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「クロッカス」

     掃き出しの窓を開けると、ひんやりした風が体を通り抜けるように吹いた気がした。
     厚い雲が一面に広がる空は、日中にしては濃い灰色をしている。
     庭に降りると、ひたすら土を掘ってはそれを辺りに撒き散らす行為に没頭する、小さな丸い背中が見えた。
     弥栄子は二の腕をさすりながら、その丸まった背中に「何をしてるの」と声を掛けてみる。
    しかし、返事は無い。
    熱心にシャベルを振り動かし続ける我が子を、少し暗い面持ちで見詰める。
     一彦くん、と強めに名を呼んでから、もう一度同じ質問をした。
     やっと顔を上げた一彦は、「あじゃー」と言いながら、夏の間は猛威を振るっていたはずが今は白茶けて生気を失った雑草を、必死に根から引き抜いている弥栄子の母を、シャベルで指した。
    「おばあちゃんのシャベルを使っている」
    と言いたいのだと、弥栄子にはすぐに分かった。
     再び無意味に土を掘り返し始めた一彦に、「おばあちゃんのシャベルだね」と、一応、部分的にでも代弁してみた。
     ほぼ一方的に語りかけることにすぐに飽きてしまい、死んで干からびた何か蠕動する生き物だったような茶色く枯れたツタが、隣家との境界のフェンスに絡まっているのを、ぼうっと見るともなしに見ていた。
     「まま」
     と、実際は「ま」と「も」の中間音の、かすれた頼りない声で呼ばれたので再び視線を戻すと、一彦が、庭のすぐ奥手側にコンクリートで覆われた崖があるのだが、その上部に残された二メートル程の幅の茂みを、指さしていた。
     風に穂を揺らし生い茂る薄のベージュ色の間に、小さな焦げ茶色っぽいものが見える。もう少し目を凝らすと、首のあたりが白っぽかったので、雀を見つけた、ということだと分かった。
     「すずめがいたね。鳥さん」、と返事をしてやると、一彦は満足そうに「ぷすー」と軽快な音と息を鼻から出し、目をきらきらさせて笑った。
     ——あそこも火事になったら危ないから、役所に電話して草を刈ってもらわないと……
    弥栄子の母が、会話に参加しているようなしていないような呟きを、唐突に漏らした。崖の茂みの部分は市が所有する土地なので、自分達で薄を刈ってしまう訳にはいかないのだった。すぐ雑草が生えてくるんだから腰が痛くなっちまう、などとぶつぶつ文句を言い言い庭の手入れをする弥栄子の母からしたら、やらずに済むとも言えるが。そもそも、崖の斜面の草刈りをするのは、まだまだ元気に見えても高齢者に当たる母にはとりわけ危険だし、体力的にも到底無理な話だろう、ということに、弥栄子はふと気付いた。
     一彦は、次の春から幼稚園に上がるというのに、まだ意味のある言葉をあまり発さない。
     約三か月ぶりに会った弥栄子の父と遊んでもらう内に「おじいちゃん、だいすき」と拍子をつけて連呼している声が廊下から弥栄子がいる居間まで響いてきて、これをきっかけにやっとまともに話し出すのでは、と期待したのだが、それ一回きりで、その後は「おじいちゃん」とも呼ばず、表情や簡単な身振り手振りで、祖父とのコミュニケーションを済ませてしまっていた。
     何度目かも思い出せない落胆だった。
     地域の保健師やら心理士やらに強く勧められ、「療育」という、発達の遅れもしくは遅れている可能性がある子どもの困りごとを支援する、という施設には通っている。週に一回だけ、弥栄子も付き添って、他のあまり物言わぬ子らと、ただ支援員に促されるまま遊んだり決められたものを工作したりすることが、一番の「困りごと」である言葉の発達が遅い、ということの解決になるのか疑問で、産後しばらくしてから頭が回りにくく重く感じるようになった身体を、引き摺ってまで通うことにあまり意味を見出せずにいた。弥栄子からしたら大して意味のないように思えることが、訊ねるなり調べるなりしてみれば、実は巡り巡って言語能力を発達させる作用があることが分かるのかもしれないが、それすら億劫に感じていた。一彦が産まれてから一年半経たない内に、弥栄子は、母乳を一彦に与え続けていたにも関わらず、月のものが戻り、めまいやだるさなどの体調不良に見舞われ、気力が湧きにくくなっていた。
