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卵は右、納豆は左 〜 1万円の朝食と100円の朝食 〜

    私が働くホテルには、一泊二十万円を超える部屋がある。

    朝食だけで一万円を超えることも珍しくない。

    ポーチドエッグ。

    エッグベネディクト。

    オーバーイージー。

    朝になると、さまざまな卵料理がテーブルへ運ばれていく。

    そんな場所で働いている。

    けれど家に帰ると、私の朝食は百円ほどで終わる。

    納豆は左。

    卵は右。

    ご飯には少しだけ傾斜をつける。

    低い方に納豆。

    高い方に卵。

    理由は自分でもよく分からない。

    ただ、その形を見ると家に帰ってきた気がする。

    第一章 一万円の朝食

    朝六時。

    ホテルの一日は、卵料理から始まる。

    レストランでは焼きたてのパンの香りが漂い、キッチンでは次々とオーダーが入る。

    ポーチドエッグ。

    オーバーイージー。

    エッグベネディクト。

    朝食の時間になると、卵はさまざまな姿に変わっていく。

    私はその光景を毎日のように見ている。

    私が働くホテルには、一泊二十万円を超える部屋がある。

    特別な記念日を過ごす人もいれば、遠い国から休暇で訪れる人もいる。

    窓の外の景色を眺めながら朝食をとる人。

    家族でテーブルを囲む人。

    一人で静かにコーヒーを飲む人。

    朝食の時間は、その人の旅が少しだけ見える。

    湯気の立つコーヒー。

    焼きたてのクロワッサン。

    切りたてのフルーツ。

    そして卵料理。

    朝食だけで一万円を超えることも珍しくない。

    正直に言うと、働き始めた頃は不思議だった。

    朝食に一万円。

    高いと思った。

    けれど今は少し違う。

    誕生日の朝がある。

    結婚記念日の朝がある。

    何年も前から楽しみにしていた旅行の朝がある。

    そんな朝に立ち会ううちに、値段だけでは測れないものがあると知った。

    朝食のピークが過ぎる頃、店内は少し静かになる。

    空になった皿が下がってくる。

    きれいに食べられた卵料理を見ると、少しうれしい。

    ポーチドエッグでも。

    エッグベネディクトでも。

    オーバーイージーでも。

    仕事が終わる。

    電車に乗る。

    家に帰る。

    冷蔵庫を開ける。

    納豆がある。

    卵がある。

    それで十分だと思った。

    第二章 Over Easy

    朝食の注文には、その人の癖が出る。

    コーヒーを必ず二杯飲む人。

    毎朝同じ卵料理を頼む人。

    ホワイトオムレツしか食べない人。

    サニーサイドアップにハムやチーズ、ベルペッパーを追加する人。

    アボカドを添えたがる人。

    フラットホワイトにこだわる人もいる。

    ミルクの種類を細かく指定する人もいる。

    毎日見ていると面白い。

    国も違う。

    言葉も違う。

    年齢も違う。

    けれど朝になると、みんな少しだけ頑固になる。

    自分の朝を持っている。

    私はオーバーイージーという注文が好きだ。

    卵を一度だけ返す。

    たったそれだけの料理だ。

    けれど焼きすぎてもいけない。

    早すぎてもいけない。

    派手ではない。

    けれど雑には作れない。

    そんな卵料理だ。

    毎朝、同じ席に座る女性がいる。

    小柄なアメリカ人の女性だ。

    朝食の時間になると店へ来て、窓際の同じ席へ向かう。

    長い時間をかけてコーヒーを飲む。

    慌てることはない。

    急いでいる様子もない。

    私は名前を知らない。

    何の仕事をしている人なのかも知らない。

    けれど不思議なことに、その姿を見ると少し安心する。

    今日も来た。

    今日も同じ席だ。

    そんなふうに思う。

    ホテルには毎日たくさんの人が来る。

    昨日と同じ人より、昨日と違う人の方が圧倒的に多い。

    それでも、その女性はいつも同じ場所で朝を過ごしている。

    以前、オムレツの注文で失敗したことがある。

    トッピングは中に入っている。

    外からは見えない。

    ゲストは一口食べて首をかしげた。

    注文した具材が入っていなかった。

    あるいは違う具材だった。

    たったそれだけの違いだ。

    けれど、その人にとっては大事な違いだった。

    私はその時、少し考えた。

    人は空腹を満たすためだけに朝食を食べているわけではない。

    自分が思い描いていた朝を食べているのかもしれない。

    知っている味。

    慣れた食べ方。

    変わらない朝。

