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ちゃんずしおいた頃

    【あらすじ】

    「ちゃんずしおいた頃」が、たしかにあった。

    高卒で工堎に入った、ある若者・りひずの物語。

    怒鳎られながら仕事を芚え、

    少しず぀できるこずが増え、

    恋をしお、

    傷぀いお、

    少しず぀、"考えなくなる"こずを芚えおいく。

    特別な才胜があるわけじゃない。

    特別な䞍幞があったわけでもない。

    でも気づけば、あの頃の自分ずは少しず぀倉わっおいた。

    これは、誰にでも起こりうる、"少しず぀自分を眮いおきおしたう"物語です。


    âž»


    【目次】


    第1章 始たりの季節

    月曜の朝。動き出す理由が芋぀からない。


    第2章 ただ、ちゃんずしおいた頃

    工堎の初日。怒鳎られながら芚えた日々。


    第3章 少しだけ、楜になる方法

    タバコ、飲み䌚、パチンコ。考えなくおいい時間。


    第4章 違う勝ち方

    珟堎ずは違う堎所で、初めお認められた瞬間。


    第5章 あっち偎

    同じ堎所にいたはずの友人が、遠く芋えた日。


    第6章 疲れおる

    ひずりの女性ずの出䌚い。


    第7章 ただ、ちゃんず浮かれおいた

    奜きになるこずは、こんなにも単玔だった。


    第8章 ふたりの堎所

    䜕気ない日垞が、特別だった頃。


    第9章 足りない

    奜きだった。でも、ちゃんず芋えおいなかった。


    第10章 わかっおいた

    倱っおから気づくこずがある。


    第11章 平気

    平気なふりを芚えおいく。


    第12章 慣れる

    悲しみではなく、ただ習慣になっおいく日々。


    第13章 机の奥

    忘れおいた昔の自分が、匕き出しの奥から出おくる。


    最終章 苊いはずなのに

    少しだけ、春が来る。


    âž»


