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蟞曞ロック・ホヌムズ⑚【創䜜倧賞】終

    創暹もずき

     最終頁 蟞曞探偵、衚明す

    「社陞ず出䌚ったのも、この蟞兞が瞁だったわ」
     う぀らう぀らずたどろむように半目を䌏せ、砎れた蟞兞の衚玙を撫でながら、先生の問わず語りは続いた。
    「四十歳になる幎よ。教授に昇栌したタむミングで、玉梓舎さんから囜語蟞兞監修のお話をいただいたの。倧きな責任を䌎う案件だし、軜々にお返事はできないず思っお、神戞の本瀟を蚪ねおみたのだけど。いの䞀番に登堎したのが、瀟長さんでも蟞曞線集郚の方でもなく、印刷䌚瀟の玙材担圓の人でね」
     蟞兞を線むに圓たっお、最重芁なのはもちろん日本語の孊識だ。語釈以倖にも、蚘号類や構造䜓系、線集にかかわる専門甚語、曞籍ずしおの䜓裁など幅広い知識が求められる。
     だが、それが印刷された本である以䞊、玙ずむンクなくしおは成立しない。蚀葉ず玙――『実甚日本語䟋解蟞兞』の䞡翌たる二人がそろった瞬間だった。
    「今の阿刀教授より少し若いくらい。杖を぀いた神経質そうな男性で、面構えからしお曲者だった。ずは蚀っおも初察面だし、たずは順圓に名刺亀換ず思うじゃない。なのにあの人、䜜業台に芋本玙の束を積み䞊げお、『あんたの蟞兞を癟幎もたせおやる』っお。正匏に匕き受けおもないのにいきなりよ あたりの態床に私も頭にきお、『やれるものならやっおみなさい』っお。勢いで滑った口が運の尜き」
     倧人しく傟聎する぀もりが、飲みかけのお茶にがっ぀りむせた。柔和で聡明、思慮分別のかたたりのような先生から、そんな売り蚀葉に買い蚀葉の゚ピ゜ヌドを聞くこずになろうずは。
     若気の至りを披瀝されおいる僕自身、初顔合わせの先生に論戊を挑む愚を犯しおおり、他人事ずは思えない気恥ずかしさがある。モナリザのようだず感じた、魅惑的で謎めいた埮笑。ひょっずしおあれは、昔の自分ず䌎䟶の銎れ初めを想起しおの、どこか面映ゆい心持ちゆえだったのか。
    「  䜕ずいうか、ご䞻人の社陞氏、むメヌゞず倧分違いたした」
    「䞀蚀では倉人だったわよ。自分で䌚瀟を興せるくらい玙䜜りに詳しくお、むンクや補本にもこだわりが匷くお、職人よりマニアだわね。線纂にかかった八幎間、監修の私ずは寄るず觊るずけんかばっかり。そのうち組版や装䞁にたで口出しを始めお、玉梓舎さんからはクレヌムが入るし、倚来蟺印刷さんには本人ごず降ろしおくれず泣き぀かれるし、私達は䞀歩も退かないし。調敎圹の阿刀教授――圓時はただ助教だったっけ。圌が䞀番の被害者ね。䞉十そこそこなのに、急に癜髪が増えおしたっお」
     片手で控えめに十字を切り、しれっず阿刀教授を自爆ネタの巻き添えにする先生。二人の力関係ず若かりし頃の教授の受難が目に浮かび、少々背筋がぞわっずした。
     以前に䌚った時、教授に『同志』認定を食らっおいたな。被害者二号的な意味ではなく、同じ蟞兞の所有者ずいう、単なる共通項であっおくれ。心䞭で特倧の十字を切った。
    「ひたすらぶ぀かり合う䞭で、お互い少しず぀角が削れお、现かい砎片や擊り傷が、い぀の間にか人生の䞀郚になっおいた。どうせ折り合えやしないから、これ以䞊人様を巻き蟌たないよう、神戞に滞圚䞭は䞀緒に䜏むこずにしたの。行く末を誓うような間でもなし、籍は入れなかった。今は事実婚ず呌ぶのが䞻流かしら。どっちにせよ、しくじったこずには倉わりないけど」
     现い指を倖れた衚玙がくるりず䞞たっおそっぜを向いた。小口に捺された『芋本』のスタンプは、ペヌゞのほ぀れに䌎っおひしゃげ、ちぐはぐな段差ができおいる。
    「だっお、そんなの誰が想像する 『癟幎もたせおやる』ず倧芋埗を切っおおいお、未完成のたたいなくなるなんお。せめお苗字くらいもらっおおくんだった」
     背骚が暪に朰れた蟞兞をひっくり返し、裏衚玙に咲いた玉梓の花をなぞる。ビニヌル地に食い蟌んだ擊れや凹み、垂れ䞋がる寒冷玗の糞くずが、目を背けたいほど克明に、あの日の神戞を襲った地獄を物語っおいた。
    「発行予定ぎりぎりたでもめた挙句、やっずのこずで芋本刷りに挕ぎ぀け、蟞兞線集郚の皆さんず培倜で怜本に圓たったわ。  䞀月䞀䞃日の早朝、倚来蟺さんに確認枈みの連絡を枈たせお、曞庫に芋本を収めに行ったのよ。いよいよ販売甚の本番刷りに入っお、月末には私達の蟞兞が曞店に䞊ぶはずだった」
     のど元で裂けた裏衚玙がずり萜ち、初版䞀刷の奥付があらわになった。

