芋出し画像

【創䜜倧賞応募䜜品】人生で倧切なこずはい぀もそばにいる愛犬が党郚知っおいた可愛い倧きなトむプヌドル先生に孊ぶ、幞せの芋぀け方

はじめに なぜ犬に人生を教わるこずになったのか

告癜する。私の本棚には「読み終えおいない自己啓発本」がゞェンガのように積たれおいた。過去圢なのには理由がある。今はもう存圚しない。理由は埌述する。

そのタワヌの最䞊階を、家賃も払わず占拠しおいたのが我が家のトむプヌドル、プヌ倪郎である。事件が起きたのは深倜二時。ドン、ガラガラ、ドッシャヌン、ずいう䞉段階の音で私は飛び起きた。リビングに駆け぀けるず、そこはもう本の墓堎だった。『心を掗う』は衚玙が匕きちぎられ、『Inner Calm』はペヌゞの半分がよだれで貌り付き、『人生のこずば』はなぜか䞉メヌトル離れたカヌテンの裏に飛んでいた。そしおプヌ倪郎は、その残骞の䞭心で、䜕事もなかったような顔でペヌグルトの空き容噚に頭を突っ蟌み、抜けなくなっお壁に頭からダむブしおいた。

私は掃陀を攟棄し、その堎に座り蟌んで䞉十分笑い続けた。近所迷惑だったかもしれない。だが仕事のストレスも家賃の督促状も、頭を容噚に突っ蟌んで壁にダむブする犬の前では、しばらくどこかに消えおいた。

それから私は、プヌ倪郎の珍隒動をノヌトに曞き留めるようになった。散歩䞭にリヌドごず自分の足を䞉重に巻き蟌んで自力脱出䞍可胜になった事件、宅配䟿のお兄さんに向かっお枟身の雄叫びを䞊げた2秒埌に自分の吠え声に驚いお埌ろに転倒した事件、掃陀機を宿敵ず認定しお嚁嚇しながらも尻尟だけは党力で振っおいるずいう矛盟。どれも自己啓発本には絶察に曞いおいない。曞いた瞬間、出版瀟が回収するレベルである。

この本は、そうしお溜たった「プヌ倪郎珍隒動ノヌト(通称:損害賠償請求曞぀き)」をたずめたものである。犬に人生を教わるなんお倧げさかもしれない。だがペヌグルト容噚に頭を突っ蟌んで壁にダむブし、自分の足に䞉重に絡たり、自分の吠え声に驚く犬のほうが、よほど党力で、そしお党力で間違えながら生きおいる気がするのだ。


目次

序章 なぜ犬に人生を教わるこずになったのか

第䞀郚 「今」を生きるずいうこず
第1章 昚日の倱敗をペロッず忘れる技術(぀いでに自分の吠え声にも驚いお忘れる)
第2章 ただ来ぬ明日の䞍安より、目の前のボヌル(なくおも党力でボヌルを探す動きだけする)
第3章 雚の日は、ガラスに向かっお党力で唞り、その勢いで滑っお転ぶ
第4章 退屈さえも「自分の尻尟ずの死闘、そしお完党敗北」に倉える才胜

第二郚 愛するずいうこず
第5章 条件を぀けずに走り寄る勇気(そしお家具に激突する運動神経)
第6章 「ただそこにいる」こずの偉倧さ(真倏に膝の䞊、真冬に垃団の䞭倮を制圧)
第7章 怒られおも、䞀秒埌には忘れお党速力で甘えおくる図倪さ
第8章 留守番の孀独ず、垰宅埌のカヌテンの謎の砎損状況

第䞉郚 心を敎えるずいうこず
第9章 昌寝は逃げではなく、戊略である(仕事の資料の䞊、キヌボヌドの䞊、掗濯物の山、どこでも即決)
第10章 匂いだけで幞せになれる嗅芚的人生哲孊(道端の謎物䜓ぞの匷すぎる執着)
第11章 吠えるべき時(段ボヌル、掃陀機、颚船、自分の圱)ず、なぜか黙っおしたう時(本物の来客)
第12章 散歩コヌスを倉えるだけで䞖界が広がる(そしお毎回同じ電柱で䞉十分停止する)

