
100年 最終話 青葉
あらすじ
海を選びたいのに、
いつからか人は安全な砂浜に惹かれてしまう。
降谷明、18歳。
矢崎春、18歳。
2人もまた、同じ季節を見つめながら、
少しずつ違う未来へ流されていく。
大切な人を守るための選択が、
自分を諦める決断になるとき。
愛は、どんな表情をするんだろうか。
笑っているのに、どこか泣いているみたいな。
「大丈夫」の回数分、
本音が置き去りになっていくような。
触れた指先のぬくもりだけで、
明日を信じたくなってしまうような。
矛盾を引っ掻く刃は
いつも臆病で、
とってもやさしくてね。
次の春、
あなたは何処にいますか。
誰といますか。
私はあなたに、何を贈ろう。
5月中旬。
春と私は、友香と夕貴の同棲する家に招かれた。
それぞれ、定期的に会ってはいたものの、
こうして4人で会うのは多分3年ぶりくらいだった。
共通の話題が多くを占める空間は、
話題が増えるごとに質量が膨れ上がり、
回収するのは至難だった。
誰かが喋れば同調を乗せて、次の人の元へ。
延々累乗方式で掛かっていく。
窓ガラスは、熱気によってどんどんと曇っていった。
でもこの賑やかさと懐かしさに同居する、
隠しきれない緊張感を、幸福度を、
感じ取っているのは私だけではないらしい。
春が、頻繁に缶ビールに手を伸ばしている。
三本目を空けかけた春の手元を
じっと見ていた夕貴が、
二人に報告したいことがある、と言った。
少し前の、夕貴の花束は、ここに続いた。
春と私は、お互いにしかわからないくらい
僅かに息を吸い込んで、聞こえないように吐いた。
「結婚します」
ほぼ脊髄反射で、けれど紛れもなく意思を持って、
祝福がこぼれる。
「……おめでとう……おめでとう」
目に一杯涙を溜めた友香が、
ありがとう、を振りしぼる。
その彼女を見ている夕貴の表情は、
形容できないものだった。
" 此処にある既存の表現では表せない "
山頂に到達した二人に与えられた、当然の権利だ。
私には、「おめでとう」その他ない。
誰が見ても間違わない顔で、
溌溂としたソプラノで、
本当におめでとう、それしかない。
「夕貴、友香ちゃん、本当におめでとう」
やさしいやさしい、声がした。
きっと、同じ気持ちで、
二度と、解らない心を、隣で励ましあった。
「友香ちゃんは、夕貴のどこを好きになったの?」
結婚報告から、二つほど雑談を挟んだあとに、
春が尋ねた。
「…自分で言うのもおかしいんだけどね、
私…割と多分……何でもできた方だと思うの」
3人で頷く。
何に対しても貴方は努力を惜しまない人だ、の意で。
「ある時ね、鬱って漢字を書いてたの。
それを見た数人は、天才だ、天才だって言って」
なんとなく、これから友香が言わんとすることがわかって、ちいさく微笑んだ。
「……でも、夕貴はね、
一生懸命勉強したんだね、すごいな萩原!って
言ってくれたの。
私はそれが、すごくすごく嬉しかった」
酔いと照れの良いとこ取りで赤面した
夕貴の肩をつつく。
夕貴と付き合いはじめてからの友香は、
ものすごく無防備になった。
いつもみんなの先陣に立って
エンジンの役割を果たす彼女が、
夕貴といると、彼の半歩後ろで
ふにゃっとするようになったし、
常時品格から脱することなんてないのに、
彼に対しては、品の欠片も感じないくらいの迫力を ぶつけているのを見受けるようにもなった。
大人になりすぎた友香が、
君の横で普通の女の子になった。
妬いちゃうくらいだよ。
ありがとう。
これからも親友をよろしく頼んだ。
感謝激励を込めて、パシッと夕貴の肩を叩く。
すると、“わかる”と春が呟いた。
主語がなかったが、
恐らくいま赤面している彼の素敵さと、
友香がその彼を好きになったことに対してだろう。
同調の表情で春をみると、
視線は友香にありながら、
続く言葉の矢印は私に振り向いている。
「救われるよね、嬉しいよね。
……特別扱いしない、っていう大切のされ方」
透き通った真心で、ヒロインが私を見る。
私は私なりに、うまく笑えた。
私らしく、貴方を向いた。
2人の家からの帰り道。
おそらく、春と歩く最後の道。
街路のざわめきは、ほとんどが閑静へ移行して、
透明度の高い空が、
どうしても写してしまう哀愁に、
そっと暖色を塗(まぶ)す。
「…ふたりに、言わないとね」
「うん。頃合いを見て、それぞれ報告しよう」
「うん」
「……これからも隣を歩くふたりと、
これからは違う方に歩くふたり、かぁ」
「…世知辛いねえ」
「世知辛いねえ。…まぁ、そういうものだよね」
「うん。大丈夫。…そういうもの」
人生には、打ちのめされるような
不可抗力はつきものだ。
それでも、「生きていく」ということは、
きっとそのものが、
言葉に詰まるほどの想いと出合う
問答無用なギフトなのだと、思っていたい。
世界は今日も、何処かでは陽が昇り、
何処かは月が包み、変わらずに動いています。
春残しの豊かさと、涼し気な細雲が、
巡り合わせに謳って、別れに寄り添って、
周る瞬間(とき)に逆らうことなく、
おはよう、いってらっしゃい、
いってきます、おかえり、ただいま。
進んでいます。
誰にも言えずに果てを探している貴方のことも、
会いたい。が言葉にならない貴方のことも、
大切に抱えながら。
干渉しない無邪気な日々に凍えてしまう時や、
恋しくなる時には、
あの散歩道に二人で温めた喜怒哀楽をそっと並べて、ゆっくり歩いて。
風に揺蕩う新芽が、
変わらない微笑みをずっとみているよ。
春はまた来るから。
何度でも、きっと、きっと。
背景、君。
私はとても、愛おしく想う。
「ひとりが怖くなるのは、
ひとりでは無いことを知っているからだ」
と教えてくれた、貴方に逢えたこの世界を。
ありがとう。
どこかで。
また、どこかで。
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