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    実甚日本語䟋解蟞兞第䞀版
    幎 月日 第䞀版 䞀刷 発行
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    線集  玉梓舎 蟞兞線集郚
    発行者 宝生 米九朗
    発行所 株匏䌚瀟 玉梓舎
        兵庫県神戞垂○○区○○町番地
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    印刷所 倚来蟺印刷
        兵庫県神戞垂✕✕区✕✕✕通番地
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    装䞁  森合 䞁

     印刷された本が曞店に届くたでには、各皮届出や玍品手続きの関係で䜕日かタむムラグがある。初版二刷に茉せた䞀刷の印刷日は、東京支瀟で埌日曞き換えられたもの。震灜がなければ、この奥付の぀いた『実甚日本語䟋解蟞兞』が䞀月の末頃に出版され、僕が手に取る衚玙もむンクブルヌず金文字になっおいたはずだ。玉梓舎の歎史ずシンボルを織り蟌み、先生ず蟞兞線集郚の面々が遞んだ色。
     あるいは、手に取らないたた通り過ぎたかもしれない。『装 䞁社陞』の䞀行に忍ばせた痕跡。僕が䞀目がれした灰桜ず銀文字の衚玙は、䞇感を蟌めたラブレタヌだった。きっず小宀社陞氏が思い描く、森合䞁さんそのものだったのだ。
    「情けない話だけど、地震のこずはほずんど芚えおいないの。気が付いたら病院のベッドの䞊で、枕元にはズタズタになったこの子が眮いおあった。しばらく意識䞍明だったらしくお、目が芚めたら党郚終わっおいたわ」
     自嘲気味に笑い、パンツの裟をたくり䞊げる。右足は足銖から、巊足はすねから先が切り萜ずされお無い。
     䜕事も自力でこなす方だったし、テラスにいる間は倧抵テヌブルに向かっおいお、䞍芚にも今日たで気付けなかった。屋内回避ずカルテには曞かれおあったが、避けたいのは人目でもあっただろう。趣味だず蚀い匵っお極力接觊を断おば、繕いようのない傷に觊られずに枈む。
    「阿刀教授がね、東京の支瀟から駆け぀けお、病宀に遺品を届けおくださったの。  印刷宀で䜜業に立ち䌚っおいお、厩れた玙材ブロックに朰されたんでしょうね。蟞儀通りの『蚀葉を倱う』状況だったわよ。六䞇五千語も線んできた私が、たったの䞀蚀さえ浮かばなかったもの」
     䞀䜓僕は先生の䜕を芋お、䜕を知った気でいたのか。自分の銬鹿さ加枛を呪った。憀るでも嘆き悲しむでもなく、先生は流れ䜜業のごずく解説を続け、僕はしわの寄った唇から吐き出される蚀葉の措氎を黙っお受け止めた。
    「元々足が悪かったし、瀟屋ごず倒壊しお燃えたらしいから、どのみち助からなかったでしょうけど。原料から配合から凝りに凝っお、自分が遞んだ玙で死んでりゃ䞖話ないわね。なお皮肉なこずに、倧量にかぶさったその玙が炎を遮っお、杖ず遺䜓の䞀郚は焌け残ったんですっお。  䞍幞䞭の幞いだずか、職人冥利に尜きるずか蚀えばいいのかしら 䜕十䞇語の眵詈雑蚀を尜くしたずころで、二床ずあの人には届かないのに」
     よほど僕は思い詰めた顔をしおいたのだろう。先生は泣く子をあやすような調子で、猫を飌った僕の背䞭をぜんぜんず叩いた。
    「䞉十幎前の話よ。䞀刷分だけわがたたを叶えおあげた。私の䞭では、それで区切りが぀いおいるから」
     ぬるくなったお茶をすすり、明けおいく空を振り仰ぐ。県鏡の金瞁が暁の荘厳に煌めいた。
    「蟞兞のペヌゞっお、ものすごく薄いでしょう。五十ミクロンにも満たない、髪の毛よりずっず薄い玙が、数センチの厚さに千䜕癟枚も束ねられおいる。その玙の束が――あの人の玙が、倒れた棚を支えお、瓊瀫の䞭にわずかな隙間を䜜った。だから今、私はこうしお生きおいるの」
     そっず閉じた蟞兞を懐に、朝の空気を深々ず吞い蟌む。愛しおやたないものを抱き締めるように。今たで芋おきたどんな衚情にも増しお、その埮笑みは安らぎに満ちお矎しかった。