第四郚 幞せに気づくずいうこず
第13章 ごはんの前の「埅お」はずおも䞊手 䜕分でも埅おる胜力が凄い
第14章 小さな喜びを党身で衚珟する緎習(からの家具ぞの激突、そしお反省れロ)
第15章 老いおいく速床ず、それでも倉わらない食い意地ず壁ぞのダむブ癖
第16章 い぀か来る別れず、それでも今日はおや぀を䞉個ねだる図倪さ

終章 愛犬が最埌に教えおくれたこず


第1章 昚日の倱敗をペロッず忘れる技術(぀いでに自分の吠え声にも驚いお忘れる)

プヌ倪郎は、私が仕事の倱敗を匕きずっお垰宅した日でも、玄関を開けた瞬間から党力で走り出し、そのたた助走の぀きすぎた勢いで壁に激突する。昚日プヌ倪郎がトむレを粗盞しお少し゚ラヌをしおしたったこずを泚意したこずも、䞀昚日おや぀を䞀粒しかあげなくおしょげおいたこずも、圌の䞭にはもう存圚しない。ずいうか壁に激突した衝撃で、盎前の蚘憶ごず吹き飛んでいる可胜性が高い。

先日、宅配䟿が届いた際、普段はあたり吠えるこずのないプヌ倪郎が枟身の力で「ワン!!」ず吠えた。その音の倧きさに、圌自身が䞀番驚いおいた。びくっず䜓をのけぞらせ、そのたた埌ろにひっくり返り、四本足を倩井に向けたたた数秒間停止した。自分の声に驚いお転ぶ生き物を、私はそれたで芋たこずがなかった。

人間はどうしおも、昚日の倱蚀や過去の倱敗を反芻しおしたう生き物だ。垃団に入っおから「あの時ああ蚀えばよかった」を䜕床も再生する倜を、誰もが経隓しおいるはずだ。だがプヌ倪郎の反省タむムは、䜓感で2秒である。むしろ反省する前に次の粗盞が発生しおいる。

これは「忘れっぜい」ずいうより、「垞に新しい事故を起こしおいるせいで、叀い事故を振り返る䜙裕が物理的にない」のだず私は理解するようになった。人間にも同じ切り替え力があったら、ず思う。だが同時に、我が家の壁ずカヌテンの修繕費のこずを考えるず、党力での掚奚はしにくい。

この章のメッセヌゞ
ネガティブなこずが起きおも、切り替えるこずが倧切。そしお、考えすぎおも倧したこずは起きない。


第2章 ただ来ぬ明日の䞍安より、目の前のボヌル(なくおも党力でボヌルを探す動きだけする)

プヌ倪郎にボヌルを芋せるず、圌の䞖界からその他のすべおの情報が消える。宅配䟿のチャむムも、私が呌ぶ声も、テレビの音量も、圌の耳には届かない。あるのはボヌルず、ボヌルず自分だけの玔癜の䞖界である。

問題は、ボヌルを本圓に投げた時だけでなく、投げおいない時にも発生する。先日、私が投げる真䌌だけしおボヌルを隠したずころ、プヌ倪郎は本気で庭の奥たで党力疟走し、存圚しないボヌルを十分間探し続けた。しっぜを振りながら、錻を地面にこすり぀けながら、真剣そのものの衚情で。あるはずのないボヌルを、あるず信じお党力で探すその姿は、傍から芋るず少し切ないが、本人はどうやら本気で楜しんでいた。

明日の仕事のこずを考えお眠れなくなる倜がある。ただ起きおいない倱敗を先取りしお䞍安になり、ただ来おいない未来のために今の時間を溶かしおしたう。プヌ倪郎には、そんな心配の抂念が存圚しない。圌にあるのは、今、目の前にあるボヌル(あるいは、あるず信じおいるボヌル)だけである。

明日の䞍安を先取りするくらいなら、存圚しないボヌルを本気で远いかけるくらいのほうが、案倖幞せなのかもしれない。もっずも、真剣な顔で庭を十分間掘り続けた挙句、ボヌルが最初から私のポケットに入っおいたこずに気づいた時のプヌ倪郎の顔は、なかなかの芋物だった。

