世にも奇妙な小噺 ~子ども議会~
あらすじ
二〇三〇年四月一日。
国会の議席に座っていたのは、政治家ではなく子どもたちだった。
三日間だけ、子どもたちが法律を決める「子ども議会」。そこで可決された法律は、実際の社会に施行される。
「給食を増やす」「体育の時間を増やす」。子どもたちの素朴な疑問から生まれた法律は、意外にも社会を少しだけ良くしていく。
そして最終日、ある子どもの身近な経験から、新たな法律が可決される。「約束を破ることは禁止」
正しくて、当たり前で、誰もが子どもの頃に教わったはずのこと。
しかし、その「当たり前」を本当に大人の社会へ適用したとき、思いもよらない問題が次々と浮かび上がっていく――。
大人が子どもに教えてきた「正しさ」は、本当に大人にも守れるのだろうか。
二〇三〇年四月一日。
子ども議会、初日。今日から三日間、ここで可決された法律は、速やかに施行される。
普段なら国を動かしている国会議員たちは、今日は議席に座っていない。大臣も、官僚も、教師も、報道関係者も。
大人たちは傍聴席から、議場を固唾をのんで見守っている。
その視線の先には、いつもは大人が座る議席に、今日は子どもたちが並んでいる。

大きすぎる椅子に、机の上には資料と筆記用具。
正面の議長席には、一人の子どもが座っている。木槌を一度だけ叩く。
「では、子ども議会を始めます」
議場が静かになり、最初の議題が読み上げられる。

一人の子どもが手を挙げた。
「理由をお願いします」
「足りないからです」
「どれが足りませんか」
「全部です」
何人かが笑う。
別の子どもが手を挙げる。
「牛乳は余っています」
「じゃあ、牛乳を減らして、おかずを増やせばいいです」
すぐに、別の手が挙がる。
「僕は牛乳好きです」
「じゃあ減らさない方がいいです」
「でも、おかずは増やしたいです」
議長役の子どもが少し考える。
「パンはどうですか」
「小さくなりました」
「前より?」
「前よりです」
「測りましたか」
「手で分かります」
傍聴席から、小さな笑いが漏れる。子どもたちは気にしない。
やがて採決が行われる。給食を増やす案は、賛成多数で可決された。
二日目。
昨日と同じように、子どもたちが議席に座っている。傍聴席にも、昨日と同じように大人たちが並んでいる。
木槌が鳴る。
「では、今日の議題です」
議題が読み上げられる。

一人の子どもが手を挙げる。
「理由をお願いします」
「体育が少ないからです」
「何と比べて?」
「体育がある日と比べて」
少しの沈黙のあと、別の子どもが言う。
「算数は毎日あります」
「だから?」
「毎日やるからできるようになります」
「はい」
「じゃあ、体育も毎日やればできるようになります」
何人かがうなずく。
議長役の子どもが聞く。
「体育を増やしたくない人は?」
一人だけ手が挙がる。
「どうしてですか」
「跳び箱があるからです」
「跳び箱じゃない日もあります」
「でも、跳び箱の日があります」
「毎日跳び箱にはなりません」
その子はしばらく考える。
「じゃあ、少しならいいです」
採決が行われる。体育の時間を増やす案も可決された。
傍聴席の教育関係者が顔を見合わせた。
三日目。
最後の日。
木槌が鳴る。
「今日が最後です」
議場が静かになり、最後の議題が読み上げられる。

一人の子どもが立つ。
「理由をお願いします」
「ゲームを貸しました」
「はい」
「明日返すって言いました」
「はい」
「でも返しませんでした」
「いつ返しましたか」
「まだです」
別の子どもが聞く。
「忘れたんじゃないですか」
「約束しました」
「病気だったら?」
「病気なら言えばいいです」
「なくしたら?」
「なくさないようにすればいいです」
「なくしたあとなら?」
少し考える。
「すぐ言えばいいです」
別の子どもが手を挙げる。
「守れるか分からない約束もあります」
「じゃあ、しなければいいです」
「でも、約束しないと怒られるときがあります」
「それでも、できるか分からないのに約束する方が悪いと思います」
議場が静かになる。
傍聴席の大人たちの表情が変わる。
一人の議員が、隣の議員を見る。
官僚が手元の資料をめくり始める。
後方では、教師らしい大人が何か言いたげに口を開きかける。
「これは……」
「いや、しかし……」
小声が、傍聴席のあちこちから漏れる。
一人の子どもが、小さく手を挙げる。
「どう思いますか」
聞かれたその子は、しばらく考える。
「分かりません」
議長役の子どもが周囲を見渡す。
「ほかにありますか」
誰も手を挙げない。
議長役の子どもは木槌を持つ。
「では、採決します」
約束を破るのは禁止。
採決の結果、賛成多数で可決された。
一週間後。
全国の学校で、給食の量が増えた。
大きくなったパン。
少し増えたおかず。
牛乳は、そのまま。
ニュースでは、子どもたちが笑っている。
「子ども議会の決定を受け、新しい給食基準が今週から導入されました」
画面の中で、アナウンサーが真面目な顔で原稿を読む。
その横で、パンを両手で持った子どもが言う。
「パンがおおきくなってうれしいです」

