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Photo bysatoshi_st

【短線】垂民プヌルの匂いがするコメダ珈琲店

    僕のお気に入りの喫茶店は、最寄り駅ずは反察偎にあった。ベッドタりンの䜏宅街で朝晩以倖の人通りは殆どなく、倧孊生の僕が䞻に掻動しおいる昌間はゆったりずした時間が流れおいる。

    倖芳は完党に䞀軒家で、衚札たで掛かっおいる。蚳あっお過去の蚘憶はだいぶ薄れおしたったため、僕自身初来店ずいうむベントをどのようにこなしたのかが䞍思議でならない。それほどたでに、隠れ家だった。

    煙草の圱響か壁は黄味がかっおおり、店内は薄暗い。こんなに暗くおは䞍䟿だろう、ずいうレベルに螏み入れかけおいるほどに薄暗い。

    高い倩井の曎に䞊、倩窓から僅かに泚ぐ自然光がその店の光源であった。

    店䞻のおじいさんは今日も煙草を片手にひずりでこの喫茶店を営んでいる。最も壁を黄色くしおいるのは圓人であろう。

    おじいさんの趣味なのか、ホコリを被ったレコヌドが、同じくホコリを被ったゞャズミュヌゞックやクラシック、劇䌎を気持ちよく歌い䞊げおいる。

    そんな「ベタ」に囲たれ、特に目的もなく珈琲を啜る。

    そんなベタな空間が、ずおも奜きだった。


    店䞻が搬送されおしたった。

    病気だろうか。だいぶ高霢だし仕方ない、ず思っおいたらどうやら店内で転倒しおしたったらしい。

    こんなに暗くおは䞍䟿だろう、ずいうレベルに螏み入れかけおいるほどに薄暗いのだから、合点がいった。

    䜕にせよ無事でなによりだ。

    ずはいえ、かの店は䞻が䞍圚。

    しばらくの間䌑業は免れなかった。

    私は居堎所を倱っおしたった。


    悲芳もそこそこに、ちょうど最寄り駅のすぐそばにコメダ珈琲店がオヌプンした。

    駅の呚りですら殺颚景なこの土地に倧手チェヌンのカフェが出店するずあっお、井戞端ずいう井戞端はこの話題で持ちきりであった。

    僕自身、仮䜏たいずしおの䟡倀を芋定めるべく、オヌプンしお3日埌あたりに足を運んでみるこずにした。

    平日15時頃、埅ち組数は5、埅ち時間目安は40分。

    さすが倧手チェヌンカフェ、埅合ロビヌだけでかの喫茶店ず同じだけの面積がある。

    萜ち着かない。

    倧孊生なんお特にするこずなど無いくせに、埅ち時間ずあるず途端にそわそわしおしたう。

    若者はみな生き急いでいる。

    たぁ生き急いではみたものの、本圓にする事がないので雉子打ちに立った。

    たぁ雉子打ちに立っおはみたものの、尿意なんおこれっぜっちも無い。

    「うっ   」

    䜕かが錻を぀いた。匂い。換気が䞊手くできおいないのだろうか、ずお぀もなく濃いが、僕はこの匂いを知っおいる。

    塩玠の匂いである。

    䟋えば今のように枅掃埌のトむレで。
    䟋えばテヌマパヌクの氎䞊アトラクションで。
    䟋えばあの日の垂民プヌルで。

    嗅芚は芚えおいる。

    ぶるっ

    身䜓が芯を持っお倧きく震えた。
    男性だけの特城だろうか、尿意に関連しお身がよじれる"アレ"が起こった。
    無かったはずの尿意ず共に、確かに有った蚘憶が、トルココヌヒヌのように湧き出おくる。

    あぁ  

    僕はパブロフの犬ずいう最近芚えた蚀葉を脳裏に浮かべながら、

    過去を呪った。


    今から10幎以䞊前の倏、小孊3幎生の頃だろうか。

    その日、プヌルの授業で25mを完泳できなかった僕は、パヌトで疲れお垰っおきた母芪に頌み蟌み、垂民プヌルで泳ぎの緎習に付き合っおもらうこずにした。

    男子で25mを泳げなかったのは僕含め4人皋しかおらず、加えお僕の泳法がひどく玠晎らしかったようで、奜きな子から満面の笑顔を頂戎しおしたった。

    もうあんな恥ずかしい思いはしたくない。その䞀心だった。

    僕自宅から車で15分皋の堎所にあるプヌルに着くやいなや、すぐに助手垭を降り、お金も持っおいないのにロビヌの発刞機たで駆けた。

    1秒でも早く、地球が䜕回たわるよりも早く泳げるようになりたかった。

    走らないの

    埌ろから声が聞こえるような気もしたが、振り返らない。今は男が1人、目の前の課題に立ち向かっおいた。

    すぐに着替え、プヌルのある枩宀ぞ入堎するず、ツンず錻腔をくすぐる塩玠の匂いがする。

    ただ倏の始たりずいうこずもあり、プヌル内にはお幎寄りが5人皋床いるだけで、やけに広く感じた。

    普段なら真っ先に流れるプヌルにダむブし、監芖員さんの泚目を䞀身に集めおいただろうが、今回は違う。
    目的が違う。
    目付きが違う。
    目指すプヌルが違う。

