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今日見た夢が、あまりにも切なかった。

    夢だと気づいたのは、目が覚めてからだった。

    高校三年生。
    最後の体育祭。

    それなのに、僕は結婚していた。

    仕事をして、結婚して。
    なんなら、もうすぐ子供が産まれる予定だ。

    12年後の景色まで知っている僕が、学ランを着て教室に座っていた。

    誰もその違和感に気づかない。
    僕自身も、不思議と受け入れていた。

    ただ一人、彼女だけは、昔と何も変わっていなかった。

    Aさん。

    教室の真ん中で笑い、誰にでも気さくに話しかける。
    男子にも女子にも同じ距離感で接して、自然に人の懐へ入っていく。

    そんな彼女を悪く言う人も少なくなかった。

    「あざとい。」
    「八方美人。」

    そんな言葉を耳にするたび、僕は少しだけ悲しかった。

    違う。

    彼女はただ、人を笑顔にしたい人なのだ。

    世界を照らす太陽のように。

    だから僕は、三年間ずっと彼女が好きだった。

    ---

    高校最後の体育祭。

    男女ペアでダンスを披露する企画があった。

    基本的にはリーダーがペアを決めるのだが、指名をすることもできた。

    「誰が誰を指名した」というのはすぐ噂になるし、そもそも指名された人には事前に「この指名を受けるか」との確認が入る。

    ほぼ告白のようなものだ。

    僕は高校最後のこのチャンスを逃すまいと、彼女を誘った。

    「もちろん!」

    迷いなく返ってきた笑顔が、当時の僕には眩しすぎた。

    --

    彼女は幼い頃からダンスを習っていた。

    150センチの小さな体を大きく見せる、弾むようなステップ。
    見る人を笑顔にする可愛らしい振り付け。

    一方の僕は、ダンスは得意ではない。

    でも、表情管理だけは得意だった。

    笑う。
    驚く。
    悔しがる。
    喜ぶ。

    一つひとつの感情を、身体全体で演じることが好きだった。

    僕たちはお互いの得意を持ち寄った。

    「ここはもっと笑って。」
    「じゃあ、この手の動きはこうしよう。」

    何度も何度も練習した。

    手を取り合い、
    息を合わせ、
    目を合わせて笑った。

    その時間だけは、世界に二人しかいないような気がしていた。

    ---

    本番。

    歓声が響く。

    音楽が流れる。

    僕たちは最後まで踊り切った。

    最後のポーズ。

    彼女と目が合う。

    拍手が起こる。

    結果発表。

    優勝。

    その瞬間、彼女の方から僕に抱きついてきた。

    「やった!」

    高校生の頃の僕なら、きっとまた勘違いし、ドギマギしていた事だろう。

    でも夢の中の僕は違った。

    結婚して、父親になろうとしている今の自分だった。

    だからこそ、一歩踏み出して抱き返した。

    彼女も心の底から幸せそうな顔をしていた。

    ほんの一瞬。

    その温もりは、驚くほど本物だった。

    ---

    体育祭が終わる。

    校庭には夕日が差し込み、みんなが思い思いに写真を撮っている。

    僕たちは並んで駅まで歩いた。

    他愛もない話をした。

    「○○くんがペアで本当によかった。」

    「一番かっこよかったよ。」

    彼女は、何の躊躇もなくそう言う。

    高校生だった僕は、その言葉を期待に変えてしまっていた。

    もしかしたら。

    もう少しで。

    好きになってくれるんじゃないか。

    そう思ってしまった。

    だから苦しかった。

    付き合ってもいないのに、「好き」があふれてしまう自分がいた。

    恋愛経験もなく、余裕もなく、彼女の笑顔を見るたびに期待してしまう。

    彼女は優しかった。

    LINEは毎日続いた。

    僕が送れば必ず返してくれた。

    直接会えば、脈がないなんて少しも感じさせなかった。

    でも。

    今の自分なら分かる。

    そこに恋愛感情はなかった。

    僕のことを本当に大切な友達だと思ってくれていた。

    尊敬もしてくれていた。

    でも、それ以上ではなかった。

    そして彼女には、ずっと好きな人がいた。

    その人を見つめる彼女の目だけが、僕に向けるものとは少しだけ違っていた。

    高校生だった僕は、その違いを見ようとしなかった。

    見たくなかった。

    でも、夢の中の僕には分かってしまった。
    彼女の心までも、ちゃんと見えてしまった。

    ---

    夕焼けの校舎。

    風が吹く。

    明日からは、体育祭の熱気が嘘かのように、受験勉強一色になる。

    みんな、それぞれの未来へ歩き出していく。

    僕は彼女の横顔を見ながら思う。

    「ああ、本当に好きだったな。」

    付き合えない。

    それは悲しい。

    胸が締めつけられるほど悔しい。

    でも、不思議だった。

    昔みたいに何かを手に入れたいとは思わなかった。

    彼女の気持ちを変えたいとも思わなかった。

    ただ、その恋が叶わないことを、静かに受け入れていた。

    大人になった僕は、高校生の恋にようやく終止符を打てたのかもしれない。

    ---

    目が覚めた。

    天井が見える。

    隣には、現実がある。

    もうすぐ生まれてくる我が子。

    寝ているだけなのになぜか幸せそうな妻。

    守りたい毎日。

    それでも胸の奥には、少しだけ夕焼け色が残っていた。

    もしあの頃、今の僕くらい余裕があったなら。

    そんなことを一瞬だけ考えて、すぐに笑う。

    きっと結果は変わらない。

    彼女はあの人を好きになり、僕は今の人生を歩いた。

    だからあの夢は、「やり直したい過去」ではない。

    叶わなかった恋に、ようやく区切りを付けられた夜だった。

    もう戻れない青春に、大人になった僕が、最後にもう一度だけ会いに行った夜だった。