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オレは神様になろう

    山の奥は、いつも静かです。

    コケのはえた岩にすわると、遠くから聞こえる川の音が、耳の奥までしみました。その音はこの広い山に、たったひとりでいる小さなタヌキの心に、よりそうようでもありました。
    地から湧いたか、天から降ったか、まだ小さいこのタヌキは、なぜここにいるのか、自分の名前も分かりませんでした。自分の泣き声に気がつくと、ぽつんと、この山にいたのです。空を見ると、大きな木が天までのび、葉っぱのすきまからもれる光が、まるで小さな雨のように降り注ぎます。まぶしくて、目をほそめながら、タヌキはさびしさをごまかすために、ただただ歩いていました。
    川の水はたっぷりありましたが、食べ物はなくおなかはからっぽでした。お母さんのことも、何もおぼえていません。むねがスースーするどうしようもない、さびしさだけがタヌキの小さな体を支えていました。

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    今日もタヌキは、小さな声でめそめそと泣いていました。 「お母さん…
    おなか、すいたよ…」 その声は、山の奥の静けさに吸い込まれていきます。 その時、かわいた声がふってきました。 「どうした、なぜ泣いてるんだ?お前は、ひとりなのか?」 タヌキがゆっくりと顔を上げると、そこにいたのは、今までに見たことのない、ふしぎなカラスでした。 カラスなのにその体は大きく青色でした。「だれなの?」タヌキは聞きました。
    「あー、オレか。オレの名前はひとりだ。うまれたときから、なんでもひとりでやってきたからな」 青いカラスは、そう言ってタヌキのすぐそばの木の枝におりてきました。 タヌキは、そのカラスの青い体が、なんだかとてもふしぎに思えました。光の当たって場所は青空のようでもあり、影はナスビの深い紺色にも見えました。今まで見たカラスには、こんな色のカラスはいませんでした。村の人間からも怖がられ避けられていると、カラスは言いました。だから、この山でオレは、ひとりでくらしているのだと。
    「お前も泣いていないで、ひとりでできることを見つけるんだ」青いカラスはそう言うと、硬い細いおイモを、見つけて拾ってくると、まるで魔法のような速さで、そのおイモを半分におりました。「お前は小さいから、半分だけやろう」ぽとりと、タヌキの目の前に半分に分けたおイモが落ちました。タヌキは、何もわかりませんでした。なぜこのカラスはこんなにもさびしい目をして食べ物をくれるのだろう。 でも、その硬い細いおイモが、とてもあまく感じられて元気になりました。

    それからタヌキは、この青いカラスを「ヒトリ」とよびました。そしてヒトリが、おイモを「半分」くれたから、自分のことを「ハンブン」とよぶようになりました。小さいハンブンにとって、ヒトリが青いカラスでも、ぜんぜん気になりませんでした。ただ、いつも自分のそばにいてくれる、大切なともだちでした。ヒトリも、だれかにすなおに話されたのは、はじめてでした。「ひとりじゃない」ということが、こんなにも心が楽になることなのだと、ヒトリは知りました。
    二人は、山の中でしばらく一緒にくらしました。 ヒトリが木の実をさがしにいけば、ハンブンは足元をぴょこぴょこと、ついていきました。雨がふれば、ヒトリが羽を広げて、ハンブンの小さな体を雨からまもってくれました。 そんな毎日は、二人の心をすこしずつ柔らかく溶かし、明るくしていきました。

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    夏がすぎ、秋がすぎ、冬がすぎ、やがて春がまた来ました。

    ハンブンはいつのまにか、ヒトリよりひと回り大きくなりました。もう、おイモを半分もらう必要はありませんでした。ハンブンは、ヒトリと一緒に木の実をさがしたり、川で魚をとったりするようになりました。それからヒトリは、ハンブンに村にいる人間の様子を聞かせてくれました。「人間は、いそがしそうに畑をたがやし、家をたて、いつも何かをさがしている」ヒトリの話を聞くたびに、ハンブンはその村という場所に、そして人間に、だんだん興味をもつようになりました。

    ある日のことです。ハンブンは、村の人間をもっと知りたいと思い、もう一人でも大丈夫だとヒトリに言って、村へ行くことにしました。「また、会おうね」ハンブンがそう言うと、ヒトリはだまって、深くうなずきました。その日から、ハンブンは山のふもと、村の近くのでくらし始めました。そして、村はずれにひとりでくらす、おばあちゃんと出会いました。

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    おばあちゃんの畑には、おいしそうなサクランボが、いっぱい実っていました。ハンブンは、思わずそれを食べようとしました。すると、おばあちゃんは、おどろくこともおこることもなく、ただ静かに言いました。「どろぼうはだめよ。食べたいのなら、働きなさい」 ヒトリと、くらしていたころは、ただおなかが空けば、木の実や魚をさがせばよかったのでした。ヒトリは「どろぼう」という言葉を、一度も口にしたことはありませんでした。「働いたら、食べていいの?」ハンブンは、ふしぎに思いながら聞きました。「そうよ。働いて、自分の力で手に入れたものは、だれも文句は言わないわ」それからハンブンは、おばあちゃんの言うとおり、畑をたがやし、草をかり、畑のしごとを手伝いました。 そして夕方になると、おばあちゃんと一緒に、とれたての野菜や、おばあちゃんが作ったおにぎりを食べました。そのあたたかいおにぎりは、ヒトリと食べたおイモと同じくらい、おいしかったのです。