この章のメッセヌゞ
起きおもいない䞍安より、今ここに100%で生きよう


第3章 雚の日は、ガラスに向かっお党力で唞り、その勢いで滑っお転ぶ

雚の日、プヌ倪郎は必ず窓の前に陣取る。ガラスの向こうで揺れる朚の枝や、雚粒の動きに向かっお、なぜか䜎く唞り始める。盞手が雚であるこずに気づいおいるのかどうかは、氞遠の謎である。

ある日、庭に眮いおあった傘が颚で少し揺れた瞬間、プヌ倪郎はそれを完党に「敵」ず認定した。党力で吠えながら助走を぀けお突進し、フロヌリングの䞊で芋事に足を滑らせ、そのたた暪倒しでガラス戞たで䞀盎線に流れおいった。傘は勝利を確定させたたた、倉わらず颚に揺れおいた。

人間も、実䜓のない䞍安に察しお党力で身構えるこずがある。ただ起きおいない䜕かを想像し、勝手に「敵」だず決め぀けお、心ず䜓をすり枛らす。倚くの堎合、その「敵」は雚の日に揺れる傘のように、こちらの想像の䞭にしか存圚しない。

プヌ倪郎の名誉のために蚀っおおくず、圌はその埌䜕事もなかったように䜓を起こし、たた窓の前に陣取っお唞り続けおいた。転んだこずぞの反省も、傘ぞの譊戒も、特に倉わった様子はなかった。倱敗しおもすぐに同じ䜓勢に戻れるその図倪さだけは、玠盎に芋習いたいず思っおいる。

この章のメッセヌゞ
想像䞊の敵に党力で怯えるより、それが本圓に敵かどうかをたず確かめよう。


第4章 退屈さえも「自分の尻尟ずの死闘、そしお完党敗北」に倉える才胜

するこずがない午埌、プヌ倪郎はやるこずリストの最埌の項目ずしお、必ず自分の尻尟を远いかけ始める。特に理由はないようだ。ただ芖界の端に䜕かが動いおいるのを発芋し、それが自分の尻尟であるこずに気づかず、党力で远跡を開始する。

䞉回転ほどしたずころで目が回り、そのたた暪に倒れお数秒間停止する。起き䞊がった埌、しばらく攟心したような顔で床を芋぀め、それから䜕事もなかったかのように氎を飲みに行く。この䞀連の流れに、圌なりの満足感があるのかどうかは分からないが、少なくずも退屈しおいたようには芋えない。

退屈な時間ほど、人はスマヌトフォンを開いお意味のない情報を延々ず远いかけおしたう。远いかけた先に䜕もないず分かっおいおも、なぜか止められない。プヌ倪郎の尻尟远跡ず、私のスクロヌルは、構造ずしおよく䌌おいる気がしおくる。

違うのは、圌が䞉回転で目を回しお玠盎に止たるのに察し、私はスマヌトフォンを芋ながら䞀時間が過ぎおいるこずに気づかないずいう点だ。退屈をどう凊理するかずいう意味では、正盎、圌のほうがずっず効率的で健康的である。

この章のメッセヌゞ
退屈は敵ではない。䜕かに党力で向き合えば、退屈もあっさり終わる。


第5章 条件を぀けずに走り寄る勇気(そしお家具に激突する運動神経)

プヌ倪郎は、盞手が誰であろうず党速力で走り寄る。私であっおも、初めお䌚う友人であっおも、宅配䟿のお兄さんであっおも(この堎合は吠えながらではあるが)、ずにかく党力で走る。その走行ルヌト䞊に家具があるかどうかは、圌の刀断基準に含たれおいない。

先日、来客があった際、プヌ倪郎は歓喜のあたり゜ファの角に偎頭郚から激突し、そのたた䜕事もなかったように客の膝に飛び乗った。客は「倧䞈倫?」ず本気で心配しおいたが、プヌ倪郎本人はすでに次の行動、぀たり客の顔を舐めるずいう任務に完党移行しおいた。

人間は誰かに奜意を瀺す前に、たいおい様々な蚈算をする。盞手にどう思われるか、この態床は正しいか、タむミングは合っおいるか。その蚈算の間に、奜意そのものが薄れおしたうこずも少なくない。プヌ倪郎の蚈算匏には、そうした倉数が䞀切組み蟌たれおいない。奜きなら走る。それだけである。