体育の時間も増えた。
校庭を走る子どもたち。
体育館でボールを追う子どもたち。
跳び箱の前で立ち尽くす子ども。
ニュースでは、教育評論家が言う。
「子ども自身が必要だと感じていることを、子ども自身が決める。非常に興味深い試みです」
そして、もう一つ。
約束を破ることも禁止された。
最初のうちは、あまり問題は起きない。むしろ、社会は少し良くなったようにも見える。
会社員が、夕方六時になると立ち上がった。

「今日は六時に帰るって約束したので」
上司が困惑して時計を見る。
「会議中だけど」
「約束したので。それに、定時ですよ」
会社員はそのまま帰った。
宅配便の配達員たちは、指定時間に間に合わせるために走っている。
店頭からは、
『必ず痩せます』、『絶対に満足できます』、『確実に儲かります』
といった広告が次々に消えていく。
テレビでは評論家が笑う。
「案外、いい法律かもしれませんね」
二週間後。
政治家が記者会見を開いた。
記者が質問する。
「選挙前には減税すると公約しました」
「はい」
「しかし、別の演説では財政再建のため増税も必要だと発言しています」
政治家は黙る。
「どちらを守りますか」
政治家は汗を拭く。
「どちらも、大切な約束です」
「では、どちらを守りますか」
政治家はうつむいたまま答えない。

遊園地で、父親と子どもが観覧車の列に並んでいる。
父親のスマートフォンが鳴る。
病院からだった。
「お母さまの容体が急変しました」
父親の顔色が変わる。
「今から行きます」
通話を切り、隣の子どもが父親を見る。
「今日ずっと一緒にいるって約束したよ」
父親は何も言えない。
スマートフォンを握ったまま、病院の方向をじっと見つめている。

結婚式場で、新郎新婦が向かい合って立っている。
司式者が新郎を見る。
「健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、生涯寄り添うことを誓いますか」
「……」
新婦が新郎を見つめる。
「どうしたの?」
「……」
会場の空気が止まる。
やがて、新郎は振り絞るように声を出す。
「……誓いたいです」
会場は静まり返った。

三週間後。
再び、子どもたちが同じ議席に座っている。
緊急子ども議会。
傍聴席の大人たちの表情は、三日目よりも険しい。
議長役の子どもが木槌を叩く。
「では、始めます」大人の担当者が立つ。
社会で起きている問題を、一つずつ説明する。
政治家の話。遊園地の父親の話。結婚式の話。
説明が終わり、担当者が座る。
議場が静寂に包まれる。
一人の子どもが手を挙げた。
「大人が困ったからって、すぐ変えるのはずるいです」
別の子どもが言う。
「でも、両方守れないよ」
「最初から二つ約束しなきゃいい」
「あとから、もっと大事な約束ができたら?」
「最初の約束は?」
「でも、お母さんが死にそうだったら?」
誰もすぐには答えない。
一人の子どもが机を見つめる。
別の子どもが言う。
「約束した人に言えばいいと思います」
「何を?」
「守れなくなったって」
「怒られたら?」
「話を聞けばいいです」
「誰が?」
「両方」
少しずつ、議場のあちこちから声が出る。
「約束は守った方がいいです」
「でも絶対は無理です」
「守れないなら、早く言えばいいです」
「黙って破るのが一番だめです」
議長役の子どもが、机の上の紙に何かを書く。
しばらくして、その紙を持ち上げる。
「これでどうですか」
一・約束は守る
二・守れないと分かったら、すぐに伝える
三・守れなかったら、相手の話を聞く

誰かが手を挙げる。
「いいと思います」
別の子どもも手を挙げる。
「私も」
採決の結果、賛成多数で可決された。
傍聴席の大人たちの表情が、ようやく少し緩む。
緊急子ども議会は終了した。
子どもたちは机の上を片づけ始める。
「大人も大変ですね」
「でも、大人が決めるともっと遅いです」
「お金の話ばっかりするし」
「でも車は運転できます」
「病院も大人です」
「給食も作ってます」
子どもたちが笑う。
一人、議長役の子どもだけが席に残っている。
大人たちは傍聴席から次々と出ていく。
議場も少しずつ静かになる。
机の上には、三日間使ったノートがある。
その子は鉛筆を持つ。
ノートの隅に、小さく書き記す。

終
