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隙があったら麻辣湯を食べている。でも子育て中、その「隙」がなかなかない。


最近、隙があったら麻辣湯を食べている。

一人で外でランチできる!

麻辣湯。

ちょっと時間が空いてるぞ。

麻辣湯。

仕事で疲れた。

それはもう麻辣湯。

もはや「食べられるか」ではなく、

「とにかく麻辣湯を食べたい」

という気分が、頻繁に発生する。

ただ、子育て世代にとって、この「隙」がなかなか見つからない。

麻辣湯は意外と「サクッとランチ」ではない

麻辣湯には、ひとつ大きな問題がある。

意外と時間がかかる。

お店に入って、ボウルを持つ。

白菜にしようか。
青梗菜にしようか。
きくらげは絶対いる。
この謎の練り物は何だろう。
麺は春雨か、太いやつか。

悩みながら具材を取る。

重さを量る。
お会計をする。
調理してもらう。
ようやく食べる。

しかも熱い。辛い。

当然、普通のテンポでは食べられない。

麻辣湯には、

まとまった「麻辣湯枠」

が必要なのである。

さらに、私はニンニクも入れたい

できれば遠慮なく入れたい。

だから、

「このあと人と会う」

「学校関係の予定がある」

「仕事で打ち合わせがある」

という日は、アウトだ。

つまり麻辣湯チャンスには、条件がある。

時間がある。

一人である。

このあと重要な予定がない。

ニンニクを入れても大丈夫。

この条件が全部そろう日は、子育て中だとなかなかない。

だから、そろった瞬間、

「今だ!」

となる。

初回、麻辣湯のシステムが難しすぎた

初めて麻辣湯のお店に入ったときは、仕組みを理解するだけで精一杯だった。

冷蔵ケースに具材が並んでいる。

野菜。
きのこ。
豆腐。
練り物。
肉。
春雨。
見たことのない麺。
見たことのない豆腐。
そもそも食べ物なのか、一瞬迷う何か。

どうやらボウルを持って、好きなものを自分で取るらしい。

なるほど。

バイキング形式ね。

……これが麻辣湯の罠だった。

「これも食べたい」
「きのこは身体に良さそう」
「野菜もたっぷり入れよう」
「せっかくだから、この謎の丸いやつも」
「麺も一種類じゃ寂しいよね」

しまいには、

「インスタ映えしそう」

などと考え始める。

インスタに載せる予定なんて、まったくないのに。

欲望のまま、具材をボウルに詰め込んでいく。

そして、お会計。

2,000円超え。

え。

悔しい。もう一度やりたい。

高かった。

でも、もっと上手にできたはずだ。

具材の組み合わせも。
量も。
辛さも。

そこで思った。

もう一度やりたい。

麻辣湯に「リベンジ」という概念があるのかは知らない。

でも、私にはあった。

次はもう少し賢く選べる気がする。

せっかくなら、違うお店にも行ってみよう。

そう思った。

ところが店によって全然違う

次のお店へ行って、驚いた。

スープの味が違う。

え。

麻辣湯って、全部だいたい同じじゃないの?


具材のラインナップも違う。

つまり、前回の反省がそのまま活かせるわけではない。

「あのお店のほうが好きだったかも」

「いや、このスープも捨てがたい」

「この店は麺が好き」

考えているうちに、また行く。

別のお店にも行く。

正解がわからない。

だから、何度も行く。

気づいたら、完全にハマっていた。

そして、ついに自分の正解がわかってきた

何度か通ううちに、ようやくわかってきた。

最初は夢と希望を詰め込みすぎて2,000円を超えていた私も、今ではだいたい1,000円程度。

それでも、ちゃんとお腹いっぱい。

満足度も高い。

ついに私は、

麻辣湯の最適解を見つけた。


麻辣湯にハマって、意外と大事だと思ったことがある。

大人こそ「好き」を見つけておくと強い

子育てをしていると、自分のためだけに使える時間は案外少ない。

「今日、2時間自由です!」

なんて時間は、そうそう降ってこない。

30分。
1時間。
予定と予定の間。

そんな小さな隙が、突然できる。

だからこそ、

「隙ができたら、私はこれをする」

という「好き」を持っておくのは、けっこう大事なのかもしれない。

私の場合、そのひとつが麻辣湯だ。

次はhcatGPTに麻辣湯の最適解を聞いてから挑んでみよう。

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