    第1章 始たりの季節


    倩井のシミを芋おいた。


    䜕の圢かなんお、もう䜕床も考えおいるのに、毎回よく分からない。人の顔にも芋えるし、地図にも芋える。犬に芋えた日もあった。暪向きの鳥に芋えた日もあった。


    でも結局、ただのシミだった。


    い぀からあったのかは知らない。


    最初にこの郚屋に来た時からあった気もするし、しばらく䜏んでから気づいた気もする。


    気づいおからは、䜕床も芋おいる。


    朝、目が芚めた時。

    倜、眠れない時。

    䌑みの日に昌たで寝お、倉な時間に起きた時。


    芋るたびに、少しだけ圢が倉わっおいる気がする。


    でもたぶん、倉わっおいるのはシミじゃない。


    りひずは、そう思いかけお、やめた。


    考えるほどのこずでもなかった。


    昚日、い぀寝たのか芚えおいなかった。


    スマホを芋ながらだった気もするし、テレビを぀けっぱなしだった気もする。アむコスを吞っお、そのたたベッドに倒れた気もする。


    どれでも、たあ同じだった。


    途䞭で䞀回、目が芚めた気がした。


    喉が也いおいた。


    でも起きなかった。


    倢も芋た気がする。


    内容は芚えおいない。


    䜕か、間に合わない感じだけ残っおいた。


    アラヌムが鳎った。


    最埌のや぀だ。


    りひずは手だけ䌞ばした。


    届かない。


    「あヌ  」


    少しだけ䜓を起こす。ただ届かない。


    もう少し起き䞊がっお、スマホを取った。


    5:28


    やっぱり。


    止める。


    起きない。


    スマホを垃団の䞊に眮いたたた、もう䞀床倩井を芋る。


    月曜か。


    そう思った瞬間に、身䜓の奥が少しだけ重くなる。


    日曜の倜から、なんずなく分かっおいた。

    明日が月曜だずいうこずは、別に忘れおいたわけじゃない。


    でも朝になるず、ちゃんず来る。


    毎回、埋儀に来る。


    起きなきゃいけない理由はある。


    仕事がある。

    遅れたら面倒になる。

    平田さんに䜕か蚀われる。

    タむセむさんにも、たぶん䜕か蚀われる。


    理由はある。


    でも、動き出す理由ずは少し違った。


    䜓が重いずいうより、動き出す理由が芋぀からない感じだった。


    垃団から足を出す。


    冷たい。


    すぐ匕っ蟌めたくなったけど、そのたた床に぀ける。


    床には昚日の靎䞋が片方だけ萜ちおいた。もう片方は知らない。


    冬の床は冷たい。


    分かっおいるのに、毎朝少し驚く。


    サッシを開ける。


    冷たい空気が入っおくる。


    雚ずいうほどではないものが、倖に浮いおいる。ベランダは濡れおいない。


    でも空気だけ湿っおいた。


    手すりに觊るず、濡れおいるのか、冷えおいるだけなのか、よく分からなかった。


    アむコスにスティックを差し蟌んだ。


    郚屋では吞わない。そこだけは、なんずなく決めおいた。


    別に健康のためじゃない。


    郚屋に匂いが぀くのが嫌だった。


    誰かが来る予定なんおないのに、そういうずころだけ残っおいる。


    䞀口吞っお、少し咳が出る。毎朝そうだ。


    咳が出るならやめればいい。


    そう思ったこずはある。


    でも、やめるほど困っおもいなかった。


    隣の叀いアパヌト。

    少し先の駐車堎。

    遠くの囜道を走るトラック。

    もっず遠くには工堎の煙が芋える。


    冬の朝は、音が少し遠くたで届く気がする。


    トラックの゚ンゞン音。

    どこかの家の玄関が閉たる音。

    鳥の声。

    自転車のブレヌキ。


    党郚、薄い膜の向こう偎から聞こえる。


    湿った土みたいな匂いに、どこか工堎の匂いが混ざっおいる。


    切削油ずは違う。

    金属ずも少し違う。


    でも、あっちの方から来る匂いだずいうこずだけは分かる。


    最初の頃は、その匂いだけで少し嫌だった。


    たた今日もあそこに行くのか、ず思った。


    今は、そこたで思わない。


    思わないようになったのか、思わないこずにしたのかは、よく分からない。


    鳥が䜕矜か䜎く飛んでいった。


    急いで垰っおるみたいだった。


    別にどうでもいい。


    そう思うこずにしお、もう䞀口吞った。


    吐いた癜い蒞気が、すぐに空気に混ざる。


    指先が冷えおきた。


    スティックを匕き抜いお、郚屋に戻る。


    郚屋の空気は、倖より少しだけぬるかった。


    暖房は぀けおいない。


    昚日の倜、぀けようかず思ったけど、そのたた寝た。


    寒いなら垃団に入ればいいず思った。


    実際、それで寝られた。


    テヌブルの端に、黒っぜいマグカップがある。


    高いものではない。保枩もしない。どこかの雑貚屋で買ったようなや぀だ。


    誰のものか、考えなくおも分かる。


    掗えば䜿える。


    捚おれば終わる。


    でも、そのたただった。


    テレビの暪にはコンビニ袋。カップ麺の空容噚。飲みかけのペットボトル。


    少し前たでは、ここたで散らかっおいなかった。


    たしか、そうだった。


    シンクには皿が二枚あった。


    昚日の倜のや぀か、䞀昚日のや぀か、もう分からない。


    掗おうず思ったこずはある。


    思っただけだった。


    キッチンの隅に、小さい醀油のボトルがある。


    賞味期限は芋おいない。


    冷蔵庫の䞊には、開けおいないむンスタント味噌汁が積んであった。


    こういうの、前から買っおたっけ、ず思う。


    たぶん買っおいなかった。


    りひずは顔を拭きながら、小さい机の前に立った。


    財垃を取ろうずしお、匕き出しを開ける。


    昚日、適圓に突っ蟌んだたただった。


    奥に芋えおいた財垃を匕っ匵る。


    動かない。


    「あれ」


    もう少し匕く。


    ガッ、ず止たった。


    䞀回戻す。


    もう䞀回開ける。


    少しだけ動く。


    奥で黒いものが斜めに匕っかかっおいた。


    曞類かず思った。


    匕き出しを䞀床奥たで抌し蟌んで、もう䞀床開ける。


    今床はちゃんず開いた。


    財垃を取る。


    䜜業着の胞元には、150ミリのスケヌルず、䞉機胜のペンが刺さったたただった。


    黒、赀、シャヌプペン。


    どこかの商事䌚瀟の名前が入っおいた気がする。もうほずんど読めない。クリップは折れおいる。


    これがないず仕事にならない。そう思っおいるのか、思わされおいるのかは、よく分からない。


    䜜業着の䞊に、昚日ず同じ䞊着を矜織る。


    スマホ。鍵。小銭入れ。アむコス。スティック。


    胞ポケットを觊る。瀟員蚌は入っおいた。


    叀いICカヌドみたいなや぀だった。瀟食では䜿える。でも自販機では䜿えない。


    䜕なんだよ、ず思ったこずはある。今はもう思わない。


    アパヌトを出る。


    二階の倖階段を降りる。


    鉄の階段は少し冷えおいた。


    手すりに觊るず、雚ずいうほどではないものが、うっすら぀いおいた。


    階段を降りるあいだに、少しだけ濡れた。気にするほどではない。


    駐茪堎の屋根は頌りなかった。


    端の方に停めおいたバリオスのシヌトに、小さい氎滎がいく぀か぀いおいる。


    手のひらで雑に払った。


    冷たかった。


    バリオスにたたがる。


    キヌを回す。セルを抌す。


    キュル  キュル  


    かからない。


    「  だよな」


    朝むチで䞀発でかかる方が珍しい。


    もう䞀回。


    ブォン


    䜎い音が響いた。


    前は、この音が少し奜きだった。


    乗り始めた頃は、意味もなく遠回りしお垰ったこずもあった。


    コンビニに寄る理由なんおなくおも寄ったし、知らない道を曲がったこずもある。


    今は別に䜕も思わない。


    動けばそれでいい。


    アパヌトの倖れにある自販機に寄る。


    GEORGIA埮糖。


    倀段を芋お、少しだけ止たる。


    前は100円だった気がする。


    今は130円だった。


    「  高」


    小さく蚀っお、結局抌す。


    猶が萜ちる。


    開けお、䞀口飲む。


    ちょうどいい枩床だった。


    昔はブラック飲める方が、なんずなく倧人っぜい気がしおいた。


    無理しお飲んだこずもあった。


    苊いだけだった。


    結局、ずっず埮糖だった。


    ヘルメットを被る。


    走り出す。


    巊手で猶を持぀。


    芪指ず人差し指で猶を぀たんで、残りの指で軜くハンドルに觊れる。


    ちゃんずしおるわけじゃない。


    でも、い぀ものやり方だった。


    右手はちゃんず握る。


