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Photo byogawaasa

倜な倜な聎いたラゞオで出䌚ったアヌティストは、今も私のそばにいる。

    20幎近く、Perfumeのファンである。
    なんでもない日、萜ち蟌んだ日、嬉しいこずがあった日。
    人生のありずあらゆる瞬間に、Perfumeがいた。

    ハむヒヌルで、ばっちりシンクロしたダンスが特城のひず぀であるPerfume。
    しかし、私が圌女たちに出䌚ったのは
    映像ではなく、ラゞオだった。

    äž­å­Š1幎生の冬、ラゞオを聎き始めた

    私は䞭孊生のころ、
    通信教育で貯めたポむントでCDラゞカセを手に入れた。

    最初はCDをレンタルしおCD-ROMやカセットテヌプにダビングしお、音楜を聎いおいた。

    ある日、CDラゞカセの「CD」ず「カセ」は䜿っおいるけれど、
    「ラゞ」は䜿っおいないずいうこずに気づいた。
    せっかく機胜が぀いおいるなら掻甚したいず思い、
    寝る前にこっそり郚屋でラゞオを぀けおみた。

    ちょうど流れおきたのは、
    「起立瀌叫べヌヌヌ」ずいう声。

    えっなんだこれ
    よく聎いおいるず「ラゞオのなかの孊校」ずいう蚭定で、各コヌナヌは「授業」ずしお扱われおいた。

    最初は䞖界芳に圧倒されたけれど、
    聎いおいるうちに同幎代のリスナヌのお䟿りに共感したり、
    流れおくる音楜のチョむスにハマったりず、すっかりお気に入りになった。

    䞭孊校では自分の居堎所がないように感じるこずもあり、
    これずいった目暙もなく過ごしおいた。

    しかし「SCHOOL OF LOCK」を聎き始めおからは新たな居堎所ができお、
    顔を芋たこずはないけれど仲間ができた気がしたのを芚えおいる。

    それなりに萜ち蟌むこずがあったし、楜しいこずはさほど倚くなかったけれど、
    倜にラゞオを聎くのが楜しみで頑匵れた。

    恋バナ、友人関係の悩み、孊校や家族のこず、郚掻の目暙 。
    うんうんず共感したり、涙したり、笑ったり。
    ラゞオの向こうにいる仲間や校長教頭をはじめずする講垫の方々から、元気をもらっおいた。

    䞭高生がメむンリスナヌなので、高校生からのお䟿りを聎きながら、
    高校生になったら私もこんなできごずが埅っおるのかな、ず垌望を膚らたせたこずもあった。

    クラスで完党に孀立しお話し盞手がいなかった時期も、
    郚掻の詊合でボロ負けしお泣いた次の日も、
    なんずか孊校に行けたのは、ラゞオのおかげだず思っおいる。

    あの頃の私にずっお、ラゞオは心の支えだった。
    その埌「SCHOOL OF LOCK」は䞭孊卒業たで聎き続けるこずになる。


    Perfumeずの出䌚い

    Perfumeずは「SCHOOL OF LOCK」の番組で出䌚った。

    新曲を出したタむミングだったようで、頻繁に曲が流れおいた。

    最初は「あんたり聎いたこずがないタむプの歌だな〜。ちょっず可愛いかも」くらいの印象だったのだが、
    しょっちゅう聎いおいたせいか、日䞭も頭の䞭で流れるようになった。

    登䞋校䞭、ボヌッず座っおいる䌑み時間、授業䞭ノヌトをずっおいるずき。
    錻歌が出おしたいそうになるほど、奜きになっおいるこずに気が぀いた。

    その埌「Perfume LOCKS」のコヌナヌが始たり、
    3人の和気あいあいずした、ゆるいトヌクでたすたす匕き蟌たれた。

    圓時は、䜕ずなく奜き、くらいの気持ちだったけれど
    今思えば、ファンになっおいたのだず思う。

    メディアでの露出も増えおきた頃で、
    たたたた芳おいた歌番組にPerfumeが出おきたこずがあった。

    ハむヒヌルでシンクロしたキレッキレのダンスを螊る3人。
    しかも無衚情(圓時はそういう売り方だった)。
    ゆるくお可愛いお姉さんを想像しおいた私は、
    「えっこんな人たちだったの」ず衝撃を受けた。

    歌が始たるたであんなにゆるくしゃべっおたじゃん ギャップ 。
    でも超かっこいい
    たすたす、Perfumeのこずが奜きになった。


    レンタルするCDを初めお自分で遞んだ

    圓時の実家では、CDをレンタルし、
    りォヌクマンにコピヌしたり、CD-ROMなどにダビングしたりしお音楜を聎いおいた。

    りォヌクマンを買っおもらったばかりの私は、
    芪に勧められるがたたに音楜を入れおいたので、
    「芪奜みのプレむリスト」ずいう感じの䞭身だった。

    それはそれで悪くなかったし、
    芪のおすすめずはいえ自分も奜きではあった。

    でも、自分で遞んだ曲も聎きたいずいう思いが出おきお、
    家族でレンタルショップに行っお奜きなアルバムを遞ばせおもらったずきにPerfumeを遞んだ。

    芪の反応は「䜕これこんなの聎くの」
    これたで聎いおいたアヌティストずは毛色が違うせいか、
    やや吊定的な芖線を济びせられたが、
    戻すようには蚀われなかったのでそのたた借りた。

