
あなたが見ている世界は何色?
私たちは、知らぬ間に自分色の世界に
閉じ込められています。
自分では、
「これが普通」
「これが正しい」
「きっとこういうもの」
と思っていることも、
もしかしたら、自分がかけている
色眼鏡を通して見えている景色なのかもしれません。
この色眼鏡をかけたままでは、
世界の色どりを、すべては見ることができません。
けれど、その眼鏡を少し外してみると、
これまで見えていなかった景色が
目に入ってくることがあります。
同じ場所にいても、
同じ出来事を経験していても、
人によって感じ方が違うのは、
きっと、それぞれが違う色眼鏡を
持っているからなのでしょう。
ある人には明るく見えるものが、
別の人には少し寂しく見える。
誰かにとっては安心できることが、
別の誰かには窮屈に感じられる。
同じ言葉を聞いても、
心に残るところが違う。
それは、どちらかが間違っているからではなく、
見ている場所が違うからなのかもしれません。
だから、もっと深みのある
世界の彩りを知りたいと思ったとき、
ときには誰かの色眼鏡を借りて
景色を見てみることです。
その人の見ている世界。
大切にしている色彩。
心の奥底にある色調。
自分とは違う場所から
同じものを見ている人の言葉に触れると、
それまで一色に見えていたものの中に、
いくつもの色があることに
気づくことがあります。
「どうして、この人はそう感じるんだろう」
そう思ってみるだけでもいい。
自分の考えを変える必要はありません。
相手の見方を正しいと思う必要もありません。
ただ、
「そう見える人もいるんだ」
と眺めてみる。
すると、
自分が当たり前だと思っていた見方にも、
ひとつの色がついていたことに
気づくことがあります。
他者の視点で世界を見ることは、
自分を否定することではありません。
むしろ、誰かの見方を知ることで、
自分がどんなふうに世界を見ていたのかに
気づくことができるのです。
誰かの言葉に違和感を覚えたときも、
「なぜ私は、ここに引っかかったんだろう」
と立ち止まってみる。
誰かの考えに共感したときも、
「なぜ私は、この言葉が好きなんだろう」
と考えてみる。
そこには、
自分が大切にしているものや、
知らないうちに抱えていた思い込みが
隠れていることがあります。
私たちは、自分の見方を
自分で見ることができません。
いつもその眼鏡をかけて
世界を見ているからです。
だからこそ、
自分とは違う見方に触れたとき、
初めて自分の色に気づくことがあります。
「ああ、私はこういうふうに
世界を見ていたんだ」
と。
自分の色を消して、
誰かの色に染まる必要はありません。
いろいろな色があることを知ったうえで、
それでも自分はどの色を大切にしたいのか。
そうやって、自分の見方を
選び直していくこともできるのです。
もしかすると、
世界の色を変える必要はないのかもしれません。
少しだけ眼鏡をずらしてみる。
立つ場所を変えてみる。
誰かの見ている景色を覗いてみる。
その人には見えていて、
自分には見えていなかったもの。
自分には当たり前だったけれど、
誰かにはまったく違って見えていたもの。
そんな違いに触れるたび、
世界は少しずつ広がっていきます。
そしていつか、
自分が見ていた景色もまた、
ひとつの色だったのだと
気づくのかもしれません。
世界の色を変える必要はない。
自分の眼鏡を、
ほんの少しずらしてみる。
そこで、
今まで見えていなかったものを
見つけることができるでしょう。
私たちは、自分の見方に気づいたときだけでなく、
誰かの見方に触れたときにも、
新しい景色と出会います。
そして、誰かの見方を知ることで、
自分がどんなふうに世界を見ていたのかにも
気づくことがあります。
「見方が変わる」とは、
自分を変えることではなく、
今までひとつしかないと思っていた景色に、
もうひとつの窓を見つけることなのかもしれません。
そんな小さな「見え方」の変化を、
日々の欠片とともに静かに育てている場所が、
「見方をほどく|まなざしのアトリエ」です。
一つの答えに合わせるのではなく、
それぞれの景色を持ったまま、
少しずつ見えるものを増やしていく。
そんな時間を過ごしたくなったときに、
そっと覗いてみてください。