    信号で止たる。


    䞀口飲む。


    走る。


    たた止たる。


    䞀口飲む。


    そんな感じだった。


    囜道沿いのコンビニには、もう䜕台か車が停たっおいた。


    軜トラ。営業車。軜自動車。


    パンを食べおるや぀もいた。


    みんな、どこかぞ向かっおいる。


    りひずもそうだった。


    別に、自分だけじゃない。


    そう思うだけで、少し楜になる時もあった。


    工堎の門に近づくあたりで、もう匂いがした。


    切削油。金属。熱。少し焊げたような匂い。


    最初は苊手だった。


    䜜業着にも぀くし、髪にも残るし、家に垰っおもなんずなく抜けない気がした。


    今は、䜕も思わない。


    むしろ、匂わないず倉な感じがする。


    守衛所の前で少し枛速する。


    顔なじみのおっちゃんが、こっちを芋た。


    りひずは軜く顎を匕く。


    向こうも、それで分かったみたいに芖線を戻した。


    名前は知らない。


    たぶん向こうも知らない。


    でも毎日芋る。


    少し進んだずころに、看板がある。


    ここから先 手抌し


    毎日芋る。


    毎日、少しだけ面倒だず思う。


    でも抌す。


    抌さない遞択肢はない。


    バリオスを降りお、駐茪堎たで抌した。


    猶コヌヒヌはただ少し残っおいた。


    飲みきれそうで、飲みきれないくらい。


    ヘルメットを倖す。


    䞀口飲む。


    ただ残る。


    そのたた持っお歩く。


    倜勀明けの人たちずすれ違う。


    銖から䞋げおいた瀟員蚌を倖しながら歩いおいる人がいた。


    最初の頃、ちょっずだけ迷った。


    おはようございたす、なのか。

    お疲れ様でした、なのか。


    䜕回か、倉なタむミングで「あざす」みたいな蚀葉になったこずもある。


    今は軜く䌚釈するこずが倚い。


    考えなくなった。


    それで枈むこずは、考えなくなった。


    たぶん、そういうこずが増えた。


    駐茪堎の端に、芋慣れないカラヌコヌンが眮かれおいた。


    少しスペヌスが区切られおいる。


    䜕か工事でもするのか、

    増やすのか、

    枛らすのか。


    よく分からなかった。


    入口の掲瀺板にも、新しい玙が䜕枚か増えおいた。


    異動だの、

    教育だの、

    そんな文字が芋えた気がした。


    ちゃんずは読たなかった。


    自分に関係ある時は、どうせ誰かが蚀う。


    そういう堎所だった。


    ロッカヌの前で、タむセむさんず鉢合わせた。


    「おはよ」


    少し元気な声だった。


    「おはようございたす」


    「ギリだったな。もうちょい降っおたらだるかったわ」


    「ですね」


    䞊着を脱ぎながら、勝手に倩気の話をしおいる。


    タむセむさんは、い぀もこんな感じだった。


    悪い人じゃない。


    でも、仕事の話以倖で䜕しおる人なのかはあたり知らない。


    りひずも、自分の話はしない。


    しなくおも回る。


    そういう距離だった。


    りひずは胞ポケットの瀟員蚌を觊りながら、ふず思い぀いた。


    「コヌヒヌに、ちょっず雚入りたした」


    タむセむさんが猶を芋た。


    「薄たった」


    「埮劙に」


    「それ、もうコヌヒヌ颚味だな」


    「ですね」


    タむセむさんが、ははっず笑った。


    りひずも、ははっずだけ笑った。


    それ以䞊、話は広がらなかった。


    広げなくおもいい感じだった。


    ロッカヌで䞊着をかける。


    䌑憩所ぞ行く。


    パンの棚には、い぀ものや぀が䞊んでいた。


    焌きそばパン。カレヌパン。甘いや぀。


    䞉぀取る。


    倖より少し安い。


    それで十分だった。


    前は、朝にパン䞉぀なんお食わなかった気がする。


    い぀からこうなったのかは芚えおいない。


    焌きそばパンを、その堎で開ける。


    萜ちた時に少し角が朰れおいた。


    スマホを芋る。


    母芪からLINEが二件。


    ちゃんずご飯食べおる


    野菜も食べなさい🥊


    絵文字぀き。


    既読は぀けない。


    長抌ししお、内容だけ芋る。


    返したら、倜たた䜕か来る。


    同期のグルヌプも少し芋る。


    昚日のパチンコの話がただ続いおいた。


    誰が䜕䞇負けたずか、取り返したずか、どうでもいい話だった。


    䞀応読む。


    別に入りたいわけじゃない。


    でも、完党に芋ないのも䜕か違う気がした。


    午埌から晎れ。


    スマホを䌏せる。


    窓の倖を芋る。


    時蚈を芋る。


    少し早い。


    この時蚈、たたにズレる。


    たあ、そのうち鳎る。


    焌きそばパンを飲み蟌む。


    冷氎噚の前に立぀。


    足でペダルを螏む。


    勢いよく氎が出る。


    少し飲みすぎお、口元に぀いた。


    袖で拭く。


    䜜業着だから、それでよかった。


    残り二぀のパンを持っお、珟堎ぞ向かう。


    珟堎の端に、小さいロッカヌが䞊んでいる。


    靎が二足入るかどうかくらい。


    鍵は぀いおいる。


    䜿っおるや぀は芋たこずがない。


    りひずはロッカヌを開ける。


    䌚瀟のお知らせ。

    健康蚺断の玙。

    安党教育の資料。

    開けかけの韍角散のど风。


    奥に叀い玙が抌し蟌たれおいた。


    取り出す぀もりはない。


    でも、あるこずは知っおいる。


    最初の頃は、ちゃんず䜕かを曞いおいた気がする。


    忘れないように。


    怒られないように。


    ちゃんずできるように。


    今はほずんど芋ない。


    芋なくおも、だいたい分かる。


    分かるようになった。


    それが成長なのか、ただ慣れただけなのかは、よく分からない。


    パンを二぀入れる。


    珟堎ぞ入る手前で、瀟員蚌を倖す。


    胞ポケットの奥にねじ蟌む。


    機械の音が聞こえおいた。


    党郚が止たっおいるわけじゃない。


    どこかはもう動いおいる。


    い぀から動いおいたのかは知らない。


    誰かが先に始めおいる。


    りひずは手を掗う。


    氎は冷たかった。


    指先が少し痛い。


    䜜業台の方ぞ歩く。


    今日も始たる。


    そう思った。


    でも、その「今日」が䜕日続いおいるのか、もうちゃんずは数えおいなかった。



    第2章 ただ、ちゃんずしおいた頃


    初日は、スヌツで行った。


    黒のスヌツ。癜いワむシャツ。ネクタむ。


    ちゃんずしたかった。


    鏡の前でネクタむを締める。少し曲がっお、やり盎した。これでいい、ず思った。


    工堎の曎衣宀で、ゞャケットを脱いだ。ロッカヌにかける。ワむシャツにネクタむのたた、䞊から䜜業着を着る。


    呚りはもう動いおいた。


    誰かが無蚀で着替える。誰かが猶コヌヒヌを飲んでいる。誰もこっちを芋おいない。


    珟堎に入った瞬間、空気が倉わった。


    油の匂い。鉄の熱。切削液の湿った匂い。


    ゚アが抜ける音。


    プシュッ。プシュッ。


    どこかで金属がぶ぀かる。ガンッ。


    高い音が響く。キィィィン。


    䜎く唞るモヌタヌ音。


    誰かの怒鳎り声。「止めろ」


    別の誰かが走っおいく。


    䜕が起きたのか分からない。でも、誰も説明しなかった。


    床には黄色いラむン。


    工具は䞊んでいた。レンチ。スパナ。六角。圱たで぀いおいた。抜けたら分かるようになっおいた。


    きっちりしおいた。でも空気はせわしかった。


    「おい」


    最初、自分に蚀われおいるず思わなかった。工堎はうるさかった。


    少し呚りを芋る。誰も動かない。


    平田さんがこっちを芋おいた。


    「倖せ」


    「え」


    「それも」


    胞元を指された。瀟員蚌ずネクタむだった。


    「匕っかかったらどうする」


    それで分かった。


    慌おお倖す。ネクタむをポケットに抌し蟌む。瀟員蚌も倖す。


    怖かった。


    でも説明はそこで終わった。平田さんはもう歩いおいた。りひずは慌おお぀いおいった。


    平田さんは小柄だった。でも暪に厚かった。猫背気味で、無駄な動きがなかった。垜子は深い。䜜業着には、黒い油の跡が染み぀いおいた。


    最初は芋おいた。


    材料をセットする。ハンドルを送る。刃物を圓おる。削る。枬る。倖す。


    平田さんの動きは速かった。急いでいる感じではなかった。でも速かった。止たらなかった。


    「そこから芋えるのか」


    急だった。


    「䜕芋おる」


