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台所のカりンタヌに、垰る堎所のないものたち

    台所のカりンタヌには、今日も垰る堎所のないものが䞊んでいる。

    嚘たちの氎筒。
    お匁圓箱。
    飲みかけのコップ。
    ナニバのおみやげ。
    母が、私のいない日に嚘たちぞごはんを䜜っおくれたずきの噚。

    どれも、いらないものではない。

    氎筒は明日の朝も䜿う。
    お匁圓箱は掗っお、たた詰める。
    飲みかけのコップは、誰かが「あずで飲む」ず思っお眮いたのかもしれない。

    ナニバのおみやげは、楜しかった日の䜙韻を少しだけ残しおいる。
    母の噚は、私がいない時間にも、この家のごはんが続いおいたこずを教えおくれる。

    だから、捚おるものではない。
    怒るほどのものでもない。

    けれど、倜、仕事から垰っおきお、そのカりンタヌを芋るず、胞の奥が少し沈む。

    ああ、たたいっぱいになっおいる。

    片づけたらいい。
    そう蚀われたら、その通りだず思う。

    でも、ものを片づけるには、そのものが垰る堎所を決めおおかなければならない。

    氎筒はここ。
    お匁圓箱はここ。
    コップはここ。
    おみやげはここ。
    噚はここ。

    垰る堎所があれば、ものは垰れる。

    けれど、わが家のカりンタヌに集たるものたちは、行き先がはっきりしない。
    そしお私は、その堎所を䜜るこずに、少し疲れおしたった。

    以前は、なんずかしようずしおいた。

    収玍ケヌスを買ったり、眮き堎所を決めたり、
    「これはここに戻しおな」
    ず家族に蚀ったりした。

    でも、気づけばたたカりンタヌに戻っおくる。

    氎筒も、お匁圓箱も、出所のわからない袋も、誰かが䞀床そこに眮く。
    そこに眮けば、ずりあえず暮らしは止たらないからだ。

    家族は、たぶん今のたたでも困っおいない。
    私も、生掻だけで蚀えば、そこたで困っおいない。

    困っおいるのは、たぶん気持ちのほうだ。

    できないわけではない。

    ただ、倜の私は、散らかったカりンタヌを芋るだけでぐったりする。

    倚分、そこに、ただ終わっおいない「暮らしの埌始末」が、ずらりず䞊んでいるからだ。

    

    気持ちに䜙裕がある時は、その噚を食噚棚に戻すこずもある。

    これはここ。
    これは明日䜿う。
    これはもう片づける。
    これは、ただ眮いおおく。

    そんな小さな刀断を、毎日䜕床もしおいる。

    たぶん、家族はそれをあたり意識しおいない。
    誰かを責めたいわけではない。

    ただ、暮らしの䞭には、名前の぀かない刀断が山ほどある。

    そしお、その刀断のいく぀かが、倜の私には重い。

    

    そういえば、私自身にも、垰る堎所はあるのだろうか。

    仕事から垰っおくる家はある。
    家族もいお、台所もある。
    寝る堎所もある。

    数字や予定で埋たる仕事の手垳はある。

    けれど、今日蚀えなかった蚀葉や、明日たで持ち越した仕事や、なんずなく飲み蟌んだ気持ちは、どこぞ戻ればいいのだろう。

    倕飯を䜜りながら、明日の予定を考える。

    お匁圓箱を掗いながら、孊校のメヌルを思い出す。

    嚘の話を聞きながら、冷蔵庫の䞭身を数える。

    ひず぀の堎所にいるのに、いく぀もの堎所のこずを考えおいる。

    カりンタヌに䞊ぶものたちを芋ながら、私はずきどき、自分もその䞭のひず぀みたいだず思う。

    ただ片づいおいない。
    でも、捚おるものではない。
    誰かの圹には立っおいる。
    けれど、自分の堎所がはっきりしない。

    

    きれいな台所には憧れる。

    䜕も眮かれおいないカりンタヌ。
    拭き䞊げられた倩板。
    必芁なものが、必芁な堎所に、静かに収たっおいる台所。

    そんな写真を芋るず、いいなあず思う。

    でも、わが家のカりンタヌには氎筒が䞊んで、
    お匁圓箱が眮かれお、
    誰かのコップが残る。

    矎しい暮らしずは少し違うかもしれない。

    でも、ここには今のわが家がある。

    

    今日も私は、カりンタヌの前に立぀。

    氎筒をひず぀動かしたり、
    お匁圓箱を流しぞ運んだり。

    飲みかけのコップをのぞいお、
    もういいか、ず流す。

    それだけでは、カりンタヌは劇的には片づかない。

    けれど、少しだけ空間ができる。

    そのすきたに、私は自分の手垳を眮く。

    明日の予定を曞く。
    買うものを䞉぀だけ曞く。

    ぀いでに、今日できたこずもひず぀だけ、文字にしおおく。

    倕飯を䜜ったこず。
    氎筒を掗ったこず。
    母の噚を元の堎所に戻したこず。

    それだけの日もある。

    でも、それだけの日が、暮らしを぀ないでいる。

    

    台所のカりンタヌには、明日もきっず垰る堎所のないものたちが䞊ぶ。

    たぶん私は、それを芋おたた少しぐったりする。

    片づけようず思いながら、お茶を入れる。
    党郚を戻す前に、怅子に座る。

    机のすみに眮いた手垳を開く。
    氎筒の圱を気にしながら、ペンを持぀。

    そこに小さく、明日の自分ぞ曞いおおく。

    党郚じゃなくおいい。

    そう曞いたあず、私はしばらく、ただ片づかないカりンタヌを芋おいる。

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    50代。暮らしや働き方、手垳やノヌトのこずを曞いおいたす。幎霢ずずもに倉わっおきたこずも、これからやっおみたいこずも。今の自分に合う暮らし方を、日々詊しながら綎っおいたす🕊 ▶リンクたずめhttps://potofu.me/koharu

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