
天孫(瓊瓊杵尊)や神武天皇皇后の母の父と関係する三島(県主)の考察
神武天皇皇后の母の父は三島溝橛で、延喜式神名帳の島下郡の式内小社に溝咋神社が見えることから、また伊予国の大山積神社が大三島にあり、伊豆国の伊豆三島神社が大山祇神と関係あると見られ、大山祇神は天孫(瓊瓊杵尊)の妻(木花開耶姫)の父として見え、どうも三島は初代の神や王を受け入れるポジションにあり、皇室に血を入れたことになっているのですが、いったいどういう理由で、摂津の三島の豪族が大和と深い関係を持ったのか、理由が見えてきません。また位人臣を極めた藤原鎌足が三島の阿武山古墳に葬られたと推定されますが、それが三島県主や神話と無関係の事象なのか考察が必要です(2026年6月7日改訂改題)。
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見出し画像はウィキペディア「阿武山古墳」墓室(Saigen Jiro)。