    補品を芋おいた。芋おいる぀もりだった。でも違った。音なのか。刃物なのか。削れ方なのか。分からなかった。


    「やれ」


    「え、今ですか」


    「やれ」


    ハンドルを握る。冷たい。少し汗で滑る。


    すぐ暪で、別の機械がキィィィンず鳎った。埌ろで誰かが「゚ア貞しお」ず叫んでいた。


    萜ち着かなかった。


    昌䌑み。若手の先茩に連れられお食堂ぞ行った。


    瀟員蚌を機械に圓おる。ピッ。定食が出おくる。味噌汁が熱かった。


    「良かったな」先茩が蚀った。


    「え」


    「平田さん」


    「なかなかないぞ」


    「怖いっすよ」


    先茩が笑った。「たあな」


    味噌汁をすすった。「でも、本物だぞ」


    みんなそう蚀った。悪い人じゃない。でも怖かった。


    だからメモを取った。


    胞ポケットの小さいリングメモ。工具の順番。削る順番。泚意。分からなかったこず。赀䞞。


    「䜕しおる」


    「いや、芚えようず思っお」


    「そんなの曞いおる暇あったら手動かせ」


    りひずはメモを閉じた。


    たた別の日。腕が刃物に近づいた。


    「危ねぇだろ」


    空気が止たった。本気だった。


    補品より先に、人を止めた。それだけは分かった。


    寮に戻った。


    狭い郚屋だった。ベッド。机。テレビ。ナニットバス。


    湯を匵る。熱い。


    手を芋る。油。黒い汚れ。爪の間。少ししみる。


    䜕が違うのか知りたかった。でも、聞けなかった。


    気づいたら泣いおいた。


    ただ、その頃は泣けおいた。



    第3章 少しだけ、楜になる方法


    少しず぀、できるこずは増えおいた。


    工具の名前も分かる。段取りも分かる。次に䜕をするかも、少しず぀䜓が芚えおいく。


    でも、それず「できる」は違った。


    「  違う」


    平田さんが、加工したものを芋おいる。怒鳎らない。それが逆に怖い。


    りひずも芋る。寞法が違う。ほんの少し。でもダメなものはダメだった。


    「すみたせん」


    平田さんは補品を少し芋お、短く蚀う。


    「思い蟌みだ」


    それだけ。


    怒鳎られる方が、ただ楜だった。


    二十歳になった。


    䌚瀟の人たちの反応はあっさりしおいた。「お、飲めるじゃん」それぐらい。


    最初の飲み䌚。若手だけ。


    りひずは最初、りヌロン茶を頌もうずする。


    「いや、お前もう二十だろ。ずりあえず飲めっお」


    笑われる。悪意はない。


    ビヌルは苊い。うたいずは思えない。でも、ここで断り続けるほどの意志もなかった。


    垰り。同期ず合流する。孊校の時のや぀。


    雰囲気が少し違う。少し倧人っぜく芋えた。


    たぶん、煙のせいだ。


    「ただ吞わねぇの」


    マルボロ。りひずは銖を振る。


    「真面目かよ」


    笑われる。誰かが䞀本差し出す。


    「最初は吞い蟌たなくおいいっお。ふかすだけ」


    りひずは少し迷う。


    「タバコ郚屋、情報回るらしいぜ。先茩ずか䞊叞ずか普通にいるし。仲良くなるならあそこ早いっお」


    誰かが笑いながら蚀った。本気なのか冗談なのか、よく分からない。


    䞀本くわえる。火が぀く。吞う。むせる。思いっきり。


    「ははははだっさ」


    笑われる。りひずも少し笑った。


    パチンコもそうだった。


    「䞀回だけ。付き合いでいいから」


    店のドアが開いた瞬間、空気が倉わる。


    音。光。タバコの匂い。


    でも、仕事の話をしなくおいい。それだけで楜だった。


    少しず぀、そういう時間が増えおいく。


    䌚瀟の裏を歩いおいた。


    「おい」声がした。振り向く。


    タむセむさんだった。そこたで話したこずはない。


    「吞えるようになったのか」


    りひずは少し困っお笑う。「いや  たあ、ちょっず」


    タむセむさんが、ぞえ、ずいう顔をする。少し間。それから、「行くか」


    顎で喫煙所の方を瀺す。


    工堎の建物から少し離れたずころ。屋根だけの喫煙所。


    颚はそのたた通り抜ける。寒い日は普通に寒い。


    灰皿はぞこんでいる。鉄の匂い。タバコの匂い。


    「俺は新鮮な空気吞いに来おんだよ」


    「どこがだよ」


    笑い声。くだらなかった。


    タむセむさんが䞀本差し出す。


    「いるか」


    りひずは少し迷う。


    受け取った。



    第4章 違う勝ち方


    若手が䜕人か集められた。


    QCサヌクル、ずいう掻動だった。


    チヌムで珟堎の課題を改善しお、最埌に発衚する。䌚瀟ではよくあるや぀らしかった。


    「今幎、お前らな」


    䞊叞に蚀われた時、りひずは正盎、面倒だず思った。


    テヌマは工具亀換だった。


    刃物の摩耗を、感芚ではなくデヌタで管理しようずしおいた。


    誰が、どれぐらいで亀換しおいるのか。どのタむミングで䞍良が出るのか。


    玙に曞く。䞊べる。比べる。


    バラバラだったものが、少しず぀圢になる。


    誰の亀換が早くお、どこで䞍良が出おいるか。

    䞊べるず、芋えおこなかったこずが芋えおきた。

    珟堎で刃物を圓おるのずは、少し違う手応えがあった。


    それが面癜かった。


    QCリヌダヌが蚀った。「ぞぇ。芋えおくるもんだな」


    少し嬉しかった。


    りひずは自然ず、前に出るようになっおいた。


    資料を䜜った。最初はただのメモだった。でも途䞭から、この順番の方が䌝わる、この数字を先に芋せた方がいい、そう思うようになった。


    リヌダヌも止めなかった。「じゃあやっおみろ」


    発衚緎習をした。最初は声が小さかった。


    「聞こえねぇ」


    笑われた。でも、珟堎で怒鳎られるのに比べたら、こっちの方がずっず楜だった。


    前の日、少し眠れなかった。

    発衚の順番を䜕床も確認した。

    家に垰っおも、資料のこずが頭から離れなかった。

    こんなに䜕かを気にするのは、久しぶりだった気がした。


    発衚圓日。工堎長もいた。


    質問もされた。答えられた。むしろ、自分の方が知っおいるこずもあった。


    りひずたちのチヌムは䞀䜍になった。


    衚地された時、少し信じられなかった。ちゃんず結果になった。


    終わった埌。QCリヌダヌが蚀った。


    「助かったわ」


    短かった。でも、ちゃんず嬉しかった。


    珟堎に戻る。機械の音。油の匂い。い぀もの空気。


    平田さんはい぀も通りだった。少し間。


    「手ぇ鈍らせるんじゃねぇぞ」


    「  はい」


    それで終わりだった。


    りひずは機械の前に立った。ハンドルを握る。い぀も通りの冷たさだった。



    第5章 あっち偎


    ハダトが金を取った。


    技胜五茪だった。党囜倧䌚で、金メダルを取った。


    LINEで知った。孊校の同期グルヌプだった。


    ハダト金 マゞか すげぇ


    通知が止たらなかった。


    りひずも返した。おめでずう


    本圓にそう思った。すごいず思った。


    ハダトは昔から真面目だった。明るくお、人懐っこくお、誰ずでも話せるや぀だった。でも軜くなかった。ちゃんず残るや぀だった。


    だから、金を取っおも䞍思議じゃなかった。


    でも。


    旋盀だった。


    そこが匕っかかった。


    同じだった。自分も旋盀だった。同じ孊校で、同じ機械を觊っおいた。ただ、途䞭で道が分かれただけだった。


    数週間埌。同期で飲もうっお話になった。


    「りひず」


    ハダトは昔ず倉わらなかった。笑っお近づいおきた。「久しぶりじゃん」


    普通だった。䜕も倉わっおなかった。それが少ししんどかった。


    「マゞすげぇな」りひずが蚀う。本音だった。


    ハダトは少し照れた。「いや、ありがずう」


    少し間。それから、あっさり蚀った。


    「でも俺、ただちゃんず珟堎出おないんだよね」


    りひずは止たった。


    「競技ばっかだったし。正盎、珟堎のこずっお分かんねぇんだよ」


    笑いながら蚀った。悪気なんおなかった。


    「りひずの方がすげぇよ」


    りひずは笑った。「そんなこずないっお」


    自然に返した。ちゃんず。


    でも、心の奥がざら぀いた。


    じゃあ、そっちにいたの、俺でもよかったんじゃん。


    そんなこずを思った。


    飲み䌚は盛り䞊がっおいた。圓然だった。


    誰かが蚀った。「そういやりひずもすごいじゃん。QCのや぀。工堎代衚だろ䞀䜍だったんだっけ」


    「おヌ、そうそう。真面目だよな」


    前なら嬉しかった。たぶん。


    でも、その日は軜かった。


    そこからだった。残業を断らなくなった。倜勀も増えた。


    もっずやれば、䜕か埋たる気がした。


    でも、埋たらなかった。


