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80歳の精神科医がすごいんだが③ー診察室だけで終わらせない治療

    太陽の光に照らされながら、まるで仏のような穏やかな表情で待っていてくれるご老人がいた。

    初夏の爽やかな風が吹き抜ける、緑豊かな畑。

    白衣ではなく私服で迎えてくれた先生の表情は、診察室で見せるあの真剣な顔とはまるで別人のようににこやかだった。
    「どちらが本当の先生なんだろう」と一瞬迷ってしまうほど。

    先生は、自身が所有する畑で開かれるバーベキューイベントに私を招待してくれたのだ。

    摂食障害の私は「ちゃんと食べられるだろうか」という不安を抱えていた。でも不思議と先生のそばなら食べられるような気がしていた。

    車を走らせること約一時間。たどり着いた畑はとても牧歌的で穏やかな空間だった。

    集まっていた老若男女は誰かを特別にもてなしたり騒いだりしない。ただ思い思いに過ごし、その場全体がゆったりとした空気に包まれていた。

    誰が誰だか分からない。私にとっては不思議な空間だった。それなのにどこか懐かしかった。

    私は摂食障害であることをその時だけ忘れることができた。

    知らない多くの人に囲まれながらも人の視線を気にすることもなく、ただ「食べること」だけに集中できた。
    それは私にとって本当に久しぶりで何よりも貴重な体験だった。

    食事を終えてしばらく暇していると先生が「案内してあげるからおいで」と声をかけてくれた。

    先生は畑を歩きながらこの草花は何でこの実はどんな野菜や果物になるのか、を一つひとつ丁寧に教えてくれた。

    畑ツアーの途中で良い香りのする花を摘み「嗅いでごらん」と手渡してくれた。
    みかんの花のほのかに甘い香りが胸を満たしていく。

    さまざまな花の香りを比べながら歩く時間は心も体も少しずつほぐれていくようで、とても穏やかな気持ちになれた。

    先生は言葉だけではなく身をもって教えたかったのだと思う。

    食べるとはどういうことか。

    人と食卓を囲むとはどういうことか。

    そして、豊かに生きるとはどういうことか。

    あの日私が受け取ったものは、バーベキューの食事だけではなかった。

     
     
    私は28年間、 「人は結局変われない」と思って生きてきました。 でも今は違います。 親との関係、共依存、障害福祉。 そんな経験をエッセイにしています。 初めての方はこちら👇

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