    その頃に実施された健診に連れていった際、複数の動物の絵の中から指定された犬を指差すなど、一彦に出来ないことがあると気にはなったが、生後一か月に弥栄子の実家で行われた訪問健診では、保健師に「もう周りをきょろきょろ見回しているだなんておませさんだね」と成長の早さを褒められて以来、根拠の無い自信があった。それに、親子間の意志疎通に問題は感じていなかったし、言語に頼らず生活する彼のシンプルな世界に、羨望すら感じることが度々あった。
     一彦が居間でテレビを見ている内に、台所でこっそりせんべいでもつまもうと、カサカサ音を立て袋から取り出そうとしていると、耳聡く聞きつけ食いしん坊そうな笑顔を浮かべやって来る一彦。夕方の公園で、そろそろ帰るよ、と何度声を掛けても聞こえないふりで、捕まえようとすればいつまでも遊んでいたいからと逃げ回り、しまいには無理矢理抱き上げても全身の力を振り絞って反り返ったり足をばたつかせたり奇声を上げたりと抵抗する一彦。止めるのも聞かず、服のまま公園にできた水溜まりに入り泥だらけになって遊んでしまった帰り道、水をぱんぱんに吸ったオムツが重いからと、「ん、ん、」と言いながら股間を指差し、「脱がせて」と訴えてくるが、近所だからと油断して着替えは持ってきていないし、乳児とはいえ下半身を露出して都内を歩くのは憚られるし、これから汚れた服や身体の処理をどうしようか考えると憂鬱で、そもそも止めても聞かなかったことにも苛立ち無視し続ける弥栄子の後を、「いつもならやってくれるのに」と不思議な気持ちと焦りを合わせた顔をして付いてくる一彦。そして、その後シャワーと石鹸で身体を綺麗にしてやりようやく気持ちが落ち着いた弥栄子がバスタオルを胸の前に広げてみせると、すがるように抱きついてきて安心した表情を見せる一彦——。
     この子はこんなにも全身で自分の思いを表現することができるのに、それの何がいけないんだ、と感じていた。更には、「彼の世界は簡潔で美しい、誤っているのは言葉を弄して様々に理屈をこねくり回す我々大人の方なのでは」とまで考えることもあった。
     弥栄子を産むまで保母——保育士でなく保母と呼ばれていた時代に、その職に就いていた弥栄子の母も「成長は人それぞれなのに、東京は煩いんだね」と、どちらかと言うと味方をしてくれていた。
     さりとて、この子はこのままでいいのだ、とどこにも頼らず、一彦の成長に関する外部からの心配を突っぱねることも、できずにいた。
    その内ほとほと疲れてしまい、限界を感じたので「療育」を放り出して田舎の実家に帰ってきていた。
     この家は、弥栄子の母が生まれ育った土地に建てられていた。母は五人兄妹の末っ子だったが、兄や姉達がそれぞれみんな家を出て行ってしまったので、残った母が、弥栄子の祖父が早くに亡くなったショックで倒れた弥栄子の祖母の世話をしながら、弥栄子の父と一緒になり、この土地に住み続けているという。
     祖母は、弥栄子が母のお腹にいる時に亡くなってしまったので、一度も会ったことが無かった。写真すら見た覚えが無かったので、この家に住んでいた子どもの頃に母から、仏壇に供え物をしたら仏具を鳴らして手を合わせろ、墓参りでは墓石を綺麗に磨いてご先祖様を大事にしろ、などと促されるまま、内心は面倒だなと思いながら、従っていた。
    祖母がどんな人だったのか、あまり気にしたことが無かったが、自分に子ができたことでふと興味を持ったため、父に訊ねてみたところ、「文句の多い人だったな」というのが第一声だった。
    「お父さんは、何もやらないんだから」
     弥栄子の母が、庭に生えた根の深い雑草を引き抜くのに苦労しながら、父が家事を手伝わないことをぼやいた。子どもの頃から数え切れないくらい聞いた台詞だ。
     弥栄子の母が年中愚痴を言っているのは、祖母の血がそうさせるのだなと、父から祖母の性格を聞き、腑に落ちたのだった。
    「ほら、まみちゃんの子ども、まだオムツが取れなくて、学校に昼頃、仕事抜け出して替えに行ってるんだってよ」
     まるで今まで話していた話題の続き、といった様子で、急に母が弥栄子に話し掛けてきた。まず「まみちゃん」が誰なのか分からない。眉間に皺を寄せつつ訊ねてみると、
    「あれだよ、タカさんの一番下の子」