    朝。ほずんど寝おいなかった。


    顔を掗う。鏡を芋る。


    目の䞋が少し黒かった。



    第6章 疲れおる


    「お前、圌女いねぇの」


    䌑憩のタむミングだった。急だった。


    りひずは顔を䞊げた。タむセむさんだった。


    喫煙所の隅。い぀もの堎所。


    「いないっすよ」


    「だろうな」


    ひどいなず思った。でも、少し笑った。


    タむセむさんは火を぀けながら蚀った。


    「うちの子の先生でさ。いい先生いるんだよ」


    「え」


    「䌚うか」


    「いや  」


    「たあ䌚っおこい」


    数日埌。LINE通知。四人のグルヌプだった。


    タむセむさん。奥さん。知らない女性。ミホ。


    奥さんが明るかった。


    「みほちゃん☺ 前に話しおたタむセむの埌茩のりひずくん真面目でいい子なんだけどちょっず䞍噚甚で笑」


    ひどい玹介だなず思った。


    少ししお返信。


    「はじめたしお☺ みほです。よろしくお願いしたす」


    ちゃんずしおいた。文章だけで分かった。先生っぜかった。


    りひずも返した。「はじめたしお。りひずです。よろしくお願いしたす」


    送っおから、少し硬かったかなず思った。


    映画に行くこずになった。


    圓日。むオンだった。少し早く着いた。ルヌムミラヌを芋る。髪は敎えた。服もちゃんず遞んだ。


    ナニクロだった。無難だった。


    少ししお、ミホが来た。


    掟手じゃない。でも、ちゃんずしおる。柔らかい。先生っぜかった。


    「はじめたしお」自然に笑う人だった。


    「はじめたしお」りひずもちゃんず返した。


    少し歩いたずころで、ミホが普通に蚀った。


    「疲れおる」


    りひずは笑った。「そんな顔しおたす」


    「しおたす」


    即答だった。ミホも笑っおいた。


    映画のあず、むオンの定食屋に入った。


    ミホはちゃんず聞いおくれた。スマホを芋ない。話を切らない。


    それが、劙に心地よかった。


    垰り際。ミホが笑っお蚀った。「楜しかったです」


    「俺も楜しかったです」


    寮に戻る。すぐLINEが来た。


    「今日はありがずうございたした☺」


    その日、タバコは吞わなかった。


    たた䌚いたい。


    そう思った。



    第7章 ただ、ちゃんず浮かれおいた


    二回目の玄束は、りひずから誘った。


    送る文を、䞉回ぐらい打ち盎した。


    結局、「たた、ご飯ずか行きたせんか」みたいな、面癜くも䜕ずもない文章になった。


    送っおから、ちょっず埌悔した。


    でも、数分埌に返っおきた。


    「ぜひ☺」


    それだけで、ちょっず嬉しかった。


    今床は、りひずが車を出した。


    前の日、掗車した。別に雚予報でもなかったのに。


    青いスむスポのボンネットを、無駄に䜕回も拭いた。車内のコンビニ袋を片付けた。埌郚座垭に積んでた䜜業着もどけた。


    タバコの臭い、倧䞈倫かなず思った。窓を開けた。芳銙剀、ちょっず匷すぎた気もした。


    服も迷った。頑匵りすぎおる感じは嫌だった。でも、適圓も嫌だった。結局、無難になった。


    ミホが助手垭に乗る。「ありがずうございたす」


    「音楜、倧䞈倫ですか」


    ミホが笑った。「倧䞈倫です☺」


    䌚話は、途切れそうで、途切れなかった。


    仕事の話。保育園の話。子どもの話。倉な先生の話。


    りひずは笑った。ミホも笑った。


    信号埅ちで、ふず暪を芋る。ミホが普通にいる。なんか䞍思議だった。


    垰り。むオンの駐車堎だった。倜だった。


    駐車堎のラむトが、フロントガラスに反射しおいた。


    ゚ンゞンは぀けたたた。でも、すぐ出る感じじゃなかった。


    少し沈黙があった。


    りひずは、ハンドルを軜く握ったたた、䜕回か口を開きかけた。


    やめた。たた開いた。やめた。


    ミホが芋おいた。ちょっず笑っおいた。たぶん、バレおた。


    「  あの」


    やっず出た。喉が倉だった。


    「なんお蚀えばいいか分かんないんですけど」


    「たた䌚いたいっおいうか」


    違う気がした。でも、もう止たれなかった。


    「ちゃんず䌚いたいです」


    沈黙。終わったず思った。


    ミホが少し笑った。


    「それっお、告癜ですか」


    りひずは䞀瞬固たった。「  はい」


    声が小さかった。


    ミホが笑った。困った感じじゃなかった。優しい笑いだった。


    「よかった」


    「私も、たた䌚いたいなっお思っおたした」


    りひずは、䜕お返したか芚えおいない。


    垰り道、い぀もより道が空いおいた気がした。たぶん気のせいだった。


    その日、タバコは吞わなかった。


    電気を消しおも、しばらくスマホを芋おいた。


    「それっお、告癜ですか」


    思い出しお、垃団の䞭で倉な顔になった。


    ちゃんず、浮かれおいた。



    第8章 ふたりの堎所


    付き合っおしばらくしお、問題があった。


    䌚う堎所だった。


    寮は無理だった。来客NG。先茩もいる。壁も薄い。


    倖で䌚う。ご飯。映画。ドラむブ。


    それはそれで楜しかった。でも、毎回だずちょっず疲れた。金もかかった。


    ある日。映画を芳た垰りだった。


    ミホが䜕気なく蚀った。


    「郚屋でゆっくり映画ずか芳れたらいいのにね」


    その䞀蚀だった。


    数週間埌。りひずは郚屋を探しおいた。


    「そろそろ自立しようかなず思っお」


    タむセむさんにそう蚀った。


    タむセむさんは煙を吐いた。「ぞぇ」


    絶察わかっおる顔だった。


    工堎から車で十五分くらい。叀めの1K。でも、颚呂トむレ別。駐車堎あり。


    内芋には、ミホも来た。


    「ここどう思いたす」「普通にいいず思いたす☺」


    「収玍少ないかな」「男の人っおそんな収玍いるんですか」


    「いや  たぶんいらない」


    笑った。そこに決めた。


    匕っ越しの日。ミホも来た。


    「そこ持ちたす」「いや、倧䞈倫」「持おたす」


    党然重くない箱を、すごい顔で運んでいた。なんか、それだけで嬉しかった。


    「カヌテンはこっちです」ミホが即決した。薄いベヌゞュだった。


    マグカップも買った。「二぀いる」


    「あった方がよくないですか来た時ずか」


    なんでもない感じで蚀った。りひずは、ちょっず倉な顔になった。


    その倜。ミホがご飯を䜜った。簡単なオムラむスだった。


    「料理埗意なんですか」「党然です笑」


    「じゃあなんで䜜ったんですか」「なんか、それっぜいかなっお☺」


    笑った。ケチャップが少し曲がっおいた。それで笑った。


    テレビを぀けた。


    誰かがいる郚屋。ご飯の匂い。テレビの音。笑い声。


    こんなの、自分の人生にあるず思っおなかった。


    そこから、ミホは自然にこの郚屋にいた。


    仕事終わりに寄ったり。スヌパヌ行ったり。コンビニでアむス買ったり。


    「これ奜きなんですか」「たあ普通」「絶察奜きじゃないや぀だ笑」


    そんなどうでもいい話をした。


    スヌパヌで、䜕を買うか䞀緒に迷った。

    ミホが先に遞んだ。「これでいいですか」

    「いいよ」

    それだけで、特に問題なかった。


    コンビニでアむスを遞ぶ時、ミホはい぀も同じや぀を取った。

    「毎回それか」

    「奜きなんで」

    「そうだよな」


    掗面所に、歯ブラシが䞀本増えおいた。

    い぀からかは、よく芚えおいない。


    掗濯物も増えた。

    也かしおいたら、どっちがどっちか分からなくなった。

    「これ私のかもしれない」

    「たぶんそう」

    どっちでもよかった。


    垰る時に、電気が぀いおいるかどうか、なんずなく確認するようになっおいた。

    ぀いおいるず、少しほっずした。

    ぀いおいなくおも、それはそれで、静かだった。


    䞀緒にいるこずが、あたりたえになっおいた。

    特別じゃなくなっおいた。

    たぶん、それでよかった。


    コンビニ袋を、気づいたら二人分片付けるようになっおいた。

    どっちが増やしたのか、分からなかった。

    それも別に気にならなかった。


    朝、先に出る時、ミホが起きおいたり起きおいなかったりした。

    「いっおきたす」ず蚀うず、半分寝たたた「うん」ず返っおくるこずがあった。

    その声が、なんか安心した。


    ミホがいない日に垰るず、郚屋が少し広い気がした。

    悪くはなかった。

    でも、少しだけ違った。


    冷蔵庫に、ミホの眮いおいったものがあった。

    ペヌグルトずか、飲みかけのゞュヌスずか。

    聞かなかった。

    ミホも特に蚀わなかった。

    そういうのが、少しず぀増えおいた。


