ムスメとの攻防戦④
最近、もうすぐ5歳になるムスメの口がますます達者になっている。一体誰に似たのか分からない。
以前から書いている通り、ムスメはとにかく偏食がひどい。最近では多少マシになってきたとはいえ、同年代の子たちとランチに行くとその差に愕然とする。もはや「いつかそのうち食べるでしょ」なんて悠長なことを言ってられない年頃で、親である私たちは日々頭を抱えている。
先日、いい加減に野菜を食べなさいと私が言ったときだ。ムスメは「いつもニンジン食べてますけどー!!」と反論してきた。
はいはい、出た出た、お決まりパターン。
ムスメが言うニンジンとは、妻が作る「切り干し大根」に入っているニンジンのことだ。そして、ムスメはそのニンジン以外一切手を付けない。
大体こういう時、私は長いお説教を始める。ビタミンの重要性。ビタミンは野菜に多く含まれること。人間は他の動物と違って体内で合成できるビタミンの種類が少ないこと。ビタミンが欠乏するとどうなるか、過去、ビタミンC欠乏症、いわゆる壊血病によって多数の死者を出した航海の歴史や、臓器、血管への影響に至るまで事細かに説明する。
そして、私はムスメに対してキラー質問を投げかけた。
「スイカは野菜でしょうか?果物でしょうか?」
彼女は嬉々として「果物」と答えた。計算通りだ。ムスメはスイカが大好きだ。だから、スイカが野菜であると知ったなら、もう野菜嫌いとは言わせない。そこから、果物と野菜の違いなど、所詮は人間の分類によるものだと畳み掛ける。
と、神妙に話を聞いていたムスメが口を開いた。
「はい、パパにしつもん。トマトはやさいでしょうか、くだものでしょうかー?」
──こいつ、返してきやがった。
だが、その質問が自分の首を絞めていることに気づいていない。当然私の返しは「トマトは果物だよ」だった。
しかし、ムスメはそれに反論するように、「さっきといってることちがうけど??」と私をぶっ刺した。
ぐうの音も出ない。レスバはやめて一旦退却する。
別の日の昼時。あまりにもご飯を食べるスピードが遅いムスメにイラついていた私に対し、ムスメが怒り出した。
「もうさー、パパおはなしいいから、さっさとタバコいけば?」
「さっきからタバコすいたいんじゃないの?」
ベランダから戻った私に対してムスメは、「パパ、タバコすったんだからさっさとおしごとしたら?」としたり顔でアドバイス。私の説教が無くなったからか、茶碗の中のご飯は綺麗に平らげてデザートのパピコをチューチュー吸っている。
あっという間に休憩時間が終わった。そろそろ仕事に戻らなければならない。だが、その前にもう一本と思って席を立った。ムスメは私に何かを話しかけようとし、それを妻が「パパはおしごとだからね」と窘めたその時だ。
「あれぇ、タバコっておしごとなのかなあ?ねえ、ママ、タバコっておしごとー?」
妻も私も閉口した。
妻が放つ冷たい槍のような視線を感じながら、私は二人に背を向けた。
そんなムスメだが、いっちょ前にちゃんと傷つくこともある。おもちゃを散々出すだけ出して片づけない。そのくせテレビは見せろと言う。時刻は夜8時。いい加減寝る時間だというのに、グズグズと手で積み木を捏ねている。
当然、私と妻からきついお説教を食らう。ふだんは滅多に泣くことがないムスメがその日は頬に大粒の涙を垂らし、こう言った。
「〇〇ちゃんの、〝こころのガラス〟にひびがはいってこわれたよ」
一瞬時が止まった。一体この子は何を言っているんだと思った。私も妻も、叱ることは一旦置いておいて、どういうことかが気になった。
話をまとめるとこういうことだ。
ムスメの「こころのガラス瓶」は夢の世界にある。そして、そのガラス瓶はパパとママに叱られたことによって砕け散った。砕けたガラス瓶は自分では直すことができない。直すためには夢の王様に頼む必要がある。しかし、夢の王様は病気で現在魔法が使えず、そのため今はまだ直すことができない。
夢の王様の病気が治るのは次の10月か11月で、その頃になれば状況が変わるかもしれない。
世界観が強すぎる。そして、そんなことを言われてしまっては、振り上げた拳を下ろす先が無くなってしまった。
ムスメの話にはよく「夢の世界」が登場する。たぶん、私たち親以外が聞いたら本当に頭がおかしいと思われても仕方ない。だが、きっと彼女にとってそれは紛れもない現実のひとつなのだろう。
そんなムスメは今これを書いている後ろで、何やらブツブツ言いながら楽しそうにお人形と遊んでいる。
これまでのムスメとの話はこちらにまとめています。
