
牛乳の念仏
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夕方の電車というのは、不思議と人間観察がはかどる場所だ。疲れた顔、眠そうな顔、スマホに吸い込まれる顔。そのどれにも属さない、ちょっとした異物に出会うと、思考は途端にそちらへ引っ張られてしまう。
先日、隣に座った男性がまさにそれだった。
最初は、念仏かと思った。あるいは独り言。いや、独り言にしては、どこか規則正しい。ぼそぼそと、しかし途切れず何かを唱えている。年の頃は五十前後で妙に真剣な顔をしている。声量は絶妙で、「聞こうと思えば聞こえるが、聞く気がなければ消える」くらいのラインを巧みに突いてくる。
気にならないはずがない。
一度意識してしまうと、もうだめだ。ほんの少しだけ耳を澄ませると、謎が解けた。彼はスマホを口元に寄せ、音声入力をしていたのだ。なるほど、今どきだ。合理的だ。指を使わずにメールが打てる。忙しい現代人の知恵である。
だが問題はそこからだった。
「△△の件、どうなりましたでしょうか」
「牛乳買って帰ります」
「先方には共有済みです」
「あと、トイレットペーパーも」
……牛乳?
どうやら彼は、仕事と家庭を同時に処理しているらしい。しかもそのギアチェンジが、恐ろしくなめらかだ。「よろしくお願いします」の流れで「牛乳」が差し込まれる世界。まるで、二つの人生を同時編集しているみたいだ。
そして、ここからが本番だった。
ぼくの中で、笑いがじわじわと育ち始める。最初は小さな違和感だった。それが次第に「次は何が来るんだ」という期待に変わり、ついには一言ごとに軽くツボを刺激されるようになる。もはや彼の言葉は、一人コントのボケとしてぼくの耳に届いていた。
「納期は〇〇くんに確認してください」
「それは難しい課題ですね……」
「ヨーグルトはとろとろのやつでいい?」
だめだ。
口元がゆるむ。危険信号である。ここで笑ってはいけない。電車という公共空間において、隣の人の発言で笑い出すのはかなり怪しい。ぼくは必死で視線をスマホに落とし、何も見ていない画面をスクロールする。情報は一切頭に入ってこない。ただ、顔の筋肉だけが戦っている。
一方で彼は、気遣いの人でもあった。電車が駅に停まり、周囲が静かになると、彼の声はさらに小さくなる。逆に走り出して騒音が増すと、それに合わせて声量も少し上がる。その結果、彼の声は常に「ノイズと同じくらい」の位置に保たれ、ぼくの耳に絶妙に引っかかり続ける。まるで、ぼくにだけ聞かせているかのように。この状態が、なんとも居心地が悪い。いや、正確には、居心地が悪いのに面白い。
ここでふと考える。電車内の通話は嫌がられるが、音声入力はどうなのだろう。片側しか聞こえないのが理由だとしたら、これはむしろ逆だ。全部、聞こえてしまう。
だからといって、安心して聞いていいかと言われると、それも違う気がする。聞こえてしまうのと、聞こうとするのは別問題だ。集中力を少し上げれば、彼の言葉は輪郭を持つ。その瞬間、これは「覗き見」と同じではないか、という妙な罪悪感が芽生える。
しかし、その葛藤も笑いの前では無力だった。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
夕方の満員電車で、明日の朝の挨拶を仕込む男性。その未来志向のストイックさに、ついに限界が来た。しかも彼は、音声入力のたびにスマホを口元にぐっと寄せる。その動作が、もはや儀式のようで、いちいち笑いの引き金になる。彼がスマホを口元に寄せるたびに、ぼくの肩が小さく揺れる。彼は何も悪くない。ごめんなさい、と心の中で手を合わせた。
気づけば、読もうと思っていた記事も、本の一章も、何ひとつ進んでいない。ただ、隣の男性の念仏によって、電車の時間が溶けていった。
やがて目的の駅が近づく。立ち上がりながら、ふと思う。この席に次に座る人も、きっと同じ罠にかかるのではないか。最初は気づかず、次第に気になり、やがて三分後には笑いをこらえる羽目になる。
── と思ったところで、気づく。
ホームに足を踏み出した瞬間、ぼく自身がまだ抜け出せていない。
頭の中で、あの「牛乳」が何度もリフレインしていた。