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【短線小説】埅぀のは、これで最埌にしたす〜『雚傘』スピンオフ・あずさの芖点〜

第䞀話 「䌌おいるようで、違う人」

ボックスには、誰もいなかった。
倕方の緎習が終わっおから、しばらく経っおいる。

私は䞀人、窓際の怅子に座っおいた。
机の䞊には、今日䜿った楜譜。
その暪に、䞀通の手玙が眮かれおいる。
封筒には、芋慣れた名前。

――銖藀さん。

二぀䞊の先茩。
私がグリヌに入ったずきには、すでに憧れの人だった。

優しくお、穏やかで。
誰かが困っおいるず、い぀の間にかそばにいる。
緎習䞭に音を倖した埌茩がいおも、
「たあ、最初はそんなもんやっお」
ず笑っおくれる。
飲み䌚では、誰かのグラスが空いおいれば自然に声をかける。

そういう人だった。

そしお、い぀も呚りには女の子がいた。
本人は、特別なこずをしおいる぀もりはないのだろう。
誰にでも優しい。
誰にでも同じように笑う。
だから私は、䜕床も期埅しお、䜕床も勝手に萜ち蟌んだ。

それでも、奜きだった。
告癜したこずはない。
できなかった。

銖藀さんが卒業しおからも、しばらくは手玙のやり取りが続いおいた。

東京での仕事。
䌚瀟のこず。
こっちに垰っおきたずきには、みんなで飲もうずいう話。
私も返事を曞いた。

でも最近は――

返事が来るたでの時間が、少しず぀長くなっおいた。

忙しいんだろう。

そう思っおいる。
そう思いたかった。

私は手玙を封筒に戻した。

そのずき。

コンコン。
ドアを叩く音がした。

「はい」

「すみたせん」
ドアが開いた。
そこに立っおいたのは、芋芚えのない男の子だった。
癜い長袖シャツにゞヌパン
䞀幎生だろう
少し緊匵した顔で、宀内を芋回しおいる。

「グリヌクラブっお、ここで合っおたすか」
「あ、うん。そうやけど」
私は立ち䞊がった。

「入郚垌望」
「  ただ、ちょっず迷っおお」
「そうなんや」
私は机の䞊に眮いおあった入郚届を䞀枚取り出した。

「男声合唱のクラブ。緎習は䞉階の音楜宀でやっおるよ。芋孊だけでも倧䞈倫」

「ありがずうございたす」
圌は入郚届を受け取った。

「今日、緎習ありたすか」
「五限のあずから。今から行けば、ただ間に合うず思う」
「じゃあ  芋おみたす」
「うん」
それだけだった。

ただ、少し頭を䞋げお郚屋を出おいった。

私はドアが閉たるのを芋届けおから、もう䞀床怅子に座った。

――倉な子。

そう思った。

愛想がないわけではない。
でも、劙に呚りを気にしおいる。
そしお、自分からはほずんど䜕も蚀わない。

少ししお、私も音楜宀ぞ向かった。



緎習が始たるず、圌の姿はすぐに芋぀かった。

䞀番埌ろ。
少し離れたずころに立っおいる。
先茩たちが声を出しおいるのを、じっず聞いおいた。
入ったばかりだから圓然なのだけれど、ただ声を出すこずに遠慮がある。
束吉くんが、
「もっず出しおええで」
ず声をかける。

圌は、
「はい」
ず答えた。
それから少しだけ声を匵った。

私はピアノの近くから、その様子を眺めおいた。

しばらくするず、先茩の䞀人が楜譜を萜ずした。
圌はすぐに拟っお、
「これ、萜ちたしたよ」
ず枡した。

「お、ありがずう」
「いえ」
それだけ。
別に倧したこずではない。

でも――

私は、少しだけ銖を傟げた。
䌌おいる。

  いや。
違う。
そう思った。

銖藀さんも、こういうこずをする人だった。

誰かが困っおいれば助ける。
誰かが困っおいれば声をかける。
堎の空気を悪くしない。
でも、この子は少し違う。

銖藀さんのように、堎の䞭心に入っおいくわけではない。
むしろ、䞭心から䞀歩匕いおいる。
誰かを笑わせようずもしおいない。
女の子に話しかけるわけでもない。
ただ、呚りを芋おいる。
そしお、必芁なずきだけ動く。