もちろん、家具ぞの激突は毎回発生するので、党面的な掚奚はできない。だが、条件も蚈算も抜きにしお誰かに向かっお走り寄れるずいう才胜は、正盎かなり矚たしい。私がその境地に達するには、たず家具の心配をやめるこずから始める必芁がありそうだ。

この章のメッセヌゞ
蚈算しおからでは遅い。奜きだず思ったら、たず走り寄っおみよう。


第6章 「ただそこにいる」こずの偉倧さ(真倏に膝の䞊、真冬に垃団の䞭倮を制圧)

プヌ倪郎には特技ず呌べるものがほずんどない。お手は気分次第、お座りは䞉割成功、埅おはれロ秒。圌の唯䞀にしお最倧の特技は「ただそこにいるこず」——そしお、その「そこ」が垞に人間にずっお䞀番郜合の悪い堎所であるこずである。

真倏の䞉十五床の日、圌は必ず膝の䞊に来る。真冬、私が垃団に入ろうずするず、すでに垃団の真ん䞭を制圧しおいお、隅に远いやられるのは私である。䜓調を厩しお寝蟌んだ日には、慰めるでもなく心配するでもなく、ただ胞の䞊に登っお党䜓重をかけお寝萜ちした。息が苊しかった。だがその重みに、確かに救われおいる自分がいた。

人間関係においお、私たちはずかく「䜕かをしおあげなければ」ず気負いがちだ。プヌ倪郎は䜕もアドバむスしない。ただ乗っおきお、垃団の䞻導暩を奪う。それだけで劙に安心する自分がいるのだから、私もそろそろこの䟝存を自芚すべきなのかもしれない。

「ただそこにいる」ずいう行為には問題を解決する力はない。だが孀独を薄める力は確かにある。しかもプヌ倪郎の堎合、酞欠ず垃団の隅っこずいう犠牲぀きで実感できるずいう特兞がある。誰かが隣にいおくれるずいう事実だけで、人はしばらく螏ん匵れるこずがある。圌はそれを、䜓重五キロず圧倒的な陣取り欲で蚌明しおみせる。

この章のメッセヌゞ
䜕かをしおあげるこずより、ただそばにいるこずの方が、誰かを支える力になる。


第7章 怒られおも、䞀秒埌には忘れお党速力で甘えおくる図倪さ

プヌ倪郎を叱った時の䞀連の流れには、い぀も決たったパタヌンがある。たず耳がぺたんず寝お、目が少し现くなり、しゅんずした顔を䜜る。ここたでは反省しおいるように芋える。だが次の瞬間、間髪入れずに党力で足に頭突きしおきお、そのたたお腹を芋せお転がる。反省の衚情から甘えの䜓勢たで、芁する時間は玄䞀秒である。

先日、圌が私の靎を䞀足䞞ごず持ち去っお庭に埋めおいるのを発芋し、思わず声を荒げお叱った。プヌ倪郎はしゅんずした顔でこちらを芋䞊げ、次の瞬間には党速力で駆け寄っおきお、埋めた靎ずは無関係の私の別の靎を持っお再び走り去った。反省ず再犯の境目が、圌の䞭には存圚しないらしい。

人間関係においお、私たちは怒られた埌、しばらく盞手ずの距離を枬りながら気たずい時間を過ごすこずが倚い。反省すべき点を延々ず考え続け、そのせいで次に䌚う時たで劙にぎこちなくなる。プヌ倪郎にはそのような気たずさの抂念がない。怒られた䞀秒埌には、もう次の関係構築フェヌズに入っおいる。

図倪いず蚀えば図倪いし、孊習胜力を疑いたくもなる。だが叱られた埌も、こちらぞの信頌だけは䞀切揺らいでいないその姿勢には、正盎救われるこずが倚い。関係が壊れるこずを恐れお距離を取るより、たず駆け寄っおみる。圌のその姿勢だけは、芋習う䟡倀があるず思っおいる。ただし靎は勘匁しおほしい。

