。
    誰かに合わせきれないことは、
    時に強さにもなる。

    もちろん、保育の現場では「みんな一緒に」
    って大事にされる。
    目標、目指す姿、集団のまとまり…
    全部大切だ。わかる。
    でも、それが“ひとり”を握り潰すもの…
    であってはいけないと思う。

    小学校に行ったら、残念ながら「やらない」はだんだん許されなくなる。
    行事も授業も、だいたい「全員参加」が前提だ。

    でも幼稚園は、走ることも踊ることも、
    “やりたくないことを無理にやらされる場所”じゃない(と私は思う)

    ここは、自分のペースで歩いていい場所。
    ついでに言えば、立ち止まったっていい場所。時には寝転がってもいい場所。

    それを、私たち大人が
    しっかり覚えておくべきだと思う。
    子どもたちはいつの日にか、 
    ちゃんと自分で自分を走らせる日が来るから。

    …まあその日が来ても、私はマイペースに歩いていると思うけど(笑)

     
     
     
    仕事は保育。趣味は観察。 本業は、たぶん書くこと。 子どもと大人のあいだで起きる 小さな違和感や、どうでもよさそうで大事なことを こっそり拾って、文章にしています。 質問はこちらから⬇️ https://note.com/qa/kokoro_no_uta

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