私は、そんな圌を芋ながら思った。

――䜕で私、比べおるんやろ。

この子は、この子。
銖藀さんは、銖藀さん。
圓たり前のこずなのに。

それでも、気づけばたた考えおいた。
銖藀さんなら、ここで䜕お蚀うだろう。
銖藀さんなら、あの子ずどう話すだろう。

銖藀さんなら――。

私は、小さく息を吐いた。

「  もう、やめよ」
誰に蚀うでもなく呟いた。

銖藀さんは、もうここにはいない。

卒業しお、東京で働いおいる。

私の知らない人たちに囲たれお。
私の知らない毎日を過ごしおいる。

手玙の返事が遅くなっおいるこずだっお、きっずただそれだけのこずだ。
忙しいだけ。

そうに決たっおいる。
そう思っおいた。

なのに。

音楜宀の向こうでは、新入生が必死に声を出しおいる。
さっきより少しだけ倧きくなった声。
その声を聞きながら、私は気づいおしたった。

私はただ――

銖藀さんのこずを、党然手攟せおいない。

「  あほやな、私」 

小さく笑った。

そのずき、指揮をしおいたオガタンが声を匵った。
「はい、もう䞀回」

郚員たちが䞀斉に楜譜を䞊げる。

私もピアノの前に座った。
もう䞀床、鍵盀に指を眮く。

そしお、ちらりず新入生を芋る。
圌はただ少し緊匵した顔で、楜譜を芋぀めおいた。

――哀空くん。

その名前を知ったのは、その日の緎習が終わっおからだった。

このずきの私は、ただ知らなかった。

この少し䞍噚甚な䞀幎生が、
私がずっず抱えおいたものを、思いがけない圢で芋぀め盎すこずになるなんお。


第二話 「優しさの䜿い方」

数日埌。

䞀幎生のマネヌゞャヌ候補がボックスに来るらしい。
束吉くんから、哀空くんが勧誘したっお聞いたけど、以倖な感じがした。

あ、たぶんあの子かな。

圌女がボックスに入った途端に、郚員たちの空気が倉わった。

「え、マネヌゞャヌ」
「どこから来たん」
「圌氏おるん」
「今床、飲みに行かぞん」

  はいはい。

たた始たった。

私は少し離れたずころから、その様子を芋おいた。
理恵さんっお蚀うんや。
倧半の郚員は、あからさたに圌女に興味接々。
たあ、男ばっかりのクラブだから仕方ない。

最初は笑っおいた。

でも、時々。
ほんの䞀瞬だけ、衚情が曇る。

私はそれに気づいた。

ああ。
ちょっず困っおるな。

けれど、本人が断れば枈む話でもある。
私は口を挟たず、そのたた芋おいた。

そのずきだった。
哀空くんが目に入った。

圌は、少し離れたずころに立っおいた。
理恵を連れおきたのは、圌だったはずだ。

なのに――

話しかけない。
茪の䞭にも入らない。
圌女のこずを、芋おいるような、芋おいないような。

「  なんで」

思わず、心の䞭で呟いた。
自分が連れおきた女の子やのに。
普通、もうちょっず話すんちゃうの

圌女の衚情が、たた少し曇った。
私は思った。

それ、郚掻ずは関係ないよ。
もう、知らない。
半ば呆れながら、私は別の仕事に目を向けた。

âž»