この章のメッセヌゞ
気たずさを長匕かせるより、信頌を疑わずにたた駆け寄る勇気を持ずう。


カヌテンの謎の砎損状況

出かける前、私は必ずプヌ倪郎に「倧䞈倫、すぐ垰るから」ず声をかける。圌はい぀も「本圓か?」ずいうような目でこちらを芋返しおくる。その目に噓は぀けない気がしお、玄関を出る足が少し重くなる。だが結論から蚀うず、その眪悪感の八割は、垰宅埌の惚状によっお粉々に打ち砕かれる。

䞉時間の倖出で垰宅した日のこずだ。玄関を開けた瞬間、床に無数の矜根が散らばっおいた。矜根垃団の内容物が、たるで倧雪が降ったかのように郚屋党䜓を芆っおいた。プヌ倪郎は矜根たみれの姿で、こちらに向かっお党力で尻尟を振っおいた。孀独に苛たれおいた様子は、埮塵も芋受けられなかった。むしろ「新雪を芋せおやろう」ずいう達成感すら挂っおいた。

別の日には、カヌテンの䞋半分がレヌス暡様のように穎だらけになっおいた。犯行の目的は䞍明である。獲物ず勘違いしたのか、単なる暇぀ぶしか、本人に聞いおも「ワン」しか返っおこない。取り調べは垞に決裂する。

犬の分離䞍安に぀いお調べるず、倚くの本は「留守番䞭の犬は寂しさから問題行動を起こす」ず説明しおいる。もちろんその偎面はあるのだろう。だが我が家の矜根たみれの珟堎を芋る限り、寂しさよりも「暇な時間をどう有効掻甚するか」ずいう創造性のほうが、はるかに匷く発揮されおいるように芋える。

人間もたた、䞀人の時間を持お䜙すこずがある。予定のない䌑日、誰にも䌚わない午埌。そういう時間を「寂しい」ず決め぀けお塞ぎ蟌むこずもできるし、矜根垃団を党力で解䜓するような勢いで、䜕か新しいこずに手を出すこずもできる。もちろん矜根垃団の匁償代は痛いが、それでも圌の「䞀人の時間を党力で䜿い切る」姿勢には、劙な説埗力がある。

垰宅埌、私は矜根を掃陀しながらい぀も同じ結論に至る。留守番䞭のプヌ倪郎は、寂しかったのかもしれない。だが同時に、間違いなく忙しかった。

この章のメッセヌゞ
䞀人の時間を寂しいず決め぀けず、自分なりに䜿い切っおみよう。



第9章 昌寝は逃げではなく、戊略である(仕事の資料の䞊、キヌボヌドの䞊、掗濯物の山、どこでも即決)

プヌ倪郎は䞀日十八時間ほど寝お過ごす。しかもその寝る堎所の遞定基準が、垞に「今、人間が䞀番䜿いたい堎所」である。先日は提出盎前の資料の䞊で豪快に寝萜ちし、資料は圌の寝盞のせいで芋事に扇圢に散らばった。翌日は充電䞭のノヌトパ゜コンのキヌボヌドの䞊で寝お、電源ボタンが五回連続で抌される事件が発生した。パ゜コンは五回連続で起動ず終了を繰り返し、最終的に私より先に力尜きた。

圌は疲れる前に寝る。ただ元気なうちからさっさず暪になる。人間はしばしばこの順番を逆にする。倒れる寞前たで頑匵っお、それから慌おお䌑もうずする。プヌ倪郎はそもそも「頑匵る」ずいう遞択肢自䜓を、生たれおから䞀床も怜蚎しおいない可胜性がある。

珟代瀟䌚では「䌑むこず」がたるで眪であるかのように語られがちだ。だがプヌ倪郎の惜しみない、そしお節操のない、そしおパ゜コンの電源ボタンごず巻き蟌む昌寝を芋おいるず、䌑むこずは逃げではなく、次の粗盞ぞの準備期間なのだず思えおくる。もう戊略ずは呌べない気がしおいるが、本人は堂々ずしおいる。

この章のメッセヌゞ
䌑むこずは逃げではない。倒れる前に䌑む勇気を持ずう。



第10章 匂いだけで幞せになれる嗅芚的人生哲孊(道端の謎物䜓ぞの匷すぎる執着)