    ハンブンは村でおばあちゃんの手伝いをしてくらすようになりました。

    夜になるとハンブンは、たくさんの話を聞き、おばあちゃんに文字まで教えてもらい、人間のこと、いろんなことを知りました。人間は、村のはずれの大きな石に食べ物をお供えして、神様にお願いしていることも知りました。
    ヒトリとハンブンは、それぞれの場所で、新しい生き方を見つけていました。それでもヒトリは、おばあちゃんのいない時にハンブンの所にやってきては、よく遊んでいました。二人の間にながれる時間は、むかしと何もかわりませんでした。

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    ある日、ハンブンが草かりをしていると、いつものようにヒトリがやってきました。「ハラが減ったよ、食べ物はないかい?」 ヒトリの声は、すこしつかれているようでした。 「キュウリならあるよ」ハンブンは、そう言って畑のキュウリを指差しました。「それならさっき、その畑で食べてきたよ」 ヒトリが言うと、ハンブンは眉をひそめました。 「ダメだよ。かってに食べちゃ、どろぼうだよ」ハンブンの言葉に、ヒトリはすこしだけ、むっとしました。「しかたがないだろう。ハラが減ったんだから」「じゃあ、ちゃんと仕事をすればいいだろ」ハンブンは、おばあちゃんが言ったように、ヒトリに言いました。「お前は、おばあちゃんがいるから畑で働ける。でも、オレは青いカラスだから、みんなが怖がる。しかたがないだろう」ヒトリの言葉は、まるで自分の孤独の言いわけしているようでした。「うーん。それでも、どろぼうはダメだよ」ハンブンは、少しさびしそうに言いました。
    その言葉に、ヒトリは何も言いかえしませんでした。 ハンブンのさびしそうな顔を見て、ヒトリの胸は冷たくなり、ハンブンに悲しい気持ちにさせたくないと思いました。 少しの時間、二人のあいだに流れていた空気が止まりました。しばらく考えてハンブンが言いました。「そうだ、いいことがあるよ。神様になれば、人間が食べ物をとどけてくれるよ、おばあちゃんに聞いたんだ。ヒトリが神様になったらいい」 と言いました。
    ヒトリは、それを聞いて目をまるくし、村人が村のはずれの大きな石に、野菜やまんじゅうを置いていたのを思い出しました。「あれが神様?だから、人間はそんなことをしていたのか。よし、じゃどうすれば いいんだ」 「人間は、食べ物を届けた時に、小さな声でお願いを 言うから、それをかなえてあげればいいんだよ」「オレは、今までひとりで生きてきた。人間の願いごとくらい、オレにはできるだろう!」 ヒトリは力強く言いました。 「よしわかった、オレは神様になろう」「じゃあ、ぼくが手伝うから三日後のお昼に村のはずれのあの大きな石の所で会おう。だからもう絶対に、どろぼうはダメだよ。どろぼうをしたら、もうヒトリとは話さないし、会わないよ」ハンブンは、大好きで大切なヒトリに、悪いことをしてほしくなかったです。「わかった!ハンブンとの約束は絶対に守る」ヒトリはその言うと、空高く飛び立ちました。
    その夜、ハンブンはこっそりと家を出てると月明かりの下、大きな石に「アオガラス大明神」と字を書いて帰ると、しばらくは、そわそわとした落ち着かない気持ちで過ごしました。三日後、畑仕事の帰りにハンブンは、神様にお願いがあるからと、おばあちゃんを連れて大きな石にの所にやってきました。

    おばあちゃんは、大きな石に「アオガラス大明神」と書いてあるの見て「あら、この神様は『アオガラス大明神』というのね。今まで知らなかったわ」それを見てハンブンは安心しました。そして、今年の畑もたくさんの野菜が取れて、おばちゃんが楽できるようにお願いしました。それを聞いたおばあちゃんは、何も知らなかったハンブンが、こんなことを言うようになったと、うれしくなりました。でもここ2、3日、ハンブンがいつもと違って元気がないことも気にしていたので、神様にハンブンが元気になるようにお願いしました。それから、畑で採れた大きなトマトを一つ、お供えしました。そして「畑仕事はもういいから、遊んでおいで」と言って家へ帰りました。ハンブンは「うん、じゃ夜ご飯までに帰るよ」と、山の方へ歩いて行きました。
    それを陰で見ていたヒトリは、そのトマトをつかむとハンブンを追いかけました。「お前に元気になってほしいんだって、おばあちゃんは、おまえのことをよく見てくれているよ」というと、そのトマトを一口で食べました。その日から、ハンブンは、おばあちゃんの前ではいつも以上に、笑い、食べ、元気に遊びました。
    秋になりたくさんの野菜ができました。おばあちゃんは、ハンブンがすっかり元気になったことで、山のふもとの「アオガラス大明神」は、お願いをよくかなえてくれると、会う人みんなに話しました。うわさは、あっという間に村中に広がり、「アオガラス大明神」の大きな石の前には、たくさんの食べ物が集まるようになりました。おかげで、ヒトリは大忙しになりました。