緎習が終わった。
圌女が、
「今日はありがずうございたした」
ず頭を䞋げお、ボックスを出おいく。

私は「たた考えおみおね」ず声を掛けた。

そのたた、片付けに戻ろうずした。

するず。
哀空くんが立ち䞊がった。
そしお、䜕も蚀わずに圌女の埌を远っおいった。

「  」

私はドアのほうを芋た。
廊䞋の向こうに、二人の姿が芋えなくなる。

たぶん、気遣いなんやろう。

さっき、圌女の衚情が曇っおいたのを芋おいたのかもしれない。

あの子。
そういうこず、できるんや。

私は、少しだけ考えた。

銖藀さんも、そういうこずができる人だった。
誰かが困っおいたら、自然に声を掛ける。
さりげなく助ける。

だから、私は奜きになった。

でも――

なんずなく違う。
哀空くんの優しさは、銖藀さんずは少し違う気がする。
同じように人を芋おいるのに。
同じように手を差し出すのに。

  優しさの䜿い方が、違うのかな。

そんなこずを考えながら、私は䞀人でボックスの片付けを続けた。
そしおふず、机の䞊に眮いたたたの手玙に目が止たった。

銖藀さんからの手玙。

私はそれを手に取った。
ただ、返事を曞いおいない。

いや。
曞けないのかもしれない。

第䞉話 「返事のない手玙」

銖藀さんから、䞉週間、返事がなかった。

最初の䞀週間は、忙しいんやろうず思った。

二週間目には、少し気になった。

そしお䞉週間。

さすがに、もう埅っおいるのもしんどくなっおきた。

倕方、私は銖藀さんに電話をかけた。
呌び出し音。
䞀回。
二回。
䞉回。

  出ない。
䞃回目で、ようやく぀ながった。

「もしもし」
少し間があっお、
「あずさ どうしたん」

銖藀さんの声。
その向こうから、男女の笑い声ず音楜が聞こえおくる。

「  今、どこにいるん」
「ああ、今、䌚瀟の埌茩ずカラオケ来おお」

その瞬間。

「あ、銖藀さヌん」
女の人の声がした。
楜しそうな笑い声。

私は黙った。

「ごめん、たたな」
「え、ちょ――」

プツッ。

電話が切れた。

「  」

どうしたんや、あらぞんわ
手玙の返事、どないなっずるん。
䞉週間やで。
「たた」っお、い぀なん

スマホを握ったたた、しばらく動けなかった。

でも――

ふず、思った。

私、どないしたいんやろ。

返事が欲しい。
䌚いたい。
声を聞きたい。
  それだけなんかな。

時蚈を芋る。
今日は、グリヌの新入生歓迎コンパ。

「はぁ  」

なんだか、気が重かった。

âž»

「也杯ヌ」

たぬき前から始たった新歓コンパは、い぀ものように隒がしかった。

束吉くんは、今日も「らしい」。

誰かが話せば茶々を入れ、誰かが黙れば無理やり話を振る。
気が぀けば、みんな笑っおいる。
ほんた、胜倩気。

私は少し離れたずころで、その様子を眺めおいた。
するず、束吉くんがふっず隣に座った。

「なあ、あずさ」
「ん」
「新人の䞉人、どないや」
「䞉人」
「氞富、现川、哀空」
「ああ  」
私は少し考えた。
「现川くんは、明るいよね。人付き合いも䞊手そう」
「やっぱり」
「氞富くんは  ちょっず自信家かな。でも、あれはあれで面癜いんちゃう」
「なるほどな」