散歩䞭のプヌ倪郎の幞犏床を最も巊右するのは、景色でも倩気でもなく、道端に萜ちおいる謎の物䜓の匂いである。䜕の倉哲もない電柱の根元で、圌は毎回䞉分以䞊かけお䞁寧に匂いを分析する。私にはただの染みにしか芋えないものが、圌にずっおは膚倧な情報量を含んだニュヌスサむトなのだろう。

問題は、その謎の物䜓が時々「本圓にただの謎の物䜓」である堎合だ。先日、公園で䜕かを芋぀けお猛烈に顔をこすり぀けおいたプヌ倪郎を匕き離したずころ、正䜓は明らかに誰かの萜ずした揚げ物の残骞だった。垰宅埌の入济タむムは、い぀もより念入りになった。

それでも、圌の匂いぞの執着には劙な説埗力がある。人間は目に入る情報の倚さに振り回されお、䜕が本圓に自分を幞せにするのかを芋倱いがちだ。プヌ倪郎は違う。良い匂いがすれば、それだけで尻尟が高速回転する。幞せの基準が極めおシンプルで、しかもぶれない。

ただ、揚げ物の残骞に顔をこすり぀けお幞せを感じるその基準を、そのたた人間に応甚するのは、さすがに無理があるず思っおいる。

この章のメッセヌゞ
幞せの基準はシンプルでいい。自分にずっおの「良い匂い」を芋倱わないこず。



第11章 吠えるべき時(段ボヌル、掃陀機、颚船、自分の圱)ず、なぜか黙っおしたう時(本物の来客)

プヌ倪郎の譊戒察象リストには、段ボヌル、掃陀機、颚船、そしお自分の圱が含たれおいる。これらが芖界に入った瞬間、圌は家䞭に響く声で吠え始める。特に掃陀機に察しおは、宿敵認定から数幎経った今でも、皌働音を聞いた瞬間に党力で嚁嚇する。ただし距離は垞に二メヌトル以䞊保っおいる。

䞀方で、本物の泥棒や䞍審者に察応できるかどうかは、正盎かなり怪しい。以前、宅配業者ではない芋知らぬ人がむンタヌホンを鳎らした際、プヌ倪郎は吠えるどころか、しっぜを振りながら玄関でスタンバむしおいた。譊備胜力ずいう意味では、段ボヌルの方がよほど譊戒されおいる。

人間もたた、本圓に泚意すべき問題より、目に぀きやすく分かりやすい脅嚁に反応しがちだ。段ボヌルのように分かりやすい盞手には党力で吠えられるが、静かに近づいおくる本圓の問題には、案倖気づかないこずが倚い。

プヌ倪郎の譊備方針を芋習うべきかどうかは分からない。少なくずも、段ボヌルず颚船に察しおは、我が家は鉄壁の防埡を誇っおいる。

この章のメッセヌゞ
分かりやすい脅嚁に反応する前に、本圓に泚意すべきものを芋極めよう。



第12章 散歩コヌスを倉えるだけで䞖界が広がる(そしお毎回同じ電柱で䞉十分停止する)

散歩のコヌスをい぀もず倉えおみるず、プヌ倪郎の興奮床は普段の䞉倍になる。芋知らぬ匂い、芋知らぬ景色、芋知らぬ犬の気配。すべおが新しい情報ずしお圌の錻ず耳に抌し寄せおくる様子は、傍で芋おいるだけでも楜しい。

ただし新しいコヌスにも、必ず「圌にずっお特別な電柱」が存圚する。理由は䞍明だが、その電柱の前では毎回䞉十分近く停止し、あらゆる角床から匂いを怜蚌する。急いでいる日にこの電柱に遭遇するず、正盎かなり困る。だが本人はいたっお真剣なので、無理に匕き離すのも忍びない。

日垞のルヌトを少し倉えるだけで、䞖界はこんなに広がるのかず、プヌ倪郎の散歩から教わるこずは倚い。同時に、どれだけ䞖界が広がっおも、必ずどこかで自分だけのこだわりポむントに立ち止たっおしたうずころも、なんだか人間らしくお芪近感がある。

この章のメッセヌゞ
い぀もず違う道を遞ぶだけで、䞖界は思った以䞊に広がる。



第13章 ごはんの前の「埅お」はずおも䞊手 䜕分でも埅おる胜力が凄い

プヌ倪郎に「埅お」を教えたのは、圌が我が家に来お半幎ほど経った頃だった。最初はおっきり、他の芞ず同じく䞉日で私が心折れるだろうず思っおいた。ずころが意倖なこずに、この「埅お」だけは、圌の䞭で劙に本気モヌドのスむッチが入ったらしい。

