メインコンテンツへスキップ
見出し画像

天孫(瓊瓊杵尊)や神武天皇皇后の母の父と関係する三島(県主)の考察

神武天皇皇后の母の父は三島溝橛で、延喜式神名帳の島下郡の式内小社に溝咋神社が見えることから、また伊予国の大山積神社が大三島にあり、伊豆国の伊豆三島神社が大山祇神と関係あると見られ、大山祇神は天孫(瓊瓊杵尊)の妻(木花開耶姫)の父として見え、どうも三島は初代の神や王を受け入れるポジションにあり、皇室に血を入れたことになっているのですが、いったいどういう理由で、摂津の三島の豪族が大和と深い関係を持ったのか、理由が見えてきません。また位人臣を極めた藤原鎌足が三島の阿武山古墳に葬られたと推定されますが、それが三島県主や神話と無関係の事象なのか考察が必要です(2026年6月7日改訂改題)。

関連記事:孝元天皇/素戔嗚尊の母(イザナミ?)は近江出身だった?(息長氏の謎解き)|古墳時代史解題
両方読むなら、単月だけでもメンバーシップに入った方がお得です。

見出し画像はウィキペディア「阿武山古墳」墓室(Saigen Jiro)。

 
 
在野ですが(在野だからこそ)、記紀研究の最先端を自負しています。記紀批判の戦後日本古代歴史学会に喝!古墳時代史は日本の史料が解題します。主にXで活動(文明の研究も始めてます)。飛鳥・藤原マガジンで、記紀や新撰姓氏録を元にした日本古代史を発信中。愛媛県宇和島市在住。

あなたへのおすすめ