束吉くんは、うんうんず頷いた。
「で」

「で」

「哀空は」
「  哀空くん」
私は少し考えた。

「真面目」
「ほう」
「倧人しいけど、呚りのこずはよく芋おるず思う」
「ぞえ」
「それに  」
蚀いかけお、私は止たった。

マネヌゞャヌ候補が来たずきもそうだった。
自分からはあたり前に出ない。
でも、誰かが困っおいたら、い぀の間にか動いおいる。

「  優しいんやず思う」

そう蚀ったずころで、束吉くんがニダッずした。
「なんか哀空だけ評䟡高ないか」

「はぁ」
「倪田は哀空掚しか」
「はぁ やめおよ」
思わず笑っおしたった。

「そんなんちゃうっお」
ほんたに 。

私はそれどころやないんやけどな。
䞉週間も返事をくれない人のこずを考えおいる。
カラオケで女の人ず笑っおいた、あの声がただ耳に残っおいる。

そんな私が、哀空くんのこずをどうこう考えおる䜙裕なんお――

「ほな、あずさ」
束吉くんがゞョッキを持ち䞊げた。

「飲もか」
「  うん」
私もゞョッキを持ち䞊げた。

「也杯」
グラスがぶ぀かった。
カチン、ず軜い音がした。

私は笑った。
い぀ものように。

䜕もない顔で。

第四話 「飲たずにはいられない倜」

話にはよく聞く。

「飲たずにはいられない」っお、こんな感じなんやろか。
気が぀けば、い぀もより饒舌になっおいた。

郚員それぞれのアホなずころを、私も䞀緒になっお笑っお。
束吉くんのくだらない話にも、い぀も以䞊に笑っお。
笑っお、飲んで。

それで――
䜕かが倉わるんやろか。
そんなわけない。

今日は、家には「友達の家に泊たる」ず連絡しおある。
そんな玄束、誰ずもしおいない。
ただ、䞀人で過ごしたかった。
でも、行く圓おはなかった。
ほんずうは、誰にも邪魔されず、静かに眠りたかった。

銖藀さんのこずを考えずに。
䜕も考えずに。

午前零時。

飲み䌚が終わった。
店の前で、みんなが垰り支床を始める。
「束吉くん」
「ん」
「終電ないから、泊めおよ」
束吉くんは、こずさら倧袈裟に顔をしかめた。

「あかん、あかん。オレの郚屋、ゎミ屋敷やから。女連れ蟌める状態ちゃうねん」
「誰があんたの郚屋に泊たりたい蚀うたんよ」
「いやいや、そういう問題ちゃうやろ」
そう蚀いながら、束吉くんは呚りを芋回した。

そしお、
「あ、そうや」
ず、䜕かを思い぀いたような顔をする。

「哀空の郚屋、近いやん」
「え」
束吉くんは、哀空くんのほうを向いた。
「そうや、哀空。倪田のこず頌んだで」

「えっ、ちょっず――」
哀空くんが戞惑った顔をする。

束吉くんは私のほうを振り返るず、
小さくガッツポヌズをした。

「任せた」
そしお、そそくさず人混みの向こうぞ消えおいった。

「  はあ」
そんなん、いらんし。

私は呆れながら、その背䞭を芋送った。
ほんた、䜕考えおるんやろ。

  たあ。
束吉くんなりに、䜕か感じるものがあったのかもしれない。
私のほうに、自分でも気づいおいない䜕かが出おいたのかもしれない。
でも、そんなこずは分からない。

ただ――

哀空くんなら。
そう思った。
この䞭では、䞀番安心できる。
それだけは、䞍思議なくらい自然に思えた。

私は哀空くんを芋る。
圌はただ、どうしおいいのか分からないような顔をしおいた。

「  倪田先茩」
「ん」
「本圓に、僕のずころで倧䞈倫ですか」
最埌たで敬語。
私は少しだけ笑った。

「うん。お願い」

そしお、
「ほな、哀空くん。行こうか」
そう声をかけた。

第五話 「倪田先茩じゃなくお」

哀空くんの隣を歩く。
長い坂道を、二人で䞋っおいく。

倜颚に圓たっお、少しだけ酔いが醒めおきたような気がした。

二階建おのハむツ。
哀空くんの郚屋は䞀階だった。

鍵を開けお、電気を぀ける。
こた぀。
゜ファ。
ベッド。
そのすぐ暪に、小さな台所。
䞀぀の郚屋に党郚収たっおいる。

「  思ったより、きれいやん」
「䜕もないだけです」
「ふふっ」
ほんたや。
生掻感がない。

でも、今はそんなこずどうでもよかった。
眠気ず疲れが、䞀気に抌し寄せおくる。
ずにかく座りたかった。

私はこた぀に足を入れお、そのたた倩板にもたれかかった。

「はぁ  」
今日はいろいろあったな。

銖藀さんのこず。

手玙のこず。

電話のこず。

  疲れた。

自然ず瞌が萜ちおいく。


コトン。

䜕かの音がした。
うっすら目を開ける。
目の前に、湯呑みが眮かれおいた。

お茶。

哀空くんの指先が、湯呑みから離れおいく。
私は䜕も蚀わず、それを手に取った。

䞀口。
枩かい 。

喉を通っお、身䜓の䞭に萜ちおいく。

なんやろ。
ほっずする。
ただのお茶なのに。
なんでもない優しさに、気持ちが少しざわ぀いた。

「  ふぅ」
息を吐く。

「生き返るわぁ」
そう蚀うず、ほんの少しだけ楜になった。

私は湯呑みを持ったたた、哀空くんを芋る。

「なあ」
「はい」
「私のこず、倪田さんっお呌んでるやろ」
「はい」
「私、名前は「あずさ」やからね」
蚀っおから、自分でも少し倉な気がした。
なんで、こんなこず話しおるんやろ。
酔っおるんかな。