    それを求めている人は意外と多い。

    私にも、そういうものがある。

    ただ、その話はまだ先だ。

    第三章 家に帰る

    仕事を終えて家に帰る。

    特別なことはない。

    電車に乗り、駅を降り、いつもの道を歩く。

    ホテルのロビーに流れていた音楽も、食器の音も、もう聞こえない。

    家のドアを開ける。

    靴を脱ぐ。

    冷蔵庫を開ける。

    納豆がある。

    卵がある。

    たいていの場合、それで足りる。

    ホテルでは毎日たくさんの料理を見る。

    焼きたてのパン。

    色鮮やかなフルーツ。

    丁寧に焼かれた卵料理。

    どれも素晴らしいと思う。

    本当にそう思う。

    けれど家に帰ると、私が食べたくなるのは別のものだ。

    納豆。

    卵。

    炊きたてのご飯。

    それだけでいい。

    米をよそう。

    納豆を出す。

    卵を出す。

    朝食の準備は数分で終わる。

    ホテルの朝食とは比べものにならないほど簡単だ。

    それでも不思議と満足する。

    スーパーで働いていた頃、値段をよく見ていた。

    一円単位で利益を考えた。

    値上げも値下げも気になった。

    今でも仕事では値段を見る。

    けれど自分の朝食になると、急にどうでもよくなる。

    高いから食べるわけではない。

    安いから食べるわけでもない。

    ただ食べたいから食べる。

    それだけだ。

    冷蔵庫のモーター音が聞こえる。

    テレビはついていない。

    誰かと話しているわけでもない。

    静かだ。

    ホテルの朝とは正反対だと思う。

    けれど私は、この時間が嫌いではない。

    むしろ好きだ。

    毎日たくさんの人の朝を見る仕事をしている。

    だからなのかもしれない。

    自分の朝に戻ってくると、少し安心する。

    卵を取り出す。

    納豆を取り出す。

    ここから先は、もう何十年も変わっていない。

    第四章 卵は右、納豆は左

    納豆は左。

    卵は右。

    先に納豆を混ぜる。

    次に卵を溶く。

    順番は昔から変わらない。

    いつから始まったのかは覚えていない。

    気がついた時には、もうそうしていた。

    茶碗によそったご飯を少しだけ傾ける。

    ほんの少しでいい。

    低い方に納豆を置く。

    高い方に卵を流す。

    卵はあらかじめ溶いてある。

    白身と黄身はきれいに混ざっている。

    醤油はまだかけない。

    最後にかける。

    卵の方だけ。

    納豆にはかけない。

    黒い筋が黄色の中へ広がる。

    そこで完成だ。

    私は納豆を食べる。

    卵を食べる。

    また納豆を食べる。

    順番に食べる。

    最後まで混ぜない。

    理由はない。

    少なくとも考えたことはない。

    誰かに教わった記憶もない。

    栄養のためでもない。

    こだわりだと言われればそうなのかもしれない。

    けれど、自分ではそう思っていない。

    ただ昔からそうしているだけだ。

    納豆と卵を混ぜた方がおいしいと言う人もいる。

    たぶんそうなのだろう。

    否定するつもりはない。

    ホワイトオムレツしか食べない人がいる。

    毎朝同じ席に座る人がいる。

    オーバーイージーにこだわる人がいる。

    私には、これがある。

    それだけの話だ。

    子供の頃もそうだった。

    一人暮らしを始めてもそうだった。

    仕事が変わってもそうだった。

    住む場所が変わってもそうだった。

    思い返してみると、不思議なことだ。

    変わったものはいくらでもある。

    学校も変わった。

    仕事も変わった。

    付き合う人も変わった。

    四十年も生きていれば、変わるものの方が多い。

    それでも朝の茶碗の上だけは変わらない。

    納豆は左。

    卵は右。

    たったそれだけのことなのに、その形を見ると少し安心する。

    たぶん私は、その味を食べているのではない。

    その形を食べている。

    そして、その形の向こうにある時間を食べている。

    学校へ向かう前の朝。

    仕事へ向かう前の朝。

    何気なく過ぎていった朝。

    思い出せる朝もあれば、思い出せない朝もある。

    けれど、その全部がこの茶碗の上に残っている気がする。

    納豆は左。

    卵は右。

    誰にも伝わらないかもしれない。

    けれど私にとっては、それが朝食の完成形だった。

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    第五章 納豆チャーハン