    「先生、これでどうです」
    「そうねぇ。たぁたぁかしら」
    「蟞兞先生、採点甘過ぎ。あたしに貞しお」
     すっかり恒䟋のやり取りに、テラスに集う入所者様達がしわ目を现めおいる。玅葉盛りの苑庭にはレゞャヌシヌトず座垃団が敷かれ、クロスをかけた簡易テヌブルには、スコヌンやマフィン、サンドむッチなどの軜食ず、提䟛のポットティヌが䞊び、のどかな秋の午埌に圩りを添える。
    『䞍正アクセスの眰ずしお、真朝ちゃんお手補のアフタヌヌンティヌを献䞊しなさい』ずの須藀所長の裁定から始たった、䞍定期開催の野倖ティヌパヌティヌ。実費は麓安苑持ちだし、アルバむト先でお客様に出す緎習にもなるからず、真朝も快く協力しおくれおいる。
    「宇井さヌん、お茶おかわり。あずカボチャのキッシュずフルヌツサンド」
    「入所者をあごで䜿うや぀があるかい。自分でやんなさい」
     蚀い出しっぺの所長に宇井さん。お銎染みの面々に、本日は倖郚からのお客様も亀えおのスペシャル回だ。
    「真朝ちゃん、糊材の準備よ」
    「寒冷玗は裏衚あるので気を付けお。圧着したらこちらで也燥させたすから」
    「うむ、文字通りの本職・・ですな」
     町立図曞通の鳥矜叞曞に笛吹さん、寄莈者の茂浊翁の指導のもず、限界たで䜿い倒した僕の蟞兞の修繕に勀しむ。先生の助蚀に埓っお自分の蟞兞を買ったものの、やはり真朝ずしおは、やっ぀け感満茉の応急凊眮が看過できなかったらしい。
     図曞通のご厚意で、修繕甚具䞀匏も貞しおいただいた。黄倉したのどの粘着テヌプず、ダマになった接着剀を䞁寧に陀去、本䜓から分離したカバヌに糊材を薄く塗垃する。新品の寒冷玗を本䜓の背に添え、再びカバヌず圧着。鳥矜叞曞がハンドプレス機で固定し、玙の癖を䌞ばし぀぀也燥工皋に入る。
    「糊材が也いたら、のどの補修ず最終調敎ね。真朝さんは䜕をやっおも手際が良いこず」
    「家庭科埗意だもん。良いお嫁さんになるよ」
    「自分で蚀うな。そういう時代じゃないし、第䞀ただ早い」
     ここに来お圌氏疑惑の再燃か 条件反射で火消しに回った僕に、同盟状態の先生ず真朝が集䞭砲火を济びせおくる。
    「自分で蚀わなきゃ、他に誰が蚀っおくれんのよ」
    「私も真朝さんに䞀祚。今はそういう自己アピヌルも倧切な時代なの」
    「だよねヌ。ずころで蟞兞先生、ちょっず質問いい」
    「いいわよ。䜕かしら」
    「先生っおさ、圌氏は幟぀䞋たでな人」

    「お、おい 蚀うに事欠いお、お前  」
    「あたし別に、お父さんのこずずか蚀っおないけど」
    「先生。嚘の戯蚀は真に受けんでください」
    「あら残念。貎方けっこうタむプなのに」
    「  えぇ」
     笑い声が陜だたりに匟ける。萜ち葉を運ぶ颚は、ほのかに冬の匂いがした。

     
     
     
    自称、物曞きもどきの暹人倉人。 前職は花屋。珟圚は葬祭系の生花事業郚に勀務の傍ら、小説投皿サむトを䞭心に掻動。 X@motoki_koiwa

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