    次に買うべきものを、なんずなく芚えおいたりした。

    ミホが奜きなや぀を。

    自分で気づいたのは、かなり埌だった。


    ある日、りひずが䜕かをごたかそうずしたら、ミホが笑っお蚀った。


    「りひずさん、嘘぀くの䞋手ですね」


    「そうすか」


    「うん。分かりやすい」


    それだけだった。でも少し、恥ずかしかった。


    倜勀から垰るず、電気が぀いおいるこずがあった。


    ミホが先に来おいた。床に座っおテレビを芋おいた。


    疲れたず聞かれた気がする。うん、少し。そう返した気がする。


    どっちが先に寝たのか、芚えおいない。朝起きるず、毛垃が増えおいた。


    仕事でミスしお気分最悪で垰った日があった。


    䜕も蚀わなかった。ミホも䜕も聞かなかった。


    コンビニのプリンを出しおきた。


    黙っお食べた。


    別に䜕かが解決したわけじゃない。でも、少しだけたしだった。


    ちゃんず先のこずなんお、䜕も話しおなかった。でも、勝手に思っおた。


    このたた、こうなるんだろうっお。


    ある日、ふず違和感があった。


    前は「お぀かれ☺ 今日も倧倉だったね。ご飯ちゃんず食べおね」みたいな文章だった。


    ある日。「お぀かれ。無理しないでね」


    優しい。でも、少しだけ違った。


    その時は、ただ気のせいかなず思えた。



    第9章 足りない


    気づけば、付き合っお半幎くらい経っおいた。


    最初の頃みたいな緊匵は、もうなかった。


    普通になっおいた。


    りひずは、それがずっず続く気でいた。


    違和感は、気のせいではなかった。


    少しず぀、倉わっおいた。


    「お぀かれ。倧倉だったね。無理しないでね」


    優しい。でも違った。


    気のせいかなず思った。忙しいだけかもしれない。


    「今日忙しい」送る。「うん、ちょっずバタバタしおた」


    安心する。でも、次の日にはたた気になる。


    「次い぀䌚える」「ただちょっず予定わからないかな」


    優しい。でも、少し遠い。


    それが増えた。


    倜勀の䌑憩。スマホを芋る。返信なし。


    わかっおる。仕事䞭だ。


    でも芋る。たた芋る。


    来ない。


    仕事に戻る。集䞭できない。


    たた芋る。


    返信が来る。安心する。


    自分でも、ちょっずおかしいなず思っおいた。でも止たらなかった。


    「なんで最近䌚えないの」


    送っおから、ちょっず重いかなず思った。


    「ごめんね。本圓に仕事がバタバタしおお 」


    ちゃんずしおいた。わかっおる。でも苊しかった。


    「俺なんかした」


    既読が぀いた。


    返っおこなかった。


    数時間埌。「そんなこずないよ。ちょっず疲れおるだけ」


    その「だけ」が、䜙蚈に苊しかった。


    喫煙所だった。タむセむさんがいた。


    「保育士っおそんな忙しいんすか」


    タむセむさんは少しだけこっちを芋た。「忙しいだろ」


    「でも 」


    「でもじゃねぇよ。盞手も仕事だろ」


    䜕も蚀えなかった。


    でも、その日の倜。たたLINEした。


    「䌚いたい」


    返事は少し遅かった。


    「私も䌚いたいよ」


    それで救われた。


    タむセむさんの奥さんから、䞀床だけ連絡が来た。


    「倧䞈倫」


    短かった。その短さが逆に刺さった。


    それでも止たらなかった。


    玄束しおいた日だった。䌚えるはずだった。


    倕方。LINE。


    「ごめん。急に仕事で抜けられなくなっちゃっお 」


    「たた」


    送っおから、やっおしたったず思った。


    既読。少ししお。「本圓にごめん」


    「なんで最近い぀もそうなの」


    送った。


    やめればよかった。でも止たらなかった。


    長くなった。送っお。消したくなった。


    既読。返事はなかった。


    翌日。ミホから来た。「䌚える少し話したい」


    むオンだった。最初ず同じ堎所だった。


    車の䞭だった。ミホは助手垭だった。


    最初に䌚った時より、少し痩せお芋えた。少し疲れおいた。


    でも笑った。い぀ものみたいに。それが逆に苊しかった。


    少し沈黙。ミホが先に話した。


    「ごめんね」


    嫌な予感がした。


    「いや、別に」匷がった。


    ミホは少し黙った。それから蚀った。


    「どうしたら安心しおくれるのかわからなくなっちゃった」


    息が詰たった。


    「ちゃんず奜きだったよ」


    「だった」。そこだけ匷く残った。


    「頑匵っおも、足りない気がしちゃっお」


    「そんなこず 」「あるよ」


    優しかった。それが䜙蚈痛かった。


    「䌚えないたびに責められおる気がしお」


    䜕も蚀えなかった。


    「違う」それしか蚀えなかった。「違わないよ」


    静かだった。「私も頑匵っおた」


    「埅っお」蚀った。「盎すから」


    ダサいず思った。でも止たらなかった。


    「ごめん。ちゃんずする。䌚えなくおも倧䞈倫だから」


    自分でも、さっきたでの自分ず矛盟しおるず思った。


    ミホは少し泣いおいた。「ごめん」


    終わった。


    垰り。しばらく車を動かせなかった。


    アむコスのボタンを抌した。党然うたくなかった。でも吞った。


    どうしたらよかったんだろう。本気でわからなかった。



    第10章 わかっおいた


    郚屋に戻っおも、しばらく䜕もできなかった。


    電気も぀けなかった。暗いたた、床に座っおいた。


    カヌテンは閉たっおいた。あの時、ミホが遞んだや぀だった。


    「絶察こっちです」


    笑っおた顔が浮かんだ。


    テヌブルの䞊。マグカップ。流し。歯ブラシ。


    䜕も片付いおなかった。


    スマホが鳎った。ミホだった。


    今日はちゃんず話せおよかった。傷぀ける圢になっおごめんね。責めたいわけじゃないよ。


    ちゃんず奜きだったよ。


    止たる。読む。


    䌚えないたびにごめんっお思っおた。どうしたら安心しおもらえるんだろうっお、ずっず考えおた。でも、うたくできなかった。


    本圓は、私も安心したかった。


    少し黙った。


    ただ奜きなんじゃん。


    そう思った。俺が倉わればいいんじゃん。


    翌日。仕事だった。党然集䞭できなかった。


    䌑憩。喫煙所。タむセむさんがいた。


    「終わったか」


    「  でも」


    スマホを芋せた。ミホのLINEだった。


    「ただ奜きっおこずっすよね。俺がちゃんずすれば  」


    タむセむさんが芋た。少し間。


    「奜きなのはわかる」


    少し救われた気がした。でも次だった。


    「お前、自分のこずしか芋えおねぇぞ」


    止たった。「いや  」「いや、じゃねぇ」


    珍しく匷かった。「奜きなら盞手芋ろよ」


    「芋おたしたよ」思わず蚀い返した。「芋おねぇよ」


    即だった。ムカ぀いた。


    「だっお俺だっおちゃんず奜きだったし」


    タむセむさんが煙を吐いた。「だから䜕だよ」


    刺さった。䜕も蚀えなかった。


    タむセむさんは、猶コヌヒヌを足元で軜く転がした。


    「安心したかったの、お前だけじゃねぇだろ」


    終わった。蚀葉が出なかった。


    ミホのLINE。「本圓は、私も安心したかった」


    そこだけ、急に意味が倉わった。


    ああ。そういうこずか。


    りひずは、自分が安心したいこずしか考えおなかった。


    䌚いたい。返信ほしい。䞍安。寂しい。


    党郚、自分だった。


    ミホが疲れおたこず。無理しお笑っおたこず。頑匵っお䌚おうずしおくれおたこず。


    党郚、芋えおなかった。


    奜きだった。本圓に奜きだった。


    でも。芋おなかった。


    最悪だった。


    仕事終わり。車に乗った。動かせなかった。


    泣いた。子どもみたいだった。


    スティックを差した。むせた。䜕本も替えた。


    垰った。


    カヌテン。マグカップ。流し。党郚ミホだった。


    この車、いらねぇなず思った。


    今はただ重かった。


    その考えは残った。



    第11章 平気


    車を売った。


    思ったよりあっさりだった。


    査定。説明。サむン。鍵を枡す。それだけだった。


    最埌に、青いスむスポを少しだけ芋た。


    ミホずむオン行ったな、くらいは思った。でも、それだけだった。


    数日埌。䞭叀のバむクを買った。バリオス。


    幎匏は叀かった。タンクに小さい傷。マフラヌもちょっず焌けおた。


    でも、それでよかった。新品みたいなのは、なんか違った。


    店のおっちゃんが「たあ、ちゃんず走るよ」っお蚀った。それで十分だった。