「あずさ  」
心の䞭で、その蚀葉を転がしおみる。 

あずさっお呌ばれたい。
誰に
  ああ。
あかん、あかん。
私は銖を小さく振った。

「哀空くんには、知っおおいお欲しいねん」
無理やり蚀葉を぀なぐ。

「どうしおですか」
哀空くんが、䞍思議そうに私を芋る。

「  どうしおやろ」
自分でも分からない。
答えなんお、ない。

しばらく考えおから、
「哀空くんは、私のこず信頌しおくれおる気がするから」
そう蚀った。

哀空くんは黙っおいる。

「だから、今倜はこうしお泊たりに来たん」
蚀っおから、自分でおかしくなった。

ここはどこ

先茩の郚屋やない。
男の子の郚屋。

しかも――

「  男の郚屋に、そんな無防備に入っおきお、そんなこず蚀うもんじゃないですよ」

「  」

䞀瞬、頭が冷えた。

そうや。
ここ、哀空くんの郚屋や。
私、䜕蚀っおるんやろ。
酔っおる。
完党に酔っおる。

私は少しだけ姿勢を正しお、哀空くんを芋る。

「ふヌん」
わざず、投げやりに蚀っおみた。

「じゃあ、どうなっおも知らんよ」
軜く笑っおやる。

するず、哀空くんの顔が䞀気に赀くなった。
「  」

なんや。
そんな顔するんや。

私は少し安心した。
この子は、倧䞈倫。
そう思った。

急に眠気が抌し寄せおくる。

目を閉じかけたずき――
誰かが私を呌んだ。

「あずささん  」

  あずさ。

その呌び方。

なんやろ。
「  その呌び方、なんか奜きかも  」

声にしたのか、心の䞭で呟いたのか。
もう分からなかった。

い぀の間にか、䜕か枩かいものに包たれおいた。
その枩もりに身を預けるようにしお――
私の蚘憶は、そこで途切れた。


第六話 「あず先茩」

「ん  」

なんだろう。
私、眠っおたんだ。
ゆっくり身䜓を起こしお、ベッドのぞりに座る。

昚日着おいたカヌディガンが、ハンガヌに掛けおあった。

その向こう。
小さな台所に、哀空くんが立っおいる。
神劙な顔をしお、ドリップコヌヒヌにお湯を泚いでいた。

私は、しばらくその姿を静かに芋おいた。

こちらに気づいたのか、圌の手が止たる。
「起こしおしたいたしたか あず先茩」

「あず  先茩」

その呌び方が、なんずなく心地よかった。

「あずさ」でもない。
「倪田先茩」でもない。
その間みたいな呌び方。

狭い郚屋に、コヌヒヌの銙りが広がっおいる。
「いい匂いがする」

私は少し背䌞びをした。
「なんだか、よく寝た気がする」

思わず、心の声が口からこがれた。

「今からコンビニで朝ごはん買っおきたす」
「え」
「その間に、お颚呂䜿っおください」
哀空くんは淡々ず続けた。

「タオルずかは、そこです」
指差した先には、济宀の入り口。
小さなマットが敷いおある。
その暪に、バスタオルず歯ブラシが小さなカゎに入っおいた。

「  段取り良すぎやない」
思わず笑っおしたった。

私っおなんなんやろ。

お客さん

でも、哀空くんらしいず蚀えば、そうなのかもしれない。

「じゃあ、行っおきたす」
「うん」
哀空くんが郚屋を出おいった。

âž»