     タカさんというのは、弥栄子の家と親戚のような付き合いをしている男性の名だった。まだ赤ちゃんくらいの姿の「まみちゃん」の姿が思い出された。もう子どもがいるくらい大きくなっているのか、と驚いた。まみちゃんより上の姉弟とは遊んでやっていたことがあったが、弥栄子が小学校高学年くらいになってくると、自然と交流が減っていった。まみちゃんの子は、何とかというところに通っていると、弥栄子も分かる前提で、実際は知らない固有名詞が付け加えられ、また不機嫌になりながら重ねて訊ねると、それはつまり特別支援学校に通っている、ということが分かった。
     それで、母の話は一彦もそうなるということなのか、それともその子より一彦は問題無いと言いたいのかが分からない。「昔の保育所で、この子は大丈夫かなと心配していたような子が、案外大学に入ったんだから分からない」と、今と違って誰でも大学に行けた訳じゃないんだからという文脈で、一彦を庇うようなことを言い、そういった発言が多いのだから、恐らく後者なのだろうが、母との会話は、しばしばそのように唐突に脈絡の無い話が展開され、何を言いたいのかということにたどり着くまで辛抱強くやり取りすることも今は疲れるので、あとは適当に相槌を打って聞き流すことにした。
     薄の穂に乗る雀が頼りなく風に揺られている。
     母は構わず話し続けているし、いつもこんな様子だから、母本人は困らずこれまでの人生を送って来られたかもしれないけれど、今で言う「発達障害」的な、一般的な人とは違った訳の分からない部分があるから、一彦にも受け継がれてしまったのかもしれない、と微かな苛立ちを覚えた。
    弥栄子だって、新卒で働いていた会社で、現場でトラブルがあったという報告の電話を受けてしまった際に、焦りやすい性格から、状況の把握でまず混乱した上に、どう対応してよいのか分からず頭の中がぐちゃぐちゃしていたが、ひとまず上司に相談してみたところ「何が問題なのか分からない」と逆に困った顔を向けられてしまったことがある。それから十年余りが経ち、今は大分ましになったが、口で説明するのが苦手な場面が生じることは、弥栄子にもまだあった。そうして弥栄子の子である一彦も、少し話すのが周りの子より遅いということから、「発達障害」という「便利な」分類が出来てしまった現在では、そのラベルを背負わなければならないのだろうか。そのうち話し始めるだろうと、根拠はないけれど思っているのに。焦らせずそっとしておいて欲しい。
     ざあっ、と草や木の葉同士が擦れた音が辺りに大きく響き渡るほど強い風が吹き、雀は逃げて行った。思わず自分の両腕を抱えるように掌を当てがう。
     雀が飛び去って行く空は、相変わらず鈍色をしていた。
     ふいに、一彦が弥栄子の手を引いた。
     水道があるところまで連れて行かれ、弥栄子の手を「ん、ん」と唸りながら蛇口の上に乗せようとしてくる。蛇口の下にじょうろが置いてあるので、「じょうろに水を入れて遊びたい」ということだろう、とすぐに分かった。
     ただ、さっきは「まま」と呼んだのに、今度は手を引いて自分の意図を示したことが気になった。
     
     初めて「療育」に見学に行ったのは、二月の寒い日だった。九カ月ほど前のことだ。教室の中には数組の親子がおり、低い平均台に子を乗せ、母親は子どもと手をつないだままその上を歩かせるようなことを順々に行っていた。その様子を覗きながら、ひと通りの説明を受けたあと、廊下の突き当りにテーブルが置かれており、その四方をソファーや長椅子が囲んでいる、薄暗いスペースに案内された。
     説明用のリーフレットを渡されながら、案内役の女性から何か質問はあるかと訊ねられると、もう一人の見学者の女性が、口を開いた。
    「私、シングルマザーなんですが、仕事が休めるか分からなくて、親の付き添いは必ずしないといけないでしょうか……」
    はきはきと、しかし彼女の状況に気を遣わせないよう、軽いトーンになるよう意識している感じがした。
     一人で子育てしなければならない上に、仕事とその調整をしつつ療育の付き添いだなんて大変だ——
     出産に伴い、産休や育休など存在しない契約社員の仕事を辞めていた弥栄子は、思った。
     「おばあちゃんが付き添いでも大丈夫ですよ」と、案内役は自信満々に答えていたが、「シングルマザー」だと言うその女性が、なんとなく浮かない表情で曖昧な返事をしているので、「手伝ってくれる親類が近くにいる訳ではないのでは。なのに、おばあちゃんでもよい、と決めつけた答えが返ってくるのは何故なんだろう」と不可解に感じた。