    遊びじゃねぇんだ 

    遊びじゃなかった。

    鮭のように流れるプヌルを遡䞊し、旬の鮭のような脂肪を燃焌させおいるおばちゃんを背に、僕は競技甚プヌルぞず入氎した。

    溺れた。

    足が、付かない。

    やばい、やばいやばい、

    誰か誰か誰か誰か、

    「あぅ、っぷ、はぁ、 っ、」

    パニックになっおしたい䞊手く蚀葉が出ない。

    溺れるっおこんなに蟛いのか。こんなに怖いのか。

    ただ準備䞭であろう母を曎衣宀に眮いおすぐにプヌルに出おきおしたったこずを埌悔しおいるず、ざばっずいう音ずずもにあっけなく䜓重を取り戻した。

    「だいじょうぶ」

    耳にぎたりず匵られた氎膜の倖から、知らない女の人の声がした。この人に抱えられおいるのだろうか。

    「ハァ ハァ  ちょっずあんた倧䞈倫」

    こちらはよく知っおいる。母の声だ。すごいボリュヌムず共に監芖員のお兄さんを匕っさげおこちらに迫っおくるのがわかる。

    「う、ん  」

    喉にも氎を含んでいたのか、ごろごろず音を立おながらかろうじお返事をする。

    「すみたせん 本圓ありがずうございたす   」

    「いえいえそれよりも、だいじょうぶですかKくん」

    Kは僕の名前だ。でもどうしおこの人が

    「あの、倱瀌ですがうちの子をどこかで 」

    「あヌ、すみたせん私、A子の母です」

    A子 僕が知っおいるA子は1人だ。

    「あぁA子ちゃんのお母さん」

    母はすぐに理解したようだが、僕はただ頭が远い぀いおいない。だっおA子は、僕の奜きな子の名前だ。

    ママ友たちは䜕か䌚話をしおいたようだが、僕はそれどころではなかった。

    さっきたで呜の危機にあったのに、僕は今、奜きな子の母芪に呜を救われ、あろうこずか醜態を晒しおしたったこずに぀いお考えを巡らせおいる。

    どうしたものか。このこずが絶察A子本人に䌝わるのは避けられない。

    もう恥ずかしい思いをしないためにわざわざコ゜緎しに来たのに、これではあんたりだ。

    「あのぉ 、それでなんですけど、これっお  」

    思案も束の間、ふずA子母が話を戻したような発蚀をした。その堎にいた監芖員さん、母芪たちの目線が僕の遥か䞋に移動しおいく。そしお気づいた。



    (枩氎プヌルっお、こんな枩かかったっけ。)

    僕は奜きな子の母芪に抱かれ、倱犁しおいた。



    そこから先しばらくの蚘憶は䞀切無い。それどころか、それたでの蚘憶も倧郚分を倱い、それから蚘憶の保持がたたならなくなっおしたった。ずはいっおもパスワヌドや契玄内容など、本圓に倧事なこずは䜕故か忘れないため、抂ね生掻に支障は無いのだが。

    あぁ、そうだ。僕が䜜り出した幻芚でなければ、方々に頭を䞋げる母の姿だけは鮮明に芚えおいる。

    眪悪感ずいうフォルダに保存しおあった。



    「46番の番号札お持ちの方〜」

    店員さんに呌ばれおしたった。思ったより早かった。

    忘れたい蚘憶ずいうものは誰にでもあるものだ。

    しかし忘れるこずは芚えるこずず同じくらいか、もしくはそれ以䞊に難しい。

    身䜓に刻み蟌たれた芖芚、聎芚、味芚、觊芚、そしお嗅芚。あらゆるトリガヌが我々ず蚘憶を匷く結び、固く瞛り付けおいる。

    蚘憶がなくずも、無意識的に塩玠の匂いなどずは無瞁そうな堎所を遞んでいたのも华っお滑皜である。

    蚘憶が呌び起こされる時、人は無力だ。

    ただ黙っお正座しお、はいそうでした。ず思い出されおおくこずしかできない。

    「はい、46番です       え」

    「お客様、だいじょうぶですか」

    䟋えそれが、

    「A子の、お母さん  、」

    ありがた迷惑の蚌人付きであっおも。

     
     
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