
サッカーW杯、衝撃のチュニジア代表監督解任。自分の戦力外通告を重ね合わせずにはいられなかった。
2026年6月16日。ワールドカップ開幕直後、衝撃のニュースが飛び込んできた。
チュニジア代表監督、サブリ・ラムシが解任された。スウェーデンに1-5で大敗した翌日のことだ。W杯史上初めて、1試合後に解任された監督となった。
その記事を読んだ瞬間、ある朝のことを思い出した。
ネクタイを締め直して、会議室のドアをノックした朝のことを。
コートジボワールで6年。そして転々とした晩年。
サブリ・ラムシは、決して無名の監督ではない。
フランス代表として12キャップを持つ元プロ選手だ。モナコ、パルマ、インテル、マルセイユといったビッグクラブでプレーした。引退後は指導者に転身し、コートジボワール代表監督として2012年から6年間指揮を執った。2014年のブラジルW杯にも出場した。
コートジボワールでの6年間は、彼のキャリアの絶頂だった。
だがその後、ノッティンガム・フォレスト、カーディフ・シティ、サウジアラビアのアル・リヤド、アル・ディリーヤ、そしてチュニジア代表。職場を転々とし、解任された。
チュニジア就任前には、W杯直前の親善試合でベルギーに0-5で大敗。経験豊富な選手を外したことへの批判。息子を代表合宿に帯同させた問題。就任から半年も経たないうちに、火種は山積していた。
そしてW杯初戦、1-5の大敗。翌日、解任。
最初の職場での輝きと、その後の漂流。この構造に、どこか見覚えがある。
「来期のことだけど、、、、」
突然スマホが鳴った。画面には、人事の番号があった。
会議室に来るよう指定される。何とも言えない予感がした。ふと今シーズンの自身の成績を振り返る。KPIは達成したはずだ。いったい、まさか、なんだろう。
ネクタイを締め直して、会議室のドアをノックする。奥のソファに案内される。前には役員と人事部長がいた。平静を装ってはいたが、相手の表情があまりにも暗く、硬かった。
そして、「来期のことだけど、、、、」
プロ野球の戦力外通告と、全く同じだ。いや、W杯翌日に解任されたラムシ監督と、全く同じだ。
目の前のシートには、何割かダウンした給与と、そのダウンした給与に見合った役職が記されていた。
私は迷わず退職を選んだ。
スポーツ選手も、会社員も、結果が出なければ終わりだ
ラムシの解任と、私の戦力外通告。構造は全く同じだ。
結果が出なければ、去らなければならない。それがプロの世界だ。監督であれ、企業の管理職であれ、即戦力として迎えられた以上、結果を出すことが前提だ。
ただ一つだけ、決定的な違いがある。
ラムシの解任は世界中に報道された。1-5という数字が、全てを語った。誰の目にも明らかな敗北だった。
私の戦力外通告は、誰にも知られなかった。無職になったことを、家族にも言わなかった。スーツを着て家を出て、行きつけの喫茶で半日を過ごし、いつも通りの時間に帰宅した。
スポーツの敗北は公開される。会社員の敗北は、密室で処理される。
どちらが残酷か。私には、後者の方が残酷に思える。
最初の職場での輝きは、その後の漂流を正当化するか
ラムシのキャリアで最も輝いていたのは、コートジボワールでの6年間だった。
その後の転々とした職歴は、あの6年間の輝きを消すものではない。でも、あの6年間の輝きが、その後の職場でも再現できるとは限らなかった。
これは私にも当てはまる。
最初の職場での経験と実績が、その後の転職活動の土台になった。でも、最初の職場で通用したやり方が、次の職場でも通用するとは限らなかった。転職しても持ち込むのは自分自身だ。最初の職場で染まった色は、なかなか抜けない。
ラムシも私も、最初の場所で積み上げたものを抱えて、別の舞台に立ち続けた。うまくいった場面もあった。うまくいかなかった場面もあった。
それが、キャリアというものの現実だ。
次の舞台は、必ずある
ラムシはおそらく、また別の監督職を探すだろう。
私も、戦力外通告の後、また転職活動を始めた。ビズリーチを開き、スカウトを待ち、面接を受けた。
スポーツ選手も、会社員も、去った後に次を探すという点では同じだ。
戦力外通告を受けたことがある人へ。解任されたラムシを見て、他人事ではないと感じた人へ。
それはあなたの終わりではない。その舞台との相性が合わなかっただけだ。
次の舞台は、必ずある。動き続けた人間にしか、見えてこないが。
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