    冷蔵庫を開ける。

    中途半端に残ったご飯がある。

    一膳には少し足りない。

    捨てるほどでもない。

    そういう時に作るのが納豆チャーハンだ。

    特別な料理ではない。

    休日の昼だったり、夜勤明けだったり。

    冷蔵庫の中身と相談しながら作る。

    フライパンを火にかける。

    卵を割る。

    ご飯を入れる。

    最後に納豆を加える。

    それだけだ。

    卵かけご飯と違って、こちらは最初から全部混ぜる。

    左も右もない。

    境界線もない。

    納豆も卵も、ご飯の中だ。

    不思議なものだと思う。

    卵かけご飯では混ぜないのに、チャーハンでは気にならない。

    自分でも理由は分からない。

    けれど長く生きていると、そういうことは増えていく。

    説明できないけれど続いていること。

    理由は分からないけれど好きなこと。

    納豆チャーハンも、その一つだ。

    フライパンから湯気が上がる。

    納豆の匂いがする。

    醤油を鍋肌から回しかける。

    音が変わる。

    それだけで十分うまそうに見える。

    ホテルの朝食とは比べものにならないほど簡単だ。

    けれど私は、この料理が好きだ。

    残りご飯を使っただけなのに、一食になる。

    豪華ではない。

    写真映えもしない。

    けれど食べ終わると満足する。

    たぶん私は、そういう食事が好きなのだと思う。

    ホテルの朝食も好きだ。

    納豆チャーハンも好きだ。

    どちらかを選ぶ必要はない。

    今日の昼は、たまたま納豆チャーハンだった。

    それだけのことだ。


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    第六章 値段の話

    私は長い間、食べ物の値段の近くで働いてきた。

    スーパーでも。

    ホテルでも。

    値札や料金表のない日はなかった。

    だからだろうか。

    食べ物の値段について考えることがある。

    朝食に一万円。

    高いと思う人はいる。

    百円の卵かけご飯。

    安いと思う人はいる。

    どちらも間違っていない。

    実際、その通りだからだ。

    ホテルでは、朝食を楽しみにしている人をたくさん見てきた。

    誕生日の朝。

    結婚記念日の朝。

    久しぶりの旅行の朝。

    窓の外の景色を眺めながら、ゆっくりコーヒーを飲む人もいる。

    毎朝同じ席に座るあの女性もいる。

    その人たちにとって、朝食は卵やパンだけではないのだと思う。

    時間だったり。

    景色だったり。

    思い出だったり。

    たぶん、そういうものだ。

    一方で、私の朝食にも四十年近く続いているものがある。

    納豆は左。

    卵は右。

    それだけのことだ。

    けれど四十年近く続いている。

    理由は分からない。

    それでも続いている。

    私は今でも、一万円の朝食を見る。

    そして百円ほどの朝食を食べる。

    そのどちらも好きだ。

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    終章 明日の朝

    明日も仕事だ。

    朝は早い。

    ホテルへ向かう。

    レストランではパンが焼かれ、キッチンでは卵料理の準備が始まる。

    ポーチドエッグ。

    エッグベネディクト。

    オーバーイージー。

    明日もたくさんの朝食が運ばれていく。

    窓際の席には、あの女性が座っているかもしれない。

    ホワイトオムレツを頼む人もいるだろう。

    コーヒーにこだわる人もいるだろう。

    仕事が終われば家に帰る。

    冷蔵庫を開ける。

    納豆がある。

    卵がある。

    たぶん明日も食べる。

    ご飯をよそう。

    少しだけ傾ける。

    低い方に納豆を置く。

    高い方に卵を流す。

    醤油は卵側だけ。

    昔からそうしてきた。

    理由は分からない。

    これからも分からないかもしれない。

    けれど、それでいい。

    私は箸を持つ。

    納豆は左。

    卵は右。

    明日の朝も、たぶんそうだ。


    #創作大賞2026 #フード部門


     
     
    別業種で現場のカイゼン・業務改善に携わり、現在は都内ラグジュアリーホテルの勤務。元ソーシャルフットボール日本代表。 Management、AI、投資、仕事や日常の「なんか変だ」を、構造から考え、言葉にします。 正解を語るより、当たり前を疑い、組み直す。 違和感を、再設計へ。

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