
AIを変える「古くて新しい」技術:アナログチップの復権
「もっと速く、もっと省エネルギーに」——AI技術の進化を支えるチップ開発は、この命題に挑み続けています。そんな中、思いもよらない方向から革新が訪れました。デジタル全盛の現代に、「アナログ」という古典的な技術が、驚異的なパフォーマンスを引っ提げて帰ってきたのです。
今回は、この古くて新しいアナログコンピュータについて取り上げます。
1000倍の衝撃
北京大学の研究チームが開発した新しいアナログチップが、学術誌Nature Electronicsに発表され、世界を驚かせました。このチップは、NvidiaのH100やAMD Vega 20といった最先端GPUと比較して、なんと1000倍もの処理速度を実現したというのです。しかも、エネルギー効率は100倍も優れているといいます。
一体何が起きているのでしょうか。
デジタルとアナログ、何が違う?
私たちが普段使っているコンピュータは「デジタル」です。すべての情報を「0」と「1」の組み合わせで表現し、計算を進めていきます。料理に例えるなら、レシピを一つひとつ順番に実行していくようなものです。
一方、アナログは電流や電圧といった「連続的な物理量」そのものを使って計算します。これは、調理師が経験と感覚で複数の作業を同時にこなすようなイメージです。デジタルのように「0か1か」という二択ではなく、無限の中間値を扱えるため、特定の計算では圧倒的なスピードを発揮します。
北京大学のチップは、RRAM(抵抗変化型RAM)というメモリ技術を採用しています。このRRAMセルは、電気の流れやすさを調整することでデータを保存し、同時に計算も行います。つまり、データの保存場所と計算する場所が一体化しているのです。従来のデジタルチップでは、データを外部メモリから何度も読み出す必要があり、これが処理の遅延や電力消費の原因になっていました。
なぜ今、アナログなのか
実は、アナログコンピューティングの歴史は古く、紀元前2000年以上前にさかのぼります。ギリシャ沖で発見されたアンティキティラ機構は、歯車を使った古代のアナログ計算機でした。
しかし20世紀後半、デジタル技術の精度と汎用性の高さに押され、アナログは「実用に耐えない技術」として忘れ去られていきました。
それが今、なぜ復活したのでしょうか。
答えは、AIの爆発的な需要にあります。
現代のAIは膨大なデータを処理します。ChatGPTのような大規模言語モデルのトレーニングには、何千ものGPUが何週間も稼働し続け、データセンター並みの電力を消費します。この電力問題とデータ処理のボトルネックを解決する切り札として、アナログチップが再評価されているのです。
2025年は、AIチップ市場において大きな転換点となりそうです。これまでNvidiaのGPUが圧倒的なシェアを誇っていましたが、AI処理に特化したASIC(特定用途向け半導体)が続々と登場しています。その流れの中で、アナログチップも重要な選択肢の一つとして浮上しています。
世界が注目するアナログAI
中国だけではありません。IBMもアナログAIチップの研究を進めており、Nature Electronics誌に画期的な成果を発表しています。IBMのチップは、画像認識タスクでデジタルチップと同等の精度を保ちながら、エネルギー効率を大幅に向上させました。面積あたりのスループットは400GOPS/mm²に達し、従来のインメモリ・コンピューティングチップと比べて15倍以上の性能を実現しています。
ドイツのスタートアップBlumindも、超低消費電力のアナログAIチップを開発中です。2024年のelectronica展示会では、1推論あたりわずか10ナノジュールで動作するキーワードスポッティング用チップを披露しました。2025年には量産体制に入る予定で、ウェアラブルデバイスやIoT機器での活用が期待されています。
AIを動かす「身体」という視点
AIの進化を語る上で、ハードウェア、つまり「身体」の重要性を忘れてはなりません。
以前、NHKの科学番組で紹介されたヒューマノイド「Ameca」は、まさにAIと物理的身体が融合した存在です。ChatGPTなどの対話AIを搭載し、極めて人間らしい表情とジェスチャーで会話します。プログラムされたモーションキャプチャー、シリコン製の皮膚、そして高度なロボットオペレーティングシステムTritiumによって、AIの「知能」が「身体」を通じて表現されるのです。
Amecaのような存在が、将来、今回紹介したアナログチップを搭載したらどうなるでしょうか。リアルタイムで環境を認識し、瞬時に判断し、人間以上の反応速度で動作する——そんなSF映画のような未来が、意外と近いのかもしれません。
課題と可能性の狭間で
もちろん、アナログチップにも課題があります。デジタルのような汎用性は低く、特定の用途に特化せざるを得ません。また、ノイズや温度変化に敏感で、長期的な精度維持にも工夫が必要です。北京大学のチームは、高速だが大雑把な計算を行う回路と、結果を精密に調整する回路を組み合わせることで、この問題を解決しました。
重要なのは、これが商業生産プロセスで製造可能だという点です。つまり、研究室の実験レベルではなく、実際に量産して市場に出せる技術なのです。
AIの未来を支えるのは、多様性
デジタルかアナログか——それは二者択一の問題ではありません。それぞれの強みを活かし、用途に応じて使い分ける時代がやってきています。
汎用的な処理にはデジタルGPUを、AI推論や特定の計算にはアナログチップやASICを。エッジデバイスには超低消費電力のアナログチップを、クラウドには高性能なデジタルチップを。こうした多様なアプローチが共存することで、AI技術はより広範な領域で活躍できるようになるでしょう。
かつて忘れ去られた技術が、現代の課題を解決する鍵となる——テクノロジーの歴史は、時に予想外の展開を見せてくれます。アナログチップの復権は、私たちに「古いものの中にこそ、新しい可能性が眠っている」ことを教えてくれているのかもしれません。
参考記事
〇China solves 'century-old problem' with new analog chip that is 1,000 times faster than high-end Nvidia GPUs(2025年10月13日掲載)
〇IBM Researchによるディープラーニング推論のための最新アナログAIチップ(2024年1月19日)
〇超低消費電力のアナログAIチップ 小規模LLM動作用も開発中(2024年12月6日)
〇2025年はAI処理専用チップが続々登場、NVIDIAの1強体制は終焉へ(2025年1月9日)
〇AI(人工知能)×AB(人工身体):超リアルヒューマノイドAmeca(2023年12月17日)