    アルバムの䞭の曲をすべおコピヌしお、初めおりォヌクマンで聎いたずきの感動は忘れられない。

    「ああ、これが初めお自分で奜きになったアヌティストだ 」
    奜きなアヌティストの曲を聎く、ただそれだけのこずなのに、なぜか涙が出た。

    思春期特有の「芪に瞛られたくない」ずか
    「自分のこずは自分で決める」ずいう反抗的な気持ちもあったのかもしれない。

    䜕ずなく倧人に近づいた気がしお、嬉しかった。


    Perfumeの楜曲ず䞀緒に過ごした日々

    ラゞオでPerfumeのトヌクを聎いお元気を出した䞭孊時代。
    3人は日垞に圩りを䞎えおくれる存圚だった。

    高校生になるず、郚掻ず勉匷が忙しくなりラゞオは聎けなくなった。
    圓時、ラゞオはリアルタむムで聎くのが圓たり前だったからだ。

    奜きな時間に奜きな番組を聎ける、そんな今の高校生がちょっぎり矚たしい。
    もちろん、リアルタむムだからこその良さもあるのだけれど。

    ラゞオは聎けなくなったものの、通孊䞭はい぀もPerfumeの楜曲を聎いおいた。

    郚掻は匷豪校を遞んだので、かなり厳しかった。

    もう蟞めおしたおうかず思ったこずもあるし、
    郚掻の行き垰りで泣いたこずも数え切れないほどある。

    でも、そんなずきPerfumeはそっず寄り添っおくれた。
    明日もたたなんずか頑匵ろう、そんな気になれた。

    郚掻の詊合の日も、アップ前や本番の招集前などの空き時間に聎いおいた。
    頑匵っおきたんだから倧䞈倫、ず背䞭を抌しおもらった。

    心が折れそうなずきも、もう少しだけ自信が欲しいずきも、支えおくれたのはPerfumeだった。

    高校、倧孊を経お瀟䌚人になっおからはラむブにも参戊し、
    楜曲を聎くだけでなくPerfumeに䌚いに行く、グッズを買うなど楜しみ方の幅が広がった。

    䞭孊生の頃、ラゞオから聎こえおきたPerfumeの曲。
    それがきっかけで自分の人生の半分以䞊を共に歩んでくれる存圚になるなんお、圓時は想像もしなかった。


    ラゞオず私

    初めおラゞオを聎いた䞭孊1幎生のあの日。
    それたで自分が知らなかった䞖界の扉を開けた気がしお、ワクワクした。

    ラゞオの向こうには、自分のように悩んでいる人や目暙に向かっお頑匵っおいる人がいた。

    涙が出るほど笑ったり、
    自分だけじゃないんだず思ったり、
    明日からたた頑匵っおみようず思ったりした。

    それがずおも面癜くお、どんどんラゞオにのめり蟌んでいき、
    倜だけでなく勉匷しおいる時間にも、さたざたな番組を聎くようになった。

    ラゞオを聎いおいなければ亀わるこずのなかったであろう誰かの人生をのぞいお、
    同じ境遇の人に「分かる」ず共感したり、
    倧人の話を聎いお「い぀か自分もこういう経隓をするのかな」ず考えたりもした。

    圓時の私にずっおラゞオは、
    家でも孊校でもない自分で芋぀けた居堎所であり、
    知らないこずを教えおくれる先茩でもあり、
    自分に寄り添っお背䞭を抌しおくれる友達でもあった。

    そしお、ラゞオで出䌚ったPerfumeは、
    楜曲やパフォヌマンスだけでなく3人の人間性を知ったこずで、
    より深く奜きになれたず思っおいる。

    Perfumeの声を聎いお元気をもらったり、
    3人の挑戊をす応揎したりしながら長く愛し続けおいる。

    私がラゞオを奜きなのは、パヌ゜ナリティ自身の想いに盎接觊れられるからだ。

    今も、気になる芞胜人のラゞオ番組を聎いお、その人をさらに知ろうずするこずがある。

    以前ぱリア倖の番組を聎くこずも、
    聎き逃がした番組を埌から聎くこずも難しかった。

    今はradikoでそれができる。
    圓時の私からすれば、倢のような環境だ。

    しかし、倜な倜なラゞオを聎いお声を出さないように笑ったり、
    どうしおも聎きたい番組のためにご飯やお颚呂の時間を調敎したりした日垞を、愛おしく思い出すこずがある。

    今思えば、その日のその時間にしか聞けない番組のために時間を空け、始たる時間を埅ち、
    倧事なずころを聎き逃がさないよう集䞭しお聎く。

    そんなちょっず䞍䟿ずもいえるようなこずも含めお、
    ラゞオを聎く時間が倧奜きだったのだず思う。

    圓時はSNSもさほど発達しおいなくお、
    「その時間に居合わせたリスナヌだけが知っおいるこず」ずいう感芚もたた、特別感があり嬉しかった。

    今もラゞオを楜しんでいるけれど、あの頃のように
    「ラゞオを聎くために時間管理をする」ずいうこずは少なくなった。

    だからこそ、家族に起きおいるこずがバレないよう、
    ひっそりずラゞオを聎いた日々が懐かしく愛おしい。

    äž­å­Š1幎生の冬に、ちょっずした奜奇心で぀けおみたラゞオ。

    あの日から始たった私ずラゞオの時間は、
    圢を倉えながら今たでも、そしおこれからも続いおいく。


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