    続けて子どもの普段の様子を訊ねられると、「シングルマザー」の女性は、健診で目が合いにくいと指摘されて……などと答えていたので、自分はどのように返答したらよいだろうと思考を巡らせ、内容をまとめることに意識が向き、案内役とシングルマザーの女性の声は遠のいていった。
    やがて案内役が弥栄子のほうを向き、「お子さんの現在の状況はいかがですか」と言った。案内役は眼鏡を掛けた太った女性だった。事務的かつ、相手に圧迫感を与えるような口調と声量だった。まだほとんど話さないことを伝えると、「普段はどのように自分の意志を伝えていますか」と言うので、私の手を引いてやりたいことのところまで連れて行きます、と答えた。すると案内役は、先程と同じ、けれど少しだけ自信ありげな調子を載せて言った。
    「クレーン現象ですね」
     子どもが何かして欲しいときに、言葉ではなく、相手の手を引っ張って対象物に近付け要求を満たそうとする現象で、その動きがまるでクレーンのようであるからその名称がついている——つい先日、たまたま本で読んで目にしていた名称だ。だから、その言葉を知らないとか意味が分からないということはなかった。けれど、一彦の行動をそのように呼ばれることには違和感を覚えたので、思わず「いえ、そうではなくて……」と前置きしながら、先程言ったのとほぼ同じ説明を繰り返してしまった。
     ——すると、「ふんっ……」と、太った女は鼻で笑った。
    それから、念を押すように同じ呼称を繰り返した。そしてそのまま手元の資料に視線を落とし、もう弥栄子への質問には興味が無くなったようで、話を先へと進め始めた。
     一彦の顔に、「クレーン現象」と大きく書いた紙を、勢いよく乱暴に貼りつけられたような気がした。
     同時に、いつのまにか呼吸をするのを忘れてしまっていた。
     呼び方なんてどうでもいい。
    何故この女は一彦を一人の意志を持った人間として扱わないのだろう。
     私の子どもは、クレーン現象だかフェーン現象だかなんだか知らないが、そんなものではない。そのように冷たく観察されるべきただの「対象」ではないのだ。生身の人間で、まともに喋らなくたって、彼のやりたいこと、好きなこと、嫌なことは、彼の中にしっかりと存在するし、私にはそれが分かる。よくあるつまらない自然現象のような呼び方を押し付けないで欲しい——
     
     弥栄子はふいに思い出されたことに対し、再び苛立ちを感じた。もう一年近く前のことになるのだが、このことを度々思い出しては、暗澹たる思いに沈んでしまう。そんな女のいるところはこちらから願い下げ、と言ってしまえれば良かったのだが、弥栄子の体力で一彦を伴い通うのに丁度良さそうな他の施設の見当を付けられず、案内役をした事務員の女が一彦の相手をする訳ではないのだから、と妥協した。そして、一彦の相手をする先生は悪い人ではないものの、人手が足りていないのか、様々に行われる「療育」の内容一つ取っても意味はあまり説明されず、説明された場合も、それが一彦が話せるようになることとどのように繋がるのか、弥栄子には理解できないことばかりだった。
     ——子育てとは、狩猟採集で生計を立て、母子のみで生活をする人々が息を殺しながら、鬱蒼とした木々の生い茂る樹海のような地に分け入り暮らすようなものなのだろうか。原始的な狩猟採集生活なら集団で行動し、周囲に助けてもらったり、自分たちも助けたりして生き延びるのだろうが、そうではなく、孤独な母親が孤独な子どもの手を引きながら暗い森の中を彷徨い続ける。その地に詳しい生活者と自らが称し、また周囲も言われるがままそう認識している人の言うことを、気は進まずとも信じなければ、新参者はしょっちゅう道に迷うかもしれない。だが、自分の持つコンパスを頼りに進んだとしても、何事もなく過ごせる可能性だってある。木の実に詳しいという生活者から「あなたが手にしているその木の実は、不味くて食えたものじゃないし、子どもの成長に悪いから口にしてはいけない」と言われたから避けるようにしなければならないと判断したが、本当はお腹が空いていたから、毒がある訳じゃなし、試しに食べてみてもよかったかもしれない。それに、自分や子どもにとっては食べられなくもない味、いやむしろ癖になるような珍味だったかもしれない。空腹が満たされれば、ほんの一時、幸福感に浸ることができたかもしれない……。そもそも、「その分野に詳しい生活者」の中には、客観的で経験に基づいたセンスを磨いた本物もいるかもしれないが、主観が強く知識の使い方が下手で相手に合わせて考えたり話したりすることができない柔軟性の低い人や、頼りにしても何も恩恵を受けられない偽物……困ったことに、本人も自分が偽物だと気付いていないような者が、紛れているかもしれない。それらを「素人」の自分はどうやって見分ければよいのだろう。彼らの「アドバイス」が魔の磁場を作り出し、コンパスの針を狂わせ、自分が進みたい道を見失わせる。——
     