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    男の子が、森のなかでお金を落としたと大きな石の前で泣いていると、ヒトリはそれを聞くなり空高く飛び上がり、木の影にかくれたお金を見つけ、そっとくわえて、男の子の目の前に落としました。 男の子は、おどろいて、よろこんで、手を合わせました。 女の子が、歯がいたくて泣いていると、ヒトリは、山の中の秘密の薬草を抜きとり、こっそり女の子の家までとどけました。また日照りが続き、村人たちは雨が降るように願いましたが、さすがにそれはできませんでした。ただ三日以内に雨が降ることは、空の雲を見て知っていたので何もしませんでしたが、やがて雨が降り村人は大喜びです。
    ますます「アオガラス大明神」は有名になり、お供えはとぎれることがなく、大きな石の前は、いつも村人によってきれいに掃除されていました。ヒトリは、もう食べることに困ることはありませんでした。ただ、ヒトリはますます忙しくなり、ハンブンとゆっくり話す時間も、遊ぶ時間もなくなってしまいました。

    そして、いつもより暑い夏がやってきました。

    おばあちゃんは、その年の夏の暑さに負けて寝込んでしまいました。ハンブンは、村のはずれの大きな石の所まで行くと、ヒトリに言いました。「おばあちゃんが大変なんだ。最近は元気がなくて、力がでないんだ。お医者さんに見せると、えいようのある『うなぎ』がいいらしいけれど、うなぎがどこで、とれるのかを知らないんだ。『うなぎ』って知っているかい?」と、ヒトリに聞きました。「よし、わかった」 とだけ言うと、ヒトリは空へ飛びました。

    ヒトリは、空から村中をさがしましたが、うなぎは見つかりませんでした。いつのまにか村を出て遠くまで飛んでいくと、町の魚屋の店先に、大きなうなぎが置いてあるのを見つけました。 ヒトリは飛んできて、うなぎをつかみました。 その瞬間、魚屋が大声で叫びました。「どろぼう!」魚屋は、大きな石を掴むと、ヒトリめがけて投げつけました。 ずん! 石は、ヒトリの体に強くあたりました。 ヒトリは、その痛さよりも「どろぼう」と呼ばれたことに、びっくりしました。「しまった。オレは、どろぼうになったのか…」 ハンブンとの約束が、頭の中をよぎりました。

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    それでも、ヒトリはフラフラと飛びながら、なんとか村へ帰りました。おばあちゃんとハンブンの家に飛んでいくと庭に、くわえていたうなぎを投げました。「どん!」その音に気がついたハンブンが庭に出ると、庭には大きなうなぎがいました。それを受けとると、ハンブンは遠くの空に小さく見える鳥の影にむかってさけびました。「ヒトリ!ありがとう!」ヒトリは、だまって、ふりかえらずに山へ帰っていきました。
    それからしばらくして、おばあちゃんはすっかり元気になり、ハンブンは心から喜びました。そして村のはずれの大きな石の「アオガラス大明神」のところまで知らせに行きました。陰から見ていヒトリはハンブンの喜ぶ顔を見て、とてもうれしかったのです。でも、同時に笑えませんでした。「どろぼう」と呼ばれた声が、まだ耳に残っていたからです。「オレは、ハンブンとの約束をやぶってしまった…」と、心の中で何度もくりかえしました。

    ヒトリは、それからもハンブンと会うことも、話すこともなくなりました。ヒトリに当たった石のきずは、やがて治りましたが、その姿を見る者はいなくなってしまいました。ハンブンは、ヒトリに会えなくなったことを、ふしぎに思いました。「どうしてヒトリは遊びに来てくれないんだろう」ヒトリのことを思い出しては、さびしくなりました。

    そんなある日、すっかり元気になったおばあちゃんが聞きました。
    「そうそう、この前のうなぎはどうしたんだい?この村には、うなぎはいないし、だれかにもらったのかい?」「神様がくれたんだよ」 ハンブンがそう答えると、おばあちゃんは、少しさびしそうに笑いました。「本当だね。うそじゃないよね、どろぼうなんかしていなよね」 その言葉に、ハンブンは、はっとして、あの日の約束を思い出しました。『どろぼうはダメだよ。どろぼうをしたら、もうヒトリとは話さないし、会わないよ』 そう言ったのは、ハンブンでした。ヒトリはハンブンのために、どろぼうになってしまっていたのです。

    ハンブンは、もう昔のようにめそめそとは泣きませんが、涙がとまりませんでした。 ヒトリに会えなくなったハンブンは、何が正しいのだろう。と、考え続け、いつの間にか自分の心が半分になっていることに気がつきました。

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    ヒトリが、本当に「アオガラス大明神」になってしまったのか、今もハンブンとの約束を守っているのか、だれにも分かりません。ただそれからも「アオガラス大明神」に、お供えはとぎれることがありませんでした。

    ーおわりー




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