シャワヌを济びながら、がんやり考える。

私、䜕しおるんやろ。
圓たり前みたいに、䜕しおるんやろ。
䜕もなかったら――
こうしおお、いいの

昚日の銖藀さんの電話。
䞉週間返事のなかった手玙。
カラオケの向こうから聞こえた女の人の声。

  嫉劬
あお぀け
それずも。

私、どうしたいんやろ。
答えは出おこない。
シャワヌを止める。

身䜓を拭こうず、バスタオルを手に取った。

――あ。
氎を、あんたり吞わない。

私は思わず笑った。
哀空くんらしい。
劙なずころで、生掻がただ敎っおない。

もうすぐ垰っおくる。
私は䜕もなかったように服を着替えた。

âž»

コンコン。
ノックの音。

「はヌい」
ドアを開ける。

哀空くんが、コンビニの袋を提げお立っおいた。
「お埅たせしたした」

「ありがず」
サンドむッチを皿に移しお、こた぀の䞊に眮く。

それから、コヌヒヌを淹れおくれた。
「いただきたす」

「いただきたす」
二人で黙々ず食べた。

昚日の倜から、今朝たで。
いろんなこずを考えながら。
圌も、静かに食べおいた。
䜕も聞かない。
䜕も蚀わない。
そのこずが、今はありがたかった。

私は、ふず思った。

――たた、蚀えないこずが䞀぀増えた。

䜕を蚀えないのか。
誰に蚀えないのか。
自分でも、よく分からない。
ただ、胞の䞭に䜕かが残っおいる。

「哀空くん」
「はい」
「  ありがずう」
「いえ」
それだけ。

私は郚屋を出た。
階段を降りる。
朝の空気が少し冷たかった。
歩きながら、私は䜕床も同じこずを考えおいた。
哀空くんのこず、責められぞんね。

そんな思いが、頭の䞭をぐるぐる回っおいた。


第䞃話 「自分で捕たえないず」

ゞョむントコンサヌトの緎習に垯同した。

朝から、もうお祭り隒ぎ。
男声ず女声が入り混じっお、あっちから笑い声、こっちから歌声。
普段は男ばかりのグリヌのボックスずは、たるで別の堎所みたいだった。

そんな䞭で、私は哀空くんを䜕ずなく目で远っおいた。

  なんか、しんどそう。

やっおいるこずは、い぀もの哀空くんずいえば、そうだった。

誰かに頌たれれば手䌝う。
譜面を拟えば、黙っお枡す。
必芁以䞊にしゃべらない。

でも――
今日は、ちょっず違う気がする。

ふっず芖線を止めお、がヌっずしおいる。
䜕か考えおいるみたい。
でも、䜕を考えおいるのかは分からない。

「哀空くん」

呌びかけようずしお、やめた。

たあ、いいか。

âž»

緎習が終わり、自由時間になった。

私は女子たちの茪から少し離れたずころで、䜕ずなくみんなの様子を芋おいた。

するず、自然ず哀空くんの話が耳に入っおきた。
「哀空くんっお、意倖ず評刀いいよね」
「分かる。なんか真面目そう」
「優しいし」
「でも本人、あんな感じやん」
「そこがいいんちゃう」

  ぞえ。

意倖。

私は思わず、少し離れたずころにいる本人を芋る。
本人は、そんなこずを知らない顔で、誰かず話しおいる。
ずいうより、話しかけられおいる。
女の子たちに囲たれながら、盞倉わらず少し困ったような顔。

私は、なんずなく笑っおしたった。

「哀空くん、ちょっず」
「はい」
「向こうで呌んではるで」
「え」

私は圌の背䞭を、ぜん、ず抌した。
「ほら、行っおき」
「え、ちょっず――」
突然抌された哀空くんが、少しバランスを厩す。
そのたた、女子の茪の䞭ぞ取り蟌たれおいった。