     蛇口から流れ落ちる水を眺めながら、翻って自分はどうなのだ、と弥栄子は考える。
     「療育」の見学が終わり、施設の敷地の出入り口付近で「シングルマザー」の女性と、実際にここに通うのかどうか、といったことを立ち話した。弥栄子は、相手にも必要な情報かと思い、もう一つ見学に行った施設は、母子分離で付き添いは不要だが、実施していたはずのバスの送り迎えがなくなってしまったので、家から遠いと通所は大変になることを伝えておいた。彼女と別れた後、小柄な一彦を乗せたベビーカーを押しながら帰路に就こうと歩き始めると、にわかに突風が吹き、何か黒っぽいものがガサガサと後方へ飛ばされていった。思わず目で追い振り向くと、「シングルマザー」の女性は立ち止まったまま、こちら側を見ていた。会釈でもしようかと思ったが、彼女の顔に笑みはなく、先程とは打って変わって強張った硬い表情をしており、弥栄子を睨んでいるようにさえ感じた。全く心当たりはなかったが、自分に何か落ち度があったかもしれない、配慮が足りなかった部分があったのかもしれない、となんだか後ろめたい気持ちに襲われ、彼女の視線から逃れるように頭を進行方向にぐるりと戻し、急ぎの用事を思い出したという体の下手な演技をして足早に去った。
     ——いつの間にかじょうろから水が溢れ出してしまっていたことに、はっとなり、一彦でも持てそうな重さになるよう中身を捨てた。手渡したじょうろをせっせと運ぶ一彦の足元を目で追うともなしに追っていたら、枯れた庭では何やら異彩を放つものが飛び込んできた。薄紫色で、漏斗のような形をした花びらに幾つも濃い紫の筋が走ったところに、山吹色の花粉がついた軸の太い雄しべが三本、更に、朱色の細い三本の雌しべが花弁から這い出すように長く伸びている、不思議な花が、足元にひょっこり姿を現していたことに気付いた。
     弥栄子は思わず、「おかあさぁん!」と、母を大声で呼び寄せた。母は、草むしりを終え「これで、冬が来る前に庭を綺麗にできた」と、一息つきながら独り言を言っていたところだった。
     花の名を訊ねると——「クロッカス」と、母は答えた。
    「昔、ばあさんが植えて、毎年そこら辺から勝手に生えてくるんだよね」
     ばあさんとは弥栄子の祖母を指す。この庭では、片隅に建てられていた小さな貸し屋を取り壊して母屋を大きく建て直したり、母が長年庭いじりをして様々な花を植え替えたり、ついにはとうとう豆類や茄子などの家庭菜園まで始めたり、といった変化があった。そのはずだが、その間の三十数年間、たくましくも球根が残り続け、毎年花を咲かせていたらしい。母が手を掛けてもその年しか咲かない花もあるというのに。
     母から折に触れて花の名前を教えられていた影響か、弥栄子は花を好んでいたはずだが、「クロッカス」の存在には気付いていなかった。いや、幼い頃に目にしていたのに忘れてしまっていただけかもしれない。
     祖母の存在を、生まれて初めて色濃く感じた。
     弥栄子は、薄紫、山吹、朱というとりどりの色をした花から、朱色の細い雌しべが花弁から這い出すように思い思いに伸びる、原始の力に満ち満ちたような花から、目が離せなかった。
    やがてその花は弥栄子の体内に入り込み、腹の辺りで小さな太陽となり、彼女の全身に温かい血を送り始めた。
                                   終わり
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

     
     
    塾講師+Webライター。現代文や小論文の指導経験を活かした文章を書きます。読み書き障害の子の親でもあり、理想と現実の間を活写した育児エッセイも発信予定。頭の中に色々な思いが渦巻いており、小説・映画等のレビュー、小説の創作などもしています。ポートフォリオは固定記事をご覧ください。

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