
80歳の精神科医がすごいんだが①ー私は30秒で見抜かれた
「ちょっとマスク外してくれる?」
診察室に入るなり、先生はそう言った。
意味も分からないまま、私は反射的にマスクをずらす。
「すぐ食べられなくなりそうな顔してるね」
一瞬、耳を疑った。
「それから、精神病気質(統合失調症などを指していた模様)みたいなタイプではなさそうだな」
衝撃だった。
私はまだ何も話していない。生い立ちも、症状も、悩みも。
それでも先生は私の根本的な問題に触れてきた。
長年数え切れないほどの患者を診てきた中で培われた、統計学的な勘なのだろうか。それとも、それ以上の何かだったのだろうか。
その後、診察は淡々と進んでいった。
けれど、今まで出会ってきた精神科医とはまるで違っていた。
先生は、決してパソコンを開かない。
必要最低限のことだけを、手元の紙に走り書きする。
私が愚痴のような話をしている時は、相槌さえほとんど打たない。
ところが、本当に大事な話になると違った。
先生の黒目は私の目を真っすぐ見つめて離さない。そして、必要なことだけを静かに伝えてくる。
ある日、先生のメモをちらっと覗き見した。
「化粧してきた」
思わず笑いそうになってしまった。
でもそれはいつもはすっぴんで受診していた私の、たったそれだけの変化にも気づいていたという事だ。
先生は、私の話を聞いているというより、表情や沈黙、息づかい、その場に流れる空気を読んでいるようだった。
後になって私は、その感覚に名前があることを知る。
「非言語コミュニケーション」
先生は、言葉ではなく、言葉にならないものを診ていた。
そして私にとって先生は、人生で数少ない「非言語」で対話してくれる人だった。
しかも、その道のプロだった。
何を隠そうとしても、
何を取り繕おうとしても、
先生には、すべて見透かされていた。