「  ふふっ」
思わず笑う。
そしお、ぜ぀りず呟いた。

「自分で捕たえないず」

蚀った瞬間だった。
「あ  」
自分の声が、劙に耳に残った。

自分で。

捕たえる。

私は、さっきたで笑っおいた顔を少しだけ曇らせた。

誰を

  䜕を
考えるのをやめた。

私は静かな堎所を探しお、その堎を離れた。

第八話 「違う人、同じ痛み」

懇芪䌚は、昌間の喧隒をぎゅっず凝瞮したみたいだった。
笑い声。
グラスのぶ぀かる音。
あちこちから飛んでくる話し声。
少し、息苊しい。

私は空になったグラスを眺めおいた。

するず、哀空くんが気づいた。
「倪田先茩、空いおたすよ」

「あ  うん」
圌はグラスを䞋げるず、店員を呌んだ。

「同じのでいいですか」
「うん」
「ワむン、もう䞀杯お願いしたす」
い぀ものこず。

誰かのグラスが空いおいれば亀換する。
飲み物がなくなれば泚文する。
困っおいれば、い぀の間にか動いおいる。
それが哀空くんなんやず思う。

でも――

それが少しくらい。

私にも。

  っお。

䜕を考えおるんやろ、私。
自分で自分が嫌になっお、グラスを芋぀めた。

しばらくしお。

「きゃヌ」
女性の悲鳎みたいな声が䞊がった。

䜕事かず顔を䞊げる。
そこにいたのは、哀空くんだった。

女の子が圌の腕を抱え蟌んで、身䜓をべったり寄せおいる。
哀空くんは困ったような顔をしおいた。
けれど、匷く振りほどくこずもしない。

「おいおい」
束吉くんが笑いながら声を䞊げた。
「倪田も泊たっおたしな」
「お前、モテる口か」

「ちょっず、束吉くん」
笑い声が起こる。

その䞭で――
哀空くんず目が合った。

䞀瞬。

圌の目が、私を芋た。

違う。
そんなんじゃない。
ごめん。

私は目を逞らした。

なのに。
その姿が、重なった。

銖藀さんに。

誰にでも優しくお。
誰にでも笑っお。
女の子に囲たれおいお。
それを嫌がるでもなく、拒むでもなく。

私は違う。
私は、あんなんじゃない。

そう思った。

  でも。

私はどうしたらいいんやろ。
グラスの䞭のワむンが揺れた。

私はもう䞀床、哀空くんを芋そうになっお――
やめた。

芖線を切る。

隣に座っおいたピアニストに、
「ねえ、ちょっず聞きたいこずあるんやけど」
ず声を掛けた。
そのたた、私は別の話を始めた。

哀空くんのほうは、もう芋なかった。


第九話 「最埌の手玙」

倏。

私は、手玙を曞いた。
い぀もの近況報告ではない。

もっず、ずっず前から曞けなかったこず。

机の前に座っお、䜕床も曞き盎した。

出䌚ったずきのこず。
初めお銖藀さんを奜きになったこず。
卒業しおしたったずき、どれだけ寂しかったか。
それから今たで、䜕を考えおいたのか。

そしお――

私が、どうしたいのか。

ペンを持぀手が止たる。
䜕床も迷った。

こんなこずを曞いおいいんやろか。
重いず思われぞんやろか。
嫌われたらどうしよう。

それでも、曞いた。

䞀緒にいたい。
いさせおほしい。
今すぐ付き合っおほしい、ずは蚀わない。
すぐに答えを出しおくれなくおもいい。

私は、埅おる。

いや。

埅っおきた。

だから――

就職だっお、東京で考えおいる。
あなたのいる堎所の近くに行きたい。
ずっず寂しかった。

卒業しおからも、心から取り陀くこずができなかった。
䜕床忘れようずしおも、い぀の間にか考えおいる。

だから。

奜きだから。

この気持ちを、分かっおほしい。

䟿箋を芋぀める。
最埌の䞀行を曞く。

九月に、ゞョむントコンサヌトがありたす。
私は、そこで埅っおいたす。

埅぀のは、これで最埌にしたす。

ペンを眮いた。

しばらく、その文字を眺めおいた。
これでいい。

  これでいいんや。
封筒に手玙を入れる。

そしお、ゞョむントコンサヌトのチケットを䞀枚。
最埌に、封をした。
封筒を手の䞭で裏返す。

銖藀さんの名前。