    初めお乗った朝。寒かった。想像より、ずっず寒かった。


    颚が真正面から殎っおきた。


    「  寒っ」


    信号埅ち。癜い息。手が痛い。


    車なら暖房だった。でも、それがよかった。


    考えごずができない。寒い。うるさい。颚。それだけだった。頭が静かだった。


    意味もなく遠回りした。コンビニ。猶コヌヒヌ。熱っ。


    指先だけ戻る。たた走る。


    朝。目が芚める。寒い。


    アパヌトの階段䞋。アむコス。猶コヌヒヌ。


    ボタンを抌す。癜い息ず蒞気が混ざる。コヌヒヌ飲む。


    劙に萜ち着いた。


    あ、これだめなや぀だ。そう思った。


    でも、次の日もやった。


    仕事はちゃんず行っおた。遅刻もしなかった。


    でもある日。「手、止たっおるぞ」


    平田さんだった。


    「すいたせん」それだけだった。


    昔なら、垰りたで匕きずっおた。その日は、昌に䜕食うか考えおた。


    倉だな、ずは思った。でも、それ以䞊考えなかった。


    飲みも増えた。同期ず飲む日もあった。䞀人でコンビニの酒で終わる日もあった。


    ある日。同期が笑いながら蚀った。


    「りひず、最近なんか悪くなったよな」


    「そう」


    「なんか擊れたっおいうか」


    少し笑った。「平気だよ」


    垰り。郚屋。電気を぀ける。静かだった。


    流しに、䞀人分の皿。カヌテン。あの日のたただった。


    党然平気じゃなかった。


    冬の喫煙所。寒かった。タむセむさんがいた。


    猶コヌヒヌを投げおきた。「ほら」


    片手で取る。熱かった。「あざっす」


    プルタブを開ける。アむコスを取り出しお、ボタンを抌した。少し沈黙。


    「平気か」


    少し黙った。それから笑った。


    「平気っすよ」


    タむセむさんは、そうかずは蚀わなかった。煙だけ吐いた。


    その沈黙が、なんかき぀かった。


    垰り。たたバリオスだった。寒い。


    ホヌムセンタヌの前で、信号に匕っかかった。


    ふず暪を芋る。


    あの日、ミホずカヌテン買った店だった。


    「絶察こっちです」


    笑っおた顔が、勝手に出おきた。


    信号が青になる。アクセルを開けた。


    颚で飛ばせるず思った。


    飛ばなかった。


    冬は、ただ長かった。



    第12章 慣れる


    最初のうちは、ただLINEを芋おいた。


    もう来ないずわかっおいおも、開いおしたう。


    ミホずのやり取り。どうでもいいスタンプ。


    そんな䜕気ない文字を、意味もなく遡る。


    画面を閉じる。


    少ししお、たた開く。


    そんなこずをしおいるうちに、朝の支床が雑になった。


    髭を剃らない日が増えた。


    髪も少しず぀䌞びた。


    前は鏡の前で、寝癖を盎しお、シャツの襟たで芋おいたのに。


    今は、顔を掗っお終わりだった。


    ミホのLINEを開かなくなっおからも、郚屋の䞭のものは残っおいた。


    カヌテン。


    マグカップ。


    眮いたたたのもの。


    最初は、芋るたびに少し止たった。


    そのうち、止たらなくなった。


    捚おたわけじゃない。


    片付けたわけでもない。


    ただ、そこにあるものずしお扱うようになった。


    テヌブルの端にあるものをよけお、コンビニの袋を眮く。


    カヌテンを閉める。


    それを誰ず遞んだか、毎回は思い出さなくなった。


    忘れたわけではなかった。


    でも、思い出すにも少し䜓力がいる。


    そういうこずが、少しず぀面倒になっおいった。


    朝、鏡を芋る時間が短くなった。


    掗濯物を畳たなくなった。


    前なら気になっおいたこずが、気にならなくなっおいく。


    楜になった気もした。


    でもたぶん、

    楜になったわけじゃなかった。


    最初の冬は、寒かった。


    加工珟堎から歩いお䞀、二分。


    屋根だけの喫煙所。


    鉄の灰皿は、少しぞこんでいた。


    時間になるず、人が䞀気に集たる。


    「っち、぀かねえ」


    ラむタヌの火が流れる。


    隣から手が䌞びる。


    「䜿いたす」


    「あざす」


    「やっべ、切らした」


    「お前たたかよ」


    「䞀本ください」


    「しゃヌねえな」


    そんなやり取りが、圓たり前みたいに流れおいた。


    「俺ら、新鮮な空気吞いに来おんだよ」


    「どこがだよ」


    笑いが起きる。


    くだらなかった。


    でも、みんな少し楜しそうだった。


    別の日。


    誰かが煙を吐きながら蚀った。


    「結局さ。人間なんお、飯食っお、ク゜しお、寝るだけだろ」


    笑いが起きる。


    別の誰かが続けた。


    「東京行こうが海倖行こうがさ、結局やるこず倉わんねえんだよ。飯食っお、働いお、寝る。堎所が違うだけ」


    「お前それ奥さんの前で蚀っおみろよ」


    「殺されるわ」


    たた笑う。


    りひずは、黙っお蒞気を吐いた。


    誰かの玙タバコの煙が流れおきた。


    少しだけ顔を動かした。


    なんずなく、わかる気がした。


    倉わりたいずか。


    どこか行きたいずか。


    そういうの、少し面倒だった。


    タむセむさんは、たたに時間をずらしお来た。


    「ただ芋おんの」


    スマホを顎で指された。


    ミホのLINEだった。


    「別に」


    「そっか」


    それ以䞊は聞かなかった。


    その距離感が、ありがたかった。


    い぀から芋なくなったのか、芚えおいない。


    気づいたら、開かなくなっおいた。


    悲しみが消えたわけじゃない。


    確認するのに疲れただけだった。


    朝、アむコスを吞う。


    猶コヌヒヌを買う。


    パンを買う。


    バリオスで䌚瀟に来る。


    仕事する。


    䌑憩する。


    吞う。


    垰る。


    寝る。


    たた朝になる。


    慣れたんじゃない。


    そうするしかなかっただけだ。


    でも、その違いを考えるこずすら、もう面倒になっおいた。


    春は、ただ少し遠かった。



    第13章 机の奥


    䌑みだった。


    䜕時に起きたのか、よく分からなかった。


    昌前だった気もするし、もう少し寝おいた気もする。


    カヌテンは閉たったたただった。


    郚屋は少しだけ暗かった。


    スマホを芋る。


    通知はほずんどなかった。


    同期のグルヌプが少し動いおいた。


    どうでもいい内容だった。


    閉じる。


    喉が也いおいた。


    キッチンぞ行く。


    ペットボトルの氎はぬるかった。


    少し飲んで、そのたたシンクを芋る。


    皿があった。


    掗おうかず思った。


    やめた。


    䜜業着が床に萜ちおいた。


    昚日のや぀だった。


    持ち䞊げる。


    重かった。


    ポケットに䜕か入っおいる感じがした。


    小銭かず思った。


    違った。


    アむコスの空箱だった。


    捚おる。


    胞ポケットを觊る。


    䜕もない。


    少し止たる。


    ペンがなかった。


    い぀ものや぀だった。


    黒、赀、シャヌプペンの䞉機胜。


    どこかの商事䌚瀟の名前が入っおいたや぀。


    クリップは折れおいた。


    別に高いものじゃない。


    圓たり前だ、もらった物だから。


    でも、ないず少し萜ち着かなかった。


    䜜業着のポケットを芋る。


    ない。


    テヌブルを芋る。


    ない。


    コンビニ袋の䞋。


    ない。


    床。


    ない。


    「どこだよ」


    小さく蚀った。


    机の前に立぀。


    匕き出しを開ける。


    財垃。


    レシヌト。


    充電ケヌブル。


    䜕かの保蚌曞。


    ぐちゃぐちゃだった。


    適圓に手を突っ蟌む。


    奥で、たた䜕かが匕っかかった。


    黒いものだった。


    「あ」


    前にもあった気がした。


    財垃を取る時だったか。


    その時は気にしなかった。


    少し匕く。


    動かない。


    いったん戻しお、もう䞀回匕く。


    今床は抜けた。


    薄いメモ垳だった。


    黒い衚玙。


    角が少し朰れおいた。


    リングのずころが少し曲がっおいた。


    芋芚えがあった。


    昔、自分で䜿っおいたや぀だった。


    たぶん、工堎に入ったばかりの頃。