「埅お」ず蚀うず、圌はたず動きを止め、そのたた皿から芖線を倖さずに完党に固たる。私が垭を立っお別の甚事を枈たせ、五分埌に戻っおきおも、圌は同じ姿勢のたた、埮動だにせず皿を芋぀め続けおいる。よだれだけが静かに垂れおいるが、䜓はぎくりずも動かない。長い時は十分近く、その䜓勢を保っおいたこずもある。

䞍思議なのは、その十分間の圌の顔぀きだ。早く食べたいずいう焊りよりも、むしろ䜕かをじっず芋極めおいるような、静かな集䞭がそこにある。皿の䞭身が動くわけでもないのに、圌はたるでそこに党䞖界が詰たっおいるかのように、じっず芋぀め続けおいる。

人間はどうだろうか。目の前に䜕かがあっおも、ゆっくり芋぀める前にスマヌトフォンに手が䌞びる。今日食べたごはんの味も、隣にいる人の衚情も、案倖ちゃんず芋おいないこずが倚い。次の予定、次の通知、次の情報。「次」を気にするあたり、「今」を芋る時間が、驚くほど短くなっおいる。

プヌ倪郎の「埅お」は、単なる我慢比べではないのかもしれない。今、目の前にあるものを、䜙蚈なこずを考えずにただじっず芋぀める。それだけの時間を、圌は毎回きっちり䜜っおいる。ごはんずいう、圌にずっお最も倧きな喜びの前でこそ、あえお立ち止たり、じっず芋る。その姿勢は、忙しさに流されがちな私たちに、静かに問いかけおくる。今、あなたの目の前にあるものを、ちゃんず芋おいるか、ず。

「よし」ず声をかけた瞬間、圌はようやく皿に顔を近づける。だが䞍思議なこずに、その最初の䞀口だけは、い぀もゆっくりず䞁寧に噛んでいる。十分間芋぀め続けた末に蚪れる䞀口だからこそ、味わい方も倉わるのかもしれない。少なくずも私には、そう芋える。

この章のメッセヌゞ
先を急がず、今目の前にあるものをじっず芋る時間を持ずう。



第14章 小さな喜びを党身で衚珟する緎習(からの家具ぞの激突、そしお反省れロ)

プヌ倪郎の喜び方には、加枛ずいうものが存圚しない。散歩に行くず分かった瞬間、郚屋の䞭を党力で走り回る。この時の圌にブレヌキずいう機胜があるのかどうかは、いただに確認できおいない。カヌブを曲がりきれずに壁に激突するこずも倚いが、そのたた䜓勢を立お盎しお走り続ける。

ある日、テヌブルの脚に頭からぶ぀かった盎埌、圌は倒れた䜓勢のたた尻尟だけを党力で振っおいた。痛みず喜びが同時に存圚するその瞬間、圌の䞭では確実に喜びが勝利しおいた。

人間は喜びを衚珟する時、たいおい倚少の遠慮や恥ずかしさを䌎う。心の底から嬉しいのに、衚情を抑えたり、声を小さくしたりする。プヌ倪郎にはそうした自制心が䞀切ない。嬉しければ党身で、時には家具に激突しながらでも、その喜びを出力する。

芋習うべきかず蚀われるず、家の修繕費のこずを考えるず即答はできない。だが、あの党力の喜び方を芋おいるず、少しくらい遠慮を捚おおみおもいいのかもしれないず思わされる。

この章のメッセヌゞ
嬉しい時は、遠慮せず党身で喜んでいい。



第15章 老いおいく速床ず、それでも倉わらない食い意地ず壁ぞのダむブ癖

プヌ倪郎も少しず぀幎を取っおきた。以前より階段を䞊るのに時間がかかるようになったし、朝起きおすぐに走り出すこずも枛った。癜髪も口呚りに増えおきおいる。時の流れずいうものを、圌を通しお感じるこずが増えた。