私は、その名前を指先でそっずなぞった。

これを出したら――
もう、埅぀だけの私には戻れない。

そんな気がした。


最終話 「埅぀人、埅たれる人」

ゞョむントコンサヌトの日。

私は受付に立っおいた。

䞀人。
たた䞀人。
チケットを受け取り、ホヌルぞ入っおいくお客さんを芋送る。
手の䞭のチケットが、少しず぀増えおいく。

でも――

䞀枚だけ。
戻っおこないチケットがあった。
私は、それを埅぀のをやめた。

受付を離れ、ホヌルぞ入る。
最埌列の垭に座った。

い぀も、この時間は緊匵する。

客垭の照明が萜ちる。
緞垳が、ゆっくりず䞊がっおいく。
拍手が起こった。

ステヌゞには、癜いゞャケットを着たグリヌクラブのメンバヌが暪䞀列に䞊んでいる。

倧孊讃歌。
これを聎くのは䞉回目。

初めお聎いたのも、この堎所だった。

あの頃の銖藀さんの姿が、ステヌゞの䞊に重なっお芋えた。
胞の奥が、きゅっずなる。
少しだけ、芖界が滲んだ。
私は、そっず目を䌏せた。

âž»

各団のステヌゞが終わる。

最埌は䞉郚合唱。
「混声合唱のための――『遠く吹く颚』」

聞き慣れたむントロ。
歌声が重なる。

私は目を閉じた。

そしお、フィナヌレ。
鳎り止たない拍手。
緞垳がゆっくりず降りおいく。

終わった。

もうすぐ、みんながロビヌに出おくる。
私は先にホヌルを出た。

受付前の机を片付ける。
チケットを敎理しお、資料をたずめお――

そのずきだった。

「  あずさ」

身䜓が震えた。
振り返る。

そこに、圌がいた。

笑顔ではなかった。
真剣な顔で、私を芋おいる。

「  銖藀さん」

それ以䞊、蚀葉が出なかった。

嬉しい。
嬉しすぎる。
なのに、胞が苊しい。

圌が、ゆっくり口を開いた。
「手玙、読んだよ」

私は黙っお圌を芋る。

「嬉しかった」
その蚀葉だけで、胞がいっぱいになった。

でも。

続く蚀葉を聞いた瞬間――

「でもな」

少しだけ間を眮いお、
「東京には、来なくおいいから」

音が消えた。
䜕も聞こえなくなった。
喉の奥から、䜕かが蟌み䞊げおくる。

私は、う぀むいた。
息ができない。

やっぱり。

そうなんや。

そう思った、そのずき。


銖藀さんが私の前たで歩いおきた。

そしお、そっず私の肩に手を眮いた。
「倧阪に転勀になった」

「  え」

顔を䞊げる。
「倧阪ですか」

「うん」
少しだけ、昔の笑顔が戻った。

「今床は僕が埅぀から」

「  」

「あずさが卒業するたで」

私は、䜕も蚀えなかった。
涙だけが出おくる。

「ごめんな」

そしお、

「ありがずう」

「  もう、やめおよ」
涙を拭いながら笑った。
「そんなん  泣いおたうわ」
気が぀けば、私は圌の胞にそっず頬を寄せおいた。

懐かしい。

この人や。

やっぱり――

銖藀先茩や。

「  あ、銖藀先茩やん」
埌ろから声がした。

振り返るず、束吉くんがこちらぞ歩いおくる。
「お久しぶりです」

銖藀さんは昔ず倉わらない笑顔で、束吉くんに手を振った。

私は䞀歩だけ前に出お、涙を拭いた。
そしお振り返る。

「束吉くん」
「ん」
「銖藀先茩ず話すから、邪魔せんずいおよ」

「お、おう  」
束吉くんが、ちょっず戞惑った顔で離れおいく。

私たちは顔を芋合わせた。

そしお――
思いっきり笑った。

昔ず同じ笑い方だった。

でも――

昔の私は、ただ埅っおいた。
手玙の返事を。
い぀か届く蚀葉を。

今は違う。
私は、自分の気持ちを自分の蚀葉で䌝えた。

「埅぀のは、これで最埌にしたす」
ず。

だから今床は、私だけが埅぀んじゃない。

「今床は僕が埅぀から」
あの蚀葉が、胞の奥に残っおいた。

ホヌルの䞭から、拍手が聞こえる。
私は涙を拭いお、笑った。

そしお、銖藀さんの隣を歩き出した。

雚傘 スピンオフ あずさの芖点 
 「埅぀のは、これで最埌にしたす」 完

いいなず思ったら応揎しよう