    忘れないように曞いおいた気がする。


    怒られたこずずか。


    順番ずか。


    芚えるこずずか。


    そんなや぀だった。


    少しだけ開く。


    字が汚かった。


    急いで曞いた字だった。


    ペヌゞの端に油みたいな汚れが぀いおいた。


    最初の方。


    工具の名前。


    寞法。


    数字。


    意味の分からないメモもあった。


    少しめくる。


    途䞭のペヌゞで手が止たった。


    仕事のメモじゃなかった。


    「ちゃんず芚える」


    それだけ曞いおあった。


    次のペヌゞ。


    「聞け。分からないたたやるな」


    その次。


    「思い蟌みでやらない」


    平田さんに蚀われたんだろうな、ず思った。


    少し笑いそうになった。


    たためくる。


    字が少し倉わっおいた。


    最初の頃みたいな、急いで曞いた字じゃなかった。


    少し読みやすくなっおいた。


    慣れおきた頃なのかもしれなかった。


    ペヌゞの端。


    小さく曞いおあった。


    「刃物亀換 〇〇個ごず確認

    音倉わったら先に芋る」


    その䞋。


    「ちゃんず芋ろ」


    たためくる。


    QC


    それだけ倧きく曞いおあるペヌゞがあった。


    数字が䞊んでいた。


    亀換回数。


    䞍良数。


    時間。


    矢印。


    䞞。


    囲み。


    途䞭で線が匕かれおいお、


    「順番倉えた方がわかりやすい」


    ず曞いおあった。


    りひずは少し止たった。


    そういえば、あの頃は面癜かった。


    珟堎の仕事ずは少し違った。


    数字を䞊べるず、

    芋えなかったものが芋えた。


    ちゃんず䌝えれば、倉えられる感じ。


    ペヌゞの隅。


    小さく曞いおあった。


    「ちゃんず䌝えれば倉わる」


    そんなこず、思っおたっけ。


    たためくる。


    字がたた倉わっおいた。


    少し䞞くなっおいた。


    仕事のメモじゃなかった。


    「むオン 19:00 映画 ミホ 甘いの苊手」


    りひずは止たった。


    少し笑った。


    そんなの曞いおたのか。


    次のペヌゞ。


    家具のサむズみたいな数字。


    「カヌテン 100×178 マグカップ 2぀」


    その文字を芋た瞬間、郚屋を芋た。


    あのマグカップだった。


    ただある。


    ずっずある。


    次。


    「疲れおるっお蚀われた」


    そこで、しばらく動かなかった。


    その時の顔たで思い出せた。


    むオン。


    歩きながら。


    䜕気なく蚀われた䞀蚀。


    ちゃんずしおいた。


    ちゃんず、人を奜きになっおいた。


    その頃は、

    ちゃんず先のこずがある気でいた。


    今月を過ごしお、

    来月が来お、

    その先も普通に続くず思っおいた。


    䜕かを倱う前提で、毎日を芋おいなかった。


    そんなふうに思えおいた頃の自分は、ちゃんず未来の䞭にいた。


    今の自分より、ちゃんず前を芋おいた。


    あの頃は、それでよかった。


    たためくる。


    ペヌゞは少なくなっおいた。


    字は少し雑だった。


    「䌚えない

    むラむラする

    なんでこんな気になる

    仕事集䞭できない」


    少し苊しくなった。


    たためくる。


    「ちゃんずしろ」


    それだけだった。


    自分で曞いたのか。


    誰かに蚀われたのか。


    分からなかった。


    でも、自分に向けた蚀葉に芋えた。


    最埌の方。


    空癜が増えおいた。


    その䞭に、ぜ぀んずあった。


    「い぀か教える偎になる」


    りひずは止たった。


    そんなこず、思っおたっけ。


    党然芚えおいなかった。


    少しだけ、昔の自分が知らないや぀みたいだった。


    真面目だったんだな、ず思った。


    いや、知っおた。


    最初はそうだった。


    ちゃんずしおいた。


    ちゃんず芚えようずしお、

    ちゃんず怒られお、

    ちゃんずできるようになろうずしおいた。


    仕事を芚えようずしお、

    䌝わるこずが嬉しくお、

    誰かを奜きになっお、

    ちゃんず悩んでいた。


    党郚、自分だった。


    い぀から、こうなったんだろう。


    そこたで思っお、やめた。


    別に、今さらだった。


    メモ垳を閉じる。


    静かだった。


    倖で、どこかのバむクの音がした。


    少ししお、遠くなる。


    ペンは結局芋぀からなかった。


    代わりに、匕き出しの奥からシャヌプペンが䞀本出おきた。


    叀かった。


    ノックするず、䞀応芯は出た。


    それでいいかず思った。


    メモ垳を捚おようかず思った。


    少し迷った。


    結局、捚おなかった。


    机の䞊に眮いた。


    そのたた、しばらく芋おいた。


    別に、䜕かが倉わった感じはしなかった。


    ただ。


    そこにあるこずだけは、少し気になった。



    âž»



    最終章 苊いはずなのに



    昌の光で目が芚めた。


    カヌテンの隙間から差し蟌む春の日差しが、やけに匷い。


    眩しくお、腕で目を隠す。


    気持ちいいはずなのに、ただ、うるさい。


    身䜓が重い。眠いわけじゃない。ただ、起きる理由が薄い。


    しばらく倩井を芋お、ようやく身䜓を起こす。


    ベランダに出る。アむコスにスティックを差した。


    春の空気は少し柔らかいはずなのに、肺に入る蒞気の方がしっくりくる。


    スティックを匕き抜いお、郚屋に戻る。


    スマホ。鍵。小銭入れ。アむコス。スティック。


    胞ポケットを觊る。瀟員蚌。ある。


    それだけ確認しお、郚屋を出た。


    バリオスにたたがる。


    昌の光が、タンクに反射しおいる。やけに眩しい。


    キヌを回す。


    䞀発でかかった。


    䜎い音が響く。


    前はこの音が少し奜きだった気がする。今は別に、䜕も思わない。


    アパヌトの倖れの自販機で、い぀ものGEORGIA埮糖を買う。


    猶が萜ちる音。䞀口飲む。ちょうどいい枩床だ。


    工堎に着く。遅番入りだった。


    入口ぞ向かっお歩く。


    奥の方から、機械の音がした。止たらない音だった。


    ちょうど、芋孊を終えたらしい集団が出おきた。


    スヌツ姿。

    新品みたいな靎。

    胞元のメモ垳。


    ちゃんずしおいた。

    自分も、最初はそうだった。


    りひずは少しだけ、芋おいた。


    埌ろから声がした。


    「すみたせん」


    振り返る。若い男が、シャヌペンを持っおいた。


    黒髪の短髪だった。


    「これ、萜ずしたした」


    差し出されたシャヌペンは、䜿い叀しおいた。


    クリップはなくなっおいお、印字もほずんど消えおいた。


    自分のものだった。


    「ああ、ありがずう」


    受け取る。ポケットに入れた。


    その時、ふず目に入った。


    ネクタむが、少し曲がっおいた。


    りひずは、䞀瞬だけ銖元に目をやった。


    若い男が気づく。「あ 」


    慌おおネクタむを盎す。「あ、すみたせん」


    少し迷った。


    「それ、䞭に入ったら倖した方がいい」


    若い男が目をやった。「え」


    「匕っかかるから」


    それだけ蚀った。


    若い男は少し頷いた。「あ、はい。ありがずうございたす」


    「いや」


    軜く返す。


    若い男は頭を䞋げお、集団の方ぞ戻っおいった。


    その背䞭を少し芋た。


    昔の自分も、あんな感じだったのかもしれなかった。

    よく芚えおいない。

    でも、たぶんそうだった。


    工堎の入口ぞ向かう。


    春の日差しは、盞倉わらず眩しかった。


    でも、さっきたでみたいなただうるさいだけの光じゃなかった。


    猶コヌヒヌをひず口飲む。


    ぬるくなっおいた。


    苊いはずなのに、少し甘かった。


    終

     
     

    K. Nakaji

     
     
    人は、遞べる。 そう思っおいたす。 でも実際は、 遞べない理由のほうが倚い。 環境 期埅 正しさ 安心 怖さ この堎所では、 人生の遞択ず、 蚀葉にならない感情を物語ずしお残しおいたす。 珟圚、 『机の䞭のメモ垳』党文公開䞭。

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