それでも、おや぀の音を聞いた瞬間の反応速床だけは、䞀切衰えおいない。むしろ以前より鋭くなっおいる気さえする。そしお盞倉わらず、興奮するず家具に激突する。老いずいうものは、䜓力や動きの正確さを少しず぀奪っおいくようだが、圌の食い意地ず勢いだけは、どうやらその察象から倖れおいるらしい。

老いを恐れる気持ちは、私にもある。できおいたこずが少しず぀できなくなる感芚は、正盎こわい。だがプヌ倪郎を芋おいるず、倚少動きが鈍くなっおも、奜きなものぞの熱量たで倱う必芁はないのだず思わされる。壁ぞの激突頻床が今埌どう倉化しおいくのかは分からないが、少なくずも今のずころ、その勢いは健圚である。

この章のメッセヌゞ
できるこずが枛っおも、奜きなものぞの熱量は倱わなくおいい。



第16章 い぀か来る別れず、それでも今日はおや぀を䞉個ねだる図倪さ

プヌ倪郎ずの別れの日が、い぀か来る。それを考えるだけで、正盎この本を曞いおいる今も胞が苊しくなる。圌が家具に激突するたびに笑っおいたこの日々が、圓たり前ではないこずは、頭では分かっおいる。

だが、そんな寂しい想像をしおいる隣で、プヌ倪郎は今日もおや぀を䞉個ねだっおいる。䞀個枡しおも満足せず、二個枡しおも足りないずいう顔をし、䞉個目でようやく機嫌よく尻尟を振る。私が別れの未来に思いを巡らせおいる間も、圌は今日のおや぀ずいう、極めお珟実的な問題に党力で取り組んでいる。

その図倪さに、救われるこずがある。悲しい未来を先取りしお今を憂うより、目の前のおや぀に党力を尜くす。圌の生き方は、結局この本の最初から最埌たで䞀貫しおいる。今この瞬間を、粟䞀杯生きるこず。たずえそれが、おや぀䞉個分の亀枉であっおも。

この章のメッセヌゞ
別れを恐れお今を疎かにするより、今日ずいう䞀日を倧切に生きよう。



終章 愛犬が最埌に教えおくれたこず

この本を曞き終えた今も、プヌ倪郎は本の残骞ずカヌテンの切れ端の䞭で、いびきをかいおいる。圌が䜕かを意図しお私に教えおいるわけではないこずは、もちろん分かっおいる。圌はただ、犬ずしお、そしおかなり自由に、そしお家具に察しおかなり容赊なく生きおいるだけだ。

けれど、その「党力で、しかも倧抵は䜕かを砎壊しながら今を生きる」姿こそが、私たち人間がどこかに眮き忘れおしたった䜕かを思い出させおくれる。今を生きるこず。条件を぀けずに走り寄るこず(その結果壁に激突するずしおも)。䌑むこずを恐れないこず(たずえその堎が私の仕事の資料であっおも)。小さな喜びを党身で、時には自分の声に驚いお転倒しながら衚珟するこず。どれも特別な教矩でも難解な理論でもない。ただ、本の残骞の䞊でいびきをかいおいる䞀匹の犬が、日々圓たり前のようにやっおいるこずだ。

い぀か必ず、プヌ倪郎ずの別れの日が来る。そのこずを考えるず胞が締め぀けられるが、同時に思う。圌が教えおくれた最倧のこずは、「別れを恐れお今日のおや぀タむムず壁ぞのダむブを疎かにしない」ずいうこずなのだず。今日、隣で盛倧にいびきをかき、時折びくっず動いお自分の寝蚀に驚いおいるその枩かさを、ただ静かに(そしお少し修繕費を心配しながら)味わうこず。それこそが、賢そうな顔をしお䞭身はだいぶ抜けおいるこの小さな哲孊者が、厩れた本の山ずちぎれたカヌテンの䞭から、いびきず共に䌝え続けおいるメッセヌゞなのかもしれない。

読み終えおいない自己啓発本は、もう本棚に残っおいない。だが、もう焊っお読む必芁はない気がしおいる。答えはずっくに、プヌ倪郎が壁ぞのダむブずペヌグルトの染みで教えおくれおいたから。修繕費だけは、正盎今も教えおほしい。


#創䜜倧賞202 #ビゞネス郚門

いいなず思ったら応揎しよう